マ「ごちそうさま、どうもありがとう。」
 蒼「あの、マスター・・・お味はいかがでしたか?」
 マ「ああ、美味しかったよ。上出来、上出来。」
 蒼「そうですか。それじゃあ僕は・・・マスターのお役に立てていますか?」
  なんだかぶっきらぼうなマスターの様子に不安を覚え、つい聞いてしまう。
 マ「うん、とても良くやってくれてると思うよ・・・・・・人形にしては。」
  少し柔らかい表情を見せてくれたと思ったのも束の間、最後に冷たくそう付け足した。
 蒼「人形・・・ですか。」
 マ「・・・人形じゃないとでも?それとも何か不満があるのかい?」
  マスターは苛立ちを隠さぬままに荒々しく席を立つ。
 蒼「いえ、僕は人形です。・・・マスターの、人形ですから。」
 マ「でしょ?人形だよね。人間とは、違うんだよね・・・。」
 蒼「あの、マスターちょっとお話したい事が・・・。」
  離れていくマスターの背に向けて話しかける。
 マ「悪い、ちょっと用事があるから。・・・つるむんなら人形同士で仲良くやってて欲しい。」
  振り向きもせずマスターは行ってしまった。
  マスターは最近僕の事を名前で呼ぼうともしない。
  そしてたまに話をしていても決まって不愉快そうになってしまう。
  ・・・なんでこうなってしまったのだろう。
  ついこの間までは、おふざけが大好きで、僕の事をしょっちゅうからかったりもしたけれど、
  それでもとっても優しくて、僕の事をすごく可愛がってもくれるマスターだったのに・・・。
  ちゃんと・・・僕の事も名前で呼んでくれていたのに・・・。
  やっぱり、先日のあの出来事が原因なんだろうか・・・。


 マ「あーあ、汗かいちゃった。」
  脱衣所のドアを開けてマスターが入ってきた。
 蒼「あ、マスター帰ったんだね。」
 マ「わ、わわ!蒼星石何をやってんのさ!」
 蒼「何って・・・お洗濯だよ。」
 マ「それは見れば分かるけど、何で服を着ていないの!」
 蒼「マスターはまだ帰らないと思っていたからね、自分の服も洗っちゃったんだ。」
 マ「裸でそんな風に平然としないの!」
 蒼「別にいいじゃない、下着は着けてるんだし。」
 マ「そうじゃなくって!異性の前でそんな・・・。」
 蒼「男の人って言ってもマスターだしさ。別に困らないよ。」
 マ「そっちは良くても・・・まったく、寒くないの?」
  マスターがバスタオルを取ってきて体をくるんでくれた。
 蒼「ドールだから平気だよ。・・・でも、こうしてもらうとやっぱりあったかいかな、えへへ・・・。」
  その言葉に反応するようにマスターがそのまま優しく抱きしめてくれる。
 マ「そっか、僕もこうしてるとなんだかあったかいよ。」
  そのままマスターのぬくもりと幸せに包み込まれていく。
 蒼「マスターどうしたの?」
  しばらくして、マスターの訝しげな視線が自分の肩の辺りに注がれているのに気づいて言った。
 マ「う、うん?なんでもないよ、なんでも・・・。」
  この時は曖昧な答えが返ってきただけだった。


  あの時、マスターは僕の球体関節を見ていたんだろうな。
  考えてみればマスターには今まで見せた事が無かったっけ。
  そして僕の体を目の当たりにしたマスターは、所詮は人形に過ぎない僕を嫌になってしまったのかな・・・。
  思い返してみればあの日を境にして徐々にマスターの態度が変わっていってしまったんだ。
  次第に、僕を遠ざけるようなものへと・・・。
  うかつだった。
  球体関節なんて気味悪がられる原因になりかねないなんてことは分かっていたつもりだったのに。
  マスターにならそんなことは関係ないと、当然受け入れてもらえるものとでも思ってしまっていたのだろうか。
  気づかぬうちに自分はそんなにまで気を許してしまっていたのかと愕然とする。
  同時に、僕の中で思いのほか大きくなっていたマスターの存在にも・・・。
  そんなことを考えているとマスターに声をかけられた。
 マ「お人形さんや、すまないがちょっと探し物があるんだがね。」
 蒼「・・・すみませんがマスター、もっときちんと呼んでいただけないでしょうか。」
  マスターの呼びかけに、もう長い事使っていなかった口調を意識的に作って答える。
 マ「きちんと?ちゃんと呼び捨てにはせずに呼んでいるつもりだけど。」
  憮然とした答えが返ってくる。
 蒼「マスター・・・僕には蒼星石という名前があります。出来ればそちらで呼んではいただけないでしょうか。」
  もう以前のような関係には戻れなくてもいい、でもせめて自分の名前を呼んでほしい。
  マスターにとってはただの人形に過ぎなくてもいいから、でもせめて、せめて他の人形とは違う、特別な人形ではありたいから。
 マ「人形は人形だろ、結局は・・・作り物なんだ。」
  マスターが嫌悪と不快の入り混じったような表情でそう言い放つ。
 蒼「確かに僕は作られた人形だけど・・・人形にだって心はあるんです!」
  絞り出すようになんとかそう言った。
 マ「・・・だったら、その心とやらも作り物なんだろうさ!!」
  マスターが吐き捨てるように言ったその言葉を聞いた瞬間、何かが自分の中で終わってしまった気がした。
 蒼「じゃあ・・・じゃあ、僕の気持ちも作り物だって言うの!?」
  たまらず叫ぶと、マスターに背を向けて走り出す。
  もう、涙で前が見えない。
  失ってしまった今はじめて気づいたのかもしれない。
  僕のこの感情は、もしかしたら人間が言うところのこ――――――
  足元の床が不意に消えた。
  いや、どうやら階段を踏み外したらしい。
  勝手知ったるこの家だから、無闇に走っても平気だと思っていた。
  体が引力に引っ張られるのが分かる。
  ・・・もういいや。
  静かに両目を閉じる。
  分かっていたつもりで軽率に行動し、気がついたら自分を支えるものを失っていて・・・今の僕にはふさわしいのかもしれない。
  いっそのこと、もうこのまま・・・。
 マ「蒼星石!!!」
  マスターが僕の名前を呼んでくれた。
  最後の最後かもしれないけれど、ありがとうマスター。
  次の瞬間、体があたたかい何かで包み込まれる。
  だけど、落ちるに身を任せていた僕ごと、その何かも一緒に落ちていく。
 マ「ぐ、ぐぐっ・・・!」
  次の瞬間、自分をかばって落下し、下敷きになっているマスターに気づく。
 蒼「マスター!?一体なんで?・・・待ってて、今救急車を・・・。」
 マ「待ってくれ!自分の事だ、自分が一番良く分かる。・・・そんな事は無駄だ。」
 蒼「そんな!僕、まだマスターに伝えたい事が!」
 マ「僕もだ。聞いてくれるかい?」
 蒼「う・・・うん、聞きたい、聞かせて!」
 マ「今まで・・・ごめんね、ずっとひどい事を言い続けちゃって。
   ・・・あんな風に人形だとか作り物呼ばわりしたりして・・・。」
 蒼「でも・・・それは本当の事だから・・・。」
 マ「本当なのかもしれないね。でも人間だって似たようなものだと思うんだ。
   仮にバラバラにしてしまえば、命が終わってしまえば、もはやただの物質だ。何も違いは無いさ。」
 蒼「じゃあ、なんであんな事を・・・。」
 マ「この間蒼星石の体を見て、今まで忘れていた事に、いや、目を逸らしていたのかもな・・・気づかされたんだ。
   自分は人間で、蒼星石はドール、そういう意味では互いに決定的に違った存在なんだって・・・。」
 蒼「やっぱり・・・僕が人形なんかだから・・・。」
 マ「・・・人間なんて時が経てば老いていくし、ちょっと打ち所が悪いだけでも簡単に死んでしまう脆い存在だ。
   ただの人間でしかない自分は・・・いつか君に別れを告げなくてはいけない。
   結局、自分は君に何も残してあげられない、一方的に自分だけがいろいろと与えてもらうだけじゃないかって・・・。
   君のことを大事に想っているのに何も出来ないまま悲しみだけ残して終わってしまう、その事がひたすら怖かった。」
 蒼「そんな・・・。」
 マ「だから・・・もうこれ以上君に惹かれてはいけないと思ってしまった。
   それであんな風に自分の方から君を拒むような真似をしてしまったんだ。
   自分となんかじゃなく、共に生き続けられる翠星石たちとの関係を育んで欲しいと。
   だけど・・・それは君をいたずらに傷つけていただけだった・・・。
   結局のところ我が身可愛さから君までもつらい目に遭わせていただけで・・・馬鹿げたことだった。
   そんなの関係なく、いつか訪れる別れの時まででもいいから、精一杯大切にしてあげられれば良かったのにね。
   ・・・気がつくのが・・・遅過ぎたかな。」
 蒼「だけど、マスターもつらかったんでしょ?」
  ここ最近のマスターのきつい態度が思い出される。
  あれは・・・僕にではなくマスター自身に向けられていたんだ。
 マ「そうだね、そのおかげで気づかされたよ。君の優しい心がどれだけ自分の支えになってくれていたのかって。
   恩を仇で返すような真似をしちゃって本当にごめんね、どうか・・・許して欲しい。」
 蒼「そんなの・・・許すも許さないも無いよ!」
 マ「ありがとう。」
  マスターが力なく笑う。
 マ「・・・頼みがあるんだ。」
 蒼「何!?」
 マ「キス・・・してくれないかな?」
 蒼「え・・・う、うん・・・分かった・・・。」
  緊張しながらもマスターの頬に口づけをする。
 マ「できれば、唇にお願いしたい。」
 蒼「ええっ!?でも、そんな・・・。」
 マ「まあ確かにほっぺただけでも十分か・・・。それだけでも思い残す事は無いかもね、ありがとう・・・。」
  マスターの目がそっと閉じ、全身から力が抜けていく。
 蒼「マ、マスター!?そんなことを言わないでよ・・・!」
  意を決し、目をつぶってマスターの唇にそっと自分の唇を重ね合わせる。
  しばらく経ってから唇を離した瞬間、
 マ「元気百倍!ふっかーーつ!!」
 蒼「えっ、えっ?」
  それまでの様子が嘘のようにマスターが元気に起き上がる。
 マ「いやー、ありがとう。まさか本当にしてもらえちゃうとは思わなかったよ。」
 蒼「マスターさては・・・だましたね!」
 マ「だます?何の事だい?」
 蒼「だってマスターもう死にそうって・・・。」
 マ「そんな事言ったっけか?」
 蒼「確かに言って!・・・ないね。」
  マスターはしてやったりという感じで得意げな笑みを浮かべてこちらを見ている。
  まんまと・・・だまされてしまった。
 マ「さすがにこの高さの階段から落ちても死にはしないって。それに一応は合気道の有段者だしね。受け身はバッチリ♪」
 蒼「本当に?無理してないよね。」
 マ「うん、そりゃちょっとは痛いけど頭も打たずにすんだし、骨折とかもなさそうだよ。」
 蒼「そう・・・無事で良かったよ。」
  ほっと胸をなでおろす。
 マ「あ、でも一つだけ大変な事があった。」
 蒼「え!何々!?」
 マ「蒼星石にファーストキスを奪われちゃったなあ。これはもう責任を取ってもらわなうしかないなあ♪」
  両手を頬に当てて、恥じらう様な仕草でおどけながら言う。
 蒼「そ、そんなの僕だって・・・!!」
 マ「ん?」
 蒼「・・・なんでもない・・・。とにかく、もうだまされないからね!!」
 マ「やだなあ、嘘なんてついてないのに。ところでさ、聞き忘れちゃったけどさっきの伝えたい事ってなんだったの?」
 蒼「マスターには教えてあげないっ!」
 マ「ちぇっ、へそを曲げられちゃった・・・。まあ、まだまだ聞き出す時間はたっぷりあるからいいさ。」
  そう言うと、マスターが笑いながらすっと手を差し出す。
 マ「やっぱり・・・僕には君が必要みたいなんだ。どうか仲直りしてくれないかな?これからもよろしく頼むね、蒼星石。」
  その手をぎゅっと握る。
 蒼「うん・・・こちらこそ、これからもよろしくお願いします。」
  マスターが僕の手を握り返す。
  人間の手と、ドールの手。
  大きさも、肌触りも、何から何まで違った二つの手。
  だけどその手が、二人がこうして紡ぐ絆は共有できる。
  これからもきっと二人で守っていける。
  きっと、きっと・・・。