今日は休日だ。しかも天気がすこぶる良い。
  こんな日には、蒼星石が家事をしてくれている間にベランダで外を眺めるのが半ば習慣となっていた。
  蒼星石が世話している植物、青い空、春の日に浮かれてか思わず意味も無いことをつぶやきたくなった。
マ「あるっ 晴れ~た 日~のこ~と~♪」
  そこでふと空を見上げてあるモノに気付く。
  何かが高速で飛んで来ていた。
  なんだこれは?宇宙人?未来人?異世界人?
  ひょっとして超能力者やマホ…うげらっ!
  ソレは見事に脳天に直撃していた。
  ……少なくともユカイなものではなかったようだ。



  目を開けた。だんだんとぼやけた視界がはっきりしてくる。
  そこには心配そうな蒼星石の顔があった。
  どうやら膝枕で介抱してくれていたらしい。
マ「ありがとう……。一体何があったんだろう?」
  とりあえず身を起こそうと寝返りを打とうとする。
  その刹那--
?「てめぇー、蒼星石に何するつもりですぅー!!」
  --背骨の辺りを不意に衝撃が襲う。
マ「ガッハァ!!」
  危うく再び落ちるところだった。
蒼「やめるんだ、翠星石!!」
  蒼星石がかばうように優しく抱き寄せてくれる。
?「この人間が蒼星石に覆い被さろうとするからですぅ!姉として当然のことをしたまでですぅ!!」
蒼「な、何を言うんだい。マスターは、そんな人じゃあないよ!」
?「現に、そいつは蒼星石の胸に顔を埋めて卑猥な事を考えてるに決まってるですぅ。」
  お前さんが背後から攻撃したからだろうが、と心の中で突っ込む。
  ついでに言うと、埋まるほどは……
蒼「え?ええっ!?あ、あ!!うわぁあぁぁーーっ!」
  失礼な事を考えかけたバチか、自分達の体勢に気付いた蒼星石に思いっきり突き飛ばされる。
  いまだ朦朧としていたため、壁にしたたかにぶつかってしまった。
蒼「ああーーっ、マスター!ごめんなさーい!!」
?「けっけっけ、いい気味ですぅ。」


  何はともあれ、やっと暴虐の嵐から解放された。
  ただ普通に座れるというだけのことがこれほどにありがたいことだったとは…。
  どうやら来訪者の正体はドールだったようだ。
  頭に出来たこぶを撫でながら彼女を観察する。
  容姿は蒼星石と瓜二つ、と言うよりも鏡写しのようで、オッドアイの色や前髪の分かれ方は真逆だった。
  違いは全体的な服装、蒼星石よりも長い髪、そして決定的なのは、性格であった。
  話から察するに蒼星石の姉であるということは分かったが…。
蒼「彼女はね、僕の双子の姉でローゼンメイデン・第3ドールの翠星石だよ。」
マ「すい?…星石?」
  彗星石だろうか水星石だろうか?しかしそれでは双子の蒼星石と合わない気がする。
す「ふふん、ドイツ語では Jade Stern と言うですよ、人間。」
  悩んでいたところ、どうせ分からないだろうけれど、といった感じで偉そうに言ってくる。
マ「Jade Stern ……ああ、翡翠の翠か。」
翠「!?」
蒼「マスターすごーい!」
マ「大学の第二外国語はドイツ語を選択したからね。」
  これは嘘だ。いや、選択していたのは本当だが、全然身についてはいない。
  簡単な単語や文型をちょこっと覚えている程度だ。
  さっきのは以前に蒼星石の Lapislazuli Stern というのを調べたことがあって、
  その時にそれとなんとなく似た Jade Stern というのを見つけたからたまたま覚えていただけだ。
  でもやられっぱなしなのも癪だから知ってたということにしといてやろう。
翠「ふん、その程度でいい気になってるなんてやっぱり器の小さい人間ですね!!」
  なんだそりゃ。言いがかりも甚だしい。…まあ、今回は当たらずとも遠からずだけど。
  しかし、双子だけど性格なんかは正反対というのは漫画なんかじゃ良くお目にかかるが、
  どうやらその好例のようである。そして蒼星石があんなに素晴らしい性格ということは……。
  まあいい、僕は争いごとは嫌いだし、こういったタイプはこちらが反応するとさらに絡んでくるものだ。
  ここは下手に出て刺激しないようにしよう。
マ「それで本日はどういったご用件で?」
  僕は努めて丁寧に尋ねる。
翠「ふん、蒼星石の新しいマスターとやらをチェックしに来たですが、
   いい加減で、器の小さい、冴えない野郎のようで蒼星石が可哀想でならないですよ。」
  初対面だというのに挑発的だねえ。まあ否定できるだけの自信も無いし、別に気にはしないけれど。
  そんな事を考えつつヘラヘラしていた僕に代わって蒼星石が弁護を試みる。
蒼「違うよ、マスターは立派な人だ!
   環境のことを考えて、外出時には必ずお箸を持ち歩くし、スーパーのお買い物袋も貰わないし、
   暑くってもエアコンを入れないでタオルで汗を拭いて我慢してるし、えーと、それから…
   安いお店を知っていたり、買い物のときはポイントカードのために端数まで計算しながら商品を選んだり、
   半額のシールのない商品を間違って買いそうになったらレジの途中でも交換に行けたり……それに、それに…」
翠「………。」
マ「………。」
  必死に頑張りながらも言葉に詰まった蒼星石の肩にポンと手を置き、
マ「もういいんだよ、蒼星石。っていうか、言えば言うほど器がちっちゃいと思われそうだからやめて下さい、お願いします。」
  と、しみじみと言う。蒼星石からの評価を知ってしまったのが今日一番の大ダメージかもしれない。
翠「…とにかく、てめえが蒼星石のマスターであるとは認めねえです!」
  どこから出したのかその手には既に如雨露が握られている。
  おそらくは、これが翠星石の武器なのだろう。
翠「人間、ここで身を引けば見逃してやるです。さもなくば実力行使ですぅ!」
蒼「翠星石、何を言っているんだ!」
マ「断る!僕には蒼星石が必要だし、蒼星石も多分だけど嫌がってはいない。
   誰かに強要されて別れるだなんて、死んでも御免だ!!
   僕は争いは嫌いだけれど、流石にそれだけは譲るわけにはいかない。
   いや、蒼星石のためなら何を敵に回したって構わない!!」
蒼「マスター、そこまで言ってくれるだなんて…。それなら、それならボクも…」
翠「ええーい、だったらお望みどおり死ぬが良いです!」
  完全に悪党の台詞を吐いて襲い掛かってくる。
  身をかわそうとしたその時、自分の前に影が飛び込んでくる。

     --- キ ィ ン ---

  高く澄んだ音と共に翠星石の如雨露が止められる。
  止めたのは庭師の鋏を手にした蒼星石だった。
蒼「残念だね翠星石…」
翠「蒼星石?」
蒼「ボクも覚悟を決めたよ。君がマスターに仇なす存在であるならば、ボクは君と戦わなくてはならない。
   いや、ボクらは元よりこういう宿命のもとにあったのかな…。」
翠「ちょっ…、いくらなんでも本気じゃねぇですよ!」
蒼「君と共に過ごした時間…決して忘れないよ。」
  とても冷たい目…。雰囲気がいつもとは全く違っている。
翠「!!!」
  蒼星石が本気だと知って翠星石が距離をとる。
  それに呼応するかのように蒼星石も一旦離れる。
マ「蒼星石もうやめるんだ!」
  しかし蒼星石は戦闘モードに入ってしまったのか僕の言葉が届かないようだ。
  なにやらブツブツとつぶやいている。どちらかというと自分を必死で押し殺しているのかもしれない。
  つまり、それは蒼星石が姉との戦いを望んでいないということを意味するはずだ。
  だったら、絶対に止めなくてはならない。
  本格的な戦いが始まってしまったら僕に止める術は無くなるだろう。
  その前に何とかして蒼星石を止めなくては…。
  そんな事を考えていると蒼星石が攻撃の態勢に入る。
  翠星石も手加減しては危険だと考えてか迎撃の姿勢をとる。
  蒼星石を止めに行ったのでは間に合わなそうだ。
  とっさに二人の間に割って入り、両腕を横に広げて目一杯伸ばして二人を制止する。
マ「駄目だ、絶対に駄目だ!姉妹で、それも双子で争うだなんて悲しい事は絶対に駄目だ!!」
  しんと静まり返る。説得が成功したのかと思い、ふと翠星石の方に目をやると確かに動きが止まっている、というか硬直している。
  その理由はすぐに分かった。無我夢中で制止しようとした為、手が胸のところを触ってしまっていた。
  しかも突進してくる先で受け止める形になったので、しっかりと当たってしまっている。
  体格もほぼ一緒の双子であり、自分が両手を同じように伸ばしているということは、反対の手のこの感触は……。
マ「あ、あ、あの…。」
  目線すらそらせないまま、いたずらが見つかったよう子供のような情け無い声を出す。
翠「に、ん、げ、ん、てめ…」
  その時、本能的に生命の危険を感じた。
  ほぼ同時に、翠星石が鬼のような形相に変わった気がした。
翠「はぁっ!」
蒼「マスターのば…」

     バキッ!!

マ「ぐえっ!」
  今までとは違う容赦の無い横薙ぎの一撃をくらい吹っ飛ばされる。
  ぐしゃっと何かが破壊されるような音を聞きながら、またも意識が消えていった。


  再び目を開けると、やはり蒼星石の膝の上だった。
  どうやら普段通りに戻ってくれたらしい。結局二人は戦わずに済んだのだろうか?
マ「翠星石も無事かい?」
蒼「マスターが気絶している間に帰って行ったよ。」
マ「そっか。」
  今度こそ嵐が去った事を知り、ほっと胸をなでおろす。
蒼「翠星石のこと怒ってる?」
マ「別に怒ってなんかいないよ。二人とも無事でよかった。」
  むしろ怒る気力も根こそぎ持っていかれたと言うべきかもしれないが。
  なんだか頭もボーっとしている。
蒼「でも、あの時マスターが止めてくれてなかったら、取り返しの付かない事をしてしまっていたかも。
   本当にありがとう、マスター。」
マ「蒼星石…」
蒼「なあに?」
マ「契約したのが蒼星石みたいな素敵な女の子で本当に良かったよ。」
  しみじみと感慨を漏らす。
蒼「マスター……。」
マ「あ、いや。お姉さんの事を悪く言うつもりではないんだけどね、やっぱり僕には蒼星石が他の誰より一番なんだよ。」
蒼「一番かぁ、そう言ってもらえると嬉しいな。」
マ「本当に蒼星石と巡り会えた運命には感謝しているんだ。」
蒼「ほんと?嘘じゃないよね。」
マ「ああ、もちろんさ。それだけでこの時この場所に生まれてきて良かったと思う。」
蒼「マスターったら、大げさなんだから、……もう。」
  蒼星石はやけに機嫌がいい。
  そんな彼女の満面の笑みを見上げていると今までの痛みも消し飛ぶようだ。
  これからも彼女の笑顔を見ながら生きていけたらなあと切に願う。
  しかし、今日は翠星石というその夢の前に立ち塞がる大きな壁が現れた気がする。
  いつか翠星石の事をお義姉さんと呼べる日が来るのだろうか?
  こちらに敵意は無いが、向こうがアレでは本当に殺されかねないのではとさえ思ってしまう。
マ「ありがとう、楽になったよ。」
  起き上がってふと見ると椅子が壊れている。グシャグシャでもう再起不能だということは一目瞭然だ。
マ「これって…翠星石が攻撃してきた時に壊れたのかな…?」
蒼「ごめんなさい、それはボクが。」
マ「なんで蒼星石が?もうガタもきてたし、翠星石をかばってるんなら気にしなくて良いよ。」
蒼「誤解しないでね、翠星石も本当は優しい子で、さっきのは、その、多分胸を触られてちょっと動転していただけで…。
   実際、ボクもそれで動転して鋏を振っちゃって…その椅子を壊しちゃったんだ。ごめんなさい!」
  と、姉へのフォローを入れた後で蒼星石が謝ってくる。
マ「そっかー、鋏でね…。」
  そこである事に気付く。
  見るも無残に破壊された椅子がもともと置いてあったのは、さっき二人に割って入った時に自分がいた場所の近くだということに。
  位置関係から考えるに、この威力の鋏があの時後頭部に向かってきていたことになる。
  ……、当たっていたら死んでたろ!!
  上機嫌の蒼星石は全く気付いていないようだが、全くとんでもない事をさらりと言ってくれたものだ。
  なるほど、これがあの時感じた身の危険の正体だったのか。
  すると、あの時の翠星石の鬼気迫った表情と攻撃は……。
マ「蒼星石。」
蒼「なに?」
マ「これからは翠星石をお義姉さんと呼ぶ事に決めたよ。」
蒼「え、それって、マスターとボクが…け、けっ…。も、もう!やめてよ!!」
  そう言うと蒼星石は真っ赤になった顔を両手で覆ってキャーキャー言いながら転げまわり出した。
  さっきの冷酷モードの反動なのか初めて見るハイテンションぶりだ。
  しかし、蒼星石のさっきの言葉もあながち間違ってはいないらしい。
  翠星石はなんだかんだで自分のことを必死に助けてくれた命の恩人だ。(元凶でもあるが)
  とりあえずは義姉として敬意を払う事にしよう、と未だに傍でのたうち回っている蒼星石を見下ろしながら考えていた。



  その日の晩はやけに豪勢な食事だった。今日はボロボロになったから気を使ってくれたのかもしれない。
  しかも、手を怪我したかもという心遣いからか、普段とは違い隣に座ってご飯を食べさせてくれた。
  ちょっと照れくさいけれど、蒼星石が笑顔でやってくれてるので甘えるとしよう。
  幸せってこういうのを言うんだろうな。