「あぁーっ!!」
突如として俺の耳に届いた蒼星石の声。
読んでいた今日の新聞を放り出して声の元へ駆けつける。
外では大きな雨音を立てて夕立が降っていた。
「ひどいっ!マスターっ・・・乾いたら入れてくれるって言ったのにぃっ!」
軒先には雨に濡れながら必死に洗濯物を入れようとしている蒼星石がいた。
「アッー!!と、取り敢えず蒼は家に戻れ!俺がやっとくから!」
物干し竿に引っ付いている蒼星石を家に戻して一人ですべてを取り込む俺。
何とか回収したものの、どうみても再び洗濯の必要がある。
あーあ、下着までビチャビチャだ。
「・・・マスター、ずぶ濡れになっちゃって・・・」
蒼星石が心配した顔で俺を見つめてくる。

その後、俺の着るものが下着と冬物しか残ってないことに気づいた俺と蒼星石。
「ごめんなさい・・・。もっと僕がお洗濯に気を掛けていれば、マスターに迷惑を・・・」
モルモットのように俺の前で小さくなる蒼星石。
「いいからいいから。今は夏なんだし、早々風邪を引いてしまうこともないよ」
俺は頭を撫ぜながら蒼星石を慰める。半裸で。
「夜には乾燥機で乾くんだろ?それまでは俺の逞しい肉体を見てなさい、ってこった」
「そんな今更、もう見慣れちゃって・・・ !!僕今何言っ・・・・!」
「ハハハ、可愛い事言うなあ」
堪えられなかったのか、同じように吹き出して笑う蒼星石。
その恥ずかしさと愉快さが入り混じった顔を見る。
まあ、少しの間なら体に響く事もないだろうな。





「ふぇ・・ふぇ・・・イーックシュン!!」
茶並みのクシャミをぶっ放す俺。
乾燥機が回っている間、台所で、居間で、庭で、廊下で、
俺はわざわざ蒼星石に半裸体を見せ付けるというセクハラを行った。
恥ずかしいのか目線を下げる蒼星石。その反応を面白がって続ける俺。

    天   罰

大して画数も多くない二文字が俺の両肩に重く圧し掛かる。
かくして今、俺は蒼星石に無理矢理薄手の冬物を着せられ自分の部屋のベッドに押し込められていた。

「マスター、まだ風邪引きかけなんだから今夜しっかり寝て、食べて、明日には治さないと!」
ガチャン、と俺の横に御盆を置く蒼星石。
そこには薬やら食事やらがごっさり乗っていた。
「はいマスター、あーんして?」
グイグイと俺におじやを掬ったスプーンを押し付ける。
「あ、いや俺自分で食べるぐらいはd『だーめ!』てば」
はい?
「そんなこと言わないで、僕がしっっかり看護してみせるから!」
楽しそうに俺に笑いかける蒼星石。
仕方ないか。御厚意は受け取るのが礼儀だ。
「わかったよ。ほら、あーん」
ゆっくりと俺の口にスプーンが侵入し、それを咥える俺。
「お味はどう?おいしい?」
「ん、中々良いお味で」
俺の言葉に満足したのか、二杯目を俺に差し出す蒼星石。
至れり尽くせりで看病してくれるのは有難いけど、どうにも照れてしまうな。


その晩、俺はふと目が覚めた。
服に手をやると汗でじっとり濡れている。起きたのも多分その所為だろう。
「どれ、着替えようか」
立ち上がろうとする俺。
と、掛け布団に何かが乗っている感覚が走った。
「あ、起きたの?マスター」
蒼星石がガバッと起き上がった。
しばし布団の上で見つめあう俺達。
「・・・・・・・え?」
「さっき言ったよね?僕がしっかり看護するって。ずっと」
ずっと?
ちらっと時計に目をやる。
「ずっと、って今十二時過ぎだぞ?こんな時間まで起きて俺の横にいたのか?」
そうだよ、と答える蒼星石。
部屋は電気も点いていない。明かりといえば外の街灯ぐらいなもんだ。
「・・・・蒼、気持ちは嬉しいけど、俺はあんまり蒼の負担にh」
「マスター、僕のことは気にせずに自分の事だけ考えて?」
言葉を遮って腰を浮かせた俺をベッドに座らせる蒼星石。
「待ってて、今着替えを取ってくるよ」
蒼星石は待ってましたと言わんばかりに駆け足で服を取りに向かう。


少し経って蒼星石は両手に服を抱えて戻ってきた。
一枚の俺の着替えを手に取ると、
「ほらマスター。着替えるんだから腕上げて」
妙に良い手際で服を脱がされる俺。
服の見た目からでも、どうやらかなりの汗が出ていたようだ。
「あらら、下着まで汗かいてるね」
俺の体を拭いてくれた後、スッとパンツを取り出す蒼星石。
「それも着替えようか」

間髪いれず蒼星石は無理矢理俺のパンツを脱がしにかかる。
幾らなんでもこれは度が過ぎてない?
「ちょ、蒼!これぐらい自分でやるって!」
「大丈夫だよ、僕に任せて」
「いやだから着替えは俺が」
「いいから、大人しく足上げて開いて」
「結構ですから」
「だからっ、マスター?!」


「蒼星石!!」

          あ。

つい大声になってしまった。
ビクッと体を震わせ、俺の前で立ち尽くす蒼星石。
次第にその顔が涙に歪む。
「そんな・・・・ぅ・・・僕は、僕は・・・っ!」
ボロボロと涙を床に落とし始める。
「少しでも・・・ぐすっ、僕、ます、ましゅたぁの為にっ・・・」
「蒼・・・・」
「酷いよっ怒るなんて・・・ますたぁ・・・・ぅぅっ・・・・」
その場に座り込み堰を切ったように泣き出す蒼星石。
涙を流し続ける目の前の子を、俺はなだめるしかなかった。




「ねぇマスター。僕は悪い子かな?」
落ち着いた蒼星石が俺に問いかける。
「逆だ逆、良い子。現にさっきまで俺の看病で一生懸命でいてくれたじゃないか」
「うん・・・・・」
俺から目線を下げる蒼星石。
「でも、僕、マスターを怒らせちゃった。やっぱり悪い子だよね?」
自虐じみた声で言う。
「テレビで見たように、上手に看護できないで・・・・」
「看護?」
「そう、看護。女の人がおじいさんをお世話するのを見たんだ。何から何まで」
「・・・・だから俺の着替えも全てやろうと?」
こくん、と頷く蒼星石。
その真面目な横顔に吹き出す俺。
「マスター、笑うなんてひどいよ」
「いやいや、恐れ入りました」
ぎゅっと蒼星石を抱き寄せる。
「なあ、蒼。蒼が自分を悪い子だと思うなら、それでもいいんじゃないかな」
「・・・・・・」
「でも一言言わせてもらうと、俺も結構悪い子なんだぜ?」
「・・・・・違う。マスターは」
「いーや、悪い子だ。蒼と同じ、な」
「同じ?マスターと僕が?」
「だから悪い子同士、一緒にいて、せめて二人で一人分の良い子にならないとな」




数分後。

部屋は暗い。
俺は蒼星石に腕枕をして、ベッドに横になっていた。
「・・・・なあ、蒼。少し聞いてくれ」
俺に背を向けて顔が見えない蒼星石に語りかける。

「俺さ、本当に悪い子だったんだ。それこそ今の俺じゃ考えられないくらい。
 一人暮らしで食生活もインスタントやお惣菜ばっかでさ、性格も大分荒んでいた頃、蒼が俺の所に来てくれた」
「始めは蒼の事はなんとも思ってなかった。それこそただ、家事をしてくれる子供、ぐらいにしか。
 でも、段々と蒼と暮らしていくうちに気づいたんだ。俺でも良い子になれる、って方法があること」
空いている手でゆっくりと蒼星石の頭を撫でる俺。
「俺は幸せだよ。こんなに、俺の為に一生懸命になってくれる子の為に生きることが出来て。
 今じゃ蒼星石の笑う顔、怒る顔、蒼のすべてが俺を前に歩かせてくれる」

「・・・・・・・・だから、いつまでも俺と一緒にいてくれないか」

・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・?

反応がない。どうやら、
「寝ちゃったのか。・・・・・まあいいさ、どーせ俺の独り言だ」
さて、本格的に俺も眠るとするか。


         ▼△ 


規則正しい寝息が聞こえてくるから、マスターも眠ったのだろう。
僕はゆっくりと体を起こした。
外からの街灯がぼんやりとマスターの顔を浮かび上がらせる。

『いつまでも俺と一緒にいてくれないか』

言われたときから、ずっと僕の中で繰り返される言葉。
「マスター・・・・・」
その頬にそっとキスをする。

「・・・・・・僕もずっと、あなたのお傍に」






END