連休初日、家でのんびりしていると翠星石たちが遊びに来た。
  今日は雛苺や金糸雀、真紅までもが連れ立ってる。

 マ「お茶入れたよ。おやつにしようか。」

  みんなでおやつを食べて駄弁っているといきなり雛苺が言った。

 雛「ねえねえ、金糸雀のお名前って漢字でどう書くの?」
 金「黄金の『金』、お裁縫なんかの『糸』、鳥の『雀』かしら。」
 翠「黄金ですか!なんだかゴールデンでゴージャスですね!!」
 真「ゴールデンといえば、何かを思い出すわね。」

  一同が揃って視線をこちらに向ける。
  練習してきたようだがはっきり言ってさっきからとってもわざとらしい。

 蒼「何か・・・求められてるみたいだよ?」
 マ「あのさ、わざわざ小芝居しなくてもいいから、単刀直入にどうぞ。」

  その言葉に一同が顔を合わせる。
  そして代表して翠星石が口を開いた。

 翠「せっかくのゴールデンウィークだからどっか連れてきやがれです!」
 マ「なぜ僕が。」
 真「せっかくの連休だから泊りがけで出かけたくもなるじゃない。」
 マ「泊まりで、ねえ。」
 蒼「僕らはそんなに休日って関係ないけどね。」
 雛「出かけたいの、出かけたいのー!!」
 金「こういうのは理屈じゃなくって雰囲気が大事なのかしら♪」
 マ「で、他の人達は?」
 金「みっちゃんは連休なのにお仕事だし、」
 雛「トモエはガッシュクなの。」
 真「ジュンものりもちょっと無理だそうなのよ。」
 マ「で、皆さんを一人でお相手しろと。」
 翠「大丈夫です!もうプランは考えてありますから。」

  翠星石が胸を張って自信満々に宣言した。

 マ「いつも当事者不在で勝手に話を進めるよね。」
 蒼「それって大丈夫の根拠になってないよ。それに今から準備できるの?」
 翠「まあ聞けです。」
 金「聞いたらきっと行きたくなっちゃうかしらー!!」
 雛「バッチリの計画なのー!」
 マ「じゃあ聞かせてよ。」
 翠「まず大きめのレンタカーを借ります。お前は運転できますよね?」
 マ「うん。」
 翠「そして山にドライブです。」
 マ「ほう。」
 蒼「そんな場所へ行って人目は?」
 真「穴場があるそうよ。」
 金「この時期じゃまだ寒くて誰も行かないと評判のところがあったかしら♪」
 マ「そんなところに行きたいの?」
 翠「で、後はキャンプしてサバイバルです。」
 マ「サバイバル?」
 雛「大自然とふれ合うのよ。」
 真「おやつや遊び道具も現地調達するから荷物も少なくて済むわ。」
 蒼「それが・・・プラン?」

  はっきり言ってずさんで行き当たりばったりとしか思えない。
  それならいっそマスターに任せてミステリーツアーにした方が遥かに良いのではないだろうか。
  まあ・・・マスターがその気になってくれればだが。

 マ「なるほどそいつは楽しそうだ。」
 蒼「えぇっ!?」

  何やら意外な方向で乗り気になっているようだ。

 マ「たまには文明の利器のありがたさを知るのもいいかも。」
 翠「ですよねー?」
 金「じゃあ連れてってくれるのかしらー?」
 マ「だがノン!」
 雛「えー、ひどいのー!ケチケチしないでなの!!」
 マ「ケチではなく、先約が入ってるんだ。」
 真「だったら仕方ないけれど、それを先に言いなさいよ。」
 翠「無駄に期待させんじゃねえです!」
 マ「内容次第ではなんとかなるかとも思ったんだけどね。
   まあ無理っぽいからそのプランはまたの機会にでもね。」
 翠「ま、まさか蒼星石と二人っきりでどこかに行ってアバンチュールを・・・」
 蒼「・・・そうなの?」
 マ「だったらいいがそれも違う。人と会うんだよ。」
 真「まあ無理なら長居は無用ね。」
 金「連休中はみんなで集まって遊んでましょ。」
 雛「桃鉄全シリーズ99年制覇しちゃるのー!!」
 翠「蒼星石も暇な時に来てくださいね。」
 蒼「99年・・・気が向いたらね。」
 マ「じゃあまたね。」



 マ「ゴールデンウィークと言っても結構みんな忙しいみたいだね。」

  要求が通らないと分かった途端に薄情にもみんな帰ってしまった。
  静かになって落ち着いたところで改めてマスターと一服する。

 蒼「はいお茶。それで・・・連休中の予定だけど・・・」
 マ「うん?」
 蒼「その・・・二人でどこかに行くとか・・・」
 マ「どこにも行けないけど・・・んー、蒼星石はどこか出かけたかった?」
 蒼「え、違うよ!?マスターの予定を確認したいだけだよ、あはは・・・。」

  ついつい未練がましい言い方になってしまっていたのだろうか。
  だけど返答を聞いてちょっとがっかりしたのも事実だ。

 マ「明日の4日にさ、連休のど真ん中なのに両親が観光がてら様子を見に来るんだってさ。」
 蒼「マスターのご両親が?」
 マ「そ。まあ様子見がてら観光かもね、寂しい一人暮らしと思われてるし。」
 蒼「あ・・・そっか。」
 マ「もちろん実際はちっとも寂しくなんかないけどさ。」

  マスターが僕の頭を撫でる。

 マ「まあ来てくれること自体はありがたいんだけどね。ただ・・・」

  マスターの表情がわずかに曇る。

 蒼「どうしたの?仲でも悪いの?」
 マ「いや、違うよ。たださ、顔を合わせるといろいろ口うるさく言われてね。」
 蒼「それは仕方ないよ。マスターの事が大切だからこそ心配なんだよ。」
 マ「そうなのかもね。妹も一人居るけど、みんな仲良くやってけてると思う。
   その事自体はとてもありがたいと思ってる。」
 蒼「ふうん、そうなんだ。どんな人達なんだろう。」

  マスターを育てたご両親、マスターに面倒を見てもらったり、時にはケンカしたりしたであろう妹さん。
  僕以上に長い時間をマスターと共に過ごしたのがどんな人達なのか気になった。

 マ「それなりに不自由なく『普通』に育ててくれたし、尊敬してるよ。
   会ってみる?素敵な子だと紹介させてもらうけど?」
 蒼「それはちょっと・・・僕らの存在がいたずらに知られるのは良くないと思うし。」
 マ「だよね。仕方が無いけど。その間はどこかに行ってもらってた方がお互い安心かな。」
 蒼「分かった。明日はどこかに出かけておくよ。」
 マ「お願いするよ。日帰りらしいから夜には戻ってきてくれればいいから。
   もちろんどこかに外泊してくれても構わないけどさ。」
 蒼「ううん、帰ってくるよ。せっかくの連休だしマスターと一緒に過ごしたいからね。」
 マ「ごめんね、連休なのに分断されちゃうから何もしてあげられなそうだ。」
 蒼「別にいいんだよ。一緒に居てくれるだけで僕は幸せだよ。」

  一緒にどこかへ出かけたい気持ちもちょっぴりあったのは確かだが、この言葉は僕の本音だ。

 マ「ありがとう・・・。」

  マスターが今度は僕を抱き締めてくれた。




  さて、そんな訳で日中は主におじいさんのお宅で過ごした。
  なんだかんだでだいぶ遅い時間になってしまった。
  帰り際、おじいさん達は明日は子供の日だからマスターとまたおいでと言ってくれた。


  それにしても、翠星石のところにも顔を出してはみたが・・・あれは凄かった。
  昨日の宣言どおりにゲームをやっていたが、もう形勢が固まっていて作業のようだった。
  しかもぶっ続けでやってくたびれたところに足の引っ張り合い、もめ合い・・・阿鼻叫喚である。
  もう少しで99年終わりそうだから見ていたが、思いの外に時間を取られてしまった。


  次のゲームに移る際、翠星石に参加しないかと言われたがとてもそんな気にはなれなかった。
  もしも参加していたらこの時間にもまだ帰れなかっただろう。
  何はともあれ今はマスターに会いたい。

 蒼「あれ?」

  何やら居間の方から話し声が聞こえた。
  様子を窺うと複数の人の気配がする。
  どうやら電話ではなさそうだ。
  開いた戸の傍で聞き耳を立てて状況を確認する。

 父「悪いな、急に泊めてもらっちゃって。」
 マ「まあいいさ。せっかく久し振りに会えたんだし。」
 母「そうよね、滅多にできない団欒だもんね。」
 マ「まあ一人だけ居ないけどね。」
 父「あいつは友達と二泊三日の旅行に行っちゃったからな。」
 マ「薄情だなあ。前は帰省のタイミングを合わせたりしてくれたのに。」
 父「いやいや、若いうちはそうやってみんなで遊んだ方がいいんだ。
   むしろお前だってそういった事をやらなきゃ駄目だぞ。」
 マ「連休のど真ん中にやって来られたら泊りがけで出かけるなんて無理じゃん。」
 父「お前が寂しい思いをしないように来てやったんじゃないか。」
 マ「その言い草はないよ。わざわざこっちに出てくるって言うから予定もキャンセルしたのに。」
 父「ほう、どんな予定だったんだ?」
 母「旅行?」
 マ「えーと、まあね。」

  マスターが言うんじゃなかったと思った時の顔になる。

 母「誰と?」
 父「友達か?」
 マ「うーん・・・ちょっと違うかな。・・・女の子。」
 父「二人でか!?」
 マ「一応ね。」
 母「キャンセルしたって事は泊りがけよね。」
 マ「さっきも言ったじゃない。」

  憮然とした感じのマスターの声。
  あんな事を言ってたけど僕とどこかに行くつもりだったのだろうか?
  ちょっと気になって戸から身を乗り出して中を覗く。
  マスターの姿は見えるがご両親の姿はちょうど死角で見えない。
  少し残念だがこれなら見つかったとしてもマスターにだけで済むだろう。
  そのまま室内に目を向ける。
  マスターはまだこちらに気付いていない。

 母「で、どんな子なの?」
 マ「えーとね・・・。」

  マスターはお酒が入ってる事もあってか真っ赤な顔だ。
  そして傍らにあったコードを指でくるくると巻いてもてあそんでいる。

 父「最近は変な女も多いから気をつけるんだぞ。」
 マ「違うよ!可愛い上に家庭的でとっても気は利くし、謙虚で知性的な子だよ。」

  マスターの照れながらの指遊びがいっそう激しくなった。
  ご両親の前だからかなんだか子供っぽくて、それが僕には可愛く見えた、

 父「そりゃ凄いな。」
 母「本当にそんな子が居るものなのね。」

  ご両親の半信半疑の声。
  かく言う自分も・・・果たして自分の事なのか自信が無くなってきた。

 父「でもそんな立派な子だとライバルも多くて大変だろ。」
 マ「うーん、かもね。だけど今は多分お互いに一番長い時間を一緒に過ごせてると思う。」

  多分、僕の事・・・だろう。

 父「ほう。そのまま逃がすんじゃないぞ。」
 マ「そうしたいね、心の支えになってくれる子だし。
   だけど家庭の事情がなあ・・・。」
 母「何があるの?」
 マ「うーん、その子の姉妹とか・・・あと父親がね。」

  これは・・・僕だな、さすがに。

 母「ファザコン?」
 父「じゃあ俺も脈アリか!」
 マ「ありえないが万一の時は実力行使に訴えてでも止める!
   ・・・まあでもそれに近いかもね。
   自分よりも父親の方を選ばれてしまうかもしれない。」
 母「頑張ってね、ううっ・・・。」
 マ「どうしたの?」
 母「ああ・・・この子がこんな風に女の子の事を話すなんて初めてだから・・・。」
 マ「いやまあ、そんなに話すような話題でもないし。」
 父「確かに。これで二人とも安心できる。いいか、なんとしてもその子を射止めろよ。」
 母「明日は帰ったらお赤飯炊いてお祝いしなきゃ!」
 父「ご先祖様や親戚にも報告しなきゃだな!」
 マ「馬鹿なこと言わないでよ。おつまみに何か作ってくるから待ってて!」

  大袈裟に盛り上がるご両親との話を打ち切ってマスターが立ち上がった。
  先に台所の方へと移動しておく事にした。


  マスターが有り合わせの物でおつまみを用意している。

 蒼「・・・マスター・・・。」
 マ「・・・ん?ああ、蒼星石帰ってたんだね。」
 蒼「うん、さっきね。」
 マ「ごめんね、親が急に泊まるって言い出して。伝える暇もなかった。」
 蒼「いいんだよ、そんなの。」
 マ「あ、でも鞄だけは鏡の脇のところに運べたからさ、どこか適当な場所を探して蒼星石は寝てて。」
 蒼「分かった。」
 マ「本当に申し訳ない。」
 蒼「ねえ一つ聞いていいかな?」
 マ「何?」
 蒼「マスターってさ、とっても素敵な女性とお知り合いだったんだね。」
 マ「ぶっ!!」
 蒼「僕はそんな事ちっとも知らなかったよ。」
 マ「さっきの話・・・聞いてたの?」
 蒼「たまたまね。で、誰なのかな?」
 マ「うー・・・。」
 蒼「そんな人が居たら僕もお役御免になっちゃうね。」
 マ「意地悪だなぁ、蒼星石に決まってるじゃないか!」

  紅潮した顔で確かにそう言った。

 蒼「ごめんなさい、でもマスターの口から確認しないと不安で・・・。」
 マ「不安なのはこっちだよ。いつ見放されちゃうかも分からないんだから。」

  ぶつくさ言いながら料理を再開する。

 蒼「ねえ、マスター。」
 マ「ん、なんだい?」
 蒼「僕は・・・今はマスターの方がお父様よりもずっとずっと大事だよ。」

  それを聞いたマスターがぽかんとしている。

 マ「どういう・・・こと?本当にそれで・・・いいの?」
 蒼「ふふ・・・お父様を裏切る事になっちゃうのかな?
   でもいいんだ、僕はマスターと共に在りたい。」

  マスターが黙ったまま固まってしまう。

 蒼「あ、はは・・・突然変な事を言っちゃってごめんね。」
 マ「いや・・・」

  マスターの目から大粒の涙がこぼれた。

 蒼「ど、どうしたの!?」
 マ「ありがとう・・・嬉しいよ。」

  マスターが目頭の辺りを押さえている。

 蒼「ちょっと、落ち着いてよ。ご両親が心配しちゃうよ。」
 マ「あはは、そうだね。玉葱でも刻んでごまかそうかな。」
 蒼「もう、マスターったら。そんな程度じゃすぐばれちゃうよ。」
 マ「違いない。」

  二人で顔を見合わせて笑った。


  その後マスターは料理を終えご両親のところに戻った。
  一方僕はというと・・・また居間の戸の陰にいた。
  こんな時間になってよそに押しかけるわけにも行かない。
  家で寝るのならもう少しマスターのご家族を様子を知っておいてもいいだろう。
  正直に言えばどんな話をするのかに興味があるのだが。

 マ「お待たせ。」
 父「ほう、またいろいろ作ったな。」
 マ「有り合わせだけどね。まあ料理は好きだから。」

  マスターが楽しそうに言った。

 父「でもそうやって気付いたら自分が作る役にされていたとか無いようにしろよ。」
 マ「大丈夫だよ。」
 父「いや、結婚すると女は変わるぞ。うちがそうだった。」
 マ「はは・・・結婚ね。」

  何やら勝手に話が進んでいる。
  でも不思議と悪い気はしない。

 父「何を言うんだ、大事な問題だろ。お前だってそろそろそう言った事を考えてだな・・・。」
 マ「また・・・そんな話?」

   何故だかマスターの機嫌がさっきから急に悪くなっているような気がした。

 母「でも確かにそろそろ、ね。」
 父「そうだそうだ、早く結婚して孫の顔を見せてくれよ。」
 マ「!!」・蒼(!!)
 父「もうお父さん達も若くないからな、孫の顔を見て隠居したいもんだ。」
 マ「その辺と血筋を残すのはもう妹に任せたよ。」
 父「そういうもんじゃないだろ。やっぱりお前だって子供を持って一人前の男としてだな・・・」
 マ「でも・・・僕は・・・まだそういうのは考えられないな。縁があればあるいは、だけど。」

  途切れ途切れになりながら何とか言葉をつなげる。

 母「でもね、子供が生まれるってとても幸せよ?お母さんはあなた達に恵まれてとっても幸せなんだから。」
 マ「う・・・ありがとう。」
 父「そうだぞ、お父さんもお前達のおかげで幸せだ。」
 マ「・・・まだ・・・自分には早いよ。・・・相手があっての事だしね。」

  マスターが声を絞り出すようにしてそう言った。

 母「でも相手はいるんでしょ?」
 父「そうだぞ、お互いにその辺りの将来設計もしっかり考えてだな・・・。」
 マ「お父さん達の言いたい事は分かるけど・・・相手の事情もあるからね。今は・・・ごめん。」
 父「いつもそうだな。まあいいさ、相手が見つかったんならもうすぐだからな。」
 母「楽しみね。」
 父「今から相談して名前でも考えておくか。」
 マ「楽しそうだね・・・まあもう一杯どうぞ。」
 父「おおすまんな。お前も飲むか?」
 マ「うん、貰うよ。」

  マスターはお酒を注いで貰うとそれまでよりもハイペースで飲みだした。
  子供・・・それは決して自分には能わぬ事だ・・・。
  さっきのご両親の嬉しそうな声とマスターの悲痛な表情が脳裏にまとわりつく。
  今日はもう寝る事にしたが、鞄に入っても気分がもやもやとして寝付けなかった。



  どれ位の時が経ったのだろうか?何やら外が騒がしい。

 マ「もう帰るの?朝ご飯くらい食べていきなよ。」
 父「いや、道が混む前に帰りたいからな。」
 母「それに昨日遅くまで暴飲暴食したから食欲が無いのよ。」
 マ「そう。じゃあ仕方が無いね。気をつけて帰ってね。」
 父「ああ、お前も元気でな。」
 母「離れてても応援してるからいろいろ頑張ってね。」
 マ「本当にいろいろ・・・ありがとう。」
 父「じゃあな!」
 母「体には気をつけてね。」

  バタンと戸が閉じる。
  しばらくして鞄から外に出る。

 マ「あ、おはよう。今朝食の仕度してるからもう少し待っててね。」
 蒼「僕も手伝うよ。」
 マ「そう・・・ありがとう。」

  何か言いたかったが、何を言っていいのか分からないままで二人並んで黙々と朝食の仕度をした。


 マ「じゃあ食べようか。」
 蒼「いただきます。」
 マ「いただきます。」

  やはり会話の無いままだ。
  いつもなら天気の話とか他愛の無いことでも話題は尽きないのに。

 蒼「あのさ・・・」
 マ「なんだい?」
 蒼「えーと・・・」

  なんとなく黙っているのが辛くて話をしようとしたが後が続かない。
  そうやって戸惑っているとマスターが言った。

 マ「蒼星石、あの後の話を聞いたの?」
 蒼「・・・うん。」

  こくりとうなずく。

 マ「そうか、やっぱりね。」
 蒼「ごめんなさい。」
 マ「別に気にしなくていいさ。たいした話でもないし。」
 蒼「違うよ、その・・・僕じゃあ・・・マスターの子供は・・・」
 マ「それも気にしなくていいんだよ。」
 蒼「だけどマスターは子供を欲しくはないの?」
 マ「・・・平気だよ。」
 蒼「正直に答えてる?」

  マスターはある意味僕の求める答えをしてくれたのにさらに追及する。

 マ「ふぅ・・・こう答えればいいのかな?子供自体は欲しいよ。
   子供好きで世話好きだと思うし、多分子煩悩の親馬鹿になるだろうね。」

  マスターがうっすらと笑いながら言った。

 蒼「やっぱり・・・そうだよね。」

  それを聞いたマスターの笑顔が消える。

 マ「でもね、僕だってもう子供じゃない。分かってるさ、あれもこれも欲しいってのがわがままだって事くらい。
   自分で選んだんだよ。蒼星石と共に居られる事を優先しただけさ。子供よりも・・・両親よりもね。」
 蒼「僕のせいで・・・。」

  マスターが首を横に振る。

 マ「違うよ、これは自分の意思だ。自分の責任で、僕“も”両親を“裏切る”事にしたんだ。」

  その言葉を聞いて僕は気付いた。
  昨日の自分の過ちに、自身の愚かさに。
  そして・・・マスターの涙の意味に。
  昨日の僕の軽はずみな発言のせいで、悩んでいたマスターを追い詰めてしまった。
  自分はお父様との問題を先延ばしにしたに過ぎない。
  数十年もしたら、また次の時代でやり直しが利くかもしれない。
  だけどマスターは・・・ご両親が亡くなられたらもう取り返しはつかないのだ。
  それがどれだけ後の事かは分からない。
  しかしそれから後もずっと、マスターは一生自分を責め続けるのだろう。
  僕の軽はずみな発言がマスターにその決心をさせてしまったのだ。


  その後、二人とも一言も発さずに時は過ぎていった。

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最終更新:2007年05月06日 00:12