蒼デレラは再びマスターの姿を捉えることができました。   
   マスターはただじっとこちらを見ています。
   そして、不意に口元を綻ばせ、手を振ってきました。
蒼:「(マスター・・・。)」
   蒼デレラも手を振り返したかったのですが、今はダンス中なのでそれは許されません。
   マスターが何か喋りました。
   しかし遠い距離と演奏のせいで蒼デレラには聞き取れません。
蒼:「・・・?」
   と、マスターは踵を返して群衆の中に消えていきました。
蒼:「(・・? マスター? え・・・?)」
   蒼デレラのステップが乱れました。
く:「・・・!」
   王子は急に乱れた蒼デレラのステップに対処できず、蒼デレラの足を思い切り踏みつけてしまいました。
く:「し、失礼! 大丈夫ですか?」
   王子は慌てて怪我がないか蒼デレラの足を確認します。
蒼:「・・・。」
   しかし、蒼デレラは全くそのことを意に介してません。
   ただ、ある一点を呆然と見ています。さっきまでマスターのいた場所を。
く:「これは・・・。」
   蒼デレラの足は無事でした。マスターの拵えたガラスの靴が蒼デレラの足を守ったのですから。
   ガラスの靴は一点の曇りも無く、ただキラキラと光を反射させていました。



  「・・・・?」
  「?」
  「・・・?」
   見物人達は演奏の途中に突然動きを止めた王子と蒼デレラを不思議そうに見ています。




く:「あの、大丈夫ですか・・?」
蒼:「えっ・・・?」
   ぼんやりとしていた蒼デレラは弾かれたように王子の方を振り向きました。
く:「足が・・・。」
蒼:「足が・・・どうかしましたか?」
く:「いえ・・・。」
   どうやら、足を踏まれたことに全然気付いてないらしい・・・王子は不思議に思いました。
く:「ダンス、続けられますか?」
蒼:「・・・・。」
   蒼デレラは俯きがちに首を振りました。
   なにやら顔が真っ青です。
く:「大丈夫ですか?」
蒼:「・・・・。」
   とりあえず王子は蒼デレラを連れて舞踏場から引き揚げることにしました。
   蒼デレラの手を取ろうとします・・が、蒼デレラは手を引っ込めてしまいました。
く:「・・・?」
   蒼デレラは何か思いつめたように表情を曇らせています。
蒼:「(僕には・・・覚えがある・・・。)


   半年前・・・お父様と最後に交わした会話・・・
   その時のお父様の目・・表情・・・

   さっき消えていったマスターの目・・表情・・・

   去り行く人が纏う雰囲気・・・


蒼:「(同じだ・・・)」   
く:「本当に、大丈夫ですか・・・?」
   くんくん王子は心配そうに俯いている蒼デレラの顔を覗きこみます。


蒼:「(お父様はそのあと、いなくなった・・・。)      
   そして、マスターが喋っていた何か・・・全く聞き取れませんでしたが、最後の口の動き・・・
   明らかに・・・
蒼:「(さよなら・・・)」

   ドクン・・・ドクン・・・

   蒼デレラの胸は締め付けられるように苦しくなりました。
蒼:「や・・だ・・・」
   俯いたまま蒼デレラは喘ぐ様に言葉を紡ぎました。
く:「?」
蒼:「・・やだよ・・・。」
く:「なにがですか・・・?」
蒼:「・・・・。」
   蒼デレラが何を言っているのか把握できず、くんくん王子は戸惑いました。
く:「・・・。」
   そして、蒼デレラは何か意を決したようにスッと顔を上げ、王子から後ずさりしながら離れました。
く:「・・・?」
蒼:「ごめんなさい・・。僕はあの人を追います。」
   そう言い放ち、クルっと後ろを向くと、スカートの裾を掴んで走り出しました。
く:「あっ、お待ちを・・・!?」
   王子が呼び止めるのも叶わず蒼デレラは出口の方へ走っていきます。
   周りの人々も突然王子を離れて走り出した蒼デレラに驚きました。
蒼:「(ここに留まってたら・・・二度と、マスターに会えなくなる気がするから・・・!)」



   王子も蒼デレラを追って走り出しました。
く:「待ってくれ!」
   しかし蒼デレラは止まりません。
   事態を察した貴族数人も蒼デレラを追い始めました。
   家臣の一人が叫びます。
家:「追え! あの娘を捕まえろ!」
   また違う家臣も叫びます。
家:「あの娘を捕まえればいくらでも褒美を出すぞ!」
   家臣達に焚きつけられ、一人、また一人と走り出し、やがて大勢の人々が大広間から出ていきました。



   大広間を抜けて、廊下を走る蒼デレラ。
   背中に圧迫感を感じ、後ろを振り返ると物凄い数の人間が迫っていました。 
蒼:「  !」
   再び前を向くと、曲がり角から突如、料理を載せる配膳台を押す給仕が目の前に現れました。
   急なことで蒼デレラは止まれません。
蒼:「わ!」
給:「!」
   ぶつかる寸前、蒼デレラは配膳台の下に飛び込んで通過しました。
   蒼デレラはそのまま前転して立ち上がります。
   給仕は驚いた表情で蒼デレラを見ました。
蒼:「ごめんなさいっ!」
   そう言い残し、再び走り去る蒼デレラ。
給:「・・・・。」
   ドドドドド!
給:「ん? うばあ!」
   呆然と蒼デレラを見ていた給仕は後ろから迫っていた大勢の人々に直前まで気付かず、巻き込まれてしまいました。




く:「止まれ! あの子を追いかけまわすな! みんな止まれ!」
   走りながら叫ぶ王子の制止の言葉に誰も耳を傾けていません。



蒼:「えっと・・・どっちだっけ?」
   T字路で一瞬立ち止まり、、蒼デレラは悩みました。
   どこも似たような造りの廊下のせいで蒼デレラは城への出口がわからなくなってしまったようです。
   蒼デレラは後ろを振り返りました。グズグズしていると捕まってしまいます。
蒼:「(たぶん・・こっちだ!)」
   蒼デレラは左に進みました。



   ガチャリ・・・
   扉を開けて、翠ーセは廊下に顔を覗かせました。
翠:「なんだかさっきから騒がしいですねぇ・・・いったい何事ですかぁ?」
   ふっと左を見ると、ピンクのドレスを着た女の子が左の曲がり角へ消えていくのが見えました。
翠:「・・・・?」
   ドドドドドドドド!
   少し遅れて大勢の人間がすごい形相で猛然と走ってきます。
   「待てー!」だの「止まれー!」などの声も聞こえてきました。
翠:「(追われてる・・・ですか?)」
   翠ーセは女の子の消えていった曲がり角をまた見ました。
   ほんの一瞬だけ見えた女の子の後ろ姿。
   翠ーセは半年前に生き別れになった双子の妹のことが心に浮かびました。
翠:「・・・・。」
   翠ーセは大きく息を吸い込み、目の前を通過していく人々に叫びました。
翠:「・・・右ですぅー!  右に行ったですぅーー!」
   翠ーセのこの叫びを聞き、人の群れは右に曲がっていきました。
翠:「蒼デレラじゃ・・ないですよね・・・?」
   誰もいなくなった廊下で、翠ーセは声を震わせながら呟きました。



蒼:「はぁっ・・はぁっ・・・」
   一向に出口に辿り付けません。同じような場所を延々と走っている錯覚がします。
   どこかで道を間違えてしまったのでしょうか。
蒼:「マスター・・・。」
   蒼デレラは走りながらも、不安で胸が押しつぶされそうになりました。



  「どこにいったぁー!?」
  「見当たらんぞ!」
  「まだ城の外には出ていないはずだ!」
   まるで暴徒の群れのように血眼になって蒼デレラを探す貴族や城の者達。
  「探し出せーっ! 見つけた者には褒美を出すぞー!」
   さらに焚きつける家臣達。



   足音と叫び声から遠ざかるように、蒼デレラは逃げました。
蒼:「(怖いよ、マスター・・・。)」
   なんだか恐ろしくて涙が出そうになります。
蒼:「はぁっ・・はぁっ・・・」
   とにかく走るしかない蒼デレラ。
   前方から複数の足音が聞こえてきました。
蒼:「・・・・!」
   引き返そうとする蒼デレラ。
   しかし、後ろからも複数の足音が・・・、このままでは捕まってしまいます。
   蒼デレラは数秒間立ち往生した末、すぐ隣にあった扉を開けて駆け込みました。



蒼:「(外だ・・・!)」
   偶然にも、外に通じる扉だったようです。
   石畳を踏みしめ、呼吸を整えながら蒼デレラは空を見上げました。月が照っています。
   もっと周りの状況を確認しようと目を凝らして見ると・・
蒼:「あれ・・・。」
   周りが壁で囲まれていることに気付きました。
蒼:「中庭だ・・・ここ。」
   とても広大な中庭の庭園でした。
   花壇の草花や樹木、生け垣が延々と規則正しく植えられています。
蒼:「どうしよう・・・。」
   後ろには追っ手が迫っています。引き返せません。蒼デレラは中庭を進みました。  

  「いたぞ! 中庭だ!」

   上から声がしました。
   どうやら城の二階の窓から見つけられてしまったようです。
   蒼デレラの通った扉から男達が数人、中庭へ出てきました。
   別の離れた扉からも男達が数人出てきました。
   幸い、生け垣や樹木が遮蔽物となって蒼デレラの姿を隠しています。
   男たちはそれぞれ目配せし、散り散りになって中庭の蒼デレラを探索し始めました。
   蒼デレラは走りました。もうどこへ向かえばいいのかわかりませんが、とにかく男達から離れるように。
蒼:「はぁっ・・はぁっ・・・マスター・・・」
   息も絶え絶えに蒼デレラはマスターの名を呟きました。
   と、その時、目の前の茂みから男が飛び出してきました。
男:「はっはぁ~、見つけたぞ・・・。」
   髭を生やした腕っ節の強そうな男でした。
   鼻息も荒く蒼デレラを見下ろしています。
   蒼デレラは立ちすくんでしまいました。
   髭の男は蒼デレラの腕をむんずと掴みました。
蒼:「やだ! 離して下さいっ!」
男:「暴れるなさんな。お嬢ちゃん。」
   髭の男は無理やり蒼デレラを引き寄せようとしました。
蒼:「痛い! いやだ! 離して!」
   蒼デレラは髭の男の腕に噛み付きました。
男:「いてっ!」
   髭の男は堪らず蒼デレラを離しました。
   蒼デレラは一目散に逃げ出します。
男:「このっ・・ガキ・・!」
   髭の男がものすごい形相で追ってきました。
   蒼デレラは必死に走ります。目にはうっすらと涙がたまっていました。
男:「待ちやがれぇ!」



   叫び声を聞きつけて、続々と追っ手が中庭へ集まってきました。
   蒼デレラは先程の髭の男に追われたまま、中庭の中央のほうに追いやられます。
   中庭の中央には巨大な噴水が設けられていました。
蒼:「・・・・!」
   そして、蒼デレラはついに、噴水を背に追い詰められてしまいました。
男:「手間取らせやがって・・。さぁ、大人しく捕まりな。」
   まるで悪漢のように髭の男は目をギラつかせ、蒼デレラににじり寄ります。
蒼:「いやだ・・こないで・・・!」
   蒼デレラはイヤイヤと首を振りました。
   髭の男が蒼デレラに手を伸ばします。
   恐怖のあまり、蒼デレラは目をつむって顔をそむけました。
蒼:「(マスター・・・!)」
   蒼デレラはマスターのことを想いました。
男:「誰だ、お前は?」
蒼:「・・・?」
   蒼デレラが恐る恐る目を開けると・・蒼デレラに伸ばしていた髭の男の腕が誰かに掴まれていました。
?:「・・・俺が誰かだって?」
蒼:「あ・あ・・・。」
?:「名は故あって明かせないが・・・、いや・・」
男:「このっ、離せ。」
   髭の男は奇妙な威圧感を感じ、掴んでる手を振りほどこうともがきました。
?:「たとえ故無くても、暴漢に名乗る道理は無いか。」
   髭の男の腕がひねられました。
男:「い、いででで!」
   腕をひねられたまま髭の男は足払いを掛けられました。
   堪らず髭の男はてっ転び、噴水の縁に頭をぶつけてのびてしまいました。
マ:「でだ。城が騒がしいが、何かあったのか、蒼デレラ?」



蒼:「マスター・・・!」
   蒼デレラはマスターに抱きつきました。
マ:「・・?」
   マスターはいきなり抱きついてきた蒼デレラに驚きました。
蒼:「・・マスターを、追ってきたんだ・・・。」
   マスターのお腹に顔をうずめながら、蒼デレラは言いました。
マ:「俺を・・?」
   怪訝そうに蒼デレラを見やるマスター。
  「いたぞー!」
  「こっちだー!」
マ:「む。」
   男達数人が蒼デレラとマスターを取り囲みました。
マ:「なんだなんだ?」
   取り囲む人数がどんどん増えていきます。
   貴族や給仕、兵士など、城の男達に完全に包囲されてしまいました。
マ:「何事だ、こりゃ?」
   急な事態にマスターが考えあぐねていると、小太りの男が一人、マスターを見据えながら前にでました。
   身なりと立ち振る舞いからして相当格が高い貴族のようです。
   貴族界の重鎮かもしれません。
   男はマスターの足元でのびてる髭の男をチラリと見やり、
   表情を変えずマスターにまた視線を戻してこう言いました。
男:「よく捕まえて下さった。」
マ:「捕まえる? (この子のことか・・・?)」
   マスターは未だお腹に顔を埋めている蒼デレラを見やりました。
マ:「蒼デレラ・・・何かやらかしたのか?」
   ビクっと体を震わせ、蒼デレラは答えます。
蒼:「何もしてない。僕はただマスターを追いかけただけ・・。」
マ:「・・・・。」
   マスターは左を見ました。
   男達が隙間無く包囲し、剣呑な目つきでこちらを睨んでます。
   マスターは右を見ました。
   左と同じく、男達が隙間無く包囲し、剣呑な目つきでこちらを睨んでます。
   マスターは前方を見ました。
   小太りの貴族の後ろには大勢の男達が剣呑な目つきで控えています。
マ:「・・・・。」
   逃げ場はなさそうです。
男:「さぁ、その子をこちらに・・・。」
   貴族の男が手を差し出して近づいてきました。
マ:「・・・・。」



                                    「ソウデレラ その8」に続く

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最終更新:2006年12月05日 03:35