いや~、まいったね~。どう説明すべきか。まぁなるようになるだろう。
俺は自宅の蒼星石に電話を掛けた。
マ:『もしもし、蒼星石さんのお宅ですか?』
蒼:『マスター、どうしたの?』
マ:『入院する羽目になっちゃった。』
蒼:『え、入院?』
マ:『うん、盲腸になっちゃってねー。』
蒼:『モーチョー?』
マ:『ああ、手術しなきゃならないんだよ。』
蒼:『ええええ!? 手術!? 大丈夫なの!?』
マ:『余裕。』
俺は蒼星石に不要な心配をさせたくない。だから軽いノリで言ったんだが。
蒼:『そんな・・・マスターが手術だなんて・・・。』
あれ?
蒼:『お腹を切ったりするの・・・?』
マ:『まー、一応するけど・・・。』
蒼:『そんな・・・! マスター死なないで! お願い!』
マ:『落ち着け落ち着け。あのね、盲腸ってのはね、全然命の心配がなくてね。』
昔は盲腸で命を落とす人がたくさんいたらしいが。
蒼:『お腹を切っちゃうのに・・・・。
マスターは僕に心配させないためにワザと明るく振舞ってるんでしょ?』
マ:『いや、盲腸ってのは本当に・・・。』
蒼:『うっう、ぐす・・』
うお、マジですか・・・。
マ:『盲腸如きで泣くなっての! あ、いてて・・・。』
自分の声が腹に響いて・・・。アホだな俺は。
蒼:『マスターーー!』
それから俺は一時間近くかけて蒼星石に、いかに盲腸の危険性が低いものであるか切々と説明した。
マ:『だからね、今の医療技術だとね、生存率90㌫越えは確実でね。』
蒼:『うん・・・・。』
マ:『再発の危険も無いしね。』
蒼:『うん・・・・。』
俺が手術受けるんだよな? なんか蒼星石が手術を受けるような錯覚がしてきた・・・。
マ:『だから安心してくれ。』
わかってくれたかな?
蒼:『わかったよ。だからお願い、マスター死なないで・・・。』
だから死なないっつの!
マ:『とにかくだ。俺が入院してる間、柴崎さんとこに厄介になっててくれ。』
蒼:『うん・・・。必ずお見舞いに行くから・・・!』
マ:『ありがとう。じゃ、電話切るぞ。』
気付いたら後ろで医者が『あんたいつまで電話してるんだね?』といった風に俺を睨んでた。
蒼:『うん・・・・。マスター、絶対無事に帰ってきてね・・。』
マ:『約束するよ。じゃあ。』
ガチャン・・・。
ふ~~~、疲れた・・・。
その日の内に手術が終わり、次の日。
マ:「盲腸の痛みより手術の時の痛みの方が酷かったなー。途中で麻酔切らすなよ・・・。医療ミスだよ。」
病院の一室で俺は一人愚痴っていた。
蒼:「マスター、お見舞いにきたよ。」
マ:「お。」
柴崎夫婦が蒼星石を連れてお見舞いにきてくれた。
蒼:「マスター、手術大丈夫だった?」
マ:「まー、なんとか。まだ切ったところ痛むけどな。」
蒼:「これ、何?」
マ:「点滴。これで直接栄養を体に送ってるの。」
蒼:「ふーん。」
あー、早くも蒼星石のご飯が恋しくなってきた・・・。
蒼:「マスター、こんなところ一人で淋しくない?」
マ:「はは、淋しがってるのは蒼星石の方じゃないの?」
蒼:「もうっ。・・・はやく帰ってきてね・・・。」
マ:「ごめんな。すぐ治すからな。」
しばしの歓談の後、柴崎夫婦と蒼星石は帰っていった。
マ:「ふー、退屈だなぁ・・・。」
ふと何気なく窓の外を眺めると・・・
マ:「お。」
俺は窓を開け、呼びかける。
マ:「おーい、銀ちゃーん!」
水銀燈が飛んでるのを発見したのだ。
銀ちゃんは俺の姿を認めると露骨に嫌そうな顔をした。
それでも目の前まで降下してきてくれる。
銀:「なぁにぃ? あなたみたいな人でも病気になるのぉ?」
マ:「いや~、盲腸を患っちゃってねー。」
水銀燈に会うのはこれで三回目だ。
マ:「銀ちゃんの方こそ、こんなとこで何やってんだい?」
銀:「あなたには関係ないわぁ。」
この子は常日頃なにやってるのか謎だ。
マ:「はやく真紅達と仲直りしなよ。」
銀:「あなたには関係ないわぁ。」
この子は~!
マ:「俺は蒼星石のミーディアムなんだから関係あるだろ。」
銀:「じゃあ、邪魔なあなたを今ここで始末してあげるぅ?」
マ:「ま~た、物騒なこと言って。」
ほんと困ったちゃんだなぁ・・。
銀:「!」
マ:「どした?」
銀:「あ、あの、あれは?」
マ:「ん?」
水銀燈が俺の病室に何かを発見したのか、その何かを指差しているようだ。
俺は病室を振り返るが、特別おかしなものは置いていない。
銀:「あれは・・・くんくんの・・・?」
マ:「くんくん? あー、あのDVDね、蒼星石が退屈凌ぎ用に持ってきてくれたんだよ。
なに、興味あるの?」
もしや、この子も真紅と同じクチか?
銀:「そ、そんなわけないじゃない・・・・。なんで私が人形劇なんかに・・・。」
水銀燈のあのDVDに対する視線。わっかりやすいなー。
目は口ほどにものを言うとはこのことだな。
マ:「見たいの? 貸すかい?」
俺はくんくんのDVDの束を手にとった。
銀:「・・・・・。どうしてもあなたが貸したいって言うなら貸りてあげないこともないわぁ・・・ホホホ。」
なんだそりゃ。
マ:「いや、別にどうしても貸したいわけじゃないよ。」
俺はDVDを仕舞おうとしたが
銀:「あ、あの、その。」
なんかアタフタしてる。
銀:「!」
なにを思いついたのか、ゴソゴソしだした銀ちゃん。
銀:「これ、あげるわぁっ。」
マ:「ヤクルト?」
水銀燈が取り出したのはヤクルトだった。俺にくれるらしい。
マ:「はぁ、そりゃどうも。」
俺は水銀燈からヤクルトを受け取る。
この受け応えに、水銀燈の目がキラリと光った。
銀:「あなた、今受け取ったわね? つまり今あなたは私に借りがあるのよね?」
あれあれ、なんか水銀燈が急に俺に借りがあるようなこと言ってるぞ。
その唐突さは水銀燈からある種の必死さを感じさせた。
銀:「私はあなたに施しをしてあげたのよ。だから何か私に恩を返すべきじゃなくてぇ?」
・・・で、くんくん見るためDVD貸せってわけですかい。凄いこじ付けですなぁ。
あれ、なんかデジャブのような感覚・・・?
銀:「・・・・・。」
俺をじっと見つめる銀ちゃん。
マ:「・・・・・。」
はぁ、しゃあねぇな~。
マ:「グビグビ・・・。」
とりあえずヤクルトを飲み干す俺。
マ:「ごっそさん。美味かったよ。あー、これは何か水銀燈にお礼をしなきゃな~。」
俺のこの言葉に水銀燈の目が輝きだした。
マ:「このくんくんのDVD、貸りて、くれるかな!?」
銀:「いいともー!」
俺は水銀燈にDVDを渡す。
銀:「もらっちゃった、もらっちゃったぁ~!くんくんのDVDもらっちゃった~!」
DVDの束を抱きかかえ、そう叫びながら飛んでいく水銀燈。
マ:「こらぁ~! あげてねぇぞ~。」
返さないつもりか・・・・!?
つうか、DVDを見れる環境にあるのか?あの子。
銀ちゃんが去って、しばらく後・・
ジ:「こんちわー。」
ジュン君が見舞いにきてくれた。
と思ったらカバンが二つ。
パカッ
パカッ
真:「こんにちわ。」
翠:「アホ人間、こんにちわですぅ。」
マ:「あー、どうもこんにちわ。」
真紅と翠星石が俺をジロジロと見やる。
真:「あなたみたいな人でも病気に掛かるのねぇ・・。」
翠:「意外ですぅ。病気というものはもっと繊細な人間が掛かるものだとばかり思ってたですのに。」
どいつもこいつも・・・・!
翠:「手術痛かったですか?」
マ:「めっさ痛かったよ。」
もうね、傷口を見せてやりたい。
翠:「それはいい気味ですぅ~。」
この子は~!
ジ:「は、あんなに心配してた癖に。」
翠:「だ、黙れです、ジュン!」
しばしの歓談の後、ジュン君と真紅、翠星石は帰っていった。
それから、しばらくしてから後・・・・
み:「こんにちわ~。お見舞いにきたわよ~。」
マ:「こんにちわ。わざわざどうも。」
みっちゃんがお見舞いにきてくれた。
おや、ドール用のカバンが二つ?
パカッ
金:「ご機嫌いかがかしら~!」
ナース服姿の金糸雀が現れた!
マ:「なんちゅー格好してるんだよ。」
み:「せっかくのチャンスだからね。ナース服姿で働くカナを撮りまくるわ~!」
マ:「え、なに!?」
さっそく俺の額をハンカチで拭きだす金糸雀。
パシャ! パシャシャ!
その様子を写真に収めだすみっちゃん。
もしかして俺は患者役? いや患者だけど。
マ:「こらこらこらこら、ちょっと待ちたまえ君達。」
み:「蒼星石ちゃんも早く出ていらっしゃい。」
え・・・!?
蒼:「やっぱり、恥ずかしいです・・・。」
み:「マスターさん喜ぶわよお。」
蒼:「・・・は、はい。」
パカッ
ナース服姿の蒼星石が現れた!
蒼:「ぼ、ぼ、僕が看病して、あげるよっ。マスター!」
オーマイガ!
マ:「いいかね、君達。病院という所はね。患者さんと病院の人が必死に体を治そうと頑張っている場所なんだよ?」
み:「・・・・・。」
金:「・・・・・。」
蒼:「・・・・・。」
マ:「そんな場所でね、コスプレしたり写真に収めようなんてね。不謹慎にも程があると、俺は思うよ。うん。」
金:「ごめんなさい・・・。」
蒼:「ごめんなさい・・・。」
マ:「みっちゃんも俺の言いたいことわかった?」
み:「ごめんなさい。次はちゃんと女医さんの服も用意しとくから。」
俺は泣いた。
マ:「しかしね~、蒼星石。君までそんなねぇ・・・。」
蒼:「マスター、やっぱり幻滅した、僕のこと・・・?」
マ:「俺を励まそうとしてやったんだろ? 恥ずかしいのを我慢して。凄く嬉しいよ。
けど、ちょっと配慮が足りなかったね。」
蒼:「・・・・・。」
マ:「まぁまぁ、誰にだって失敗はあるさ。でもグッときたぜ、蒼星石のナース服姿。」
俺は親指を立てた。
蒼:「・・・・・。」
蒼星石の顔が赤くなる。
マ:「カバンから出てくるとき決めポーズまでしてたしな。」
蒼星石はますます赤くなって塞ぎこんでしまった。
マ:「ふぅ・・・。」
蒼星石、金糸雀、みっちゃんが帰ってしばらく後・・・
巴:「こんにちわ。」
マ:「お、こんにちわ。」
巴ちゃんが見舞いにきてくれたようだ。けどなんかソワソワしてるな。
巴:「あのう、ごめんなさい。」
マ:「ん、どした?」
巴:「雛苺がいなくなっちゃいました・・・。」
マ:「へ?」
巴:「雛苺と一緒に来たんですけど、受付で目を離した隙に何処かに・・・。」
え、えぇーー? まずい!まずいよ! 雛苺さーーん!!
マ:「ちょ、探さなきゃ!」
巴ちゃんと俺で手分けして探すことに。
マ:「俺はこっちの棟探すから、巴ちゃんはこっちを。」
巴:「はい。」
俺は点滴の台を連れながら病院内を駆けずり回った。
マ:「どこだぁ~?」
マズイ、マズイぞ・・・。見つからない・・・!
そんな焦っている俺の耳に、どこからか優しい歌声が響いてきた。
マ:「?」
なんだろう、この歌は・・・妙に気分が安らぐ・・・・。
・・・・・・。
なんて浸っている場合じゃねぇ!
俺は雛苺探しを再開する。
やばい、見つからない。応援を呼ぶべきか?
いつしか歌は止んでいた。
マ:「あ、ちょっとそこの君。」
俺は病院の廊下ですれ違った黒髪の女の子を呼び止めた。
服装からしてここの患者さんだろう。
?:「・・・私でしょうか?」
マ:「あの~、金髪でこのくらいの大きさの女の子見かけなかったかな?」
?:「いえ・・・。」
マ:「ふ~む。」
?:「では・・・。」
マ:「君、さっき歌を歌ってたよね。声でわかったよ。」
?:「・・・・。」
女の子の表情が曇った。
マ:「どうしたの?」
?:「今日、私の天使様、泣いてた・・・。」
マ:「?」
?:「『これだけじゃ見れない。騙された』って・・・。あなたわかる?」
マ:「いや、全然。」
?:「そう・・・。」
何言ってるんだ、この子。
マ:「んじゃ失礼。ありがとう。」
俺はその場から立ち去った。
結局、雛苺は巴ちゃんが見つけ出していた。
病院の託児室で他の子たちと一緒に遊んでいたらしい。
マ:「勘弁してくれよ、ほんと。」
巴:「ごめんなさい・・・。」
雛:「トモエを苛めちゃめーっなの~~!」
ああ、またしてもデジャブが・・・・。
マ:「まぁ、気にしないでいいよ。うん、いいリハビリになった。ハッハッハ!」
しばしの歓談の後、巴ちゃんと雛苺は帰っていった。
入院生活も、思ったより退屈しないな・・・・。
そんなことを思っていると
の:「こんにちわー。」
のりちゃんがお見舞いにやってきてくれた。どうやら部活の帰りみたいだな。
?:「こ、こんにちわ・・・!」
のりちゃんと一緒に見慣れない男が入ってきた。
なんか緊張してる面持ちだな。
マ:「こんにちわ、のりちゃんこちらの方は?」
の:「同級生の山本君です。さっきたまたま鉢合わせして。」
山:「ど、どうも、よろしくお願いします!」
マ:「はぁ・・・。よろしく。」
の:「花瓶のお水取り替えてきますね~。」
マ:「ああ。ありがとう。」
のりちゃんは一人洗面所の方へ行ってしまった。
山:「・・・・・。」
マ:「・・・・・。」
なんでたまたま鉢合わせたのりちゃんの同級生が俺の見舞いについてくるんだ?
この無言の空間。どうしろってんだ。
山:「あ、あの。」
マ:「はい?」
山:「あなたは、その、桜田さんの何なんでしょうかっ?」
・・・ピキーン。
ああ、なるほど。山本君はのりちゃんにホの字ってわけですなぁ。
マ:「何って・・・。」
なんか、この純朴そうな青年をからかってやりたくなってきたぞ・・・。
マ:「そうだね、一緒に遊園地に行ったりする仲だね。」
山:「!」
俺は嘘は言ってない。
マ:「あと、一緒にご飯食べたり・・・。」
これも嘘じゃないな。
マ:「何度もお家にお邪魔させてもらったり・・・。」
山:「あ・・そ・・そんな・・・。」
ケケケ、まんまと騙されてやんの。
マ:「でな・・・」
さて、そろそろ誤解を解いてやろうかと思った矢先
山:「わぁあああ!」
あ、山本君、病室飛び出して行ってしまった。
・・・俺は下手すると夜道に彼に刺されるかもしれない。
入れ替わりにのりちゃんが戻ってきた。
の:「山本君、どうかしたんですか? 慌てて飛び出していったみたいですけど?」
マ:「彼は、青春を謳歌してるのさ。」
強くなるんだよ、山本君。
の:「?」
そんなこんなでもう夕刻、面会時間は終わった。
一人の時間がやってくる。
マ:「ふう、やっとゆっくりできるな・・・。」
看護婦さんが食事をもってきてくれた。
マ:「う~む、流動食ってやつか・・・。」
お世辞にも美味そうには見えなかった。ゲロみたい。
でも食えるだけマシだな。
マ:「いただきまーす。」
コンコンコン・・・
マ:「ん?」
窓からノックの音が。
カーテンを払うと蒼星石がカバンで浮きながらそこにいた。
俺は窓を開けて蒼星石を招き入れる。
あ~、世界広しといえども、こう窓からドールがお見舞いにやってくるってのは俺ぐらいのものだろうな。
マ:「どうした? 今日で三回目の訪問だぞ。」
蒼:「マスターがどんなふうに過ごしてるか気になって・・・。」
マ:「ふむ・・・。こっちにきなされ。」
俺は自分の隣に蒼星石を座らす。
蒼:「うん・・・。あ、これ今日の晩御飯なんだ。」
マ:「ああ。」
蒼:「美味しい?」
マ:「まだ食べてないよ。蒼星石、先に食べてみるか?」
蒼:「え、悪いよ。」
マ:「遠慮するな。はい、あーん。」
おかゆをスプーンで掬い、蒼星石の口元まで運んだ。
蒼:「えっ、あ、あーん。」
クミクミクミ・・・
マ:「どうだい?」
蒼:「・・・・。ちょっと僕の口からは・・・。」
やっぱり不味いんだな・・・。
マ:「ん・・。」
蒼:「どうしたの?」
先ほど食べさせた際に蒼星石の下唇に米粒の欠片がついてしまったようだ。
じーーー。
言った方がいいかな、自分で気付くかな?
蒼:「な、なに?」
じーーー。
蒼星石は俯いて自分の体を見やる。
蒼:「ど、どこ見てるのさっ。」
マ:「クチビル。」
蒼:「え・・・?」
これで米粒の破片に気付いてくれたかと思いきや、
蒼:「だ、だめだよ・・・。マスター言ったじゃないか、病院ではそういうことしちゃいけないって。」
はい?
蒼:「だから・・・その・・退院しておウチに帰ってから・・・・いっぱいしようね?」
なんか勘違いしてる・・・・。
マ:「いや、あの・・・。唇に米粒が付いてるよって・・・。」
蒼:「え!?」
蒼星石は慌てて自分の唇に手をやる。
蒼:「うう・・・。」
自分の勘違いを恥ずかしがる蒼星石。どうするよ、おい?
マ:「でも、実際、クチビル欲しいな・・・。」
あ、自分でも無意識に言ってしまった。
蒼:「もう、いけないマスター・・・。」
最終更新:2006年08月21日 01:50