目を覚ました瞬間、まだ腕の中にいた蒼星石と目が合う。
  どうやら自分は寝ている間も離そうとはしなかったらしい。
 マ「あ、おはよう。もう起きてたんだね。」
 蒼「おはよう、マスター。」
  そこで時計に目をやるといつもよりも一時間ほど遅い時間だった。
  疲労のせいか飲酒のせいか、少し寝過ごしたようだ。
 マ「蒼星石はいつ起きたの?」
 蒼「大体いつも通りかな。」
 マ「それでずっとこうしてたの?」
 蒼「だってこんなにがっしりと抱きすくめられてたら抜け出せないよ、」
 マ「ごめんね。起こしてくれれば良かったのに。」
 蒼「疲れてるのを起こすのも悪いと思ってさ・・・それに楽しかったから。」
 マ「え?」
 蒼「マスターのね、寝顔を見てたんだ。」
  その言葉に胸がドキリと高鳴る。
  まだ抱いたままの蒼星石に聞こえてしまうのではないかとさえ思う。
  そんな気持ちを知ってか知らずか蒼星石が続ける。
 蒼「あとね、いろいろと寝言を言ってたのも聞いちゃったよ。」
 マ「え!?な、何を口走ってたの?」
 蒼「んー・・・秘密かな。」
 マ「本人にくらい教えてよ!」
 蒼「そうだなあ、とっても楽しそうだったよ。でも夢とはいえあれは大胆すぎるんじゃないかなあ。」
 マ「だからそこを詳しくっ!」
  結局その事ははぐらかされて終わってしまった。



  とりあえず布団から起き出して身支度を整える。
  洗顔、歯磨き、そして髭剃り。髭剃りは特に念入りにやる。
  剃り残しのある女性など珍妙不可思議でしかない。
 マ「さて、こんなもんでいいかな。」
  自分で顎をさすってみる。まあ大丈夫だろう。
 蒼「しっかりとチェックしておいてね。」
  蒼星石も同じ心配をしているようだ。
 マ「分かってるよ。じゃあ蒼星石にも手伝ってもらおうかな。」
 蒼「うん、いいよ。」
  ちょいちょいと手招きをすると素直にそばに寄ってきて顔を近づける。
  どうやら真面目にチェックしてくれているらしい。
  そこをいきなり抱きしめてほおずりしてしまう。
 蒼「わっ、いきなり何するのさ。」
 マ「お手伝いしてくれるんでしょ?おー、蒼星石はすべすべだー。僕の方はどう?」
 蒼「う、うん、ちゃんと剃れてるよ。だからもうやめてよ。」
 マ「やだー、さっきのお返しだーい。」
  そのまましばらくほおずりを続行する。
 マ「ふぅ、まあ大丈夫みたいだね。」
 蒼「もう、早く放してよ。」
 マ「じゃあ今度は反対側もー。」
 蒼「あわわわ。」



  コンコン、と軽くドアをノックする。
  しばらく待っても反応が無い。
  周りの迷惑にならないように気をつけて少しだけ強くした。
  今度はドアが開く。
  中からまだ寝ぼけまなこのみっちゃんさんが現れる。
 マ「あのー、ひょっとしなくても起こしちゃいましたか?」
 み「あー、ほっとくと寝たままのこともあるから気にしないで。」
 マ「あのー、浴衣はだけてますよ。」
 み「あー、気にしない気にしない。」
 マ「そこは気にしてください。」
 み「それで用事はメイク?」
 マ「そうですね。」
 み「別にいいけど、それでも平気じゃない?すっぴんなんて大体そんなもんよ。」
 マ「でも昨日お酒飲んだからかなんだか目元が険しいような。」
 み「ああ確かに。分かったわ、ちょっくら直してあげる。」
 マ「ですよねえ。じゃあお願いしますね。」
  ああ、ついにこんな事で違いの分かる男になってしまった。
  決して踏み込んではいけない領域に侵入しつつある気がしないでもない。
 み「・・・はい出来た。こんなものでいいんじゃないかしら。」
 マ「ありがとうございます。あと確認したい事もあって来たんですよ。」
 み「なあに?」
 マ「午前中みんなで集まってお人形さんトークをするはずでしたよね。でも昨日あんな事があってどうなるのか・・・。」
 み「まあそれは桜花さんしだいじゃないかしら。結局どうしたのかも知らないし。」
 マ「そうですね、じゃあ後で聞きに行ってみます。」



  部屋に戻ってしばらくすると朝食が届けられた。
 マ「いやー、朝ごはんもなかなか美味しいね。」
 蒼「うん、そうだね。」
  膝の上から返事が来る。
 マ「じゃあもっと食べて。はい、あーんして。」
 蒼「あのさ、なんで僕は膝の上で食べさせてもらってるの?」
 マ「だって料理も食器が一人分しかないんだもん。」
  微妙に答えになっていないが気にしない。
 蒼「それならマスターが一人で食べてよ。」
 マ「やだよ。蒼星石にひもじい思いをさせるなんて耐えられない。」
 蒼「じゃあ・・・ちょうだい。あーん。」
 マ「ああもう可愛いんだからー!」
 蒼「恥ずかしいから早く食べさせてよ!」
  そんな感じで食事を終えて片付けをしているとドアがノックされた。
 マ「あ、こんにちは。」
 み「こんにちは。結局どうなった?」
 マ「すいません、食事が済んでからにしようと思ってまだ行ってません。」
 み「あらそう。じゃあ他の皆も呼んでこの部屋で待ってていい?」
 マ「そうしてください。ひとっ走り聞いてきちゃいますから。」



  桜花さんの部屋を訪れると先客がいた。
 マ「山田さんおはようございます。どうしたんですか?」
 山「あ、おはようございます。この後ので待ち合わせをしていたんですけど桜花さんが来ないので心配になって。」
 マ「・・・昨夜あんな事があったばかりですもんね。」
 山「ええ、でも昨日の話だと、とりあえず子供たち二人には伏せておいて後は普通にやろうって言ってたんですよ。」
 マ「そうだったんですか。そういえばなんか心当たりがあるって言ってま・・・」
  質問しかけたところでガチャリとドアが開いた。
 梅「おはようございます。あら、お二人揃ってなんですね。」
 マ「あ、いえ。私はこの後の集まりのこととか・・・桜花さんはどうなさるのかをたまたま聞きに来ただけで。」
  やっぱり本人にはあの話題を持ち出しづらい。
 梅「そうね、とりあえずは普通にやってもらうつもり。ただ会が終わった後で一応皆に事情は伝えようと思うけど。」
 山「じゃあ私、キャサリンを連れて来ますね。」
  そう言うと彼女は自分の部屋の方にではなく、自販機コーナーのある方へと向かった。
 マ「あれ、なんであっちへ?」
 梅「ああ、自販機の置いてある休憩所に集まろうって言ってあったのよ。」
  しばらくして轟く悲鳴。
  こみ上げてくる嫌な予感を必死で否定しながらその源へと駆けていく。
  ああ、やっぱり・・・。
  半ば予想していた光景がそこにあった。
  山田さんがキャサリンと呼んで大事にしていたビスクドールの“死体”が休憩所の椅子の上に鎮座していた。
  第一の被害者と同様に、腹の中に詰まっていた綿を周りに撒き散らしながら。