「さて…お盆だし、そろそろ実家にでも帰らなきゃな」
大学生であるところの俺は、ワンルームマンションで一人暮らしをしている。
いや、今は二人暮らしか。
その言葉に、同居人である小さな女の子は一瞬、表情を曇らせた。
「あ…そ、そうだよね。一度はマスターも親御さんのところに顔出さなきゃダメだよね…
 で、マスター。帰省はどれくらいするつもり?」
「? あ、まあ大体1週間程度かなぁ。あまりバイトに穴あけるのも良くないし」
「分かった。じゃあその間の留守は任せてよね、マスター!」
どこか開き直ったような、晴れ晴れスッキリというよりも、それは諦めにも似た表情だった。
「何言ってるんだよ蒼。お前も一緒に帰るんじゃないか」
「へ?」
その言葉に、小さな同居人は素っ頓狂な声を上げて固まった。

「え、あ、あの、でも、ま、マスターの実家ってことはその、マスターのお父様やお母様に…」
「だなぁ。あとお兄様とお犬様もいるぞ」
「で、でも、僕なんかが一緒についていったりしたら、その…」
「生活空間なら心配しなくていいぞ。田舎の家を甘く見ちゃいけない」
「あ、いや、そうじゃなくて、その、えっと、だから…」
どうにも歯切れの悪い蒼星石の言葉が、どこか引っかかる。
「ん?何かあるなら言ってくれよ?」
「えっと、その…僕が一緒についていったら、その…ご両親をびっくりさせちゃうんじゃない、かな…?」
「あー…まあ最初はそうかもな。でも大丈夫。うちの親は割と物事に寛容だ。事前に電話で伝えておけば大丈夫」
「あぁぅ…だから、その」
さっきからどうにも釈然としない。
「何かさっきから、蒼は俺と一緒に行きたくないみたいに聞こえるんだけど…」
「…うん。僕はここで留守番してる。マスターと一緒には…行かない方がいいと思う」

…落ち着け。クールになれ。クールになるんだ俺。
「…どうして蒼はそう思うんだ?」
「だって、僕みたいな人形を連れて帰ったりしたら、マスターはきっとおかしい人みたいに見られてしまうかもしれない。
それに、マスターのことだから僕の分までチケットを買ってきちゃうだろうし、それに、それに…
とにかく、マスターの優しさに甘えて、これ以上マスターに迷惑をかけるわけにはいかないよ…」
…あぁ、いつもの鬱スパイラルか。久しく見てなかったが、全くこの子の自分に対する卑下っぷりときたら…
それにしても、いつ発動するか分かったもんじゃないな。
「あーOKOK。言いたい事は大体分かった。
確かに俺は蒼の分まで高速バスのチケットを買うつもりだ。鞄に詰め込んで運ぶなんてのは、例え蒼がいいといっても俺が許さない。
それに、だ。俺がいつ迷惑だなんて言ったのかな?蒼星石さん?」
イライラしてくる気持ちを抑え、努めて優しく言った。
しかしネガティブの連鎖は止まらない。彼女は俯いた顔を上げずに続ける。
「マスターは優しいから、僕を責めるような事を言わないでくれる。でも、僕はマスターの枷にはなりたくないんだ。
だから、独りは辛いけど…マスターに負担をかけるくらいなら…僕は…うん、一週間くらい、きっと大丈夫…」
…泣いてるのか?
全くこの子は、本当に世話の焼ける…

「蒼星石!」
怒気を孕んだ声に、ビクッと身を縮める蒼星石。
「全くお前って奴は…ほら!顔上げて!」
「ひっ…!ご、ごめんなさい…」
触れる度に身を震わせる様は、少しでも力を加えたら崩れてしまいそうなほどに、か細い。
「ったく…一人で勝手に思い込んだと思ったら、一人で勝手に決め付けて、一人でどんどん勝手に落ち込んで…
いい加減にしろよな!?ったくよー…」
両手で蒼星石の腰を掴み、高々と掲げる。
「いいか蒼星石。よく聞け。お前は俺の嫁だ。だから実家へ連れて行く。両親に紹介してやる。分かったか!」
「ひぁ…ご、ごめんなさ…って、えぇ?マスター、今なんて…?」
「聞こえなかったのなら何度でも言ってやる。お前は俺の嫁!ユーアーマイワイフ!
俺は帰省のために帰省するわけじゃない。その代わりに結婚相手を親に紹介する。そのために帰省する。そう言う事だ」
「えっと、ごめんマスター。話が見えないんだけど…」
「だからな、蒼がどうしても実家に来ないというのなら、俺が理由を作ってやる。なんぼでも作ってやるわい。
だからな、蒼。結婚するんだから、うちの親に挨拶の一つぐらいしに来いよな」

ここまでまくし立てて、一瞬沈黙が訪れた。
しばしして、目の前にいる新妻さんはやっと俺の話の超展開に追いついたらしい。
「あ、えっと…ま、マスターの嫁って…その、今マスターが自分で何言ったか分かってる!?」
そういえばこれってプロポーズの言葉になるんだろうか。
「ああ。蒼星石は俺の嫁。今決めた俺はそう決めた。あとは蒼の気持ち次第だけどな。
蒼は、俺なんかと結婚するのは…イヤ、か?」
ちょっとシュンとした表情で聞いてみる。
「そ、そんな事な…もう、そんな聞き方されたら断れないの、分かってやってるでしょ?
…マスターのいぢわる」
「いやいや、そんな事はないぞ蒼。イヤならイヤと言ってくれ。蒼に無理させるなんて、それこそ俺の方が辛い」
俺は正直な気持ちを告げる。あれ?何か俺暴走してる?
「えっと…マスターがそう思っててくれたのは、実はちょっと、嬉しい…かも。えへへ…」
ちょ、何この可愛さ!ふざけてるの!

ピ、ポ、パ。プルルルルル。
『あら益太(仮名)じゃないの。どうしたの?いつ頃帰ってくるんだい?』
「あぁ母さん?実は俺、週末にそっちに帰ったら…結婚するんだ…!」
「ま、マスター!?」