マスターは最近忙しそうにしている。たまの休日もパソコンで調べ物をしたり、
書類をもって外出したりとなかなか構って貰えない。忙しいのだから仕方ないけど
なんとなく寂しいものを感じていた。

「蒼星石、引越しをすることにしたよ」
ある日の夕食の際、マスターはそう言い放った。
「今のアパートももうすぐ更新の時期だし、何年も住んだからさ」
「新しいところは決まったんですか」
「ああ、今度は一戸建てを借りることにしたんだ」
「一戸建て!?」
「蒼星石を驚かせたくてずっと黙ってたんだ、今より広い家なんだよ、
 そこまで家賃も高くないし会社からは今より少し遠くなるけどね」
なるほどだから最近マスターは忙しかったんだ、と僕は思った。
マスターは嬉しそうだし、そんなマスターを見ていると僕も嬉しい。
でも心の中に何かもやもやしたものがあった。
「それで引越しはいつなの」
「今から一ヵ月後なんだ」
「そっか、じゃぁ色々準備しないとね」
僕はもやもやしたものを吹き払おうと精一杯の元気でそう言った。

あっという間に一ヶ月が経って、引越しの時が来た。
マスターの荷物はそれほど多くなかったので、あまり面倒なことはなかった。
マスターが電車で移動している間、僕は鞄の中でずっとそのもやもやについて考えていた。
(マスターが嬉しいのに、どうして僕は…、でもそれをマスターには気付かれたくない)

「ほら、蒼星石ここが新しい住まいだよ」
そう言ってマスターは鞄を開け、僕を案内してくれた。
「ここがキッチンなんだ、ここなら前より広いから料理がしやすくなるかな」
次にマスターは4畳半の部屋に僕を連れて行った。
「ここが蒼星石の部屋だよ」
「えっ僕の、そんな…」
「ちょっと狭くて悪いけど、自由に自分の好きなようにしていいんだよ」
僕の返答も待たずマスターは庭に出た。
「花でもなんでも育てられるんだ、俺は野菜のほうがいいかな、なんて」
マスターが僕のために色々考えてくれていた、それだけで僕は嬉しくなって、
ひと時の間もやもやしたものを忘れることが出来た。
「もうすぐ引越し屋がきちゃうかな、急いで昼食をとろっか」

片付けが終わった頃、時計は既に夜の九時を指していた。
「せっかくだから今日は自分の部屋で眠ってみるよ」
と言ったら、マスターは少し寂しそうな表情を見せた。
マスターにそんな顔をさせてしまうのは申し訳ないけど、
再び湧き上がってきたもやもやを気取られないためにはこうするしかなかった。
鞄の中で眠っていても、ずっともやもやが頭から離れず眠ることが出来ない。
僕はマスターの部屋に向かった。

「どうしたんだい蒼星石、もしかして怖くて眠れなかったとか?」
マスターは少し嬉しそうに僕に問いかける。
「うん…そんな感じだよ、一緒に眠ってもいい?」
僕がそう言うとマスターは喜んで僕をベッドに招き入れた。
マスターの腕に抱かれていても、もやもやが頭の中をよぎって眠れない。
「蒼星石」
眠っていると思ったマスターが突然話しかけてきたので僕は驚いた。
「引越しするって決めてから、ずっと様子がおかしかったけど…どうしたんだ」
マスターにはわかっていたんだ、そう思って僕は全てを話すことにした。

「僕がマスターと初めて会ったのがあのアパートで、色々楽しかったことがあったのもあそこ
 なんだ。だからあのアパートに想い入れがあって、それで寂しいような気分になってたんだ」
マスターは何も言わずに僕の話を聞いてくれた。
「でもマスターはあのアパートを離れることに何も感じていないみたいで…」
「俺だってあそこを離れるのはつらいさ、何せ学生の頃から住んでたしな。
 でも住み続けてもいつかはあそこを去らなきゃならない、そう考えて
 引越ししようと決めたんだ、ごめんな蒼星石、お前の気持ちを汲んでやれなくて」
マスターがそんな風に考えていたなんて、思ってもいなかった。
「でもな蒼星石、あそこであった思い出はなくなるか?」
ううん、なくならない、初めてマスターに会ったときのことも、楽しかったことも全て覚えている。
僕は返す言葉も見つからず、マスターの腕に抱かれていた。マスターに全てを打ち明け、
マスターの気持ちを聞くことでもやもやは全て無くなっていた。

「マスター」
「ん?」
「明日からこの家でいっぱい思い出作ろうね」
そう言って僕はマスターにキスをした。そうしたらマスターは急に僕を押し倒した。
「いや…今日から作ろうか」
「え?どうしたのマスター?」
「どうして俺が一戸建てに決めたと思う?」
「え、広いところに住みたかったからじゃ…」
「それもあるけど、一番は声を出しても隣に響かないからな」
「えっだめだよマスタぁぁ」

(この後の出来事は妄想で補填してください)



-おまけ-

翠「ここが蒼星石と人間の新しい住処ですか、う~んなんかボロっちぃです。
  アポもなしで鏡で来ればあいつらも驚くですぅ」
蒼「だめだよマスター、こんな昼間から…聞こえちゃう…」
マ「大丈夫だよ、一戸建てなんだから」
蒼「あっ…だめぇぇ」
翠 ( Д)  ゚ ゚
翠「お前ら、聞こえてるですぅ!!」
マ・蒼「!!」