夕刻頃、少女が帰宅します。
蒼:「ただいま帰りました。」
義母:「おかえり、さぁ夕飯までに床磨きをしといてちょうだい。」
蒼:「はい。」
   床磨きを頼まれた少女、蒼デレラはとても疲れていました。
   実際、ぱっと見ただけでもその疲労が見て取れます。
   眼はぼんやりとし、足取りも重そうです。
   何をそんなに疲れてるのでしょうか。
義母:「そう言えば今日は給料日じゃなかったかい?」
蒼:「これです。」
   蒼デレラが給料の入った袋を差し出すと継母は初めて蒼デレラの方を向き
   袋を引っ手繰るようにして受け取りました。
   さっそく袋の中身を確認してます。
義母:「庭師の仕事ってのも案外儲からないものだねぇ・・・。たったこれっぽっちかい。」
蒼:「すみません・・・。」
義母:「ふん、いいから床磨きの方さっさとおやり。」
   継母は井戸の方へ顎をしゃくるとそれっきり蒼デレラの相手をしなくなりました。
   蒼デレラは戸口に置いてあるバケツを持つと、よろよろと水場へ向かいました。


   蒼デレラの父親が失踪してから半年、六人いた姉妹とは離れ離れになり
   蒼デレラは一人遠い親戚の家の引き取られ、今の生活を続けてきたのでした。
   ちなみに引き取られる際、着ていた服が男の子のものだったのに加え、髪も短かったので
   蒼デレラは性別を偽り、少年庭師として毎日夕刻まで貴族の広大な庭を一人で世話する仕事に従事していました。


蒼:「寒いなぁ・・・。」
   今日はやけに冷える日でした。寒さに手が悴んできます。
   蒼デレラは寒さを堪え井戸から水を汲み上げました。
蒼:「んしょ・・・んしょ・・・。」
   力を振り絞って水の入ったバケツを持ち、よたよたと家に戻ります。


蒼:「ふう、重かった・・・。」
   廊下にバケツを置くと、さっそく冷たい水に手を浸して雑巾を絞ります。
   黙々と床磨きの作業に勤しむ蒼デレラ。
   床がみるみる綺麗になっていきます。
   ところがそろそろ完了というところで
   ドンッ、バチャアッ!
蒼:「あっ」
義姉:「あー、もう、バケツを足に引っ掛けちゃったわ。」
   せっかく拭いた廊下の床が水浸しになってしまいました。
蒼:「・・・・・。」
義姉:「あ、心配しなくていいのよ。アタシに水は掛からなかったから。」
   バケツをひっくり返したのは継母の娘の義姉でした。
   義姉は謝りもせず、そのまま通り過ぎようとします。
蒼:「あの・・・。」
   蒼デレラの呼びかけに義姉が振り返りました。
義姉:「なーに? まさかアタシに文句垂れる気? 養わせてもらってる分際で。」
   『養わせてもらっている』蒼デレラにとって、これはとても重い言葉でした。
蒼:「・・・・いえ。」
   と力無く俯きながら答える蒼デレラ。
   義姉はふんっと鼻を鳴らすとスタスタと居間の方へ行ってしまいました。
   蒼デレラは呆然と水浸しの床を見やりました。
   また、拭き直しです。


蒼:「んしょ・・・んしょ・・・。」
   重いバケツの水を汲みなおし、家に戻ろうとすると継母が待ち構えていました。
義母:「廊下が水浸しになってるじゃないか! なにやってんだい!」
   ビシィッ
蒼:「あっ・・・!」
   頬を引っ叩かれた蒼デレラはバケツごと地面に転がりました。
   頬を押さえる蒼デレラ。
蒼:「痛い・・・。」
義母:「今度やったらただじゃおかないよ!」
   弁解も何も言う機会を与えられず、継母はスタスタと家に戻っていきました。
蒼:「・・・・・。」
   蒼デレラは無言で立ち上がると服に付いた土ぼこりを払い、また水を汲み直しにヨロヨロと井戸へ向かいました。


   夜、屋根裏部屋にて

   藁にシーツを被せただけの簡素なベッドにドロワース姿で寝転がりながら、
   蒼デレラはどこかで生きてるであろう姉妹達のことに思いを馳せました。
   いったいどこで何をしているのか。元気にしているのだろうか。
   せめて、せめて自分よりは幸せでいてほしい・・・蒼デレラは願いました。
   そう神経を集中していた折・・・
   ガヤガヤ・・・
蒼:「? なんだろう、下が騒がしいな・・・?」
   なにを騒いでいるのでしょう?
   しかし疲れきっていた蒼デレラにはその騒がしさにかまける余裕も無く、いつしか眠りに落ちていきました。
   そしてこの日、蒼デレラは離れ離れになった姉妹達との楽しかった日々を送っていた頃の夢を見ました。

   暖かい暖炉の点る屋敷の一室。
   双子の姉と六女の妹が言い争いをしてるところに割ってはいる蒼デレラ。
   それでもなかなか収まらない両者の言い争い。困ってしまった蒼デレラがふと、後ろを振り向くとそこにはお父様が優しく・・・・
蒼:「お父様・・・みんな・・・・」
   暗闇の中、悲しげな寝言がポツリと・・・


   次の日の夕刻

   蒼デレラが庭師の仕事を終えいつものようにクタクタに帰ってくると、家の雰囲気がいつもと違うことに気付きました。
   義母と義姉が慌しくめかしこんでいます。

   義父もいつ購入したのか、いつもより上等な服を纏って椅子に腰掛けてます。
蒼:「ただいま帰りました。あの、どこか出掛けられるんですか?」
義父:「ああ、お前には言ってなかったか。これからお城で催される舞踏会に出掛けるんだ。」
蒼:「舞踏会?」
義父:「そう、舞踏会だ。貴族が集うこの世で最も華やかな社交界。
    この家もすっかり落ちぶれたものだが、家柄だけは確かに貴族の端くれ。昨夜、招待状が届いたのだよ。」
   だから昨夜は騒がしかったのか、と蒼デレラは思いました。
   それと同時に、自分も舞踏会に行ってみたいとも思いました。。
   それというのも、お城には国中の女の子の憧れの的、くんくん王子がいるからです。
   気高く、賢く、格好いいと評判のくんくん王子。蒼デレラも女の子です。憧れの念をいだくのも無理はありませんでした。
   一目でもいいから会ってみたい。しかし・・・
義父:「ということで蒼デレラ。留守番よろしく頼む。」
   当たり前のように留守番を言い渡されてしまいました。
   しかし蒼デレラはどうしても舞踏会に行き、くんくん王子に会ってみたくてたまりません。
蒼:「あ、あの・・・。」
義父:「なんだね?」
蒼:「僕も・・行きたいです・・・。」
  この家にきてから初めて言う蒼デレラの我侭でした。
  そんな蒼デレラをジロリと義父は一瞥しました。
義父:「お前のような、男だか女だはよくわからない半端な容姿の娘を城に連れてけると思うか?
    バカなこと言ってないで大人しく留守番してるんだ。」
   と強い口調で言われてしまいました。
蒼:「はい・・・・。」
   男だか女だかよくわからない半端な容姿・・・この言葉は蒼デレラの胸に深く突き刺さりました。
   義姉がこちらの様子に気付いたのかやってきました。
義姉:「なに? もしかしてこの子、連れてけなんて言ってるの?」
蒼:「・・・・。」
義姉:「やめときなさいな。あんたみたいな半端なのみっともなくて連れてけるわけないじゃない。
    おまけに左右の眼の色が違うし。ああ気持ち悪い。ジロジロ見られて笑われるのがオチよ。」
蒼:「・・・・。」
   蒼デレラはただ言われるがままに俯くばかりでした。
義母:「準備できたわ。あなた。行きましょ。」
義父:「ふう、やっと支度できたか。ずいぶん待ったぞ。」
義母:「しょうがないでしょ、あたしとこの子のお気に入りのドレス、ネズミに齧られてたんだから。
    お陰で代わりのドレス見繕うのにえらく手間取っちゃったわ。」
義姉:「ああ~、くんくん王子に早く会いたい!さっさっ早く行きましょ!」
   玄関に向かう義父、義母、義姉。そんな中義母が蒼デレラの方に振り向きました。
義母:「あ、そうそういい忘れるところだったけど、蒼デレラ?」
蒼:「はいっ。」
   もしかして連れてってもらえる?一瞬だけ淡い期待が胸を通り過ぎました。が、
義母:「さっきおめかしするのに部屋が散らかっちゃったから片付けておくこと。いいわね?」
蒼:「はい・・・。」
義姉:「あたしの部屋も頼むわよ。」
蒼:「はい・・・。」
義父:「はやくしないか。馬車に乗り遅れるぞ。」
   そして三人は行ってしまいました。
蒼:「・・・・・。」


   散らかった部屋を片付け終わった後、蒼デレラは夕食も摂らず、一人屋根裏部屋の自分のベッドに腰掛けました。
蒼:「・・・・。」
   思い起こされるあの言葉。

   お前のような、男だか女だはよくわからない半端な容姿・・・

   そして、蒼デレラの目に涙が・・・
蒼:「!」
   ゴシゴシッ・・・
   自分の目に涙がたまっていることに気付き、蒼デレラは慌てて目を擦りました。
   泣きたくなったことは今まで何度もありました。でも泣いても何も解決しません。
   今まで何度も我慢してきました。
   でも・・・
   『男だか女だはよくわからない半端な容姿』
   『左右の眼の色が違うし。ああ気持ち悪い』
   何度もあの二人の言葉が思い起こされてしまいます。
   考えないようにしても、いくら考えないようにしても・・・頭の中でこだましてしまいます。
   そしてまたいつしか涙が・・・
   もう蒼デレラは涙を拭えませんでした。
   ポロポロと涙が零れ落ちます。
   どんなに酷い仕打ちを受けても今まで耐え忍んできたのに。
蒼:「・・・・・。」
   自分の涙が止まらないことに気付くと、途端に悲しくて悔しくて胸が張り裂けそうになりました。
蒼:「うっ・・・うっ・・・・」
   涙だけではもうこの心の綻びを埋める事はできませんでした、声まで出てしまいます。
蒼:「うっ・・・ぐす・・・うっ・・・・・・・。」
   こんな情けない声誰にも聞かれたくない、蒼デレラは声を押し殺すためベッドに突っ伏しました。
蒼:「うっう・・・・・・お父様・・・。」
   と、その時

   コンコンコン・・・

   窓を叩く音が・・・
蒼:「?」
   そんなはずはありません。ここは屋根裏部屋。ここの窓というと、屋根に通じてる窓が一つきりです。

   コンコンコン・・・

   しかし、また叩く音が・・確かに聞こえました。
   蒼デレラはベッドに沈めた顔をハッと上げます。
蒼:「誰!? そこにいるの!?」
   屋根の上に誰かいる・・・!?
   咄嗟に蒼デレラは泥棒という存在を思い起こしました。
   怖い・・・しかし蒼デレラは留守番としての責務を思い出しました。
   務めを果たさないと・・・と、
   蒼デレラは壁に立てかけておいた大きな庭師の鋏を掴むと恐る恐る窓に近づきました。
   窓から見える光景には何も変哲はありません。でも窓のすぐ横には誰かが潜んで・・・
蒼:「誰かいるのっ?」
   窓から一歩下がったところで勇気を振り絞り、勇ましく蒼デレラは言いました。
?:「いたらどうする?」
   窓の外から返事がありました!
   蒼デレラは自分の動悸が高まり早くなっているのを感じました。
   でも怖気づいてなんかいられません。
蒼:「出てくるんだ!」
   鋏を身構えて蒼デレラは叫びました。
?:「了解。勇ましいお嬢さん。」
   やけに陽気で気軽な返答したと同時に窓がひとりでに開きました。
蒼:「!・・・?」
   鍵が掛かってるはずなのに・・・? いつの間に鍵が・・・?
   驚いた蒼デレラは二歩ほど後ずさりしました。
   しかし、それっきりで何も変化はありません。
   数十秒待ちましたが誰も窓から入ってきませんでした。
蒼:「?」
   窓に近寄って辺りを見渡しました。屋根には誰もいません。
   眼下にもひと気はありませんでした。
蒼:「逃げ・・た?」
   どうやら泥棒は退散したみたいです。
   ほっと安堵感で胸が満たされた矢先・・・

   ポンポン・・・

   誰かに後ろから肩を叩かれました!
蒼:「う、うわ!」
   驚いた拍子に大きく仰け反りながら振り向く蒼デレラ。
   そこには見たこともない若い男が立っていました。
蒼:「だ、誰!?」
   いつの間に後ろに・・・!?
   蒼デレラは窓が開いてからこの部屋に人が入った気配なんて少しも感じませんでした。
   しかし目の前には確かに若い男が立っています。
?:「・・・俺が誰かだって?」
   蒼デレラは慌ててこの男から離れました。壁を背にして鋏を身構えます。
蒼:「ど、泥棒め! この家には金目のものなんてないぞ! 出て行け!」
   若い男は少し眉をひそめ
?:「あー、俺は泥棒なんかじゃないよ。俺は魔法使い。男の魔法使いだからウィザードね、ウィザード。」
   と言いました。
蒼:「え?」
?:「名は故あって明かせないが・・・」
蒼:「な、何を言ってるの?」
?:「マスター・オブ・ウィザードということで『マスター』とでも呼んでくれ。」
蒼:「マス・・ター・・・?」
   なんだ、この泥棒?
   呆気にとられるばかりの蒼デレラ。
マ:「でだ。何を泣いてなすった、お嬢さん?」





                                      『ソウデレラ その2』に続く