蒼「マスター、今までありがとうございました。」
 マ「どうしたんだい、藪から棒に?」
  洋間のテーブルでマスターと対座していた蒼星石がいきなり別れの挨拶を切り出した。
 蒼「僕は・・・決めたんです!お父様のためにアリスになると!」
 マ「ほぉ、それはアリスゲームに参加して他の姉妹を倒すということかね?」
 蒼「はい、その覚悟です。だから・・・万一のことも考えてマスターには先にお別れを言っておきます。」
 マ「まあ、ちょっと待ちたまえ。」
 蒼「・・・すみませんが、決意を変える気はありません。もう決めたんです。」
 マ「本気かね?今まではみんなで仲良くやってきたじゃないか。」
 蒼「ええ、本気です。それが、僕らローゼンメイデンの存在理由であり宿命なんです。」
 マ「よろしい、それならば私も協力しようじゃないか。」
 蒼「えっ?」
 マ「君がそう言い出した場合を想定してね、今まで他のドールの情報を収集して分析し、
   君がアリスゲームで勝ち抜くための戦略を練り上げておいた。」
 蒼「なぜ・・・そんなことを?」
 マ「私は君のマスターだ。ならば、君がアリスゲームでの勝者を目指すのに全力を惜しまず協力するのは当然ではないかね?」
 蒼「でも・・・。」
 マ「何より私自身、今までのし上がるためには誰にも、家族や友人にすら気を許さずに・・・いや、むしろ利用し尽くして、
   それこそ何でもして生きてきた人間だからね。その経験はきっと君の役にも立てられるよ。」
 蒼「・・・・・。」
 マ「まあ話だけでも聞いてから判断しても損する事はあるまい。」
 蒼「はい・・・。」
 マ「ではすまないがちょっと待っていてくれたまえ。取ってくるものがある。」
  しばらくしてマスターが戻ってくる。その手には分厚い冊子が持たれている。
  マスターが手にしたそれを蒼星石の前に置く。表紙には『蒼星石アリスプロジェクト』と書かれている。
 蒼「これは?」
 マ「私が君と契約し、アリスゲームの話を聞いてから各ドールの能力や性格、その他の行動や個性等を調査してはまとめ上げ、
   いかにすれば君が他の姉妹を安全かつ効率的に葬り去れるかを入念に検討し作成したものだ。」
 蒼「今までずっとそんな事を!?」
 マ「無論だ。君が他の姉妹と会う時や、翠星石が来た時、そして君自身が能力を行使した時、
   ありとあらゆる機会を逸さないように様々なデータを集め構成した。まさに珠玉の一品だ。」
 蒼「そんなものを作っていただなんて・・・。」
 マ「きっとアリスゲームの勝者になれるはずだ。・・・それを実行にさえ移せればね。」
  そう言うとマスターがニヤリと笑った。それは自信に満ち満ちた、しかし凍て付くように冷たい笑みだった。
 蒼「いったい・・・どんな作戦なんですか?」
 マ「膨大な情報量だからかいつまんで説明しようか。まず、不安要素としては第七ドールの情報が無い事だが、
   これは他のドールの力をすべて手に入れればさすがに負けは無いだろうからデータが集まるまでは保留としよう。
   すると現状において最大の障害と予想されるのは二名。
   第一ドール水銀燈と第五ドール真紅だ。かつてこの二名は直接対決したそうだが、ほぼ互角らしい。
   その上、能力の応用性、汎用性といった部分や戦闘に対する精神面の部分まで含めて手強いからね。」
 蒼「そうなるでしょうね・・・。」
 マ「だが、逆に言えばどちらかを倒してその力を奪えれば戦局は有利に展開する。」
 蒼「でも、そんなに簡単には・・・。」
 マ「いかないだろうね。・・・・・正面から挑めば。」
 蒼「どういう事ですか?」
 マ「奇襲だよ。君たちは普段から付き合いはある。水銀燈は無理にせよ、真紅なら不意打ちの庭師の鋏の一撃で倒せる。」
 蒼「!?」
 マ「一振りで首をはねるなり、背後から刺し貫くなり、君の実力なら十分可能なはずだ。君さえその気になればね。」
 蒼「そんな事できません!そんな卑怯なことをしてアリスに辿りつけるとは思えない。」
 マ「命を奪い合う戦いに卑怯も何もないと思うがね。・・・まあいい、それでは代案がある。
   この場合、慎重を期して先程の二名との戦いは可能な限り後回しにしなくてはなるまい。
   ・・・心情的には君が一番戦いを挑みやすいのは君と同じく戦いの覚悟を済ませている水銀燈なんだろうがね。
   厄介な二人との戦いまでに、いかにその他の姉妹との戦いを利用して戦力を上げておけるかが鍵となるだろう。」
 蒼「はい、でも僕は正々堂々とアリスゲームに挑みたいんです。」
 マ「分かっているさ。君についても分析済みだと言ったろう?」
 蒼「・・・・・。」
 マ「きちんと正々堂々アリスゲームを宣言してから挑めばいいさ・・・翠星石にね。」
  マスターの顔がさも愉快そうに歪む。
 蒼「な!翠星石は僕の双子の・・・。」
 マ「姉だよね。まさか、だろ?そこが付け目なんじゃないか。翠星石もあれでなかなかの能力の持ち主。
   しかし君が戦いを挑めば動揺してその真価も発揮できまい。たやすく倒せてしまうさ。
   そして翠星石を仕留めれば攻防一体に使え、君の弱点である遠距離戦での強力な手札となる能力も手に入れられる。
   しかもそれに加えて、君は庭師としての力を掌握することもできる訳だ。
   くくっ・・・これは強力だよ。その気になればミーディアムの心から攻めることも可能になるんだからね。
   まさに翠星石さまさまと言ったところじゃないか・・・。」
 蒼「・・・庭師の力はそんな事のためにあるわけじゃありません!それに翠星石を倒すなんて・・・。」
 マ「おや?君は翠星石を倒さずにアリスになるつもりだったのかい?」
 蒼「そ、それは・・・。」
 マ「いずれ通らねばならぬ道なら早いほうがよかろうよ。それに君の姉さんもどうせなら君に倒されたほうが本望だろうさ。」
 蒼「本気で言っているんですか?」
 マ「ああ、本気だとも。アリスを目指す以上、遅かれ早かれそうしなければいけないことくらい君にも分かるだろう?
   だったら君の手で一思いに戦いの苦悩から解放してあげて、その後ずっと一緒にいてあげたほうが姉孝行というものだよ。
   それとも、自分で手を汚したくないところだけは他の姉妹に押し付けるつもりだったのかね?
   ・・・まさかとは思うが、自分が敗退しても残りの連中が戦わざるを得ない状況を作ってしまいさえすれば、
   放っておいても誰かがお父様の望むアリスになるからいいや、という甘えた上にはた迷惑な考えではあるまいね。」
 蒼「・・・・・。」
 マ「まあ、他の連中に潰し合いをさせるのも戦略としてはいいかもしれんがね。戦いというものは非情だ。
   君一人でもアリスゲームを始めようとすれば人間と馴れ合って平和ボケした他のドールどもも否が応でも戦わざるを得なくなる。
   君は自分勝手に動いて様子を見つつ、いいところだけを持っていけるように狡猾に立ち回ればいいのさ。
   さて、翠星石を葬ったら次の標的は金糸雀がいいかな。雛苺は面倒な真紅のそばにいるからね。
   それとも水銀燈と真紅をぶつけて漁夫の利を狙うのがいいか・・・。」
 蒼「もういいです!」
 マ「そんな大声を出すなんて珍しいね。どうしたんだい?」
 蒼「マスターのお話を聞いていて分かりました。僕はそんな真似を働きたくはない!」
 マ「おやおや、そんな綺麗事を言って・・・。アリスになるという決意と覚悟はどうしたのかね?」
 蒼「それは・・・これからもう一度考えます。」
 マ「相変わらず君は生真面目だね。そんな事を気にせずとも私の指示通りに動けば・・・。」
 蒼「お断りします。僕は・・・自分の納得できるやり方でアリスを目指したい!
   今はまだ・・・それが分かってはいませんでした。」
 マ「そうかい、アリス誕生の瞬間に立ち会えると思ったのにそれは残念だ。
   まあ、君の言うことも正しいとは思うよ。一旦戦いを選んだら元の平和な日常には戻れないんだからね。」
 蒼「・・・マスターがこんな方だとは思いませんでした。失礼します。」
 マ「ふっ、まあじっくりと考えたまえ。時間はたくさんあるのだからね。君の気が変わったらいつだって協力するよ。」
 蒼「いえ、これは僕自身の問題ですから。・・・もうマスターのお力は借りません!」
  そう言い放つと蒼星石は部屋から出て行った。






 マ「やれやれ、案の定すっかり嫌われてしまったようだね・・・。ふふっ・・・言ったろう、君の事も分析済みだと。
   ああいう言い方をすればおそらくはこういう結果になってくれるだろう事くらい予想はついていたさ・・・。」
  部屋に残されたマスターが自嘲的にひとりごつ。
 マ「やはり君は甘いね。私なんかとは違って・・・。だが、君はそれでいいんだ。それでね。」
  そうつぶやくと、マスターは『蒼星石アリスプロジェクト』を卓上の灰皿に入れて火をつけた。
 マ「ふふふ・・・あたたかいね。私の心なんかとは違って・・・。」
  炎を見つめるマスターの瞳には、蒼星石からもらったぬくもりが存在していた。
 マ「私はどう思われようともいいさ。どうせ元からこんな人間なんだしね。
   だが、君には私のように二度と手に入らぬものを失って後悔してほしくはない・・・。」
  そう言って、そのまま火が消えるまで見つめ続けていた。
 マ「今夜はやけにだるいね・・・。もうここで寝てしまおうか。」
  マスターが電気を消して今まで座っていたソファに横になる。
 マ「誰にも気など許さないはずだったが・・・どうやら私もだいぶ甘くなってしまっていたらしいね、してやられたよ・・・。」
  仰向けになって見た天井には、暗闇の中で光を放ちながら浮遊する蒼いものの姿があった。



               もしもシリーズ
                ○マスターが超冷酷“だった”場合●

                       - <完> -