マ「蒼星石、ババ抜きやらない?」
蒼「構いませんが、二人でやってもつまらなくないですか?」
マ「んー、二人は二人で楽しいと思うよ。」
蒼「マスターがそう言うなら喜んでお付き合いしますよ。」
早速カードを切って配る。
二人でやると当然ながらペースが速い。
引くたびに互いの手札が減っていく。
蒼「やっぱり二人だとすぐですよね。」
マ「これで最後な訳だ。」
言いながら二枚になった手札の一方に手をかける。
蒼「あれ、もう勝ったつもりですか?」
マ「ふふん、まあね。」
手をもう一枚のカードに移動させた。
しばらく二枚の札の間を手が行き来する。
マ「・・・こっちだ!」
蒼「ありゃ、負けてしまいましたね。」
マ「へへ、二人だとこういう緊迫感があっていいよね。」
こんな風に二人でババ抜きなんてやるようになったのはつい最近だ。
今までははっきり言ってお互いに遠慮がちでなんだかギクシャクしていた。
初めての他人との同居、しかもそれがお人形相手、というのも大きかったのだろう。
翠「人間、暇だからトランプに付き合えです。」
ある日、やって来るなり翠星石がそう言った。
マ「え・・・僕とかい?まあいいけど。」
翠「蒼星石にも頼みますよ。3人くらい居ないと味気ないですしね。」
翠星石は僕らの返事も聞かずトランプを配り始めていた。
蒼「何やるの?」
翠「んー、無難にババ抜き辺りでいいんじゃないですかね。」
マ「それがいいかもね。平凡で地味だけど単純な分ローカルルールとかややこしくないし。」
翠「それならちょっとだけスリリングにしてやりますか。」
マ「スリリング?」
翠「ビリになったら罰ゲームでトップの言う事を聞く、シンプルだけどこれでいいんじゃないですか?」
マ「なんでも?」
翠「なんでもです。」
マ「常識の範囲内にしてよね。」
翠「いくらなんでもそりゃ当然ですよ。」
蒼「だったらさ、二番の人がやり過ぎじゃないか判定するってのはどう?」
マ「じゃあそれでいこうか。」
翠「よーし、ではちゃっちゃか始めるです。」
蒼「あの、マスター早く引いてください。」
マ「あ、ごめん。・・・じゃあこっち。」
特に選びもせずさっとカードを引く。
マ「ジョーカーか・・・。」
翠「お前、罰ゲームのピンチなのに余裕ですね。
蒼星石相手ならともかく、お前には容赦しませんよ。」
既に上がった翠星石が余裕の表情で言った。
もう場面は大詰め、どちらか先にジョーカーでないカードを引いた方が勝ちだ。
マ「お手柔らかにね。・・・では蒼星石、どうぞ。」
軽くカードをシャッフルしてから差し出す。
蒼「はい・・・じゃあこっちを。・・・終わりです。」
マ「負けた。」
翠「二人とも淡々とし過ぎですよ。楽しくないんですか?」
マ「いや別に。」
蒼「そういう訳じゃないよ。」
翠星石がため息をつく。
翠「まあいいです。とにかく罰ゲームです。」
マ「うん。」
翠「今すぐに、うまーい紅茶を3人分入れてこいです。」
マ「自信ないけど、やってみる。」
蒼「僕もお手伝いします。」
翠「駄目です。これはコイツへの罰ゲームですから。」
蒼「・・・分かった。」
マ「じゃあ待っててね。」
マ「どう?」
翠「まあこれなら我慢してやらないでもないです。」
マ「ごめんね、今まで緑茶しか飲まなかったから。」
蒼「僕は美味しいと思いますよ。」
マ「そう?・・・ありがとう。」
翠「まったく辛気臭い。まあいいです、次のゲームにいきますよ。」
その後もほとんど順位の変動は無かった。
そして翠星石が勝利するたびに、やれお菓子をよこせ、やれケーキが食べたいと次第に要求がエスカレートしていく。
翠「ほれ引けです。」
マ「これでババをつかまされなきゃ翠星石がビリか。」
翠「そうですね。」
マ「こっちか・・・いやこっちかも・・。」
今までに無いくらい真剣にカードを選ぶ。
マ「待て、カードは慎重に選ぶんだ・・・こっち!!」
カードを引いた瞬間、場を静寂が支配する。
マ「・・・ふ、ふはは・・・勝ったぞ!」
翠「ちいっ、初のビリですね。」
マ「よーし、じゃあ蒼星石、罰ゲームをビシっと言っちゃって!」
興奮気味に口にする。
蒼「えーと、別に無いなあ。うーん・・・罰じゃないけどマスターともこれからも仲良くしてね。」
マ「・・・それだけ?」
翠「蒼星石らしいですね。」
マ「ようやく勝ったんだからもっといろいろあるでしょ。」
蒼「いえ別に・・・マスターは何か案があるんですか?」
マ「えぇっと・・・無いや。」
蒼「じゃあこれでいいじゃないですか。」
マ「ふふっ、そうだね。」
二人で笑みを交わす。
翠「ふぅ、翠星石はちょっと疲れたんでケーキの残りを食べつつ一休みしますよ。」
唐突に翠星石がそう言った。
マ「え?あ、うん。」
蒼「別にいいけど。」
翠「そのうち戻ってきますからその間は二人で遊んでてくれです。」
蒼「だったらもうやめにしない?」
マ「みんなでティータイムでもいいじゃん。」
翠星石がこちらの提案を一蹴する。
翠「一人で食べたい気分なんですよ。すぐ戻ってくるから二人で暇潰しして待ってろです。」
一人で決めて行ってしまった。
マ「なんという強引さ・・・まあカード配るね。」
蒼「ええまったく・・・お願いします。」
結局二人でババ抜きをして待つ事にした。
マ「翠星石ってさ、蒼星石とは違って大分わがままみたいだね。」
蒼「あれでもちゃんと細やかな気配りもできるんですよ。」
マ「へえ意外。でもいつも傍で一緒だった蒼星石が言うんならそうなんだろうね。」
蒼「ふふ・・・そう言えば、こんな事もあったんですよ・・・」
そんな思い出話も交えつつ和やかに二人で遊ぶ。
心なしか今までよりも打ち解けた感じで過ごせた気がした。
何ゲームかやっていると翠星石が戻ってきた。
翠「おう、待たせましたね。」
ケーキの残りを片付けてたにしては時間が長かった。
マ「やけに時間がかかったね。」
翠「早食いは健康に悪いんですよ。じゃあ次から参加しますから。」
その後二、三ゲームやって翠星石は帰っていった。
そう、二人でこんな風に遊んだり出来るようになったのはあれ以降だ。
恐らくは話を聞いて心配した翠星石が気を揉んでくれたのだろう。
そのおかげで今ではこうやって楽しい時間が過ごせる訳である。
マ「こっちを引くよ・・・やった!またまた勝たせてもらいました♪」
蒼「ふふっ、さっきから一方的に負けちゃいますね。
これじゃあ刺激が無くってつまらなくないですか?」
マ「刺激・・・罰ゲームでも導入してみるか。」
蒼「罰ゲームですか。」
マ「うん。この間の翠星石みたいにさ。」
蒼「あの位のやつでしたら構いませんよ。」
マ「じゃあそうしよっか。」
蒼「おやおや、ひょっとするとマスターったらもう勝つ気満々ですか?」
マ「さあてね、どうなる事やら。」
さて、そんな罰ゲームが懸かった重要な勝負だがやはり二人。
サクサクと二人の手札が場に捨てられていく。
そしてついに・・・
マ「これで決まる・・・かもしれないのか。」
蒼「ええ。僕の手にした二枚のうち、ジョーカーでない方を引けば。」
残った札は三枚、捨てられたカードからいけばハートとスペードのエース、そしてジョーカー。
先にエースを集めた方が勝者になる。
マ「さてと・・・」
先程までと同様、二枚のカードに交互に手をかける。
蒼「さっきまでの流れだとこれで終わっちゃうかもしれませんね。」
マ「さあ、それはどうだか・・・。」
その間も手は動き続けている。
・・・ほんのわずかな、よほど注意してみなければまず見落とすだろう変化とも言えない変化。
ジョーカーに手がかかった時だけ、ごくわずかに口の端を上げる。
蒼「・・・どうしたんですか?じーっと顔なんか見て。」
マ「え、いや。なんでもないよ。」
ジョーカーに触れた時の表情の変わりようを見ているとついつい嬉々としてバラしたくなってしまう。
今の状況ではそんな事はとても言えやしないが。
そして罰ゲームの分だけか、今までよりも少し時間をかけて引くカードが決定する。
マ「蒼星石。」
カードをつかんだまま口を開く。
蒼「なんですか?」
マ「実はさ、ジョーカーに手がかかるとちょっと表情が変わってるんだなー♪」
蒼「へえ・・・ポーカーフェイスは得意そうだとよく誉められるんですがね。」
マ「ふふん、確かにごくごくわずかな変化だけどね。
でも共に過ごすマスターだったらその位はお見通しさ。」
蒼「お見通し、ですか。」
マ「そりゃあ蒼星石の事くらい分かってないと。」
そこで勢いよくカードを引いた。
マ「・・・・・・あれ?」
蒼「残念でしたね。」
マ「おかしいなあ・・・。」
手の中で二枚のカードをシャッフルしてから前に出す。
先程の再現のように二枚のカードの間を手が移動する。
蒼「ところでマスター、知ってましたか?あなたもだいぶ表情が変わるんですよ。」
マ「いっ!?」
蒼「ほら、また変わった。」
カードを引き抜こうとした手が止まった。
蒼「あの・・・グッとつかみ過ぎですよ。抜けないんですけど。」
マ「ちょ、ちょっと待った!少し引くのは待って。」
蒼「なんでですか?」
軽いカードの引っ張りっこになる。
マ「だって顔に出てましたで決着じゃつまらないじゃん。ね?」
蒼「マスターだってそうしたじゃないですか。」
マ「勘違いだったじゃん。頼むから!ワンモアチャンスプリーズ!!」
蒼「ふぅ・・・仕方ありませんね。一回だけですよ。」
マ「はは・・・ありがと。」
今度は後ろ手にしてカードを混ぜる。
そして自分でも見えないようにして前に出した。
蒼「なるほど、これなら完全に運任せの勝負というわけですか。」
マ「まあね。確率は五分と五分って訳だ。」
しばし二人とも動きが止まる。
蒼「じゃあ・・・こっちにします。」
マ「ファイナルアンサー?」
蒼「ええ。」
カードを引き、何か確かめるようにそちらに目を向ける。
マ「・・・どうだった?」
蒼「・・・あー・・・。」
マ「・・・・・・。」
蒼「・・・うーん・・・。」
マ「だからどうだったの!?」
かつての某司会者のようにやたらと引き伸ばす。
マ「あ・・・!自分の手に残った方を見ればいいんだ!!」
そして手元のカードに目をやった瞬間。
蒼「僕の勝ちです。」
二枚のエースが場に出される。
マ「うぎゃっ、うぎゃっ、うぎゃーっ!!」
蒼「残念でしたね、マスター。」
マ「ううっ・・・騙したでしょ。」
蒼「なんのことですか?」
マ「今までずーっと、わざと顔に出てた振りをしていたでしょ。」
蒼「そういう考え方もありですね。」
マ「とぼけないでよ。そんなに愉快そうに笑ってさ。」
蒼「あれ、そんな顔してます?」
マ「してる!すっごい嬉しそう。」
蒼「そう言われましてもね。仕方ないじゃないですか。」
マ「ううっ、今までずっといいように遊ばれてたなんてショックだ。」
蒼「まあ気を落とさないでくださいよ。」
マ「そんな笑顔で言われても今は嬉しくない!!」
蒼「だからそんな事を言われても・・・。」
だって嬉しいんだから仕方が無い。
ほんの戯れのつもりでしていた、あんなわずかな表情の変化にあなたが気付いてくれた事が。
そして、こんな風にあなたがいろいろな表情を僕に見せてくれるようになった事が。
それが嬉しくてたまらないんだから、この笑いは自分でも止められそうになかった。
蒼「ところで罰ゲームの件ですが・・・」
まあ表情の変化による騙し討ちのような事をしたのは確かだ。
それとカードの引っ張り合いの隙にジョーカーの端をわずかに曲げておいた事も認めよう。
だが目印をつけた時にそれがジョーカーだと実際に見た訳ではない。
だったら勝者の権利を行使させてもらってもバチは当たるまい。
マ「はい。なんでも言ってくださいませ。」
蒼「当ててもらえますか?マスターは僕の事を分かってくださってるんでしたよね。」
マ「あーもう、ゴメンよ。分かったつもりでいい気になってたよ。」
蒼「駄目ですよ。傷ついちゃいました。」
マ「うぅ・・・ごめんね、どうすれば許してもらえる?」
蒼「今度こそちゃんと、少しずつでもいいから僕の事をいろいろと知ってください。
そしてマスターの事もいろいろと僕に教えてください。
そのために、今日はこれからずっとそばで一緒に過ごしてください。
・・・それが、罰ゲームです。」
向かいで座っていたマスターに身を寄せる。
マ「え・・・はい。」
いきなりの提案に戸惑いながらも、マスターはそっと僕を抱き止めてくれた。
最終更新:2007年04月17日 23:41