それだけ言うのがやっとだった。
 季節外れともいえる台風一過の土曜、蒼星石と二人で庭の隅の樹の前に居た。
 この樹がいつからあったかは知らない。自分がここに来る前からあったようだから結構な歴史があるのかもしれない。
 以前にここにいた住人がきちんと手入れをしてあったのか、自分が蒼星石と出会うまでは放ってあったが元気な様子だった。
 蒼星石と暮らすようになってからは蒼星石が普段の手入れをしていたが、
 たまに時間があるときは自分もちょっとした手入れを手伝ったりして、それなりに愛着を感じてはいた。
 いわば自分と蒼星石で育んできた絆の樹とも言えた。
 何の樹までかは知らないが、この時期には花をつけ、秋になると何かを実らせていた。
 しかし、今目の前にある樹にはそんな元気な面影はない。強風に蹂躙され、花は散り、ひどいところは枝まで折れてしまっている。
 …もう、元には戻らないかもしれなかった。
 そう思うと悔しさがこみ上げてくる。
 なぜ何の罪もないこの樹がこんな目に遭わなければならない?悲しみと同時に、怒りや憎しみに近い感情がこみ上げてくる。
 そして、不意にやってきた台風だったとはいえ、なぜ日頃からもっと大事にしてやれなかったのかと悔やまれる。
 昨日は平日で時間がなかったが、以前からきちんと補強等をしておいてやればここまでひどい事にはならなかったのかもしれない。
 蒼星石と自分との大切な絆を踏みにじられたようでひたすら悔しかった。
 そんな思いに耽っていると、横から蒼星石が声をかけてきた。
蒼「マスター、怒ってるの?」
マ「ああ、台風なんかに腹を立てても仕方がないとは分かるが、こうもひどい有様にされちゃあね…。」
蒼「うん、僕だってとても切ない。こんな理不尽な事でこの子はこんなにも傷つけられてしまった。
  それに、もう以前の姿は取り戻せないかもしれない。…でもね、まだ幹は元気で残ってるんだ。
  これからも僕とマスターでこの子を大事に育てていって、また新たな枝葉をつけてもらって、
  そうしてまた花実を咲かせてもらう事は不可能じゃないんだ。」
マ「………。」
蒼「ひょっとしたらまた天災が訪れて、この子を傷つけようとするかもしれない。
  でも僕とマスターの絆が変わらなければ、きっとこの子を守って、立派に育てていけると思うんだ。」
マ「ああ…、そうかもしれない……。」
蒼「それにね、マスターはとても優しい心を持った人だから、今回の事で荒んで欲しくないんだ。
  二人で育ててきた大事な大事な子だからこそ、マスターが怒る気持ちも分かるよ。
  でも、だからといってマスターの心の樹まで傷つけてしまうような事はしないで欲しい。」
マ「…蒼星石はえらいね。自分にはとてもそんな考え方は出来なかったよ。」
蒼「僕がこういう風に考えられるようになったのはマスターのおかげだよ。」
マ「え?」
蒼「僕は今まで、いろいろなしがらみに、もはやどうしようもない過去の事にも縛られ続けてきた。
  そのせいでさらに後悔を重ねてしまった事も多かったと思う。…でも、マスターが教えてくれたんだ。
  過去にとらわれて現在や未来を悲観するのではなく、過去を受け止めた上で未来へ向けて今を進む事の大切さを!」
 負うた子に教わる、ってやつか。確かに頭に血が上ってしまっていたところもあるのかもしれない。
蒼「だから…マスターにも、いつまでも僕が好きなマスターのままでいて欲しいんだ…。」
マ「うん、分かったよ。蒼星石、ありがとう!」
 そうだ、たとえこの樹が傷つけられても自分と蒼星石はまだここに居る。
 二人がともに居る限り、たとえこの樹が根っこ一本にされたってまた一から大木に育て上げてやるさ。
 だって自分と蒼星石の絆だけは決して誰にも奪えやしないのだから。



    空を見上げると、そこには今まで気付かなかった太陽の姿があった。