夕刻、スーパーにて一人買い物をする男がいた。
   蒼星石のマスターだ。手には買い物カゴをぶら下げてる。


マ:「えーと・・・頼まれてた買い物はっと・・・。」
   蒼星石から渡された買い物メモに購入漏れが無いか目を通す。
   大根・・・OK ニラ・・・OK キャベツ・・・OK 特売品の卵1パック・・・OK
   特売品のトイレットペーパーOK ごま油・・・OK 寒天2パック・・・OK
マ:「ん。」
   特売品のギョウザの皮を買い忘れていた。
   俺は食品コーナーに戻りギョーザの皮を1パック買い物カゴの中に放り入れた。
   再びメモに目を通す。あとは・・・買い漏れはねぇみたいだな。酒は今回はいいか。
   清算を済ますためレジに並んでる最中、ふと自分の横を見るとお菓子やら
   菓子パンやらが陳列されているのが目に入った。
   俺はその中から各種チューインガムが陳列されている棚に目をやる。
マ:「・・・。」
   どれ、眠気覚まし用に一つ買っておくか・・・
   一つをカゴに放り込んだところで、ふと蒼星石の顔が浮かんだ。
   蒼星石ってガムとかあまり噛んだこと無さそうだな・・・・
   甘そうなのを一つ見繕ってカゴに放り込む。


マ:「ただいまー。」
蒼:「おかえりなさいマスター。お仕事お疲れ様。」
マ:「出迎えありがとさん。風呂沸いてる?」
蒼:「うん、沸いてるよ。あ、買い物ありがとう。」
   蒼星石が俺から買い物袋を受け取ろうとする。
マ:「いいよ、キッチンまで運ぶから。」
蒼:「今日はそんなに重いもの頼んでないから大丈夫だよ。ほら、渡してよ。」
   俺に手を差し出す蒼星石。蒼星石の眼と表情は頑なだった。
マ:「? ああ。」
   なんか釈然としないが俺はあっさりと蒼星石に買い物袋を差し出す。
蒼:「お仕事で疲れてるのに、お買い物頼んじゃってごめんね。」
   蒼星石は受け取る間際ポツリとそう漏らした。
マ:「いや、全然かまわんよ。」
蒼:「僕がお買い物に行ければいいんだけどね。」
   と蒼星石は伏せ目がちに言う。
マ:「なんかあったのか?」
蒼:「・・・・。」
マ:「仕事帰りの買い物なんて今まで何回もあったじゃねぇか。」
蒼:「うん、だから申し訳なくて。」
   どうやら蒼星石は仕事帰りの俺に買い物を頼むことを心苦しく思っていたらしい。
   しかし、こればっかりはしょうがないよな。蒼星石はドールだから買い物ができない。
マ:「・・・・。」
   このことがこの子にとって大きな引け目になっているんだろうか。
マ:「へっへっへ。」
   俺はニンマリ笑い、仕事用の鞄を玄関に放って、両手を使って蒼星石を買い物袋ごと抱き上げた。
蒼:「あ、あのっ、マスター?」
   なんで抱き上げられたのかわからず蒼星石は慌てている。
マ:「労ってくれてありがとうよ。へっへっへ。凄く嬉しいよ。」
   そして、なんともいじらしい。
蒼:「マスター・・・。」
   蒼星石はじぃっと俺を見つめた。
   俺はそのままキッチンへ向かった。
マ:「さ、一緒に買ってきた物整理しよう。」
蒼:「うん・・・。」


   キッチンにて。

   大根を蒼星石に手渡しながら
マ:「だからな~、別にそんな苦になってねぇから。買い物ぐらいで。」
蒼:「うん・・。」
   手渡された大根を冷蔵庫に収納しながら蒼星石はそう答えた。
マ:「むしろ蒼星石が家事やってくれるお陰で俺の負担だいぶ減ってるんだからさ。
   世間の一人暮らしの男性に申し訳なく思ってるよ俺は。」
蒼:「うん・・。」
マ:「蒼星石。」
蒼:「?」
マ:「愛してる。」
   ぼそっと言い放つ。
蒼:「え? あ、なに?」
マ:「じゃ風呂入ってくるよ。」
   俺はスタスタとその場から歩き出した。
   俺の背に蒼星石の声が掛かる。
蒼:「ねぇ、マスター、今なんて言ったの?」
   二度も言えねぇっての。



   風呂から上がり、晩飯を済まし、リビングのソファーの上でテレビも付けずホーッと一息ついてると、
蒼:「ねぇ、マスター。買い物袋からガムが出てきたよ。僕これ頼んだ覚えないけど?」
   皿洗いを終えた蒼星石がガム二つを手に持ち訊いてきた。
マ:「ああ、俺のポケットマネーで買ってきたんだよ。紫のやつは蒼星石のためにな。」
   紫色の包装紙、グレープ味のガムを蒼星石に勧める。
蒼:「いいの?」
マ:「ああ、黒い方頂戴。」
   黒色の包装紙、俺用に買った眠気覚まし用のガムを受け取る。
蒼:「ありがとう! じゃあさっそくいただくよ。」
マ:「蒼星石、さすがにガム噛んだことあるか。」
蒼:「それぐらいあるよ。」
   蒼星石は少し笑い、そう言うとガムの包み紙を取り払いガムを半分に千切った。
蒼:「ガム一枚じゃ僕には少し多いからね。半分だけどいる?」
マ:「お、ありがとう。」
   蒼星石に半分に千切られた残りのガムを貰い口に放り込む。
マ:「蒼星石、おいで。」
   自分の膝をポンポンと叩く。
蒼:「うん・・。」
   少し照れくさそうに蒼星石は俺の膝に座った。
   かみかみかみ・・・
   しばし二人でガムの噛み心地を楽しむ。
蒼:「マスター、半分じゃ足りないでしょ。もう一枚あげるよ。」
マ:「いいのかい? 蒼星石の分無くなっちまうだろ。」
蒼:「こんなにたくさん僕には食べきれないから。」
   そう言い蒼星石は一枚取り出すと包み紙をとって俺に差し出した。
マ:「ありがとう。」
   口に放り込む。
   かみかみかみかみ・・・
   そしてまた二人でガムの噛み心地を楽しむ。
   味もしなくなってきた頃、俺は何気なくガム風船を作り出しはじめた。
   クチャクチャクチャ・・・
   舌でガムを伸ばし・・・
   プクー。
   なかなかのでかさのガム風船ができた。
蒼:「!」
マ:「?」
   俺を見上げた蒼星石が何か凄い驚いている。
   ぱすん。
マ:「くちゃくちゃ・・・どした?」
蒼:「なに今の? 風船みたいなのができてたけど?」
マ:「ガム風船がどうかしたか? もしかして初めて見るのか? どれ、くちゃくちゃ・・・」
   ぷくー
   もう一回膨らませてみせる。
蒼:「わぁ、マスターってそんなこともできるんだ・・・・。」
   もしかしてガム風船見るの初めてなのか。
   ぱすん。
マ:「くちゃくちゃ・・・蒼星石も練習すればできるようになるよ。」
蒼:「ほんと? どうやってやるの?」
マ:「えーとだな、舌でガムを伸ばして・・・ガムに空洞を作る感じで。その空洞に息を吹き込むんだよ。」
   うまく伝わったかな? なかなか説明に苦慮する俺。
蒼:「うーん、かみかみかみ・・・・・・・ふー・・・ふー・・・ふー! ふー!」
マ:「そんな強く吹き込まなくてもいいんだよ。舌をうまく使って空洞を作るのがポイントだから。」
蒼:「かみかみかみ・・・・ふー・・・ふー・・・・・・かみかみかみ・・・うまくいかないなぁ・・・。」
マ:「ふふふ・・・ぷく~。」
   これみよがしにガム風船を膨らませてみせる。
蒼:「いいなぁ・・・。」
   ぱすん。
マ:「舌遣いが甘いんじゃないかな。」
蒼:「舌遣いかぁ・・。かみかみかみ・・・・。」
   一生懸命口の中で舌を動かす蒼星石。
蒼:「・・・・ごく・・・あ!」
マ:「どした・・・?」
蒼:「ますたぁ・・・僕ガム飲んじゃった・・! どうしよう!」
   なにをそんなに慌てておるのだ。
蒼:「どうしよう・・・ガムって食べちゃ駄目なんだよね?」
マ:「あー、ガム飲み込んじゃったのかぁ。ご愁傷様。もう助からないよ。残念です。」
   俺は神妙な面持ちでそう言った。
   もちろん嘘だ。
   蒼星石は怯えパニくりだした。
蒼:「えぇ~? どうしようどうしよう・・・そうだ! レンピカ!」
   部屋の隅からレンピカがやってきた。
マ:「?」
蒼:「レンピカ、僕の口から中に入ってガムを取ってきて!」
   えぇ!?
   蒼星石の口へ迫るレンピカ。
マ:「うおおっと!ストーップ!」
蒼:「もご!?」
   俺は手で蒼星石の口を覆い、レンピカの進入を防いだ。
蒼:「もごもご・・ふぁふたぁ・・・?」
マ:「うそだって。ガム飲み込んだぐらいじゃ死なないよ。」
蒼:「もご・・ほふほう?」
   俺はレンピカに注意し、ゆっくり蒼星石の口から手を離した。
蒼:「でもおじいさんからガムは飲み込まないで口から出しなさいって教わったけど・・・?」
マ:「食べても無害だよ。全然問題ない。喉越しが悪いし栄養も無いから飲み込まないだけだよ。」
蒼:「あ、そうなんだ。・・・なんだ・・・・って、ならなんであんな嘘ついたのさマスター! ビックリしたじゃないか!!」
マ:「いや~、めんごめんご。」
   たかがガム飲みこんだぐらいで狼狽しだす蒼星石がなんとも・・・・
蒼:「もう!」
マ:「でも喉に詰まらなくてよかったよ。」
蒼:「ふんだっ。」
   プイっと顔を逸らす蒼星石。
   ほっぺが膨らんでる。ぷく~って。ガムは膨らまなかったがね。へっへっへ。
マ:「くちゃくちゃくちゃ・・・ぷく~♪」

   ご機嫌斜めになった蒼星石は俺の膝から降り立つと別の部屋へ行ってしまった。


   そしてしばらくすると
蒼:「ねぇ、見てマスター!」
マ:「ん?」
   後ろを振り向くと蒼星石が嬉しそうにこっちを見ていた。
マ:「どした?」
蒼:「へへへ、見てて。」
   そう言うと蒼星石は口をもごもごと動かすと・・・
   ぷく・・
   小さいながらもガム風船を膨らませることができるようになっていた。
マ:「おお、できるようになったのか。」
   ぷちん・・・
   小さなガム風船が割れて蒼星石の唇に張り付く。
蒼:「うん! まだまだ小さいのしかできないけどね。」
   俺の見えないところで練習してたんだな。頑張りやさんめ。


   次の日

マ:「たらいまー。」
   ・・・・。
   ん、出迎えがない。
蒼:「ますた~。」
   少し遅れて洗面所の方から蒼星石の情けない声が聞こえた。
マ:「どした?」
   洗面所に向かうと・・・
マ:「あらー・・・。」
   顔中にガムが張り付いてる蒼星石がいた。
蒼:「うう、大きい風船作れたんだけど割れた瞬間顔に張り付いちゃって、取れないんだ。」
マ:「もう、なにやってんだよ。」
   俺は蒼星石の顔についたガムを取ってやる。
蒼:「前髪についちゃったのが全然取れないんだ。」
   前髪に付くなんていったいどれぐらい膨らませたんだ?
蒼:「どうしよう・・・。」
   と今にも泣き出しそうに蒼星石は言った。
マ:「ちょっと待ってろ。」
   俺はキッチンに向かうとオリーブ油を手に取り蒼星石が待つ洗面所に戻った。
蒼:「うう・・。」
マ:「じっとしてなさい。」
   俺はオリーブ油を手のひらに垂らし、ガムが付着した蒼星石の前髪に擦り込んだ。
蒼:「あ、ガムが溶けてく・・・。」
   洗面所の鏡に映る自分の前髪のガムが溶けてく様を不思議そうに見つめる蒼星石。
マ:「ガムは油に溶けるんだよ。」
   ガムとチョコレートを一緒に食べるとガムが溶けて無くなってしまうのは有名だが
   その原因はチョコに含まれるカカオバターの油脂がガムを溶かしてしまうからだ。
マ:「うし、とれた。」
蒼:「わぁ、ありがとう。マスター。あやうく前髪切らなくちゃ駄目かと思ったよ。」
マ:「へへ、良かったな。ところで風呂沸いてるか?」
蒼:「うん、沸いてるよ。」
マ:「じゃあ、一緒に入るか。」
蒼:「えぇっ、な、なんで急に・・・?」
マ:「蒼星石、頭にオリーブオイル付いたままじゃまずいだろ。トリートメントせにゃ。」
蒼:「それはそうだけど、駄目! 僕一人で入る!」
マ:「いいじゃん。俺ら恋人同士だろ?」
蒼:「駄目!恥ずかしい!」
マ:「でも、一人で風呂入れるのか?」
蒼:「は、はいれるよ。子供じゃあるまいし・・・。」
マ:「ほいほい。じゃお先にお風呂どうぞ。レディーファーストです。」
蒼:「れ、れでぃ? あ、ありがとう。」
   そそくさと蒼星石は衣類を取りに足早に去った。


   蒼星石、マスターとも風呂から上がり夕食後、リビングにて。
蒼:「せっかく風船大きく膨らませることできるようになったのにガム無くなっちゃったよ。」
マ:「じゃあ俺のガム使う?」
蒼:「え、いいの? ありがとう。」
   俺は胸ポケットから眠気覚まし用のガムを取り出した。
   一枚取り出すと半分に千切って蒼星石に渡し、残りを口に放り込む。
蒼:「へへへ、見ててね。」
   と嬉しそうにガムを口に放り込んだ蒼星石だったが・・・
蒼:「ひゃ・・・!なにこれ・・・? 辛い!」
マ:「ありゃ、眠気覚まし用に買っておいたやつだが辛すぎた・・・?」
蒼:「ふあ・・・ますたぁ、からいよぅ・・・」
   途端に涙目になる蒼星石。
   俺は手を蒼星石の口の前に構えた。
マ:「ほら、ペッしな。」
蒼:「マスター、ごめんなさい。」
   蒼星石は堪らずガムを俺の手に吐き出した。
蒼:「うがいしてくる・・・!」
   と蒼星石は口元を覆い、洗面所に駆けていった。
マ:「ありゃりゃ・・・。」
   俺の手の平には蒼星石の噛みかけのガムが・・・
   じー・・・
   いかんいかん、何を考えているのだ。首を左右に振る俺。
   ガムをテッシュに包みゴミ箱に放ると洗面所に向かう。
マ:「蒼星石、大丈夫か~? ごめんよ。あのガム、眠気覚まし用だから辛くて刺激的なんだよ。悪かった。」
   蒼星石はうがいしながら愚痴る。
蒼:「うう、もうガムはこりごりだよ。」
マ:「そうか。」 
蒼:「やっぱりお口が寂しいときはガムなんかよりあれだね・・。」
マ:「なに? あれって。」
蒼:「ちょっと屈んで。」
マ:「?」
   俺は蒼星石の目線まで身をかがめる。    
蒼:「これ。」
   ちゅ・・・