ある日の早朝。
チュンチュンチュン・・・
マ:「ふあ・・・。」
窓から聞こえてくる雀達の鳴き声に起こされて、俺は目覚めた。
部屋の隅に片付けられた鞄を見やる。蒼星石はもうすでに起きてるようだ。
俺は寝巻から服に着替え、顔を洗うために廊下に出た。
マ:「む?」
廊下に仄かに甘い香りが漂っている。なんの匂いだろう。
俺は洗顔その他を済ませると、リビングの方へ向かった。
リビングの扉を開けると、より一層甘い香りが馨ってきた。
蒼:「おはよう、マスター。」
マ:「おはようさん、蒼星石。」
頭に三角巾を巻き、エプロン姿の蒼星石がキッチンから出てきた。
マ:「何か作ってるのか?」
もう、この時点で香りの正体はだいたい掴めていた。苺の匂いだ。
蒼:「うん、おととい、おじいさんのところからたくさん頂いた苺をね。
ちょっと僕とマスターには食べきれない量だったからジャムにしてみたんだ。」
マ:「ほう。」
蒼星石の手作りジャムか。
俺は感心の声を上げ、蒼星石と一緒にキッチンへ向かった。
ジャムの甘ったるい匂いがキッチン中に充満している。
俺はテーブルの上に置かれている、苺が入っていた箱三つ全てが空になってるのを見て驚いた。
昨日見た時点では箱三つとも苺がこんもりと盛られていたのだが。
マ:「もしかしてあの量の苺を全部ジャムにしたのか?」
火に掛けられた鍋の中のジャムを見てみると、
実に深鍋の容積を四分の三も占めるほどの、大量の苺ジャムがクツクツと煮立っていた。
蒼:「うん、そうだよ。」
蒼星石はイスの上に立って鍋の中を覗きこみ、ジャムから出てくるアクを掬いながら
蒼:「おばあさんも『料理は一度に大量に作ったほうが美味しくできる』って言ってたしね。」
と説明した。
マ:「うーむ・・。」
カレーや鍋料理とかは確かに大量に作った方が美味いが、果たして苺ジャムにもその法則が適用されるのだろうか?
マ:「でもちぃとばかし多すぎないか?」
蒼:「ふふ、別に僕たちだけで全部食べるわけじゃないだよ? おじいさんやジュン君のところにもお裾分けするから。」
マ:「ああ、なるほど。」
蒼:「それに、保存も利くし。味見してみる?」
マ:「ああ。」
蒼星石はスプーンを持つと、鍋の中で煮立っているジャムを少量掬い、息を吹きかけてそれを冷ます。
蒼:「フーフーフー・・フーフーフー・・」
なんかしつこいぐらいフーフーしてる。
マ:「・・・もう充分冷めたと思うが。」
蒼:「火傷するといけないから。」
そして、蒼星石はスプーンを俺に近づけ、
蒼:「はい、あーん。」
マ:「・・・・。」
蒼:「どうしたの?」
正直、この状況は照れくさい。
いい大人が、あーんなどとされて・・・まったく、この子は・・・・
平静を装い、黙ってスプーンに顔を近づけ、口を開く。
蒼星石は優しく俺に口にスプーンを押し込んだ。
蒼:「どうかな?」
苺ジャムの甘酸っぱさが口いっぱいに広がっていく。
ここで俺は一つ、ある発想が浮かんだ。
ロシアンティーなるものがある。紅茶の中にジャムを入れて飲む飲み方だ。
俺は蒼星石をまっすぐ見つめた。
蒼:「・・・・?」
じゃあ、口にジャムを含んでる状態でキスしたら・・・?
蒼:「あ・・・。」
俺は蒼星石を抱き寄せた。
そして蒼星石の唇に、そっと唇を近づける。
蒼星石は顔をほんの少しこわばらせただけで、抵抗しなかった。
唇が重なり合う。
ぬ・・ちゅ・・・ぬちゅ・・・ちゅ・・・ねと・・・ぬちゃ・・・
蒼:「ん、ふ・・・あ・・ま・・・ぃ・・。」
ちゅ・・ぬちゃ・・・ねと・・・ちゅ・・・
二人でジャムの味を楽しむ。
時折、蒼星石の舌先と俺の舌先が擦れ合う。
今、俺の味わってるジャムと蒼星石の味わってるジャムは全く同じもの・・・
やがて、ジャムが尽きた。
蒼:「・・・・。」
マ:「・・・・。」
無言で俺と蒼星石は顔を離す。
マ:「甘かったな・・。」
蒼:「うん、とっても、甘い・・キスだったね・・。」
ロシアンキスとでも呼ぼうか。
そして、甘ったるい余韻に呆然と立ち尽くしてると、
蒼:「もっと、味見してみる・・・?」
蒼星石、気に入ったらしい。
マ:「ああ・・。」
俺が頷きながら答えると、
蒼:「じゃあ今度は僕が・・・」
蒼星石はスプーンで鍋のジャムを掬い・・・それを自分の口に・・・って!?
マ:「お、おい!?」
蒼:「あ、っつ・・!」
まだジャム熱いだろ!冷まさないと!
蒼:「~~~~!」
マ:「大丈夫か!?」
その日の朝食。
舌先をヤケドしてしまった蒼星石は、氷水が注がれたコップにチロチロと舌を入れて
冷やしながら、ジャムパンをほお張る俺を恨めしそうに見つめていたとさ。
もしかしたら続く
最終更新:2006年12月07日 23:08