マ:「くぅーくぅーくぅー・・・・」
   一向に目を覚ましそうにないマスターを目の前にして、王宮お抱えの医者と給仕二人が考えあぐねていました。
給:「いかがいたしましょうか? 気持ちよさそうに眠ってますが。」
医:「ふむ。」
   医者がマスターの脈を計ったりして検診します。
医:「アルコール摂取による昏睡と聞いたが、脈は正常、過呼吸もみられない。」
   どこにも異常がみあたらないことを確認し、
医:「これは、単に疲労ですな。どこか静かな場所で安静にさせるのが一番です。」
   と結論付けました。
給:「では、休憩室で休ませますか。」
医:「うむ。」
   給仕二人がマスターに肩を貸し、えっちらほっちら休憩室のほうへ運んでいきました。
マ:「zzzzz」
   依然、気持ちよさそうに眠るマスター。


   一方その頃・・・


   ガヤガヤ・・・ヒソヒソ・・・ザワザワ・・・

   騒然とする舞踏会場。
   あの今まで賓客達との挨拶に忙殺されて、全く踊るそぶりを見せなかったくんくん王子が・・・
   家来を数名を引き連れて、ふらっとどこかに消えたと思ったら、いきなり女の子の手をとって賓客達の集まる
   広間に登場したのですから、賓客達を初め、周りの貴族達もたいそう驚いてその様子を語り合っていました。
蒼:「(みんな、僕を見てる・・・)」
   周りの貴族達から好奇の視線を一身に受け、蒼デレラの体は縮こまりました。
   その様子に気付いたくんくん王子が蒼デレラに優しく声を掛けます。
く:「そうかたくならずに。自然な風に振舞っていいんですよ。」
蒼:「は、はい・・・!」
   蒼デレラはぎこちなく作り笑いを浮かべ、その場の雰囲気に合わせようと必死になりました。
蒼:「(どうしよう・・・お義母さま達に見つかったら・・・それと・・・あの人は・・・)」



給1:「ここらでいいですね。」
給2:「そうだな。」
   給仕二人に運ばれて、マスターは従業員用の休憩室のソファーに寝かされました。
マ:「zzzz」
医:「では、私は王子の所へ戻りますよ。あとはどちらか一人が見張ってればいいでしょう。」
   給仕二人を残して医者はあっさりと立ち去っていきました。
   残った二人は一瞬だけ顔を見合わせ、
給1:「じゃあ私が残ります。」
給2:「頼んだ。」
   こうして休憩室にはマスターと給仕の二人だけになりました。



   くんくん王子は自分のパートナーである蒼デレラを周囲に見せつけるように歩き回りました。
   そうしてひとしきりホールを歩き終えると、立ち止まって蒼デレラに問いかけました。
く:「踊りましょうか?」
蒼:「はい・・。」
   王子と蒼デレラは舞踏場の中心に向かいました。
   憧れのくんくん王子とのダンス・・・しかし、蒼デレラの心はなぜか弾みません。
蒼:「(緊張してるのかな・・・僕・・・。今、自分にとっても嬉しいことが起こっているはずなのに・・・)」
   音楽が奏でられるまでの間、蒼デレラが伏せ目がちにもの思いに耽っていると
く:「綺麗な目をしていますね・・・。」
   まっすぐな視線を蒼デレラに浴びせながら、くんくん王子は言いました。
蒼:「えっ・・あ、ありがとうございますっ。」
   他人から、ましてや男の人から誉められることに慣れていない蒼デレラは一瞬胸がドキッとしてしまいました。
   そんな蒼デレラを見て王子はふふっと笑いました。



マ:「くかー、くかー、くかー。」
   だらしない格好でソファに寝そべるマスター。額にはおしぼりがのせられています。
   見張りの給仕はマスターの顔を一瞥しました。
マ:「zzzz」
給:「・・・・。」
   男が男の寝顔なんて見ても何も面白いことはありません。
   給仕はソファーの隣にイスを用意してそれに座り、マスターが起きるのをただひたすら待ちました。



   王族の舞踏に相応しい典雅な音楽が奏でられる中、蒼デレラとくんくん王子はステップを踏み始めました。
く:「・・・・。」
蒼:「・・・・。」
   二人とも無言で、ただ一心にダンスに興じます。
く:「ダンス、お上手ですね。」
   中盤に差し掛かったところで、不意にくんくん王子がポツリとそう漏らしました。
蒼:「そ、そうですか?」
   ちゃんと踊れているのか自信が無かった蒼デレラでしたが、王子からそう言われてやっと表情が少し和みました。
く:「とても独創的なステップです。軽やかで、それでいて情熱的で。どこで習いました?」
蒼:「あ、えと・・これは・・・。」
   今日この日、この舞踏会で、マスターと踊っていたらいつの間にかこのようなステップを
   踏めるようになっていたことを、蒼デレラは今自覚しました。
   そして、王子の質問にどう答えればいいのか考えあぐね、
蒼:「・・ここで・・・。」
   か細く、誰にも聞き取れないような小さな声で蒼デレラは言いました。
く:「・・? 今なんと?」
   王子が聞き返します。
蒼:「その・・、秘密です・・・。」
   蒼デレラは俯きながら答えました。
く:「そうですか・・。」
   王子はそれ以上追及しませんでした。
蒼:「(マスター・・・。)」



   舞踏会が最も盛況する時間帯に差し掛かり、給仕達や女給達の動きが慌しくなってきました。
   そんなさなか、未だマスターが眠りこける休憩室に、年配の女給が顔を覗かせました。
   マスターの横でイスに腰掛ける給仕を見つけ、注意します。
女:「あんたなに油売ってんだい。ただでさえ人手が足りないんだから早く持ち場に戻っておくれよ。」
   もちろんサボっていたわけではありませんので給仕は弁明します。
給:「戻りたいのはやまやまですが、こちらの方のお世話を仰せつかっているのです。」
女:「どうかしたのかい、この人?」
   マスターの顔を覗きこみながら女給が尋ねました。
給:「酒を飲んで倒れてしまわれたので、こちらで面倒を看てるのですよ。」
   やれやれといった風に給仕は首をすくめました。
マ:「zzzz」
   マスターはそんなこと露知らず気持ちよさそうに寝息を立てています。   
女:「別に大したことなさそうじゃないか。じゃああんたの代わりに手の空いてる子をよこすからその子と交代おしよ。」
   そう言って女給は休憩室から出て行きました。

   少しして・・・

   女の子がそうっと扉の影から休憩室を覗き込むのを、給仕が気付きました。
   給仕は「代わりの子かな?」と思いましたが、顔に見覚えがありません。
給:「女給さんに言われてやってきたのですか?」
翠:「は、はいですぅ・・。」
   女の子はもじもじしながら休憩室に入ります。
   この仕事場に入ったばかりで人見知りしてるのかな、と給仕は思いました。
給:「では、この方のお世話の引継ぎをお願いします。私は大広間にいますので何かあったら知らせて下さい。」
翠:「わかったですぅ。」
   終始、恐々とこちらの様子を伺う女の子に、給仕は人見知りの激しい子だな、と思いつつも休憩室を後にしました。
   休憩室に取り残された女の子はとりあえず世話を任されたマスターの顔をまじまじと覗きこみます。
翠:「なんとも締まりの無い顔で眠りこけてやがるですねぇ・・・。」
   呆れたように女の子、翠ーセは呟きました。
   しかしその瞬間、翠ーセの声に反応したかのようにマスターの体がビクッと一瞬震えました。
翠:「?」



   息ピッタリにダンスのステップを踏んでいく蒼デレラとくんくん王子。
   まわりの人たちも息を呑んでその様子を見守っています。
   そして、演奏の終了と同時に二人の動きが止まりました。
   若干の余韻の間の後、会場から惜しみない拍手が沸き起こりました。
   王子の踊ったダンスだから、といった理由ではない、素晴らしいダンスに対しての万来の拍手でした。
く:「(なんだろう、初めてだ・・・この感覚・・・。)」
   王子は改めて、拍手にどう応じていいのか戸惑ってる女の子、蒼デレラを見ました。



マ:「・・・・。」
翠:「汗・・・ですか?」
   ついさっきまで気持ちよさそうにソファで眠っていたはずのマスターの様子が、おかしくなってきました。
   顔中が汗ばみ、眉間にシワが寄っています。
マ:「あつ・・い・・・・・・」
   苦しそうに寝言を吐くマスター。
翠:「・・・・。」
   翠ーセはマスターの額のおしぼりを使って顔の汗を拭いてあげました。
マ:「ん・・む・・。」
   するとマスターの表情がいくぶんか和らぎました。
翠:「・・・・。」
   もう秋も深く肌寒いのに『あつい』だなんて・・・
   この男はいったいどんな夢を見ているんだろう、翠ーセはふっとそう思いました。
翠:「ふぅ、まったく、世話が焼けるですねぇ。」
   生ぬるくなったおしぼりを冷やしすため、翠ーセは休憩室を出て
   翠ーセが扉をくぐって曲がっていったところで、まるで申し合わせたかのように
   マスターが目を覚ましました。
   目を開けたマスターの目にまず入ってきたのは休憩室の天井でした。
マ:「・・?」
   マスターは上半身を起こしました。
マ:「・・・・。」
   あたりを見回し、
マ:「蒼・・デレラ・・・?」



   窓際の小さなテーブルに向かい合うように座った蒼デレラとくんくん王子。
   王子は従者達に周りの人払いを命じました。それに加え従者たちにも距離をとって待機するよう命じます。
   やがて場が落ち着き、王子と蒼デレラだけの空間が出来上がりました。
く:「・・・・。」
   初め、くんくん王子が蒼デレラをダンスに誘った理由。
   それは、一目惚れしたからとかそのような類の理由ではありません。
   あくまで、自分の嫁候補探しのために開かれた舞踏会の体裁を保つため、
   特に意識せず目に留まった女の子に声を掛けた。ただそれだけのことだったのです。
   まだまだ自分には結婚やお嫁さんなど、そういうことは遠い先の話、
   そんな風に王子は考えていたのでした。が・・・
蒼:「どうかしましたか?」
   自分をじっと見つめたままの王子を不思議に思い、蒼デレラが訊きました。
く:「いえ、失敬。」   
   くんくん王子は思うように言葉を交わせませんでした。
   蒼デレラを前にして初めて抱く感情を持て余し、どうすればいいのかわからなくなってしまっていたのです。
   蒼デレラもまた、この状況をどうすればいいのかわかりません。
   要するに、二人とも男女の駆け引きに関しては全くの奥手なのでした。   
く:「舞踏会楽しんでいただけてますか?」
蒼:「え、ええ・・。」
   そう答えながらも蒼デレラは、
蒼:「(マスター、まだ寝てるのかな・・・?)」
   未だマスターのことを気にしていました。
   つい、マスターを残していった方向につい顔を巡らせてしまいます。
く:「家臣達が気になりますか?」
蒼:「あ・・いえ・・。」
   蒼デレラの向いた先には城の家臣達が並んでいました。
   みな、こちらの様子を窺っているようです。
く:「ふう、まったく・・・。」
   王子はやれやれという風に溜め息をつきました。
く:「この城のしきたりというか・・・伝統というか・・・
   王族の婚儀を取り持った者には破格の出世と待遇が約束される暗黙の了解みたいなものがあってね・・・。」
   くんくん王子はいまだこちらの様子を窺う家臣達に目をやりながら
く:「だから、色々取り入ろうと必死になってるですよ。さっきも私が君をダンスに誘うとき、家臣達、凄かったでしょう?」
蒼:「え、ええ・・・。」
   蒼デレラはその時の、家臣達に囲まれたことを思い出し、頷きました。
く:「家臣達、こちらが頼みもしない花嫁探しの舞踏会なんて勝手に開いて・・・・、でも・・」
蒼:「(でも・・・?)」
く:「今ではそのことに感謝していますよ。(・・お陰で、あなたのような素敵な女性に出会えたのだから。)」
蒼:「・・?」  
く:「そろそろ次のダンスが始まりますね。また踊りませんか?」



マ:「ありゃ、蒼デレラどこ行った?」
   寝ぼけまなこで起き上がったマスターは休憩室を出ました。
マ:「確か・・酒飲んで寝ちまったんだよな、俺。」
   眠りに落ちる直前の、かすかな記憶を掘り起こします。
   おでこに手をやりながら廊下を進んでると、大広間の方へ大勢の人が流れていっているのに
   気が付きました。
マ:「(何かあるのか?)。」
   行くあても無いマスターはとりあえず人の流れについていってみることにしました。



   宮殿の大広間で、くんくん王子と蒼デレラの本日二度目の舞踏が行われています。
蒼:「(やだな、さっきより人多いや・・・。)」
   王子が一人の女の子に付きっきりとの報は、さきほど舞踏会場全体に知れ渡り、
   物見高い貴族はもちろん、くんくん王子に憧れを抱く婦女の方々など多くの人が、
   これからくんくん王子と蒼デレラの踊る大広間に集まっているのでした。
く:「あなたとのダンスは本当に楽しい・・・、胸が高鳴る・・・。」
蒼:「え・・・?」
   ダンス中に急に放たれたくんくん王子の言葉に、蒼デレラは戸惑いました。



   大広間に着いたマスター。大勢の人間が舞踏場の何かを見ているようですが人が多くてよくわかりません。
   とりあえず群集の最前列まで割って入り、人々が眺めている方向に目を向けると・・・、
マ:「こりゃ驚いた。」
   舞踏場の中心で、蒼デレラと王子が踊っているではありませんか。
マ:「・・・・。」
   マスターはしばし呆然とその様子を眺めてましたが、
マ:「(やるじゃないか、蒼デレラ・・・。)」
   少し寂しそうに、フッと微笑みました。



   蒼デレラとくんくん王子はダンスをしながら会話を重ねました。
く:「私との踊りはどうでしょう。楽しんでいただけてますか?」
蒼:「は、はい。もちろんっ。」
く:「それはよかった・・。」
   くんくん王子は嬉しそうに微笑みます。



   マスターは懐から自前の懐中時計を取り出して覗き込みました。
マ:「(22時か・・・まだ、魔法の効力は大丈夫だな・・。)
   そして再び踊っている二人に視線を戻します。
マ:「でもまぁ、あの王子さんなら蒼デレラを幸せにしてくれるだろう。」
   自分でもよくわからない心のモヤモヤを打ち消すように軽く首を振り、マスターは独白しました。
マ:「(まだあの二人がくっ付くと決まったわけじゃないが・・・)」
   マスターは目を凝らして二人の表情を観察しました。
マ:「(王子さんの蒼デレラを見つめる目・・・)」
   明らかに恋をしてる目でした。 
マ:「(あの様子じゃあ、完全にオトされるのも時間の問題だな。なんたって現に俺が・・・・俺が?)」
   その時、群集の最前列にいるマスターと、王子と踊っている蒼デレラの目が合いました。




蒼:「・・・・!」
マ:「・・・・。」
   しかし、すぐに踊りのステップの関係で二人の視線がずれてしまいます。
   蒼デレラは再びマスターの姿を捉えようと、必死に目で追いました。
く:「どうしました?」
   王子は蒼デレラがなにかに気をとられてダンスに集中できてないことに気付きました。
蒼:「(マスター・・・!)」
   蒼デレラは王子の問いにも応えず、ただマスターの姿を捉えようと必死でした。
   そして、マスターは・・・・。



                                    「ソウデレラ その7」に続く