自分にそういった愛を教え、光を与えてくれた蒼星石。
  他人のことを思いやるばかりに自らを傷つけてしまう、哀しいまでに純粋な少女。
  そして……自分が守り抜けなかった大切な存在……。
  いつも傍にいて、理解し合えているつもりだった、支え合えているつもりだった。
  しかし…彼女にとってはそうではなかったのだろうか?
  自分の左手を見つめるも、今やそこに薔薇の指輪は無い。絶望が胸を包み込む。


  その日も遅くに帰宅し、そのまま寝床に入るという感じであった。
  今日は七夕ではあったが、特に何もする気がしない。
  いや、織姫や彦星の気持ちが痛いほど分かるがゆえに目を反らしたいのかもしれなかった。
  ………蒼星石を失ってからというもの、ずっとこんな腑抜けた生活だ。
  あの頃とは、何もかもが違っていた。
  たった一つ、しかし核となるかけがえのないピースが欠けているからだ。

  最近は眠れぬ夜が続く。今夜も頭の中を後悔、憎悪、愛慕といった様々な感情が駆け巡る。
  どれほど時間が経ったのだろうか、何かに吸い込まれるような不思議な感覚があった。
  そしてふと気が付くと、目の前に懐かしい姿があった。
   「そ…う…星、石!!」
  気付かぬうちに目から涙が溢れ出していた。
  それは間違いなく彼女であった。
蒼「久しぶりだね、マスター。元気…じゃないよね。ごめんね、僕のせいで。」
   「どうして、どうして…。」
  様々な感情がこみ上げてきて言葉が続かない。
  蒼星石が未だ泣き続けている自分を優しく抱き締めてくれた。
蒼「僕にもなぜかは分からない。ただ、分かるのは……まだマスターの元へは戻れないということ…。」
  それを聞いてまた涙が堰を切る。
   「すまない、すまない!自分がもっとしっかりしていれば、君の事を分かっていれば、あんな事には……!」
  不意に蒼星石がこちらの頭を掴んで唇を重ねてくる。予想外の事に一瞬頭が真っ白になる。
  唇を離した蒼星石が、まるで母親が子供に言い聞かせるように笑顔を浮かべて言った。
蒼「マスターは泣き虫さんだね。でも、泣いてばかりじゃ駄目だよ。
   マスターがそんな風じゃ、僕だって…ぼ…くだって、心配になっちゃうじゃあ、ない…かあ。」
  今にも泣き出しそうな蒼星石を見てハッと気付く。
  辛いのは自分だけじゃあない、蒼星石だって辛いに決まってる。
  それなのに、自分はまたこの子に気を使わせてしまっていたんだと。
  蒼星石を力いっぱい抱き締めて言った。
   「ごめん、また自分だけ君に甘えて、君にばかり辛い目を!」
蒼「そんな事は無いよマスター。僕はマスターのおかげでいつも救われていたんだ。
   ただ、いつの間にかそれが当たり前になりすぎていて、まるで自分が成長して強くなったかのように勘違いしていたんだ。
   もっと自分の弱さを受け入れられていれば、あんな馬鹿な事はしなかったのにね…。」
  かける言葉を失ってしまい、ただただ見つめるしか出来ない。
  そうしているうちに蒼星石が決意を秘めた瞳でこちらを見上げていった。
蒼「マスター、いつになるかは分からない、うまくいくのかも分からないけれど、僕はマスターの元へと戻れるように頑張るよ!
   だから、迷惑じゃなければマスターに僕を待っていて欲しいんだ。
   いつか、僕が戻った時に、また以前の様に優しく迎え入れて欲しいんだ。わがまま…かな?」
  その言葉に胸を打たれる。
  そうだった、自分は今まで絶望に目の前をふさがれたまま、希望を見出そうという努力をしていなかった。
   「また、蒼星石に助けられちゃったな。やっぱり、自分には君が必要なんだよ。
   待つさ!蒼星石が気遣ってくれていたようになるべく長生きして、なるべく立派な人間になって再会を待ち続けるよ!!」
蒼「ありがとう。…でもいいの?待ちぼうけになるかもしれないよ?」
   「構うもんか。一生だって待つさ。君が…希望を与えてくれたから!」
蒼「マスター…嬉しいよ。」
  蒼星石の頬を涙が伝う。
蒼「あはは、今日は…泣かないつもりだったのに、再会まで涙は取っておくつもりだったのに…。やっぱり僕は弱いね。」
  そう言って涙をぬぐう。
   「いいんだよ蒼星石。二人とも弱かったんだ、それなのに、お互い強く見せようとしていたからあんな風になってしまったんだ。
   これからは、お互い弱いところも見せ合って、支え合っていけるようになろう。」
蒼「マスター…。そうだね。じゃあ、ちょっとだけ胸を貸してもらっていいかな?」
  静かにうなずくと、蒼星石は胸の中で泣きじゃくりだした。今まで心配させまいと無理をしていたのだろう。
  蒼星石を抱き締めながら自分も泣いていた。

  そして、どれほど時間が経った頃か、どちらともなく泣き止み、口付けを交わした。
蒼「それじゃあマスター、名残惜しいけれど今日はもうお別れみたいだ。」
   「また、会えるさ、きっと。」
蒼「…そういえば今日は七夕だったね。もしかしたら、神様が引き合わせてくださったのかな?
   それじゃあマスター、またね…」
  蒼星石の姿も声も次第にかき消えていく。同時に自分の意識も……



  目が開いた。もう朝のようだ。そう、今までと同じ、蒼星石のいなくなった朝。
  自分の左手を見つめる。やはりそこに薔薇の指輪は無い。そのまま左手を胸に当てる。
    -- だが、たった一つだけ違うことがある --
  この胸には蒼星石が与えてくれた希望がある。この種火を絶やすわけにはいかない。
  たとえ絶望の闇に包まれようとも、希望の光を照らして、前向きに、一所懸命に生きていこうと誓う。
  この希望がある限り、自分は蒼星石と共にあるのだと信じていられるから……。