「お待ちなさぁい!」
背後から迫る黒い翼を持つドール。
第一ドール水銀燈だ。
「悪いが今はまだやられるわけにはいかない!」
そして鞄で飛行して逃げるドール。
第四ドールの蒼星石である。
「ふふっ、ミーディアムのいないあなたじゃ逃げるのもままならないでしょ?
そして一旦戦闘になれば素の状態でも有利な私がミーディアム持ち・・・。
結果は火を見るより明らか、よねぇ?」
水銀燈が余裕たっぷりに言う。
「確かに・・・今戦えば最終的には君が勝つだろうね。」
「だったら・・・さっさとくたばっておしまいなさぁい!!」
その言葉と共に放たれた無数の羽根がこちらに迫ってくる。
「断る!僕なんかでも必要としてくれる人がいる限り倒れたくはない!!」
「・・・人間との馴れ合いなんてくぅだらなぁい!」
さらに飛びくる羽根の嵐。
「くそっ、なんとかして彼女をまかないと・・・やられる!」
眼下に人気のなさそうな公園を発見して下降する。
茂みなどもあって身を隠すのにも良さそうだ。
高速で飛行しながらなんとか動きを制御する。
執拗な追跡を引き離そうと懸命に逃げる。
低空を飛び、物陰を利用して、なんとか行方をくらまそうとする。
「~飲み放題~♪食べ放題~♪」
進路上に一人の青年がのんきに現れた。
こちらには全く気づいて無い。
「!?危ない!!」
「へ?」
不意の言葉に彼の動きはかえって止まってしまう。
結局お互いにかわすことも出来ずにそのまま衝突してしまった。
「いってー・・・一体何が?」
何が起こったのか確認しようと周囲を見回す。
(鞄に・・・帽子に・・・子供か・・・。)
「子供!?」
彼は地面に突っ伏して倒れている蒼星石の元へと駆け寄る。
「大丈夫かい?しっかり!」
「う、うーーん・・・水銀燈は?」
「へ?水銀灯?」
顔を上げてきょろきょろと周りを見る。
「・・・えーと、ここにあるのは電灯みたいだけど・・・?」
「あ、いや・・・そうか、なんとか引き離したんだ。」
「?まあとりあえず大丈夫だったようだね。あんな鞄を持って走り回ると危ないよ。」
そう言って離れた所でだらしなく口を開けている鞄を拾いに行く。
結構な衝撃だったようで中のクッションまで飛び出していた。
(それにしても大きいなあ。あの子よくこんなの持って走り回れたなあ。あの子がすっぽり入っちゃいそうだ。)
そして、彼は帽子を拾い上げている蒼星石のところへとやってきて行った。
「日本語はうまいけど、君は外国の子かい?日本は狭いから走り回ると危ないよ。はい、鞄。」
「あ・・・ありがとうございます。・・・僕の不注意ですみません。」
「まあ二人とも怪我もなかったようなのは良かったね。
でも誰かの鞄を勝手に持ち出しちゃ駄目だよ。
鍵もかかってなかったみたいだし、大事な物が入ってたらどこかにやっちゃったかもしれないよ?」
笑いながら簡単に注意すると、彼はそのまま立ち去ろうとする。
彼の言葉になんとなく鞄やその中身を確認する。
「よかった、傷はついてないや。・・・・・・無いっ!!」
その悲鳴に彼が振り向いた。
「無い?何かなくしたってこと?」
「ゼンマイが・・・無い・・・。」
「ゼンマイ?」
「はい、ねじを回すための・・・僕にとっては大事なものなんです!」
「ふうん・・・分かった、分かった。一緒に探すよ。で、どんなゼンマイなの?色は?形は?大きさは?」
大体の特徴を聞くと男は早速動き始めた。
「クッションがあったのがこの辺りだから・・・多分ゼンマイもこの近くにあるよ。」
二人がかりで今いる近辺を探す。
しかしそれらしいところをあらかた探したのにゼンマイは見つからない。
「見つからないな・・・すると後は・・・。」
「あの中・・・。」
二人の目がそばの藪に集まる。結構広い範囲に生い茂っていて探すのも大変そうだ。
「えーとさ、悪いんだけどお兄ちゃん用事があってね。もうそろそろ行かないと・・・。」
「・・・・・・・・・。」
その言葉への答えは無い。
心なしかうつむいた顔が蒼白になっているようにも見える。
「あのさ、もう素直に謝ってしまうとかは?なんなら僕がお金出すから別の買うとかさ。」
「それじゃ駄目なんだ・・・あれはお父様が僕のために作ってくれた、他に代わりの無いもの。
あれをなくしたら・・・僕は本当にお父様に見捨てられてしまう・・・!」
「やれやれ、大げさな・・・。」
ため息をつきながらそう言うと彼は離れていく。
もはや付き合いきれないのだろうか。
「・・・・・・レンピカ・・・!」
しばしの逡巡の後に、蒼星石の片手に庭師の鋏が握られる。
「・・・やるしかない!!」
藪を切ろうとしたその時、鋏を持った手を背後から止められた。
「こらこら、どこから出したか知らないけど子供がそんなに物騒な物を振り回さないの!」
「え・・・あなたは?」
「まあ乗りかかった船ってやつさ。最後までお付き合いするよ。だからさ、とりあえずもう少し任せなさいな。」
「え、でも用事があるって・・・。」
「うん、だから今断りの連絡を入れた。だから大丈夫だよ。」
そう言って微笑んだ。
「・・・いいんですか?」
「いいのいいの。日本にはね『泣く子と地頭には勝てぬ』ということわざがあってね、子供の涙は放っておけないの。」
「えっ、僕泣いてました!?」
「・・・さあね。でも泣きそうなくらい困っていたのは分かったからね、とりあえずお兄さんに任せなさい。
ぽん、と元気付けるように帽子の上に手を乗せる。
「その鋏は危なそうだからね、まあ暗くなるまで・・・五時くらいまでは封印しておこうね。」
そのまま藪の中へと入っていく。
「あの、僕も何か・・・。」
「いいから休んでなさいな。あっ、そうだ。荷物だけは誰かが持ってかないか見張っててね。」
(・・・レンピカ、君もあの中に入って探してきてくれ。一応姿は見られないようにね。)
そっと命令を下す。
(あんなに必死になって・・・きっと形見かなんかなんだろうな。なんとしても見つけなきゃ!)
彼はまるで我が事のように必死に探しているようだった。
しばらくして男が藪から這い出てくる。
「ごめん、まだ見つからないや。腰が痛いからちょっとだけ休ませて。」
「すみません。やっぱり鋏で・・・。」
「それはもう少し待って、ね?」
「でも、そんなに傷だらけになって、腰まで・・・。」
その言葉通り、腕やら顔やら引っかいたのか、細かい傷が一杯ついていた。
「・・・ああ、本当だ。でもこんな傷はすぐに治るからね。植物さんを切っちゃったらかわいそうでしょ?」
「そうですね、けど・・・。」
「じゃあもう少し探してくるから引き続き荷物の番は頼んだよ。」
本当にわずかだけ休むと彼は再び藪の中に潜っていった。
今度はさっきよりも時間が経って男が出てきた。
「ふう、これでもう終わりかな?」
もう五時過ぎ。
諦めるはずの時間を当に過ぎていた。
「・・・ありがとうございました。後は僕が自分で・・・。」
暗い顔のままの蒼星石が言う。
「ゼンマイって、これかい?」
差し出された手の平には間違いなく蒼星石のゼンマイが乗っかっていた。
「あ・・・これです。よかった・・・よかった!!」
蒼星石の顔に明るさが戻る。
手渡されたゼンマイを大事そうに両手でくるむ。
「これからは気をつけるんだよ。じゃあね。」
「あの、待って下さい。」
「ん?」
「ご迷惑をかけてすみませんでした。本当にありがとうございました。このご恩は忘れません。」
帽子を脱いで笑顔でお礼の言葉を述べる。
「気にしなくてもいいんだよ。子供ってのは迷惑をかけて、甘えて成長していくもんだ。
甘えられるうちに好きなだけ甘えればいいんだよ。」
そう言って蒼星石の頭を撫でる。
「・・・ところでさ、日本語では女の子は『僕』じゃなくて『わたし』って使うんだよ?」
「え、なんで僕が女の子って・・・。」
「あーやっぱり。さっきの笑顔を見ていたらなんとなく、ね。」
「でも、変だと分かってはいても落ち着かなくて・・・。」
「なあんだ、知ってはいたんだ。じゃあそのままでもいいんじゃない?」
「そうですね、どうせ僕は見た目も男の子みたいだし。」
「いや、そうじゃなくって個性的でいいじゃない。」
「個性、ですか?」
「うんうん、みんな多数派になろうとし過ぎる。自分が自然に振舞えるように振舞えばいいのにさ。」
「だけど自分は普通じゃないのかな、って・・・。」
「いいじゃん、誰かの基準に合わせないでも。自分の思うがままに、我がままに、自然体で行動していれば。
たとえ、それが他の誰かに変だと言われてもさ。きっと分かってくれる人もいるだろうしね。
そもそもさ、全部が全部『普通』の人なんているの?みんな何かしら変で、それだからいいんだよ。
・・・まあ君はまだ子供なのに真面目すぎるね。もっと気楽に生きようよ。」
「いや、子供では・・・そうですね、いろいろ教わりました。ありがとうございます。」
男が荷物を手に帰り支度を始める。
「あの・・・本当にすみませんでした。あちこち探し回らせて、怪我までさせて・・・。」
「ああ、いいんだよ。男なんて馬鹿だからね。可愛い女の子のためになら勝手に喜んで頑張っちゃうんだよ。」
「な・・・変なことを言わないで下さい!!」
「あ、いや、お兄さんはロリコンとかじゃないからね。おまわりさんとか呼ばないでね?」
「違います。その、僕が・・・可愛いだなんて冗談を・・・。」
「冗談じゃないって、将来はきっと素敵なレディになる事間違いなし!保証しちゃうよ。
いやー、自分もあと十歳若かったらねえー。」
「そんなの、僕には無理ですよ・・・。」
「やだなあ、子供はこうなりたいって夢を抱いて生きるもんだよ。お兄さんが責任持つから頑張れ!」
ぽんぽんと蒼星石の頭を叩いて去っていった。
「まったくいい加減な人だ・・・責任なんてどう取るつもりなんだか・・・。」
遠のいていく男の背中を見ながら蒼星石が言った。
「でも・・・なんだかこのゼンマイ、まだぬくもりが残ってる気がする。」
そっとゼンマイを握りしめる彼女の顔には微笑が浮かんでいた。
「もうこんな時間か・・・。さあて、今夜は一人でさびしく鍋でもつつきますか。」
一仕事を終え、伸びをしながら帰っていく。
「でもなんか変わった子だったな。どことなく神秘的で・・・あのゼンマイは何用だったんだろう?」
しばし想像を巡らせているようだった。
「・・・まあいっか、どうせ自分にはもう関係の無いことだ。」
「なんだか・・・不思議な人だったね。ちょっと変わってるけど・・・あたたかい人だった。」
蒼星石がこちらに話しかけてきた。
「さあ、それじゃあもう帰ろうか。おじいさんとおばあさんが心配しているかもしれない。」
後に彼がそのゼンマイの正体を知る事も、
そして、それをまきつづけることになるという事も、
この時はまだ二人とも知らなかった・・・
written by Lempicka
最終更新:2006年10月27日 01:36