前回


  ささやかではあるが皆で準備した宴会が始まる。
  なんだかんだで楽しそうにしてくれているのを見ると嫌な事を忘れられる気がする。
 雛「あーっ、それヒナの分なのー!!」
 翠「知らねえですよ。早い者勝ちです。」
 蒼「ちょっとは他の人の事も考えなきゃ駄目だよ。宴会は皆で楽しむものなんだから。」
 ジ「やっぱり連れてかなくて正解だったな。」
 金「この卵焼きなかなか美味しいかしら!」
 み「きゃーっ、浴衣ではしゃぐカナも可愛いわあ!ほらほら写すからこっち向いて。」
 真「まったく、あなた達はもっと気品を持って行動しなさい。」
 の「あら、みんな楽しそうでいいじゃない。はい雛苺ちゃんには私の分を上げるわね。」
 雛「わー、ありがとなのー♪」
  そんなわいわいとしたやり取りを見ているとなんだかほっとする。
 み「あらあら、お酒空いてますよ。ささ、どうぞどうぞ。」
 マ「あ、ありがとうございます。」
 み「パーッといきましょう、パーッと。」
 マ「ええ、そうですね。せっかくの旅行ですもんね。」
  そうだな、桜花さんには悪いけど幸い自分達はトラブルに巻き込まれなかったんだ。
  だったら最大限に楽しませてもらおう。
 み「せっかくだからこんなメーカーの奴じゃなくって地酒でも用意しておけばよかったですね。」
 マ「いえいえ、これでも十分ですよ。美人がお酌してくれればそれだけでも十分ですって。」
  盛り上げようとするみっちゃんさんに調子を合わせてぐいっと空ける。
 み「あらやだ。褒めたところで何も出ませんよ。」
 の「あ、そういえばまだお注ぎしてませんでしたね。どうぞ。」
 マ「これは気が利くね。どうもありがとうございます。」
  注いでもらったお酒に口をつける。
  そういえば桜花さんは心当たりがあると言っていたっけな。
  今日だけで二回もあんな目にあったのはその所為なのかな?
  だとしたら一体どんな事情で・・・。
  なんだかもやもやとした不安に駆られ、また杯をほしてしまう。
  あれこれと考えていたら一気にお酒を飲んだせいか、はたまた疲れが出たのかしばらくして眠気が襲ってきた。
  誰かに声をかけられたような気もするが自分の意識はそのまま闇に吸い込まれるように消えていった。





  ん・・・おでこをくすぐられるような感覚に意識が戻った。
  なんだかこそばゆいがまだ体が覚醒していないのか動けなかった。
  しばらくして再び何かが接近してくる気配があった。
  今度ははっきりと目が開いた。
 マ「・・・何をしてるのかな?」
 翠「あ、いやこれはですね。」
  目の前にはマジックを持った翠星石の姿があった。
  答えを待たずに洗面台に立つ。
  前髪をかき上げて自分の額を見る。
 マ「やっぱりね。修学旅行じゃないんだからやめてよね。」
  そこにはマジックで『肉』と書かれていた。
  顔を洗ってゴシゴシとこするがきれいには取れない。
 マ「あーもう、下手に達筆な分だけ逆に腹立つ!」
  腕時計を見る。いつの間にやら結構な時間になっていた。
 マ「すいませんがちょっと眠気覚ましもかねてお風呂で洗ってきます。皆は気にせず続けていてくださいな。」
  そう言い残すとお風呂の用意をし、ウィッグを取る。
 み「あらもうやめちゃうんですか。」
 マ「この時間ですし、他の参加者には会わないでしょうから。なんか蒸れたから頭も洗いたいですしね。」
 み「そうですか、じゃあお気をつけて。」




  浴場に着くとサンダルも一足しかなくやはりガラガラだった。
  脱衣場に入るとちょうど入れ違いでその最後のお客さんが出てきた。
  軽く会釈をしてすれ違う。
 マ「あれ・・・?」
  なんか今の人見覚えがあったような・・・。
  まあ相手は無反応だったし気のせいか。知人の誰かに似てた程度の事だろう。
  手早く服を脱いで浴場に入る。
 マ「おおーっ、貸し切り状態は気持ち良いねえ。」
  広い広い露天風呂に自分一人というのは寂しさよりもむしろ一種の快感がある。
  誰か来ないうちに大急ぎで頭と体を洗うとお湯に浸かる。
 マ「ああー、生き返るなあ・・・。」
  こうして目をつぶっていると気持ち良くってまた寝てしまいそうだ。
  のんびりと一日の疲れを洗い流していると誰かが入ってくる気配があった。
  構わずにそのままでいるとしばらくしてから声をかけられた。
 ジ「あ、お疲れ様です。」
 マ「あれ、ジュン君?宴会はどうしたの。」
 ジ「あの後すぐにお開きになったんですよ。」
 マ「ひょっとして僕があんな事を言ったせいかな。だったら悪い事をしちゃったなあ。」
 ジ「違いますよ。真紅達ももう寝る時間ですし、あいつらもあらかた飲み食いし尽くしちゃいましたし。」
 マ「ならいいんだけどね。せっかくの楽しい時間を邪魔したんなら悪いなって。」
 の「平気ですよ。みんな十分に楽しんでたみたいですし。発案者のマスターさんに感謝してましたよ。」
 マ「ふうん、だったら良かった・・・って、のりちゃんが何故ここにいるの!?」
 の「私ももう温泉に入って寝ようかなって。」
 ジ「そこを聞いてるんじゃないだろ。」
 み「だってここって混浴ですもん。」
 マ「げ、みっちゃんさんまで!」
 み「あらひどい。人を化け物みたいに。」
 マ「違います!その・・・若い女性がそんな。」
 み「バスタオルは巻いてるからそんなに気にしないで。せっかくの旅行ですし裸の付き合いで行きましょうよ。」
 マ「付き合いはともかく、近づきすぎですって。もう少し距離をとって下さい!」
 み「だって裸眼じゃほとんど見えないんですもの。離れてるとなんだか話しにくくって。」
 の「うふふ、こうして一緒にお風呂に入ってるとジュン君がちっちゃい時の事を思い出しちゃうわね。」
 ジ「な!いつの話をしてるんだよ!!僕はもう忘れた。」
 の「あら、お姉ちゃんははっきりと覚えてるわよ。ジュン君がシャンプーハット手放せなくって・・・」
 ジ「いちいち言わなくてもいい!」
 マ「ちょっと・・・二人で向こう行かない?」
 ジ「そうしましょっか。」
  そんなこんなで二人でその場から退散する事にした。




 マ「ただいまー。」
  部屋に入ると既に布団が敷かれ、その脇に浴衣姿の蒼星石がちょこんと座っていた。
 蒼「お帰りなさい。もうみんな帰ったよ。」
 マ「聞いたよ。もう寝るんだってね。蒼星石も先に寝ていてくれて良かったのに。」
 蒼「だけどやっぱりマスターの帰りを待たずに寝るのも悪いかなって。」
 マ「律儀だなあ。そんなに気を使わないでも良かったのに。」
  蒼星石の頭を撫で回す。
  そうしているうちに蒼星石がぽつりとつぶやいた。
 蒼「・・・本当はね、怖かったんだ。さっきあんなものを見たから。」
 マ「・・・そっか。」
 蒼「だから寝る前に一目でもマスターに会っておきたくて。」
 マ「そうだったんだ。」
 蒼「それで・・・出来れば今日は一緒に・・・。」
 マ「うん、そうしよっか。」
  蒼星石と二人で一つの布団に入る。
 蒼「わがままでごめんね。」
 マ「そんな事無いさ、蒼星石が僕の事を信じてくれてるんだって分かってとっても嬉しいよ。」
 蒼「ありがとう、マスター。」
 マ「こちらこそありがとう。本当は僕も不安だったんだ。」
 蒼「不安・・・何が?」
 マ「もしも蒼星石にあんな事が起きそうになったら・・・その時自分は防げるだろうか。
   蒼星石が感じている不安を自分は少しでも軽くして上げられるんだろうかって。ずっと不安だった。」
  そう言って蒼星石を抱き締める。
 蒼「大丈夫、こうしているだけでもとっても落ち着くよ。ちっとも怖くないさ。」
  蒼星石も抱き締め返してくれた。
  そのまま心地よい眠りに就いた。