午前七時半

マ:「あ、いけね。」
   朝食を食べている最中、マスターは急に何か思い出したように声をあげた。
蒼:「どうしたの?」
マ:「すまん、言うの忘れてたが、今夜は友人達と飲み会があるんだった。」
蒼:「そうなんだ・・。遅くなるの?」
マ:「いや・・、遅くなるというかなんというか・・・。」
   なんだかマスターの歯切れが悪い。
マ:「話の成り行きでここでやるになってなぁ。飲み会。」
蒼:「ここで?」
マ:「ああ。だから蒼星石、明日まで柴崎さんとこに厄介になっててくれないかな?
   俺から柴崎さんとこに頼んでおくから。」
蒼:「僕は、構わないけど・・。もう、そういうことはもっと早く言ってね。」
マ:「すまんすまん。」
   苦笑いしながらマスターは謝った。
蒼:「何人くらい来るの?」
マ:「5、6人ぐらいかなぁ。もっと増えるかもしれない。」
蒼:「僕、お料理とか用意しといた方がいい?」
マ:「いや、俺が作るからいいよ。今回は蒼星石何もしなくていいから。
   芝崎さんとこで大人しくしててくれ。」
蒼:「うん・・。」
   このとき僕はなぜだかちょっとだけ不思議な気分になった。決していい気分じゃない。
   なんだろう・・・?
マ:「じゃ、そろそろ行ってくる。」
   食事を平らげてマスターは席を立った。
蒼:「行ってらっしゃい。お仕事頑張ってね。」
マ:「いってきまーす。」


   午後六時

   ガチャ・・・
   玄関の扉の開く音が聞こえた。続いてリビングへのドアの開く音が。
   足音が近づいてくる。
   僕はキッチンから顔を出した。
蒼:「おかえりなさい、マスター。」
マ:「ただいま。なんだ、まだいたのか。」
   マスターは両手いっぱいの買い物袋を提げて意外そうな顔をしていた。
蒼:「うん、僕も飲み会の準備手伝うよ。」
マ:「ふぅー。」
   マスターは買い物袋に入ってる食材と飲み物を食卓テーブルの上に並べながら大きく息をついた。
マ:「いいって言ったのに。」
蒼:「でも、ほら、もうサラダ作っちゃったし。」
マ:「・・そうか、ありがとう。悪いな。」
   マスターは僕の作ったサラダを一瞥し、そう言うとキッチンから出ていった。
蒼:「・・・・。」
   少しして着替えを済ませたマスターが戻ってきた。
   マスターはエプロンを身に着けながら、
マ:「じゃあ後は俺がやるから蒼星石は柴崎さんとこに行っててくれ。」
蒼:「他に手伝えることないかな?」
マ:「え、うーん。いや、いいよ。大丈夫。」
   マスターはそう言うとひとり料理作りに取り掛かってしまった。
蒼:「・・・・。」
   僕は料理に取り掛かっているマスターの後姿をぼんやりと眺めた。
マ:「どうした、柴崎さんとこ行かないのか?」
蒼:「あ、ううん。じゃあまた明日ね。」
マ:「ああ。また明日。」


   午後十時

マツ:「蒼星石ちゃんとこうしてゆっくり夜を過ごすのも久しぶりねぇ。」
   夕食を食べ終え、何をすることもなく、ただテレビを眺めているとおばあさんがそう言ってきた。
マツ:「マスターさんのことが気になる?」
蒼:「少し・・。」
元:「今頃楽しく仲間内でドンチャン騒いでるじゃろ。」
蒼:「・・・・。」
マツ:「さ、もう寝ましょうか。」
元:「なに、もうか?」
   おじいさんが時計の方に首を巡らせた。
マツ:「ええ、もうさっさと寝ちゃいましょ。ね、蒼星石ちゃん?」
蒼:「そう・・ですね。あ・・!」
元:「どうした?」
蒼:「鞄忘れてきちゃった・・。」
   僕としたことが・・・。
元:「ふむ、では今宵はわしの布団で一緒に・・・」
マツ:「じゃあ私の布団で寝ましょうか?」
蒼:「そうします。すみません。」
マツ:「気にしないで。」
元:「あのぅ・・」


   午前一時

   辺り近所みな寝静まった深夜、僕はひとり目を覚ましてしまった。
   上半身を起こして隣のおばあさんを見やる。
   そして、反対の横に並んだ布団の中のおじいさんを見やる。
   二人とも昏々と眠っていた。
   マスターも、もう寝たかな。
   枕のそばに置かれた置時計を見て時間を確認すると、一時を過ぎていた。
   さすがにもう寝てるよね。
   僕は再び床に就いた。
蒼:「・・・・。」
   何とはなしに暗闇に慣れた目で天井を見つめる。
   目は冴えていく一方だった。
   胸の奥がモヤモヤする・・始めは小さかったのに・・モヤモヤが後からだんだん大きくなってきている。
   今、マスターは家にいるんだよね・・、でも、自分はなんでここで・・。
   僕はマスターの人形なのに・・・。
   何か自分がマスターからつまはじきにされているかのよう・・・。
   僕も飲み会に・・・、言えるわけない。
   マスターが他の人と会ってるとき、僕は決まっておじいさんの所かジュン君の
   所にお世話になってるから寂しくなんか、ない。けど・・・。
   言いようの無い疎外感が僕を苛んだ。   
   僕は意を決して起き上がり、枕元に置いてあった帽子を被った。
   鏡の前に立ち、飛び込む。
   この胸のモヤモヤを鎮めるには、とにかくマスターに会う他ない。
   せめて、マスターの寝顔だけでも見れれば・・。


   nのフィールドを通過し、僕は真っ暗闇のマスターの部屋に降り立った。
   暗闇の中うっすら見える扉に近づくと複数の人の声が聞こえてきた。
   まだ飲み会やってるの・・!?
   どうしよう、戻ったほうがいいかな・・。
   でも、もうここまできたんだし・・ちょっと様子を見るぐらい・・・。
   僕はそろそろと扉を開けると、廊下に出て喧騒が聞こえてくるリビングの方へ足を運んだ。
   深夜を過ぎているというのに飲み会は盛況のようだった。
   廊下に幾重もの声が響いてきている。
   そして、時折女の人の声も混じっていることに気付いた。
   そして、マスターの声も・・。
蒼:「・・・。」
   扉がほんの少し開いている。僕はそこから気付かれないように、こっそりとリビングの中を伺った。
   扉の隙間に顔を近づけた瞬間、熱気をはらんだ空気がこちらに流れ込んできて僕の前髪を薙いだ。
   リビングは僕のよく知っている、僕とマスターの空間じゃなくなっていた。
   一種異様な空気が伝わってくる。僕にはなじみの無い空気だ。
   この空気の中にマスターがいる・・。
   僕は目を凝らした。
   一番最初に目についたのはマスターより大きな男の人の背中だった。
   ここで僕は、初めてマスターの友人を見たことに気付く。
   マスターの友人・・。
   いったいどんな人たちなんだろう・・。
   マスターといっしょで、優しい人たちなんだろうか。
   ・・マスターはどこだろう?
   視線を移動させると・・いた! マスターだ。
蒼:「!」
   マスターのすぐ隣に女の人が座っていた。
   そしてあろうことかマスターの背中をバンバン叩いてる。
   マスターは抵抗せず、ただ眉根を寄せて困った顔をしていた。・・けど口元が綻んでる。
   そして、場が沸きあがるたび、マスターは楽しそうに笑っていた。
   僕の与り知らないマスターの笑顔がそこにあった。
蒼:「・・・・。」
   いったいどんな話で盛り上がってるんだろう。
   なんだか、僕はひどい孤独感を感じた。
   と、その時、
   男の人が一人立ち上がった。こちらに近づいてくる・・・!
   慌てて扉から離れる。
   男の人が扉を開けて出てきたのと、僕が物陰に隠れたのは、ほぼ同時だった。
   どうか見つからないように・・・。僕は息を潜める。
友:「・・・?」
   マスターの友人は立ち止まってるようだ。
   じっと固まってると、やがてマスターの友人はフラフラとお手洗いの方へ向かって行った。
   僕はホッと息をつく。
   そして、お手洗いから戻ってくるだろうマスターの友人をやり過ごそうと、そのまま息を潜め続けた。
蒼:「・・・・。」
   ・・・何やってるんだろ、僕。



友:「なぁ~。」
   酒臭い息を撒き散らしながら、先程トイレにたった友人の一人が俺に訊いてきた。
マ:「なんだ?」   
友:「おまえんち、ネコでも飼ってんのかぁ?」
マ:「飼ってないけど、なぜに?」
友:「さっきトイレ行く途中に何かいたぞ。すぐ隠れちゃったけど。
   こう、頭になんか被ったネコっぽいのがひゅっと。この家は化け猫でも棲みついてんのかぁ?」
マ:「この酔っ払いが。何言ってやがんだ。」
友:「へらへらへら」
マ:「・・・・。」
   ある不安が俺の胸を過ぎった。
   まさかな・・・・。だが万が一ということもある。   
友:「どした~?」
マ:「ちょっとトイレいってくる。」
   俺は席を立った。


   リビングを出て扉を閉める。そして小声で呼びかけた。
マ:「蒼星石・・。」
   間髪入れず暗闇から返事があった。
蒼:「マスター・・・。」
   ああ・・なんてこった。
   声がした方へ向かう。
   暗闇の中、物陰にうずくまってる蒼星石を発見する。
マ:「なにしてんだ、そんなとこで。」
   俺の咎める口調に蒼星石は一層身を縮こめた。
蒼:「ごめんなさい、僕・・。」
   蒼星石の言葉は続かなかった。動こうともしない。
蒼:「・・・・。」
   埒が明かないのでとりあえず抱き寄せた。
   頬を触る。案の定、冷たい。
マ:「まったく・・。寒かったろうに。」
   蒼星石は俺に顔をあわせようとしなかった。
   俺は黙ってそのまま蒼星石を寝室に連れて行った。
   そっと、ベッドに蒼星石を寝かせる。
蒼:「マスター・・。」
マ:「なんで来たんだ?」
蒼:「・・・・。」
マ:「まぁ、いいや。とにかくもう寝ろ。おやすみ、蒼星石。」
蒼:「・・・おやすみなさい・・。」
   電気を消す。
   はぁー、そんな寂しそうな顔見せつけられたら、酒なんてもう楽しく飲めねぇだろうがよ。


   目を閉じる・・。
   このベッドからは、いつもの、僕の知ってる、残り香が・・・。
   うとうとしてると、急に騒がしい声が聞こえてきた。
   それに伴ってドヤドヤと廊下を歩く複数の足音。
   やがて、パッタリと静かになった・・。
   それから少しして、マスターがそうっと多分、僕を起こさないように、寝室に入ってきた。
   ベッドの中で横たわりながら、僕はマスターに声を掛けた。
蒼:「お友達、みんな帰ったの?」
マ:「まだ寝てないのか。」
蒼:「うん・・。」
マ:「みんな帰らせたよ。」
蒼:「僕がきちゃったから?」
マ:「・・・そうだな。」
蒼:「・・・・。」
マ:「気にすんな。そろそろお開きにするとこだったから。」
   本当かな・・。

   トゥルルル・・・トゥルルル・・・・

マ:「・・・・。」
   こんな深夜に電話が掛かってきた。
   マスターは電話の置いてある廊下へ出て行く。
蒼:「・・・・。」
   こんな夜更けに誰が・・・?
   あ、もしかして・・・。
   僕は慌てて身を起こし、遅れてマスターの後を追っかけた。


   廊下に出るとマスターが電話に応対していた。そして、チラッと僕の方を見やり
マ:『はい、そうです。こちらにいます。夜分遅くにお騒がせさせてしまってすみません。
   ・・・いえ、とんでもないです。
   ・・・本当にすみませんでした。・・はい、おやすみなさい。』
   電話を終え、マスターは受話器を置いた。
蒼:「おじいさんとおばあさん・・?」
マ:「ああ、深夜ふと目を覚ましたら、蒼星石がいなくなってたもんだからビックリしたみたいだな。」
蒼:「・・・・。」
マ:「明日、謝らなきゃな。」
蒼:「うん・・・。」
マ:「さ、もう寝ないと。」
蒼:「マスター・・・。ごめんなさい。」
   おじいさんおばあさんのところで大人しくしてるように言われたのに・・。
   言いつけを破って、こんな深夜に抜け出して、マスターに迷惑を・・。
マ:「いいから、もう寝な。」
蒼:「ごめんなさい・・・。」
   マスターだけじゃない、おじいさんおばあさんにも迷惑をかけてしまった・・。
マ:「ほら。」
   マスターは僕の手をとって寝室まで連れ添ってくれた。


   僕は再びマスターのベッドについた。
   暗闇の中、マスターは寝巻に着替えてる。
蒼:「マスター。」
   ベッドの中から呼びかける。
マ:「ん?」
蒼:「僕、マスターがお友達とお酒飲んでるところ、扉の隙間から覗いてたんだ。」
マ:「そうかい。」
蒼:「怒ってる?」
マ:「別に怒るほどのことじゃないだろ。」
蒼:「おじいさんおばあさんのところを抜け出してきたことは?」
マ:「・・・ちょっと怒ってるよ。」
蒼:「・・・・。」
マ:「お説教は明日だ。とにかくもう寝なさい。」
   僕は寝ながらそっぽを向き、ポツリと呟いた。
蒼:「・・・扉の隙間からマスター達を覗いてた時、僕、すごくみじめだった・・・。」
マ:「・・・・。」
蒼:「僕は人形だから、ずっとコソコソしなきゃいけないんだよね。
   たとえマスターの大切な友達に対しても。
   ずっと、こんな調子なんだよね・・・?」
マ:「ああ、そうだな。」
   マスターははっきりと言った。
   そして、依然マスターにそっぽを向いている僕の頭を撫でた。
マ:「そう、拗ねなさんな・・。」
蒼:「拗ねてなんか、ないよ・・・。」
   除け者になるのはしょうがないことなんだ。だって僕は人形だから・・。
   それは、わかってるはずなのに・・・。
マ:「寂しいか?」
蒼:「うん・・・。」
マ:「じゃあ一緒に寝よう。」
蒼:「うん・・・。」
   マスターがベッドの中へ入ってきた。
   僕はマスターの胸へ抱きつく。
マ:「これからも、寂しい思いさせることは幾度もあると思う。」
   そう言って、マスターは僕の背中に両手を回した。
マ:「だから・・・」
蒼:「うん。だから、今、たっぷりと・・・」
   あなたの愛情を・・
蒼:「お願い。」
マ:「たっぷりか・・わかった。」
   いつも以上に、濃密な口付けを交わす。
   やがて、マスターが口を離した。
蒼:「はぁ・・もっと、欲しいよ・・駄目?」
   いつやってくるかも知れない寂しさに耐えれるように・・今たっぷりと・・欲しいんだ。
   マスターは答えず、ただ唇を寄せた。
   再び僕とマスターの唇が重なり合う・・・。


   長いキスのあと、僕とマスターは互いに抱き締めあったまま、眠りについた。


                                  終わり