ぎゅっ・・・

   マスターはより一層強く、抱きつかれるのを感じました。
マ:「大丈夫、もう行ったよ。」
   マスターがそう言うと蒼デレラはゆっくりと体を離しました。
マ:「一旦、休むかい?」
蒼:「いえ、このまま・・・。」
マ:「・・・わかった。」
   そのままゆったり揺れるようにステップを踏む二人。
   しかし・・
マ:「(なんか浮いてないか、俺ら?)」
   なりゆきでスローペースな踊りになってしまった蒼デレラとマスター。
   いま演奏してる曲調や周りの動きと明らかにタイミングが合っていません。
マ:「なぁ、蒼デレラ・・もうちっと踊りのスピード速めないか?」
蒼:「でもこれ以上速くすると、ついていけなくなっちゃうから・・・。」
マ:「う~む。」
蒼:「このままでお願い・・・。」
   蒼デレラは心底済まなさそうに言いました。
   マスターは虚空を仰ぎ、このままゆったり踊るのも悪くないが・・・と思いましたが
マ:「苦手意識を持っちゃ駄目だ。稽古をつけてやる。」
蒼:「え?」
マ:「ほれ、ワンツースリー、ワンツースリー。」
蒼:「え? え? え?」
   マスターに促されるままにステップを踏まされる蒼デレラ。
マ:「いいぞ、その調子だ。」
蒼:「な、なんだか体が勝手に・・・!」
   蒼デレラはハッと思い出しました。
蒼:「(このガラスの靴・・・!)」
マ:「ずっと蒼デレラのターン!」
蒼:「・・・・!」
   くるくる回転しだす蒼デレラ。鮮やかなスピンターンです。
   やがて回転を止めて再びマスターと軽やかにステップを踏み出す蒼デレラ。
マ:「のってきたぜ。」
蒼:「あ、ちょっとマスター、そっちは・・・!」
   他の踊ってる男女達の隙間を縫うように、蒼デレラとマスターはステップを踏みながら移動を始めました。
   やがて舞踏場の中央に辿り着くと、二人の動きはさらに荒々しく、そして、ときにきめ細かく
   緩急をつけた、パヴァーヌとガイヤルドによるリズムの組み合わせに相応しいダンスを披露していました。


   ダンスを終えた二人はバルコニーに出ていました。
蒼:「はぁ・・はぁ・・・!」
   頬を上気させ、外の新鮮な空気を貪る様に呼吸を繰り返す蒼デレラ。
マ:「どうだい、楽しかった?」
蒼:「も・・!」
マ:「も?」
蒼:「もう!」
   蒼デレラ、なにやら怒ってるようです。
蒼:「いきなりあんなに激しく踊って! 僕はダンス初めてなのに!」
マ:「ふむ。」
蒼:「しかも、あんなに目立って!」
   プンプン怒る蒼デレラに対してマスターは少しも悪びれる様子もなく
マ:「踊り終わった後に起こった会場の万雷の拍手、あれってきっと俺と蒼デレラに向けてだぜ。」
   満足げに微笑みました。
蒼:「だからぁ!」
   蒼デレラはイヤイヤするように首を振りました。
蒼:「もし、僕、家の人に見つかったら・・何言われるか・・・。」
マ:「大丈夫さ、ちゃんと遠くに歩いて行ったの確認したから。」
蒼:「で、でも・・・!」
   他に何が不満なのか口を尖らす蒼デレラ。
マ:「さ、俺はここにいるから、好みのパートナー見つけて踊っておいで。」
   バルコニーの縁に背もたれながらマスターは言いました。
蒼:「えっ・・・。」
マ:「踊り方はさっきのでだいたい覚えたろ。気兼ねなく踊ってくるといい。」
蒼:「・・・・。」
   蒼デレラは舞踏会場の方をチラリと振り返り、俯いてモジモジしはじめました。
マ:「どした?」
蒼:「(そんな、急に言われても他の男の人と踊るなんてできないよ・・・。)」
マ:「・・・。」
   怪訝そうに眉をひそめるマスター。
蒼:「あの、マスター、もっと僕に・・ダンスを教えてくれないかな?」
マ:「ん?」
蒼:「だって、さっきあんなに踊れたのはマスターの魔法のお陰だから・・・。」
マ:「う~ん。」
蒼:「・・・ゆっくりだったら僕も踊れると思うんだけど・・・。」
マ:「ううむ。」
蒼:「・・・・。」
   マスターは何やら思い悩んでいます。
マ:「実を言うとなぁ・・・」
蒼:「さ、マスター、早くダンス教えて!」
   蒼デレラがマスターの手をグイグイ引っ張りました。
マ:「え、おい?」  
蒼:「今度は魔法使わないで。」
マ:「・・・蒼デレラ?」
   マスターの手を引っ張る蒼デレラは舞踏会場のほうを向いているため、その表情を
   窺い知ることはできません。
蒼:「(僕はあのまま、マスターとゆっくり踊っていたかったのに・・・)」
マ:「???」


   手を繋ぎ、向かい合う舞踏場の二人。
蒼:「今度は魔法は無しだよ?」
マ:「ああ、わかってる。」
   しつこいくらい念を押されて、マスターは頷きました。
   そして、見つめあう蒼デレラとマスター。
   やがてリュートを用いた緩やかな曲が奏でられ、マスターは片手を蒼デレラの腰に回しました。
蒼:「あ・・。」
   腰に手を当てられた瞬間、ビクっと一瞬だけ体を震わせた蒼デレラでしたが、すぐに踊りのほうに専念します。
蒼:「・・・・。」
マ:「・・・・。」
   閑雅なる湖畔の漣のように、蒼デレラとマスターは揺れ動きました。お互いの瞳を片時も離さずに。


   踊りを終えて、蒼デレラとマスターは壁際の席へ下がりました。
   二人ともなんだかぼうっとしてます。
マ:「あ、蒼デレラ、はい。」
   マスターがイスを引きました。
蒼:「あ、ありがとう、マスター。」
   マスターの引いたイスに慌てて腰掛ける蒼デレラ。
マ:「い、いや・・。」
   少し慌てた風に返事しながら、マスターも席につきました。
蒼:「・・・・。」
マ:「・・・・。」
   沈黙・・・。
蒼:「マスター。」
   沈黙に耐えかねたように蒼デレラが口を開きました。
マ:「・・なんだい?」
蒼:「マスターはいつ踊りを覚えたの?」
マ:「うーんとなぁ、一時期、宮廷魔道師をやってたことがあってな、その時覚えた。」
蒼:「へぇー。」
マ:「・・・・。」
蒼:「・・・・。」
   再び沈黙が訪れそうになりました。
蒼:「あの、宮廷魔道師って偉いんですよね?」
マ:「なんで?」
蒼:「だって宮廷って付くぐらいだし・・。」
マ:「さぁ、給料はそんなに高くなかったが・・・。」
蒼:「そうなんだ。」
マ:「小国の宮廷だったしなぁ。」
蒼:「どこの国?」
マ:「もう滅んじまったよ。」
蒼:「え・・?」
マ:「腹減ってないか?」
   話の流れを切るように蒼デレラの前の皿に料理を盛り付け始めました。
蒼:「え、あ・・、自分で盛りますっ。」
マ:「遠慮するなよ、嫌いな食べ物とかあるか?」
蒼:「いえ、特にないけど・・・。」
マ:「そりゃ、けっこうだ。」
   どんどん盛っていくマスター。
蒼:「あの、僕、こんなに食べ切れない・・・・。」
   山のように盛られて、蒼デレラは目を丸くしました。
マ:「たくさん食べなきゃデカくなれんぞ。」
蒼:「無理だよ、ぜったい食べきれないよ。」
マ:「あ、こら。」
   せっかく盛った料理をマスターの皿に移す蒼デレラ。
蒼:「もうっ、僕は女の子なんだよ? これぐらいでいいの!」
   ほとんどの料理をマスターの皿に移し終え、残ったのは少量のパスタだけでした。
マ:「むー。」
蒼:「じゃ、いただきます。」
マ:「・・・いただきます。」
   ダンスで限りなく枯渇したエネルギーを補充するかのように、蒼デレラとマスターは料理に夢中になりました。
   さすが宮廷舞踏会の料理だけあってどれもほっぺたが落ちそうなくらい美味しいものばかりでした。
蒼:「(美味しい・・・こんな料理を僕が食べれるなんて・・・)
   いつも家では満足な料理を食べさせてもらえない蒼デレラは感動しました。
   そして、蒼デレラは夢中で料理にパクついているマスターを見やり、
蒼:「(こんな場所に来ることができたのも、全部この人のお陰なんだなぁ・・・)
   としみじみ思いました。
蒼:「マスター、ありが・・・」
マ:「う、うぐ!?」
   突然マスターが苦しみ始めました。
蒼:「マスター!?」
   マスターは自分の胸の辺りをドンドン叩いて
マ:「み、みず・・・!」
   喉を詰まらせたようです。
蒼:「だ、大丈夫!?」
   周りを見渡してもテーブルの上には飲み物らしきものは見当たりませんでした
   マスターは喉の詰まりがなかなか収まらず、苦しそうです。
蒼:「あ、きゅ、給仕さん!」
   飲み物を乗せたおぼんを持った給仕がたまたま通り掛かったのを蒼デレラは見つけ
   これ幸いにと声を掛けました。
   給仕もすぐにマスターの様子を察したようで、飲み物が入ったグラスを蒼デレラに渡します。
蒼:「マスター、これ!」
マ:「ずまぬ・・!」
   グラスを一気に飲み干すマスター。
マ:「ハァハァ・・・死ぬかと思った・・・。」
蒼:「もう、慌てて食べすぎだよ!」
   マスターに盛られていた皿の料理はもうすでに半分以上無くなっていました。
   そんなスピードで食べてたら喉を詰まらすのも頷けます。
給:「何事もなくて何よりでございます。」
   給仕もホッとしたようににこやかに言いました。
蒼:「すみません、ご迷惑お掛けしました。」
給:「とんでもありません。これも仕事ですので。」
蒼:「ほら、マスターも・・・、・・?」
マ:「・・・・。」
   マスターの様子がなにやら変です。顔が真っ赤で焦点が合ってません。
蒼:「どうしたの、マスター?」
マ:「いま飲んらのて・・・?」
   何か舌足らずです。頭もフラフラさせてます。
給:「はい、ブルゴー産最上級白ワイン、リースリンでございます。」
マ:「あぁー・・・おれ・・・さけだめなんらけど・・・。」
   二回ほど前後に大きく首を振ったかと思うと、マスターはイスに全身を預けるようにもたれ掛かってしまいました。
   目を閉じたままピクリとも動かなくマスター。
蒼:「マスター、大丈夫!?」
   蒼デレラが慌ててマスターを揺さぶりました。
マ:「ぐうぐう・・・。」
   どうやら完全に寝入ってしまったようです。揺さぶられても反応がありません。
蒼:「起きてっ、起きてよ、マスター!」
マ:「う~~ん・・・。」
   辛そうに顔をしかめますが起きる気配は無さそうです。
蒼:「ねぇ、マスターったら! (・・・どうしよう・・)」
   突然の事態に蒼デレラはパニックになりそうでした。
給:「よろしければ私どものほうでこの方のお世話をさせていただきますが・・・?」
蒼:「いえ・・、大丈夫です。僕が面倒を見ますから。」
マ:「ぐぅぐぅ・・・。」
   子供のように無防備な姿を晒して眠りこけるマスター。
蒼:「(もう・・・!)」
給:「では、何か用があればいつでも私どもに声を掛けてくださいませ。」
   恭しく一礼して給仕はその場から去っていきました。
   給仕がいなくなった後も蒼デレラは必死にマスターを呼びかけましたが、寝息が返ってくるだけでした。
蒼:「(ああもう、どうしよう・・・)」
   マスターが起きるまで、大人しくイスに座って待っていようか・・・なんて蒼デレラが考えていると・・
?:「お嬢さん、どうしました? 何やら困ってるようですが。」
   いきなり後ろから声を掛けられました。
蒼:「いえ、なんでもありませ・・・」
   さっきとは別の給仕さんかな、と蒼デレラが振り向くと、そこには・・・
蒼:「(くんくん王子!?)」
   思わず叫んでしまいそうなところを喉の段階で押しとどめれたのは僥倖でした。
   国中の女の子の憧れの的、くんくん王子が今目の前に立っています。
   そして王子の後ろには御付の人と思われる人々が控えていました。
蒼:「あ、あの・・・その・・・。」
   まさか、自分が声を掛けてもらえるなんて!
   突然の王子の出現に蒼デレラはすっかり緊張してしまいました。
く:「お連れの方の具合がよろしくないように見受けられますが?」
蒼:「いえ、大丈夫です、酔っ払って眠っているだけですから・・・!」
く:「ふむ・・・。 そちらの方は、あなたの・・・恋人かなにか・・・?」
   くんくん王子がマスターの顔を見ながら言いました。
蒼:「え・・・・?」
   蒼デレラもマスターの顔を仰ぎ見ました。
蒼:「(恋人・・・?)」
マ:「くぅくぅ・・・。」
   相変わらずマスターは屈託の無い寝顔を晒していました。気持ちよさそうです。
   そんなマスターの顔を見入った蒼デレラはカァッと顔を赤らめ、
蒼:「ち、違います!」
く:「本当に?」
蒼:「本当です! 今日会ったばかりですし・・・!」
く:「ふむ・・・ではお嬢さん、私と一緒にダンスを踊っていただけませんか?」
   くんくん王子が蒼デレラにそう申し入れると、周りから感嘆の声があがりました。
蒼:「え、僕と・・・?」
く:「はい。」
蒼:「あ、僕なんかとじゃ・・・。」
く:「私では、不満かな・・・?」
蒼:「い、いえ、とんでもないです・・・でも・・・。」
   再びマスターを仰ぎ見る蒼デレラ。
蒼:「(この人を放っていくわけにはいかない。)」
   蒼デレラはくんくん王子に向き直り、
蒼:「あの、本当に申し訳ないんですけど・・・。」
   と断ろうとしたその時、今まで黙っていた王子の付き人達がマスターと蒼デレラを
   取り囲むように集まってきました。
付1:「この方のことなら大丈夫、王宮お抱えの医者が面倒みますゆえ。ささ。」
付2:「さ、王子を待たせてはいけませんぞ、ささ。」
付3:「こんな名誉なことはないのだよ、貴女は本当に幸運だ、ささ。」
蒼:「あ、え? ちょっと・・・。」
   付き人達に強引に連れられそうになる蒼デレラ。
く:「やめないか! この方に失礼だぞ、下がっていろ!」
   付き人の強引さが腹に据えかねたのか、くんくん王子が一喝しました。
付き人達:「申し訳ありませんでした・・・。」
   すごすごと引き下がる付き人達。
く:「従者達が失礼したね。すまなかった。でもこの人の面倒は王宮お抱えの医者が診るのは本当だよ。心配いらない。」
   くんくん王子が手を差し伸べました。
   蒼デレラはというと、先程まで温厚だったくんくん王子の急な喝道に呆然としています。
く:「どうかな・・・?」
   くんくん王子の呼びかけにハッと我に返る蒼デレラ。
蒼:「・・・あ、はいっ。」
   蒼デレラは、思わず王子の手をとってしまいました。
く:「ありがとう。」
   くんくん王子は微笑むと手をとったまま舞踏場の方へ歩き始めました。
   王子に連れられ、蒼デレラはマスターからどんどん離れていってしまいます。
   途中、蒼デレラはマスターのほうを振り返りました。
蒼:「(マスター・・・)」
   蒼デレラがすがるような視線を送っても、マスターは死んだように眠ったままでした・・・。



                                       「ソウデレラ その6」に続く