「ふぅ、今日も疲れた・・・」
 そう一言つぶやく。このところ、この言葉が口癖になってしまったようだ。
仕事の帰り、駅までのいつもの道を歩いて、途中、いつものようにコンビニに寄り、
いつものようにコーヒーを買い、いつものように駅で電車を待つ。
 電車を待っている間、考える。「人っていうのは自ら在りもしない自分という
存在や人格を作り出して、その出来上がった『自分』という存在を演じているので
はないか」と。・・・つまりは俺のように。
 本当の俺は、もっと自分に正直であまり気を使うことが好きではないし、ましてや、
面倒見なんて良くないし、誰にでも優しいわけではない。でも、会社での立場もあるし
人間関係を崩したくないし、その為には自分を演じるのも必要だと考えている。
ひょっとしたら自分だけがそう考えて実行していることかもしれないし、皆が考え実行していること
なのかもしれない。
「はは、やめだやめ。こんな想像」
 自嘲気味に小声で考え事を独り言でシャットする。
 そんな鬱になれる程、無限ループ的な考えを毎日膨らませている俺が、
駅のホームから飛び降りないのは自分をありのままに曝け出せる唯一の存在がいるからだろう。多分。
その唯一の存在というのが彼女、蒼星石だ。彼女のおかげで今、俺はここにいるといっても過言ではない。
 と、空想がひと段落着いたところで、電車が来る。電車に乗り、腰を下ろし、ボーッとして、
5駅分過ごす。電車を降りて、ロータリーでバスに乗り、家へ向かう。そのころ、頭の中ではさっきの
想像が消え去り、今日の晩御飯の事で支配されていた。独身の俺が晩御飯を楽しみに出来るというのも
蒼星石のおかげだ。
 バスを降りて、3分ほど歩く。目の前に7階建てのマンションが現れる。ここの1室が我が城だ。
 扉を開けると、すでに晩御飯の準備がされていた。どうやら、ビーフシチューらしい。
「あっ、お帰りなさい、マスター」
 蒼星石が暖かく出迎えてくれる。
「ただいま、蒼星石。腹へっちゃった」
「うん、すぐにご飯にするね」
 と、独身の俺では信じられないほどの最高のやり取り。
俺はこの為に生きていると実感できる瞬間。
 程なくして夕飯の準備ができ、食卓につく。
このとき、俺は無粋を承知で、蒼星石に質問してみようと思った。
「なあ、蒼星石?」
「なに、マスター?」
「蒼星石は、自ら『自分』を作り出して『自分』を演じてたりするのかい?」
 こう問いかけた後、蒼星石はギクッとしたような顔を一瞬見せた。
だが、すぐにいつもの優しい顔に戻って答えた。
「そうだね・・・自分という人格を演じているのかもしれない。でもね、それはある程度
心あるものとして必要なことだと思う。それに・・・マスターの前では、僕はありのままの僕なんだよ?」
 蒼星石は少し顔を赤らめている。
「そうか・・・」
 その時、俺は理解してしまった。大切な存在の前では誰もが自分を隠さないということを。
そして、それが例えようもないほど幸福なことだということを。このとき、肩にのしかかっていた
重圧のようなものが無くなった気がした。
「どうかした、マスター?」
首をかしげる蒼星石。
「蒼星石」
「なに?」
「俺、すごく幸せだよ」
「僕もだよ、マスター」