前回


  いよいよ宴会が始まった。
  みんな楽しそうにはしゃいでいる。
 雛「あーっ、それヒナの分なのー!!」
 翠「知らねえですよ。早い者勝ちです。」
 蒼「ちょっとは他の人の事も考えなきゃ駄目だよ。宴会は皆で楽しむものなんだから。」
  こうしていつも通りのやり取りをしているとさっき見た事が嘘のようだ。
 ジ「やっぱり連れてかなくて正解だったな。」
 金「この卵焼きなかなか美味しいかしら!」
 み「きゃーっ、浴衣ではしゃぐカナも可愛いわあ!ほらほら写すからこっち向いて。」
 真「まったく、あなた達はもっと気品を持って行動しなさい。」
 の「あら、みんな楽しそうでいいじゃない。はい雛苺ちゃんには私の分を上げるわね。」
 雛「わー、ありがとなのー♪」
  こうして楽しく過ごせる今には何の不満も無い。
  ずっとこうしていられればいいのにとさえ思う。
 み「あらあら、お酒空いてますよ。ささ、どうぞどうぞ。」
 マ「あ、ありがとうございます。」
  マスターは端の方に座ってこちらを見守りながらお酒を飲んでいる。
 み「パーッといきましょう、パーッと。」
 マ「ええ、そうですね。せっかくの旅行ですもんね。」
  マスターもさっきの事を忘れられるからだろうか、どことなく安らかな顔をしていた。
 み「せっかくだからこんなメーカーの奴じゃなくって地酒でも用意しておけばよかったですね。」
 マ「いえいえ、これでも十分ですよ。美人がお酌してくれればそれだけでも十分ですって。」
  どうやら軽口を叩く余裕も出てきたようだ。
  嬉しそうにしてぐいっと飲み干した。
 み「あらやだ。褒めたところで何も出ませんよ。」
 の「あ、そういえばまだお注ぎしてませんでしたね。どうぞ。」
 マ「これは気が利くね。どうもありがとうございます。」
  注がれたお酒にマスターが口をつける。
  お酒が回ってきたのかなんか顔に締まりが無くなってきた気がする。
  デレデレしながらまた杯を空にした。
  いつもは家で飲んだりしないが多分なかなかのハイペースだろう。
  そんな風に観察していたところで僕もお酌していないと気付いた。
  皆との話が一区切りしたところでマスターの方に向かう。
 蒼「マスター、僕もお酒を・・・。」
  だがマスターは早くも静かな寝息を立てていた。
 翠「こいつと来たらだらしねえ野郎ですね。ちょっとお仕置きしてやるです。」
  翠星石がマジック片手に様子を見にきた。
 蒼「もう、イタズラはやめなよ。」
 み「あらあら、ほとんど食事してないのにお酒を飲ませ過ぎちゃったかしら。」
 蒼「え?」
 み「お料理をね、皆のところに持っていくってほとんど手を付けてなかったのよ。」
 の「この会の発案者もマスターさんなのよ。」
 蒼「そうだったんですか。」
 翠「発案者のくせに眠りこけてるとは不届き者ですね。やっぱりお仕置きです。」
 蒼「だからやめなって。」
 翠「こんなのは一種のコミュニケーションですよ。蒼星石も一度くらいやってみるといいですよ。」
 蒼「マスターにそんな事出来るわけないだろ。」
 翠「洗ったら取れますし蒼星石のした事なら笑って許してくれますよ。ちょっとは日頃の不満をぶつけてやれです。」
 蒼「不満なんて・・・あ。」
 翠「どうやら思い当たる事があったようですね。ほらお返ししてやれです。」
   翠星石にマジックを持たされ、背中を押される。
   でもなあ・・・。
   固まっていると翠星石に発破をかけられた。
 翠「蒼星石ー、いつもいつもいい子にしてるだけじゃ駄目ですよ。たまには羽目を外せです。」
 蒼「でも・・・。」
 翠「ちょっとくらいお茶目なところも見せてやった方が喜ばれるですよ。」
 蒼「うーん・・・じゃあ、ちょっとだけ。」
  目を閉じたマスターの額に文字を書く。
 翠「『肉』とは基本を押さえてますね。じゃあ今度は翠星石の番ですね。」
  翠星石がマジックを受け取ってなにやら落書きしようとする。
 蒼「お手柔らかにね。」
 翠「まあほっぺたに渦巻きでも書いてやりましょうかね。」
  いざ翠星石が書こうとしたところでマスターの目がぱちりと開く。
 マ「・・・何をしてるのかな?」
 翠「あ、いやこれはですね。」
  マジックを持ったまま翠星石が立ち尽くす。
  マスターは返事を待たずに洗面台のところで前髪をかき上げて自分の額を見た。
 マ「やっぱりね。修学旅行じゃないんだからやめてよね。」
  文字を取ろうと石鹸をつけてゴシゴシとこすっている。
 マ「あーもう、下手に達筆な分だけ逆に腹立つ!」
  そう言って腕時計を見ると何やら考えている。
 マ「すいませんがちょっと眠気覚ましもかねてお風呂で洗ってきます。皆は気にせず続けていてくださいな。」
  マスターはお風呂の用意をし、ウィッグを取った。
 み「あらもうやめちゃうんですか。」
 マ「この時間ですし、他の参加者には会わないでしょうから。なんか蒸れたから頭も洗いたいですしね。」
 み「そうですか、じゃあお気をつけて。」
  バタンと戸が閉まる。
 の「そういえばもうこんな時間だったんですね。」
 雛「ヒナ眠くなってきたのー。」
 ジ「そういやいつもならもう寝る時間だな。」
 み「じゃあお開きにしちゃいましょうか。」
 真「そうね、もう片付けましょう。」
  皆で片づけをする。
  翠星石のところに言ってそっとさっきの件について謝る。
 蒼「ごめんね、翠星石に濡れ衣を着せちゃったね。」
 翠「首謀者だし構いませんよ。それにあの状況で本当の事を言ってもどうせ信じちゃもらえねえです。」
  翠星石はそれだけ言って他のところの片付けに行った。
 真「ふふっ、確かに蒼星石があんないたずらをするとは思わないでしょうね。」
 蒼「真紅!見てたの?」
 真「まあそういう事になるわね。他人の目って案外あるものよ。」
 蒼「あれは、その・・・。」
 真「必死で顔を洗っているところをなんだか嬉しそうに見ていたけどどんな不満をぶつけたの?」
 蒼「え・・・と、それは。」
 真「言いたくないのならいいわ。ところでバスの中で誰かさんがおでこにキスされてたわね。」
 蒼「え、どうしてそれを?」
 真「言ったでしょ、人の目というのは油断ならないのだわ。それにあんな顔をしてたらすぐに分かるわよ。」
 蒼「ええ!?そんなにすごい顔してたの?」
 真「くす・・・さあ?」
  思わせぶりな事を言いながら真紅は話を打ち切ってしまった。
  そんなこんなで片づけが終わってみんな帰っていった。
  部屋に残っているのは僕と金糸雀、みっちゃんさんだ。
 み「さて、これでいいかしらね。」
 蒼「すみませんお布団の支度をしてもらっちゃって。」
 み「いいのよ。ここを会場にさせてもらっちゃったんだし大した負担じゃないもの。」
 金「じゃあ私達も帰るわね。また明日かしら。」
 み「あー、もう今日は大収穫だったわー。」
 金「私達も浴衣を着られたし宴会も出来たから良かったわ。」
 み「それもあるけど蒼星石ちゃんがマスターさんにイタズラするというレア画像もゲットしちゃったし。」
 蒼「えっ!撮ってたんですか!?」
 み「もう一部始終ばっちりよ!」
 金「あとで見せてかしらー。」
 蒼「・・・金糸雀・・・。」
 金「なーにかしら?」
 蒼「特別に見てもいいけど誰かに言ったら駄目だよ♪」
 金「は、はいっ!分かったかしらー。」
  穏便に話したら分かってくれたようで何よりだ。
 み「じゃあ私達も失礼するわね。」
  そう言って二人も帰ってしまった。
  今は部屋に一人ぼっちだ。
  さっきまで賑やかだった反動かやけに寂しい。
  それに今日はあんな事もあったせいかなんだか怖い。
  もしかしてドアを開けて犯人が現れたらどうしようなどと下らない事を考えてしまう。
  自分の身くらい自分で守れる自信はあるはずだがなんだか落ち着かない。
 蒼「マスター・・・早く帰ってきて。」
  そうすれば、きっと何も怖くないから。




  どれだけ待っただろうか、ようやくマスターが戻ってきた。
 マ「ただいまー。」
 蒼「お帰りなさい。もうみんな帰ったよ。」
 マ「聞いたよ。もう寝るんだってね。蒼星石も先に寝ていてくれて良かったのに。」
 蒼「だけどやっぱりマスターの帰りを待たずに寝るのも悪いかなって。」
 マ「律儀だなあ。そんなに気を使わないでも良かったのに。」
  頭を撫でられているうちになんだか嘘をついているようで申し訳なく感じてしまう。
 蒼「・・・本当はね、怖かったんだ。さっきあんなものを見たから。」
 マ「・・・そっか。」
 蒼「だから寝る前に一目でもマスターに会っておきたくて。」
 マ「そうだったんだ。」
  マスターは笑顔で聞いてくれている。
 蒼「それで・・・出来れば今日は一緒に・・・。」
 マ「うん、そうしよっか。」
  マスターは僕のお願いを快諾してくれた。
  二人で一つの布団に入る。
 蒼「わがままでごめんね。」
 マ「そんな事無いさ、蒼星石が僕の事を信じてくれてるんだって分かってとっても嬉しいよ。」
 蒼「ありがとう、マスター。」
 マ「こちらこそありがとう。本当は僕も不安だったんだ。」
 蒼「不安・・・何が?」
 マ「もしも蒼星石にあんな事が起きそうになったら・・・その時自分は防げるだろうか。
   蒼星石が感じている不安を自分は少しでも軽くして上げられるんだろうかって。ずっと不安だった。」
  マスターにぎゅっと抱き締められる。
  暖かい体に包み込まれると、さっきまでの不安が嘘のように気持ちが落ち着く。
  ああそうか。
  僕が怖かったのは壊れてしまうことじゃない、それでマスターに会えなくなることだったんだ。
 蒼「大丈夫、こうしているだけでもとっても落ち着くよ。ちっとも怖くないさ。」
  しがみつくようにマスターの体を抱き締める。
  マスターがそばに居てくれるのが実感できる。
  そのまま心地よい眠りに就いた。