ラピスの脳内再生ボイスは蒼と同じで

タイトル「未来への遺産」

1「出会い」

19世紀、ドイツ、ここに一人の少年がいた。彼は孤児だった。
父は戦争で死に、母は敵国兵士の慰安婦として連れて行かれた。
彼は他の孤児達と上手く馴染めず、いつも一人だった。
子供は仲間外れの子を何故か非常に敵視する。
彼はいつも虐められていた。
来る日も来る日も虐められた。幼いということは残酷だ。手加減を知らないから。
彼は少年達の本能のままに、サッカーボールのように蹴られ、サンドバッグのように殴られた。
幼い心はそれに耐え切れず、ある時彼は死を決意した。
死ねば痛みから解放される。父母の元へ逝ける・・・
夜、彼は孤児院をこっそり抜け出し、近くの川へ向かった。
「入水自殺。」小さな頭をいっぱいに使って出た答えだった。
今まさに、川に飛び込もうとした時、彼の後ろで声がした。

「ねぇ君、そんな所で何をしているの?」

彼はビックリして後ろを振り向いた。今は真夜中、皆深い眠りについている時間だ。
振り向いた先にいたのは、彼と同じぐらいの年の男の子だった。

「そんな所にいたら、川に落ちてしまうよ、こっちへおいでよ」

「止めないで、俺はこれから死ぬんだから」

「何で死ぬんだい?」

「もう一人は嫌だから、虐められるのが嫌だから・・・」

彼はいつの間にか泣いていた。思えば同い年の子供とまともに話したのは
これが初めてであった。嬉し泣きだった。

「一人?君も一人なのかい?じゃあ僕と一緒だね」

「え・・・?」

「こっちへおいでよ。一緒に話そうよ。手を貸すよ」

見知らぬ子供からの誘いに、彼は戸惑ったが、自然に手が差し伸べられた男の子の手を握っていた。
男の子は力いっぱい彼を引き上げた。引き上げた時の反動でどてっと後ろに倒れた。
「キャッ」と男の子らしからぬ声を上げた。

「あの・・・君は誰なの?」

「折角だから公園でも行こうか」

男の子は彼の質問には答えず、公園に行こうと促した。
彼は男の子の誘いに乗って公園に行く事にした。
夜中の公園は、昼間の賑やかな姿とは違う、もう一つの姿をしていた。
いつもは満員のブランコが、風邪に吹かれてキコキコ揺れていた。
その光景は、幼い彼には何故かとても怖く感じられた。

「あそこのベンチに座って話そうよ」

彼は男の子に促されるままベンチに向かって歩いていった。
一体この子は誰なんだろう。何故自分に構うのだろう・・・
何故こんな時間に外をほっつき歩いているんだろう。
聞きたいことが多すぎて、頭がパンクしそうになった。

「ふぅ、疲れたね」

「うん・・・」

口では疲れたと言いながらも、男の子は全く疲れた様子を見せない。
それどころか、男の子は足をパタパタさせている。
まるで足が独自の意思を持っているみたいだ。

「ねぇ」

「ん?」

「どうして俺に構うの?」

「どうしてって・・君がとても寂しそうにしていたから」

「・・・」

「それに君は、僕に似ているんだ。僕も一人ぼっち、君も一人ぼっち、
一人ぼっち同士、仲良く出来ると思ったんだ。」

共通する物がある者同士の間には、見えない「絆」のようなものが生まれる。
きっと男の子も、彼の一人ぼっちという部分に強いシンパシーを感じたのかもしれない。

「あ、後、友達が欲しかったから」

「友達?」

「僕も君と同じで、いつも一人ぼっちで寂しかったんだ。だから、
この寂しさを共に受け止めてくれる存在が欲しかったんだ。」

「友達・・・か・・・」

「それでどうなの?君は僕と友達になってくれるのかい?」

彼は少しの間黙り込んだ。「友達になろう」なんて持ちかけられたのは
初めてだったので、何て答えたらよいのか分からなかったから。

「俺は・・今まで一人だったから、友達になるっていう事がよく分からない。
だから、君の言う「友達」にはなれないかもしれない。だけど、それでもいいなら・・友達になろう」

不器用な言葉で不器用に自分の気持ちを彼は伝えた。男の子は笑いながら言った。

「やったぁ!これで君と僕は友達だね!」

「そ、そうだね・・・よろしく」

「こちらこそよろしく!」

照れくさそうに彼が笑うと、男の子もまた、照れくさそうに笑った。

「あっ!そうだ、君、名前は?」

大事な事を忘れていた、という感じで男の子が言い出した。

「名前・・・名前はないよ。あるんだけど、思い出せない」

彼はいつも周りから「おい」とか「お前」と呼ばれていて、名前を呼ばれた事など無かった。
父母に呼ばれていた自分の名前など、とうに忘れていた。

「じゃあ、考えようよ、君と僕で」

「え?」

「そうだなぁ・・あ、そのバラのバッジ、可愛いね。」

彼の胸に光るそれは彼の宝物であった。母から貰った大切なバッジであった。

「そうだ!そのバラのバッジにちなんで「ローゼン」っていうのはどう?」

「ローゼン・・・うん、いいかも」

「じゃあ今度から君はローゼンだ!宜しくね!ローゼン」

「うん、宜しく。ところで・・・君の名前は?」

「僕はラピス。と言っても、僕が自分で決めたんだけどね。」

「自分で決めた?」

「僕も君と同じで名前が無かったんだ。だから自分で決めたんだ」

そう言うと、彼はポケットから何かを取り出した。
それは青い石のような物であった。

「綺麗でしょ?ラピスラズリって言うんだ。この石から取ってラピスにしたんだ。」

蒼く輝くその石は、不思議と彼を魅入らせた。彼が手を伸ばし触れようとした時、
ラピスはさっと石を引っ込めた。

「駄目だよ。僕の宝物なんだ。もっと仲良くなったら触らせてあげる」

「意地悪」と言った感じで、彼はラピスを見た。

「あっ・・・もうこんな時間だ。帰らなくちゃ。ふふ、楽しい時間はあっと言う間に流れてしまうものだね」

ふと空を見上げる。太陽が少し顔を出していた。

「ねぇ、また会えるかな」

「僕はまた明日の夜も公園にいるよ。だからローゼンも来てね」

「夜?」

「うん。僕は夜しかローゼンに会えないんだ。昼はいろいろ忙しくて」

「ふぅん・・・」

「じゃあ、そろそろ行くね・・・じゃあね!」

ラピスが彼に背を向けて走り出した。が、不意に何かを思い出したかのように彼の元へ
戻ってきた。そしてラピスの唇が彼の頬に軽く触れた。

「言い忘れたけど、僕は女の子だよ。こんな服装で「僕」なんて言うものだから、
いつも男の子に間違えられるんだけどね」

少し頬を赤く染めてラピスは言った。そして「またね」と言うとそそくさと走って行ってしまった。
走り去るラピスの後姿を見えなくなるまで彼は見送っていた。


2「真夜中の密会」
彼はばれないようこっそりと孤児院に帰ると、自分の部屋に戻り
ラピスの事を思い出していた。
栗色のショートヘアに左右で色が違う目が妙に印象的だった。

ラピスに会った日から、彼は変わった。虐められても抵抗するようになった。
いままでほとんど光を宿していなかった目が、日に日に輝きを増してきた。
やがて誰も彼を虐めなくなった。
そして彼は毎晩、ラピスに会いに行った。

「やあ、ラピス」

「ローゼン。今日も来てくれたね。嬉しいよ」

二人は毎晩、ふたりが友達になったあのベンチに腰掛け、話をした。

「あれ?そのシルクハット、どうしたの」

「家にあって気に入ったから被ってきたんだ。変じゃないかな?」

「変だなんて。その逆だよ、凄く似合ってる」

「そうかな?でも、これだと益々男の子に見えちゃうかな?」

「そんな事無いよ。でもまだ少し大きいみたいだね。もう少し大きくなったらきっとピッタリだね」

「フフ、そうかもね」

「アハハ」

ラピスが笑うと彼も笑った。笑ったときのラピスは、とても可愛らしかった。

「ねえ、ローゼンは兄弟とか欲しいとは思わない?」

「俺は思わないよ。いたら一人で羽を伸ばせないしね」

「ふうん。僕はその逆、姉妹が欲しいんだ」

「姉と妹、どっちがいいの?」

「姉も妹も、両方。そうしたら、きっと毎日賑やかで楽しいよ」

「確かに、お転婆なラピスにはその方がお似合いかもね」

「あ、こらぁ!ローゼンの意地悪」

冗談ぽく彼が言うと、ラピスは頬を膨らませた。
ラピスは見た目こそ男の子のようだが、話してみれば可愛らしい女の子だ。
毎晩二人は夢のような時間を過ごした。
初めて出会った時から一年が過ぎようとした頃、ラピスが言った。

「ローゼンは、随分変わったよね」

「変わったって、何が?」

「すっかり明るい性格になって、体も僕なんかよりもずっと大きくなったね」

「そう?自分じゃよく分からないな」

「ねぇ、ローゼン」

「ん?」

ラピスはポケットからあのラピスラズリを取り出してみせた。

「もう、触ってもいいよ」

ラピスは、彼の手を取ると、そっと彼の手にラピスラズリを乗せた。
蒼い輝きを放つラピスラズリは、微かな温もりがあった。
そして、何故だかとても懐かしい感じがした。
しばらくすると、ラピスが彼の手からそれを取り上げると、再びポケットにしまった。

「どうだった?」

「なんだかとても、気持ちが安らいだよ」

そう言うと、ラピスは嬉しそうに微笑んでみせた。
暫くの間、二人とも黙っていた。
先に沈黙を破ったのは、ラピスの方であった。

「ローゼンは、神様って信じてる?僕は信じてるんだ」

「俺は信じてないよ、今まで何度も祈ったけど、一度も報われた試しがないから」

「そんな事を言うものじゃないよ。祈り続ければ、きっといつか報われるんだ」

「そうなのかな?」

「そうさ。必ず。だって僕がそうだったから」

「何を祈ったの?」

「それは・・・秘密さ」

何としても聞こうと思い、何度も問い詰めたが、ラピスは話してくれなかった。
来る日も来る日も聞いてみたが、その内彼は聞くのをやめた。
何故だか聞いてはいけないような気がしたから。
知ってしまったら、何かを失うような気がしたから。


3「成長」

五年の時が流れ、彼は少年から青年になった。
大きくなるにつれ、彼の周りには友達が増えていった。
彼は毎日が楽しくて、笑いが絶えなかった。
この頃から彼はラピスに会いに行く回数が少なくなった。
以前は毎日会いに行っていたのに、月を重ねるにつれ、一ヶ月に20回、10回、5回・・・と減っていった。
今の彼には、ラピスといるより、他の友達といる方が楽しかったから。
ある時、彼は久しぶりにラピスに会った。

「やあ、ラピス。久しぶり」

「うん・・久しぶり」

久しぶりに会ったラピスは、どこか悲しげな顔をしていた。
以前のように元気に彼を出迎えてはくれなかった。
二人はいつものベンチに移動すると、静かに腰掛けた。
このベンチも初めて座った頃に比べると、大分朽ちてきている。
座ったときに少し軋んだような気がした。
二人は暫く一言も話さなかった。
気まずい空気の中、ラピスが話し出した。

「ねぇ、ローゼン」

「何?」

「君は最近、あまり僕に会いに来てくれないね。どうして?」

「どうしてって、もう子供じゃないんだ。仕事も忙しいし、友達関係もある」

「僕、昨日も待ってたんだよ。一昨日も。でも、君は来なかった・・」

「それは悪かったと思ってる。でも忙しくて」

「子供の頃は良かったね・・何にも捕らわれないで、二人で楽しくここで話していれば良かったから」

「何が言いたいんだ!はっきりしろよ!」

遠まわしに何かを言おうとしているラピスに、彼は腹を立て
つい怒鳴ってしまった。静かな夜の公園に、彼の声だけが響く。

「ひどいや・・いきなり怒鳴るなんて・・」

「・・・お前がはっきり言わないから悪いんだ」

「僕はただ・・」
ラピスは涙声になりながらも続けた。

「君と、ローゼンとずっと一緒にいたいだけなのに・・」

「さっきも言ったろ。もう子供じゃない。ずっと一緒なんていうのは無理なんだ」

「・・分かった。君にはもう僕は必要無いんだね。」

「そういう訳じゃ・・」

「今まで楽しかったよ。ありがとう。そして、さようなら・・・」

「あっ、待てよ・・!」

ラピスは走りながら去っていってしまった。彼は追いかけようとしたが、
彼女は既に闇の中に消えていた。
彼は暫くの間突っ立ったままだったが、こうしていても何も起きない事に気付き、
仕方なく家に帰ろうとすると、足元で何かが光った。蒼い輝きを放っているように見えたそれは、
ラピスの大切にしていたラピスラズリであった。
彼はそれを拾おうか迷ったが、今度ラピスにあった時に返そうと思い拾う事にした。

家に帰った彼は、ベッドに寝転がったり、さっきまでの事を考えていた。
彼は怒鳴った事を後悔した。まさか泣かれるとは思っていなかったから。
気丈なラピスならきっと何か反論してくると思っていたから。
それに自分がラピスにとってそんなにも大きな存在になっていたなんて考えていなかったから。
明日ラピスに会って、これを返して謝ろう。そう決めると彼は眠りに付いた。

次の日、彼はいつもの場所で待っていたが、ラピスは来なかった。
体でも壊したのかと始めのうちは気にも留めなかった。
だが次の日も、その次の日もラピスは来なかった。
一ヶ月経ったが、来なかった。
ラピスも今の自分と同じ気持ちで待っていたのだろうか?
普段あって当然という物は、無くなって初めてその大切さが分かる。
「当然」は大切な物の価値観を狂わせる悪魔だ。
彼はその悪魔にまんまと騙され、ラピスを傷つけてしまった事を改めてした。


4「堕落」

あの日から彼はだんだん心が荒んでいった。悪友に唆されて、喧嘩や恐喝などをするようになっていった。
ラピスを失った事を忘れるため、彼はひたすら喧嘩や酒を繰り返した。
人間とは弱いもので、例えそれが人道に反している事だとしても、自分の心を癒してくれるのならそれにしがみついてしまう。
もがく様に、酒を飲み、争った。その内彼は誰からも恐れられるようになった。
誰も彼に近づかなくなった。また彼は一人ぼっちになった。
彼を唆した悪友でさえ、彼を恐れて彼から遠のいていった。
いつものように酒を飲み眠り込んだ夜、彼は夢を見た。

「痛っ!」

「どうしたの?」

「さっきそこで転んじゃってさ。傷口に触っちゃったんだ」

「放っておいたら駄目だよ。ちょっと待ってて。」

何時だっただろうか。ラピスが転んで足を擦りむいたことがあった。
どうやらその時の夢のようだ。

「ハンカチを濡らしてきたから、これで傷口を拭くと良いよ」

「でも、君のハンカチが汚れちゃうよ」

「平気だよ。ハンカチなんかまた洗えばいいんだから」

「ありがとう。君は優しいね」

「優しいのだけが取り柄だから」

「君にはずっと優しい人のままでいて欲しいな。」

ここで目が覚めた。この後自分は何と言ったのかは覚えていない。
思い出そうとしても、酔いが回っているためか、上手く考えられない。

「くそっ!」

物に当たったところで、物は何も知らないし、何も言わない。空しくなり、物に当たるのを止めた。
気分が冴えない。外の風に当たろうと、夜中の街を出歩く。
川に向かったはずが、知らぬうちにいつもの場所へ来ていた。

彼はいつも座っていたベンチに一人で腰掛けると、物思いに耽った。
何故自分はこんな風に堕落してしまったのか、何故自分はこうなる事を選んだのか。
友人に相談できればいいのだが、せっかく出来た友人も皆彼から遠のいてしまった。
彼は今までの行為を悔いた。だがもう遅い。悔いても友は帰ってこない。

「優しいのだけが取り柄だから」

夢の中でラピスに言った事を思い出した。
優しさを失った自分には、他に何かあるのだろうか。
そんな事を考えていると、横から声をかけられた。

「あの、隣いいですか?足が痛いんで座って休みたいのですが」

「どうぞ」

「では失礼して・・よいしょっと」

彼に断りを入れると、その人は彼の横に腰掛けた。
彼はその人の方を見ないで返事をした。
声からすると女性のようだ。

「さっきから何かを悩んでいるみたいですが、どうかしたんですか?」

「なんで自分はこんなに駄目な奴なのかと考えてましてね」

「そういうのは一人で悩んでも何も解決しませんよ。私で良かったら相談相手になりますよ」

悩んでいる時は、見知らぬ人であろうと相談に乗ってくれると助かるものである。
は「是非」と彼女に相談した。

「そうですか・・別れたのが原因で酒と喧嘩の毎日ですか」

「ええ」

「彼女が今何処にいるのか分かりませんか?」

「それがね、何も分からないんです。会うのはいつも夜だけだったし」

「いつも?」

「それも決まって真夜中」

「彼女、ひょっとしたらお化けかなんかじゃないですか?」

「そんな馬鹿な話あるわけないでしょう」

「フフ」

彼女が笑った。すると彼も少し笑った。笑ったのは随分久しぶりに思えた。

「それにしても、貴方は本当に駄目な人ですね」

「そうですね。笑ってくださいな」
彼は自嘲するかのように言った。

「でも、いい人ですね」

「え?」

「貴方の傍にいると、何故だか楽しい気分になります。きっとその人も
私と同じ事を感じていたのではないでしょうか」

「止めてくださいよ、恥ずかしい」

「ああ、すいません」

「ところで、貴女は何故こんな時間に外を出回ってたんです?」

「落し物をしてしまいまして」

「お礼も兼ねて、俺も一緒に探しますよ」

「そうですか?わざわざすいません。でももう少しお話しませんか?」」

「ええ。構いませんよ」

二人は暫くの間色々語り合った。話していくうちに、彼は彼女にラピスの面影を感じていた。
そんな事を思っていたためか、ついつい口に出てしまった。

「貴女、似てますよ」

「似てるって、誰にです」

「さっき話した人に。だから抵抗無く貴女に相談出来たのかもしれないな」

「その人もこんな感じだったんですか」

「ええ。貴女みたいに明るくて、お喋りで、お節介焼きでね、それで少し男の子っぽいんだ。」

「へえ」

「それに俺は付き合うと言ってないのに、勝手に彼女面して勝手に別れていってさ、
よくよく考えれば、ホント馬鹿な奴でした。」

「ふうん」

「そうやって、少し無愛想に相槌を打つところもよく似てる」

「だって僕だもん。当たり前じゃん」

「・・・え?」

「ところで貴方、さっきから一度もこっちを見てませんよね。そろそろ見てもいいんじゃないですか」

彼は慌てて彼女のほうに顔を向けた。そこにいたのは、栗色のショートヘアーに
シルクハット、左右で色の違う瞳。紛れも無くラピスであった。

「ラピス・・」

「や、久しぶり。お節介焼きとは君も言ってくれるじゃない。それに何さ、勝手にだなんてひどいなぁ」

彼は突然のことで目の前の現実を理解するのに少し時間がかかった。
が、ようやく事を理解すると、目の前のラピスの手を握った。

「うわぁ!いきなり何するのさ」

「目の前のお前がお化けじゃないか確かめたんだよ」

「もう!失礼だな。僕は僕だよ」

「そうだよな。悪かった」

隣の女性がラピスだと分かった途端、また会話が途絶えた。
あの時と同じように気まずい空気になる。
だが前と違ったのは、彼が先に会話を振った事だ。

「なあ。ラピス」

「ん?」

「ごめんな」

「何が?」

「あの時、怒鳴ったりして」

「ああ、別にいいよ。僕も遠回し言おうとしたのが悪いんだし」

仲直りの後、二人とも照れくさそうに笑った。

「ここでこうして二人で話すの、何ヶ月ぶりぐらいだろう」

「ええっとね、確か五ヶ月ぶりだね」

「そんなに」

「うん、そんなに」

「寂しかった?」

「うん、とっても」

「俺もだ」

「やっぱり僕達、似ているね」

「そうだな」

短い会話が続く。何か会話のネタになる物は無いかと回りに目をやったとき、
ラピスが足を怪我している事に気付いた。

「お前、足怪我してるじゃないか」

「ああ、さっき転んじゃって。これぐらい何とも無いよ」

「ちょっと待ってろ」

彼は水道のところでハンカチを濡らすと、ラピスに手渡した。

「ほら、傷口をこれで綺麗に拭けよ」

「でも君のハンカチが汚れちゃうじゃないか」

「ハンカチなんかまた洗えばいいんだから」

「ありがとう。やっぱり気味は優しい人だね」

「ああ。優しいのだけが取り柄だからな」

夢の展開と全く同じだ。もしかしたらあの夢は、この事を予知していたのかもしれない。
違うのは俺とラピスが成長した事だけだ。

「君にはこれからもずっと、優しい人でいて欲しいな」

「お前にずっと好きでいて欲しいから、ずっと優しい人でいるよ」

      • ああ、思い出した。そう言ったんだ。あの時も。
そしてあの時のラピスの笑顔を見た時から、俺はラピスに恋をしてたんだ。

「ありがとう。もう大丈夫だよ」

「そうか?良かった」

「ところで、今日は僕も君に話そうと思ってる事があるんだ」

ラピスの真剣そうな顔を見ると、どうやら少し深刻な話のようだ。
一体何だろうか?妙に辺りが静まり返っているような気がする中、ラピスが話し始めた。

5「真実」

「僕、人形なんだ」

「?」

何を言い出すのかと思えば、そんな事を突然言われても信じる事など出来るはずがない。
しかし、ラピスの真剣な顔を見ると、冗談を言っているようには見えない。

「何言ってるんだ?」

「五年前の事、覚えてる?」

「五年前・・・」

「僕にしつこく聞いてきたじゃない。ほら、思い出せない?」

「・・ああ!神様の話か!」

「ビンゴ」

思い出した。五年前ラピスが神様の話を持ち出して、ラピスが祈った事をしつこく聞き出そうとした事があった。
そういえばあの時は結局分からずじまいだったと、改めて思い出した。

「結局何を祈ったんだ?今なら教えてくれてもいいだろう」

「それをこれから話そうと思って」

ラピスは大きな深呼吸を一つすると、覚悟を決めたのか話し始めた。
いつものラピスとはどこか違った雰囲気を放っていたためか、彼は緊張した。

「丘の上に廃墟があるの、知ってるよね?」

「ああ、知ってる」

「僕はそこにある人形なんだ」

「あそこには何があるんだ?」

「あそこにあるのは、僕の家族の面影と、僕だけさ」

「家族?」

「そ、僕だけ残して皆引っ越しちゃった」

ラピスはゆっくりと話し始めた。あの廃墟の元の主人は、人形を愛でるのが趣味で、
色々な人形を集めていた。ラピスもその内の一体であったが、ラピスは他の人形と比べると
劣って見えたため、引越しの際、ラピスだけ置いていったのだそうだ。

「それから僕は一人ぼっちになっちゃったんだ」

「酷い話だ。見劣りするからって捨てるなんて」

「・・・」

「あ、ごめん。本人の前で」

「いいよ。続き、話していいかな?」

「ああ」

「寂しかったよ。暗い部屋の中でね、ずっと一人で座ってるんだ。毎日ずっと。」

「・・」

「知ってる?人形は喋れないけど、心はあるんだ。僕は何時からか心の中でこう祈り続けてたんだ。「人間になりたい」ってね」

「何でそう思ったんだ?」

「だって、人間って素敵じゃない。毎日仲良くお喋りして、美味しいものを食べて、自分の足で歩いて出かけて。
君らには当然のことだと思うけど、僕ら人形にとっては夢のような話なんだよ」

「ふうん・・」

「でね、ある時ついに願いが叶ったんだ。神様がね、夜の間だけだけど人間にしてやるって言ったんだ」

彼は半信半疑でラピスの話を聞いていた。神様が問いかけてくるなどあるはずがない。

「信じられないって顔してるね。だったら、これならどう?」

ラピスはブラウスの袖を少しまくってみせた。彼は目を疑った。
ラピスの手首の関節は人間のような物ではなく、人形にある丸い球体関節だった。
彼は悪戯だろうと思い、そこに触れてみた。悪戯などではなく、本物だった。だが、人肌の温かさを持っていた。

「やっ・・・くすぐったいよ」

「あ、すまない・・」

「これで信じてもらえたかな?」

「信じるしかないだろ。目の前で見せられたんじゃな」

「ふふ・・ありがとう。」

「なんか不思議だな」

「何が?」

「今おれはこうして人形と話してる。多分、喋る人形と話した人間なんて、
世界中探しても俺だけなんだろうなと思ってさ」

「僕だって、人間と話した人形なんて僕だけだろうね」

そこまで話すとラピスは黙って何やら物思いに耽ってしまった。
彼も一緒に物思いに耽った。もしあの時死のうとして夜中に川へ行かなければ、
ラピスには出会っていなかっただろう。彼は無性に自分を虐めていた少年達に感謝したくなった。
最も、虐めっ子に感謝するというのも可笑しな話だが。

「僕ね、君にあえて本当に良かったと思う。君と出会ってからは、毎日が本当に楽しくて、
いつも夜になるのが待ち遠しかったんだ。いっその事夜のまま時が止まってしまえばいいと思うぐらいに。」

「俺だってそう思ってたさ」

「覚えてる?二人であの噴水の中に飛び込んだ事」

「ああ。あの時の水の冷たさは今でも覚えてるよ」

「覚えてる?二人で君の持ってきたパンを食べた事」

「ああ。バターの付けすぎでしょっぱかったよな」

「君は覚えてるんだね。やっぱり人間はすごいなあ」

「そうでもないさ。お前だって覚えてたじゃないか」

「だって、僕はもうじきそれも忘れてしまうから」

「・・何を言っているんだ?」

「この人形劇は、そろそろ終焉を迎えるんだよ・・」

6「別れ」

「さっき言い忘れた事があるんだ。神様は夜だけという条件のほかにもう一つ条件をつけたんだ」

「それは?」

「6年。6年の間だけ人間にしてくれるっていったんだ」

「6年・・・」

「そう。そして今日がその最後の日・・今日の朝には僕はただの人形になって消えちゃうんだ」

「そんな!」

彼は思わず叫んだ。せっかくまた会えたと思っていたのに。
またこうして毎日会えると思っていたのに。
彼の願いはまたしても打ち砕かれた。やはり神様などは存在しない。

「どうしてそれを先に言わなかったんだ!」

「・・・本当は言わないつもりだったんだ。言わないでいつものように家に帰って、静かに人形に戻ろうとおもってたんだ。だけど・・」

「だけど・・?」

「やっぱり君が、ローゼンが好きだから、最期は君に見届けて欲しくて、やっぱり言う事にしたんだ」

「俺だってお前の事が好きだ!だから今度こそずっと一緒にいようって言おうと思ってたんだ!なのに、そう言おうとした側から・・」

彼は泣いた。声を上げて泣いた。彼は今まで一度も泣かなかった。泣くのはかっこ悪いと思っていたから。
しかし好きな人の為に泣くのは格好いいと思ったので泣いた。

「・・・ずるいや、君ばっかり泣いて・・僕は女の子だけど、泣くのは我慢してたのに・・」

ラピスも泣いた。二人は所構わず泣いた。傍から見ればさぞ奇妙な光景なことだろう。
深夜の公園で、青年と少女が大声で泣いているのだから。

「・・そろそろ泣き止もうよ。僕達変な人達だと思われちゃうよ・・」

「・・・そうだな」

二人はやっとの事で泣き止むと、また黙りこくってしまった。
話したい事が沢山あるはずなのに、何を話せばいいのか分からない。

「ねぇ、今何時?」

「3時丁度だ」

「後三時間・・・これからどうしようか?」

「遊ぼう」

「何して?」

「前みたいにあの噴水に飛び込もう」

「いいね。やろうか!」

ラピスはいつもの元気なラピスに戻った。だが心の中ではきっと・・
彼は今自分に出来る事はラピスを楽しませる事だと悟った。

「じゃあ、いくぞ!」

「うん!」

二人は同時に噴水へ飛び込んだ。バシャーンと音を立てて二人とも水に浸った。
忘れかけていたあの時の水の冷たさが鮮明に蘇ってきた。
あの時もこうして二人で水に浸かりながら笑いあっていた。

「ひゃぁ!冷たいね!」

「ああ!あの時と同じだ!何も変わってないな!」

「うん!アハハ!」

「ハハハ!」

ラピスが笑ってる。彼も笑ってる。体は大きくなってしまったが、心は二人とも
少年の頃に戻っていた。無邪気に笑いあう。幸せだ。

「次はいつものベンチでパンを食べよう」

「うん!食べよう!」

彼は家に戻るとあの時と同じパンとマーガリンを持ってきた。
彼は走って公園に戻った。時間を無駄にしないように。

「美味しいね」

「うえ、しょっぱい」

「もう、そんなにマーガリンつけるからだよ」

「あの時よりは少なくしたつもりなんだがなぁ」

「はい、交換してあげる。君のも食べてみたいし」

「しょっぱいから体に悪いぞ?」

「大丈夫だよ・・・うわ!しょっぱい!」

「ほら言わんこっちゃない」

「でも美味しいね」

「だろ?」

二人で食べるパン。どんな一流のコックに作らせても、どんなにお金を積んでも二度と味わう事の出来ない味。
彼はゆっくりと味わって食べた。この味を忘れないように。
残された時間は後二時間。二人は食休みをしながら次にすることを考えた。

「あ、そうだ!」

「何だ?何かしたいことがあるのか?」

「キスしようよ!」

「な!?」

「だって恋人同士でしょ?ほら、早くしようよ」

この期に及んで、キスがしたいだなんて・・確かにラピスらしいが。
しかし始めてのキスの相手が人形と言うのはどうなのだろうか?
しかも、もう会えない相手だなんて。

「じゃ、じゃあいくぞ?」

「うん・・いいよ」

彼は目を瞑ると、自身の唇をラピスの唇に重ねた。唇にラピスの柔らかな唇の感じが伝わってくる。
人形なのに人形とは思えなかった。彼はしばらくの間こうしていたが、突然ラピスが唇を離した。

「ぷはぁ!苦しいよ。いつまでそうしてるつもりなの!?」

「え、ああ、ごめん。初めてだったから」

「僕だってそうだよ」

「ところで俺達って恋人同士だったのか?」

「違うの?僕はそう思ってるけど」

3時間だけの恋人か・・嬉しいのか嬉しくないのかよくわからない。
ふと時計に目をやる。彼は唖然とした。時が流れるのが早すぎたからだ。

「お前、前にも言ってたよな?”楽しい時間はあっと言う間に過ぎる”って」

「それがどうかしたの?」

「本当にその通りだと思って。ほら、後一時間しかないや」

「・・・」

「次、何しようか?」

「ベンチに座ってまたお話しようか」

「そうだな」

二人は再びベンチに移動すると、静かに腰掛けた。
時間は刻一刻と迫ってくる。今、ラピスはどれ程の悲しみに耐えているのだろうか。
きっと言葉では言い表せないだろう。でもラピスは泣かなかった。

「強いね・・ラピスは」

「何が?」

「こんな時なのに涙一つ流さないなんて」

「・・・」

「ラピス・・?」

何だかラピスの動きがぎこちないような気がした。
いきなりラピスが苦しみだした。

「どうしたんだ!?」

「・・始まったみたい。どうやら僕はこれからただの人形に戻るみたいだ・・」

「そんな!!まだ一時間経ってな・・・」

時刻は5時55分。ついさっきまで5時丁度だったはずだ。
彼は時の流れにへ激しい憤りを感じた。そんなにラピスを早く人形に戻したいのかと。

「ふふ・・とうとうお別れみたいだね・・・」

「待てよ!!まだ話したい事が沢山あるのに!なんで行ってしまうんだ!!」

また涙。彼は泣き虫な自分を恨んだ。最後は笑顔で送ろうと思っていたのに。
これではラピスに面子が立たないではないか。

「また泣いているの・・?駄目だよ・・笑ってよ。僕まで・・・悲しくなっちゃうじゃ・・ないか」

ラピスはぎこちなく指を動かし、彼の涙を指で掬うと舐めてみせた。

「ふふ・・しょっぱい・・嬉しいな。僕の為に・・泣いてくれてるんだね・・」

「当たり前じゃないか!恋人の為に泣かない奴なんかいない!」

「やっと恋人って・・認めてくれたね・・嬉しい・・・」

ラピスの瞳から大粒の涙が零れ落ち、頬を伝う。彼はその涙を指で拭ってやった。

「ありがとう・・君はやっぱり・・・優しいね・・」

「ああ。優しいのだけが取り柄だって前にも言ったじゃないか!」

「僕ね・・君に逢えて本当に良かったと思ってる・・一人ぼっちで寂しかった僕を君は
楽しくさせてくれた・・・毎日が本当に楽しくて、楽しくて・・・」

「・・・」

「本当に・・君にはいくら「ありがとう」と言っても足りないくらい感謝してるんだ・・・」

「それはこっちのセリフだ!あの時、お前が俺を止めてくれなかったら、俺はもう、この世にいなかった!
何回お礼をいっても足りないのは俺の方なんだよ!うう・・」

後三分。彼は「あっ」と思い出したかのようにポケットに手を突っ込むと、
あのラピスラズリを取り出した。

「これ・・あの時お前が落としていったんだ・・ほら」

彼は震える手でラピスの手を取ると、そっとラピスの手の中にラピスラズリを握らせた。
が、ラピスはそれを彼に返した。

「どうして、どうして受け取ってくれないんだ!?お前の宝物なんだろ!?」

「それ・・君に・・あげる。ぼくの・・た・・からもの。だいじにしてね・・」

「・・・ああ、大切に、大切にするよ・・そうだ・・」

彼はもう一度ポケットに手を突っ込むと、彼の宝物のバラのバッジを取り出すと
ラピスの胸につけてやった。

「これ・・きみの・・宝物じゃないか・・」

「お前がお前の宝物をくれたんだから、俺も俺の宝物をやるよ。大事にしてくれよな」

「ありがと・・・」

「どう致しまして・・・」

、もはや話す事もままならないらしく、言葉が益々途切れ途切れになる。
しかし、彼はもう泣いていなかった。笑顔でラピスの最期を見届けると決めたから。

「ねぇ・・いつかきみは・・僕の事を・・忘れてしまうのかな・・・?」

「忘れはしない・・・忘れられないよ・・・・」

「ねぇ・・ぼくの・・・最後のお願い・・聞いてくれるかな・・・?」

「もちろんさ!何だ?なんでも言ってくれ」

「にんぎょうしになって・・・おねがい・・・」

「人形師・・?」

「うん・・・そして誰からも愛される人形をいっぱいつくって・・ぼくみたいに捨てられる人形は・・・もう・・みたくないよ・・」

自分のような運命を辿るのは自分だけでいい・・ラピスの精一杯の願いだった。

「・・ああ!任せろ!世界一の人形師になってやるさ」

彼は笑顔でラピスの最期の願いを聞き受けた。
ラピスはにっこりと微笑んだ。その笑顔は、今までの中で一番の笑顔であった。

「やくそくだよ・・・」

「ああ。必ずなるさ・・」

「そうだ・・これもあげる・・ぼくにはもうひつようないから・・・」

ラピスは自分のシルクハットを取るように彼に促した。

「そんな・・これはお前のお気に入りじゃないか」

「いいの・・・きみのつくったにんぎょうに・・かぶせてあげて」

残り一分。彼は精一杯の言葉をラピスに送った。

「ラピス・・・俺はお前が大好きだ。だから、いつか俺が一人前の人形師になったら、
必ずお前にそっくりの人形と、その姉妹を作ってそばい置いてやるからな。」

「ありがとう・・・ねぇ、ろーぜん・・」

「何だ?」

「だ・い・す・き・だ・よ・・・」

「ああ、俺も大好きだ」
彼は笑顔で答えた

彼の返事にラピスの返事は返ってこなかった。時計に目をやると6時を指していた。
時計に目をやった一瞬のうちに、ラピスは消えていた。
今までの事はすべて夢かと思ったが、服が濡れていて、手にはあのラピスラズリが握られている。
紛れもなく事実だ。彼は泣かなかった。笑顔で見送るとラピスと約束したから・・・
彼は朝日に向かって歩き出した。胸に固い決意を抱いて。

7「エピローグ~未来への遺産~」

「よし、完成だ」

ここはある年老いた人形師の家。なにやら一体の人形が完成したようだ。
出来たのは栗色のショートヘアーにシルクハット、赤と緑のオッドアイの人形。

「こんにちは。私の4人目の娘よ」

「紹介しよう。お前のお姉さん達だよ。お前達も仲良くしてやっておくれ」

「双子のお前の姉はとても怖がりで臆病なんだ。だからお前が守ってあげるんだよ」

「どれ、私も長くない。お前の妹達を作りにかかるとするか・・」

数百年後、未来の人形愛好家達の間で実しやかに流れている噂がある。
~ローゼンメイデン~
まるで生きているかのような繊細さが特徴。しかし市場に出回った事が無く、
その存在が疑われている人形である。全部で七体いるが、その全てが謎である。

そしてその人形達を創ったのが・・・

稀代の天才人形師「ローゼン」である。

fin

番外編「願い」

「マスター、お茶が入ったよ」

「ああ、すまないな」

「うわぁ!ちょっと、何するのさ!」

「いや、お前の帽子ってどこのメーカーなのかなって思ってさ」

「お父様が作って下さったんだからメーカーなんか無いよ!返してよぉ!」

「はっはー!取れるものなら取ってみろ」

「もう、マスターの意地悪・・」

「ん?何か書いてあるぞ・・・メーカーじゃないか?」

「え?見せて」

「ほらここ」

「えーと・・「Lapis」って書いてあるね」

「ラピス?やっぱり何処かのメーカーじゃないか?」

彼らは「ラピス」の意味を知らない。それには沢山の思い出が込められている事も。

「そんなメーカー聞いたことがないよ。それよりお茶冷めちゃうよ」

「ああ、そうだな」

男の元で微笑んでいる彼女は人形である。彼女は今まで多くの人間に愛されてきた。男もまたその人形の事を愛している。
「誰からも愛される人形」、彼はラピスとの約束を果たした。
そしてラピスの願いは、彼女の帽子と共に受け継がれていく。これからもずっと・・

fin




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