「…おい、○○…お前とあの九人にどんな接点があるんだ?」
俺が修学旅行生の列にならんでいると、前にいた友人の佐伯が後ろを見ながら耳打ちしてきた。
あの九人。
そう、今日俺は修学旅行に蒼星石たちを連れて来たのだ。先生に許可ももらっている。
俺を含め、この学校にはバカが多い。だからドールであることに気付く奴はいないと思う。
動いているのだから人間だと信じるはずだし、球体関節に気付くほど注意力のある奴はいないだろう。
しかし、他の一般人の方々は違う。どこに孔明なみの知能を持った奴が潜んでいるかわからないのだ。
だから皆には目立つなと言っておいたはずなのだが…
おもいっきり目立っとる/(^o^)\
服こそ普通のものを着ているが、猛烈に異彩を放っている。あの面子に目立つなと言うのがどだい無理な話だったか…
「あ~…色々あんだよ、俺にも…」
「ああ、そう…あの九人は気にしない方がいいんだな?お前としては」
「ああ、そうしてくれ…」
こいつは、俺の北海道時代からの友人で、よき理解者でもある。
こいつの父親が俺の父親と同じ部署で働いており、俺の父親がこっちに転任したとき、こいつとこいつの父親も一緒にこっちに来たのだ。
「お前って本当謎が多いよな…」
後ろにいる楢崎が妙に感慨深そうに呟いた。
こいつは以前俺の家に来て蒼星石を見ている。それを含めての事だろう。
俺はそれに返事をしようとしたが、先頭で服部先生が何か説明をし始めたのでやめておいた。
先生には蒼星石たちを連れていかせてくれた恩があるし、何より手に持ってるでかい三角定規を投げつけられてはたまらない。
それでも俺に話しかけてきていた楢崎は、先生に出席簿を投げつけられて悶絶していた。愚か者め。
楢崎の二の舞にならぬように、俺は真面目に先生の話を聞くことにした。
しかし、まあ、なんだ…
暑い。
近くにあった電光掲示板には『只今の気温、38度』の文字。
8月上旬で暑い日が多いとはいえ、これほど暑いことはあまりない。
暑さに耐え、朦朧とした頭で先生の話を聞いていると――
後ろから楽しそうな声が…
「あいつら…」
…頼むから、静かにしてくれ…

▲§▽

…お願いだから、静かにして…
僕は、困り果てていた。
「うゆ~、ヒナのなの~、とっちゃやなの~っ」
「うるさいっ、ですねっ、チビ苺っ。まだっ、食べるっ、時間じゃっ、ないですよっ」
雛苺が、翠星石に取られた苺大福を取りかえそうとしてる…
当の翠星石は、とんだり跳ねたりして雛苺の追撃の手からのがれている。
金糸雀は最初は止めていたけど、無駄だと悟ったのか物珍しそうに辺りを見回しているし、
真紅は最初から止める気は無いみたいだし…
僕達ドールの荷物を持たされていたジュン君は、もともとの体力の無さとこの暑さで皆を纏める気力はないみたいだ。
のりさんと巴さんは翠星石達を止めようとしてるけど、止めきれてない。
みっちゃんさんに関しては、みんなの写真を撮るので精一杯なようだ…
おもいっきり一般の人達に注目されている。
「す、翠星石…返してあげなよ…」
「だめですぅ、返したらチビ苺はすぐに食べてしまうですよ。だから翠星石が責任を持って預かって…っ!?」
突然、翠星石が僕の後ろを見て固まる。
「…?」
みんなが僕の後ろを見る。同時に、僕も振り返った。みんなの目線の先には――
「…マ、マスター…」
みんなの目線の先にいたのは笑顔のマスターだった。でも、どうみても普通の笑顔じゃない。
えーと、なんていうか、その…
怖い。
口元は笑っているけど、目は明らかに笑っていない。
いや、口元も歪んでいるし、頬もひくついている。
僕達が固まっていると、マスターの唇がゆっくりと動く。
声は聞こえないけど、唇の動きで何て言ってるかだいたいわかる。
「――とりあえず、静かにしてくれ」
こ、怖い…
歪すぎるその表情は、もはや笑顔とは言えない。
そんなマスターを見ると、いままで騒いでいたみんなは一瞬で静まる。
それを見届けたマスターは、いつもの優しい笑顔に戻った。なんか目がうつろなような気がするけど…
元の向きに向き直ったマスター。でも、確実に様子がおかしい。
ど、どこ見てるの?
先頭にいる先生でも、前の人の後倒部でもなく、マスターはただ中空を見つめている。

そのうち先生の話が終って飛行機に乗り込むことになった。
マスターのクラスメイトが次々に飛行機に乗り込んで行く。
でも、マスターは動かない。前の人と後ろの人が話しかけてるけど、反応なし。
「マ、マスター?」
近くに行って肩をゆすってみる。
「…はッ、ドリームか…ッ…あれ?蒼星石?何で?」
…ドリーム?
「マスター、さっき僕達を注意したでしょ?そのあとあの辺を見ながら、突然動かなくなっちゃったんだよ」
さっきまでマスターが見つめていた辺りを指さしながら説明する。
「いや…なんか暑さでちがう世界に行ってたっぽい。ごめん」
なんだかよくわからない弁解をするマスター。
僕達がそんなやりとりをしていると、突然、マスターの前にいた人が話しかけてきた。
「…君は、こいつの親戚かなんかなのかい?」
「え!?えーっと、あの…あ、あなたは誰ですか?」
唐突な質問に、かなりうろたえてしまう。なんで僕が聞き返してるんだろう…
「ん…そうだな。見知らぬ相手に突然質問されれば不安にもなる」
一拍置いて自己紹介を始めた。
「――Mein Name ist Sukemasa“Shlomo”Saeki.Freut mich」
流麗なドイツ語。
「「ド、ドイツ語喋れ(んのか!?英語できないのに!?)(るんですか!?)」」
おどろいて、思わず叫んでしまった。図らずもマスターと一緒のタイミングで。二人で赤面してしまう。
その様子を見てか、佐伯さんが呟く。
「…親戚というよりは、恋人だな」
「こ、恋っ!?」
「えーそうっていうかそうじゃないっていうか…って何を言って!?」
二人してうろたえてしまう。マスターと僕が…こ、恋人――
佐伯さんは確信したかのように、にやりと笑って言う。
「ほう、やっぱりそうか。恋人なんだろう?別に隠さなくても――」
「だ・れ・が蒼星石の恋人ですってぇぇぇ!?」
むこうから走ってきた翠星石が、突然佐伯さんの向こう脛を思いっきり蹴った――
と思ったら。
「――Freut mich,Lebhaft Fraulein」
佐伯さんは完全に不意討ちだったはずの翠星石の一撃をうまく避けていた。
それどころか、不敵な笑みを浮かべ、挨拶までしている。
「…っ!?」
「…お前、すごいな」
それを見て、何か自信をなくしたような表情でマスターが呟いた。
――そんな顔しないで。マスターには、マスターのいいところがあるから。僕は、ちゃんとそれを知ってるから――
…って言おうとしたけど、気恥ずかしくて言えなかった…
「気にするな、体育の成績も英語の成績もお前の方が上だろ」
なぐさめてるつもりなのかも知れないけど、なんか余計に追い詰めてるような…
「す、翠星石の百発百中のあの攻撃を避けるなんて、すごいかしら!」
「かっこいーのー!」
(…あの人間、かなりできるのだわ…)
「…すげーな、あの人…」
「はじめまして~、一週間よろしくお願いします~」
「…のりさん、この人は先生じゃないですよ?」
「その動き、いいモデルになりそうだわ~…ねぇ、今度私の写真のモデルにならない?」
いつの間にか集まってきたみんなが、口々に感想を漏らす。
…こういったやりとりの最中にも、佐伯さんは翠星石の攻撃を避け続けている。
「…あのさぁ、楽しそうな所悪いんだけどさぁ…」
マスターの後ろにいた人が呟いた。
「「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」」
みんなが一斉にその人のほうを見る。
「はやく行かないと、置いてかれるんじゃね?」
「「「「「「「「「「アッー!」」」」」」」」」」
その一言で、僕達はいそいで飛行機に乗り込んだ。

△§▼


……
…………
…………………
……………………………
…まずい。
今、俺達は羽田発千歳行の飛行機に乗っている。
ただでさえ北海道は俺の地元であり、5年ぶりに帰る故郷なのだから普通なら楽しくないはずはない。
その上俺の隣に座っているのはむくつけき級友などではなく、俺の女神であり嫁・蒼星石なのだ。
普段の俺なら興奮のあまり奇行に走っても何ら不思議はない。
しかし、現実はどうか。
体の末端は冷えきり、心臓の鼓動は早鐘のごとくで、体中にはいやな汗をかいている上、眩暈さえ併発している。
もし目の前に鏡があれば、真っ青になった自分の顔を見ることができただろう。
「マスター?大大夫?席交換する?」
俺のそんな様子に、蒼星石が心配そうな顔で訊ねてきた。(蒼星石の席は窓側、マスターは通路側)
ああ愛しの蒼星石よ、心配してくれるのは嬉しいが、俺は弱音を吐くわけにはいかないのだ。
なぜなら、俺は君の前では頼れるマスターでいたいから…
…もう十分頼りない気もするが。
「い、いや、大丈夫。大丈夫大丈夫」
ちっとも大丈夫そうじゃない。
「だってすごく気分悪そうだよ?やっぱり――」
「俺はさ蒼星石、蒼星石に外の景色を味わってほしいんだよ。飛行機(の客室)に乗るの始めてだろ?」
そんな蒼星石にとって、これほど高い所からの景色は新鮮だろう。鞄に乗って飛ぶことがあっても、ここまで上がることはない。
「うん!すごいよね、あんなに大きかった飛行場も、街も山もあんなに小さく見えるよ」
一転、明るい表情になった蒼星石。かわいい…
後ろからはみんなの楽しそうな声が聞こえる。楽しそうでなによりだ。
…もう静かにさせるのは諦めた。
「わぁ、もう雲の上だよ!マスターも見てみなよ、ほら!」
「ん?う、うん…」
蒼星石の突然の誘いに、あからさまに動揺する俺。額に汗が吹き出る。
「ほら、早く早く!雲が羊の群れみたいだよ!」
すごく楽しそうだ。うん、それはいいんだ。俺も嬉しい。
でも外を見るのは勘弁してくれ。本当に。
「…マスター、すごく顔色悪いよ。やっぱり窓側の方がいいんじゃない?酔ったときは外を見るといいって言うし」
そう言って席を交換しようとする蒼星石。やめて本当にやめて。
「…蒼星石、別に○○は酔ってるわけじゃないんだよ…」
断ることができなでいると、見かねた佐伯がフォローしてくれた。ありがとう、でもその先は言うな。
「酔ってるわけじゃない?じゃあ何で…」
怪訝そうにする蒼星石。
さすがに佐伯も単刀直入に『こいつは飛行機が怖い』と言うのは憚られるのか、困ったような顔で俺を見ている。
流れる沈黙。
そんな俺達を見て、少しの間考えていた蒼星石は寂しそうに笑って言った。
「…マスターは、僕の隣、いやだったかな…?」
…はい?
「僕、飛行機に乗るの始めてだったからはしゃいじゃって…でも、マスターは何回も乗ったことあるんだもんね。鬱陶しかったよね…」
いやいや、いやいやいやいやいやいや。いくらはしゃいでもいいって。俺は下に地面がないのが嫌なだけなんだから。
「マスターには佐伯さんみたいな友達がいるんだから、僕なんかが隣にいても楽しくないよね…」
ちがう、それは違うぞ。俺は蒼星石が隣にいるのが一番楽しい。
だいたいにおいて、佐伯はこういう場面で隣にいて楽しくない友人No.1だ。話かけても反応してくれない。
「そんなことはない。○○は俺や他の奴が隣にいるより、君が隣にいるほうがずっと楽しいはずだ」
少し前に襲ってきた頭痛で弁明しようにもできない俺に代わって、佐伯が俺の気持ちを代弁してくれた。ありがたい。これで話かけたとき反応してくれれば…
「だって、酔ってるわけじゃないって…」
「教えてあげよう。○○は、飛行機が怖…いや、苦手なんだ」
言い換えても無駄だよ。このソロモンめ。
さっきまで後ろから聞こえてきていた翠星石の声が聞こえなくなった。たぶん俺の弱点を知ってほくそ笑んでるんだろう。
ちなみにソロモンというのは佐伯のあだ名であり、佐伯の彼女の苗字が『芝』なのでソロモン王とシバの女王になぞらえて付けられたものだ。
同じ理由でヴィシュヌ(シヴァ神から)とか孔明(司馬懿から)とか呼ばれることもあり、本人もそれなりに気に入っている。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
今俺が心配なのは俺の弱点を蒼星石どう思っているかだけだ。
「マスター、そうなの?」
蒼星石の質問に首を縦に振る。
「ごめん、マスターが飛行機が苦手だって知らなくて…でも、苦手なものはみんな持ってるんだから、気にしちゃだめだよ」
そんな俺を励ましてくれる蒼星石。いい子だ…
「でも、何で苦手なの?」
「…だってさ、何かさ、落ちそうじゃん…」
我ながら情けない。
「そうかなぁ…」
首をかしげる蒼星石。すごくかわいい。抱きしめたくなったが、頭痛に遮られた。
「…そうだ!怖いのを紛らわせるには、歌を歌えばいいって本に書いてあったよ!」
会心の表情の蒼星石。かなりかわいい。抱き(ry
蒼星石の提案にはうなずけるが、いかんせん俺は歌を歌えるような状況ではない。
「では俺が一曲」
俺が歌えないと見ると、佐伯が立候補した。まあ他人の歌を聞くだけでもいくらか気分が紛れるだろう。
「…貴様と俺とは同期の桜 同じ航空隊の庭に咲く 仰いだ夕焼け南の空に 今だ還らぬ一番機――」
「落ちてんじゃねーか!」
だいたい、何でよりによって選曲が同期の桜なのか。桜田なら後ろにいるが。
「…今はとボートに移れる中佐 飛び来る弾にたちまち失せて――」
「それも駄目だ!」
「飛行機じゃないぞ」
「撃墜されてるだろうが!」
結局、水師営の会見(永遠repeat)を三人でリレー式に歌い続けることで一時間半を乗り切った。
後ろの方でジュン君が「なんで軍歌なんだ…?」とか言ってた気もするが、気にしないでおこう。