そんな今夜の天気は雲ひとつ無い晴れ模様だった。夜空を見上げるとそこには無数の星々が瞬いている。
  小さな笹を買って帰ってきたところ、蒼星石も浴衣を着てあれこれと仕度をしている。
  とてもご機嫌なようで、見ているだけでこちらも嬉しくなってくる。
マ「蒼星石、これ何?」
  テーブルに意外なものを見つけて尋ねる。
蒼「うん、今夜のためにお団子を作ったんだよ。」
マ「蒼星石…、お月見と混ざっていやしないかい?」
蒼「……あ!」
  普段ならしないようなミスをするなんてよっぽど楽しみにしてるんだなあと思うとなんか微笑ましい。
マ「満月には数日早いけど、二人で月を見ながらいただこうか。」
蒼「もー、マスターったらニヤニヤして。ボクだって勘違いする事はあるよ!」
マ「ニヤニヤって…、はしゃいでる蒼星石が可愛くってつい笑みがこぼれちゃっただけだよ。」
蒼「うっ、そ、そんな…。いつもそんな事を言ってごまかすなんて、マスターはずるいよ…。」
マ「いつも本気で言ってるんだけど。」
蒼「あぁー、もう言わないでぇー。」
  相変わらずの初々しい反応がたまらない。蒼星石は耳まで真っ赤にしている。

  夕飯はおそうめんだった。なんでも厄除けになるらしい。
マ「そろそろ七夕飾りを作ろっか?」
蒼「うん!」
  蒼星石が作っておいてくれた輪飾りを手分けして笹に付ける。
  それから二人で短冊に「天の川」やら「七夕」やらと書いていく。
マ「後でお願い事も書こうね。」
蒼「そうだね。でも、なんでお願い事を書くんだろう。」
マ「もともとは朝露で摺った墨で字を書いて字の上達を祈ったり、あるいはお裁縫の上達を祈ったりと
   習い事の上達を祈願する風習だったらしいね。それが他の風習とも融合していって今のようになったらしい。」
蒼「へえ、そんな由来があったんだね。」
マ「もっとも、蒼星石にはもう字の上達は必要ないみたいだけどね。」
  彼女の書いた短冊には流れるような見事な字が書かれている。
  何事にも真剣に取り組む彼女らしく、丁寧に書かれていることが分かる。
蒼「そんなぁ、マスターの字だって、………とっても…個性的でいいと思うよ?」
マ「君のそういう嘘をつけないところ大好きだなあ。」
  実際自分の字は汚い。下手というよりも、字を書くことに全力を尽くせないとでも言うべきか。
  そんなこんなで飾り付けが終わる。
マ「さて、では本日のメインイベント!短冊にお願い事を書こうーー!!」
蒼「か、書こうーー。」
  恥ずかしそうにしながらも蒼星石が調子を合わせてくれる。
マ「何枚欲しい?」
蒼「1枚で良いよ。」
マ「奇遇だね。僕も1枚だ。」
蒼「色々とお願いしたい事があるんじゃないの?」
マ「いや、たった一つ、その願いさえ叶えば他の願いは要らない。一球入魂ってやつだね。」
蒼「ふふっ、ボクもそうだよ。」
  二人で短冊に自分の願い事を書き込む。
  この時ばかりは一画一画に願いをこめるように、集中して丁寧に手を動かす。
  そんな長いお願いでもないが、5分近く書いていた気もする。
マ「ふーーーっ。」
  やっとの事で書き終わり安堵の息を漏らす。見ると、蒼星石はもうとっくに書き終わっていたようだ。
蒼「そんなに真剣になっちゃって…。きっと、とても大事なお願いなんだね。」
マ「まあね。自力で実現できればそれが一番だけどね。」
  そう、この願いさえ叶えば他の事などどうだっていい。逆に言えば、この願いだけはいつか必ず叶って欲しかった。
マ「じゃあ自分の短冊を笹に付けて。」
蒼「見ちゃ駄目だからね。」
マ「分かってるさ。誰かが見ちゃったら願いが叶わないという話もあるしね。」
  そうして二人の願いを託された笹を持ってベランダに出る。
マ「ここを、こうして!あれ?緩んできた。縛るのって結構難しいな…。練習しておけば良かったかな。」
  悪戦苦闘しながらなんとか固定する。風が少し出てるがこのくらいなら大丈夫だろう。
  ちょうど一息ついたところに蒼星石がお茶と月見団子を持ってやってくる。本当に気が利く子だ。
  お茶とお団子を堪能しながら星空を眺める。
マ「お星様がきれ…」
  蒼星石の方を向いて言いかけた言葉が止まる。
  無言で夜空を見上げている蒼星石の横顔に一瞬で心を奪われる。
  蒼星石の端正な顔立ちが、闇の中で月と星の光を受けてほのかに浮かび上がる。
  その様は幻想的ですらある。
  蒼星石と比べたら星がまるでゴミのようだ。
蒼「どうしたのマスター?ぼーっとしちゃって。」
マ「蒼星石は…もっときれいだ……。」
蒼「えっ!?」
  その時一陣の風が吹く。
蒼「きゃっ!…もう。」
  蒼星石が浴衣を押さえながら乱れた髪を掻き上げる。その仕種が妙に艶っぽい。
  ごくり… とつばを飲み込む。
マ「蒼星石…。」
  蒼星石の両肩に手をかける。もう理性が麻痺していた。
蒼「マ、マスター!?」
  催眠術にでもかかったかのように自分の顔が蒼星石の顔に吸い寄せられていく。
  蒼星石の目が僕を受け入れるかのように閉じられ…

       バサッ!!

  あとほんの少しというところで腕の上に何かが倒れてきた。笹だ。どうやらさっきの風で固定がほどけたらしい。
  タイミングを逸してしまい、二人とも気まずそうに視線を落とす。
  …最悪だ。僕は未だ自分の腕に乗っかっている笹に恨みがましい視線を送る。
  ふと、その時短冊に書かれた願い事が目に入った。
  思わず蒼星石の方を見る。すると向こうも同じようにこちらを見上げているところだった。
マ「蒼星石…やっぱり達筆だね。」
蒼「マスターも、丁寧に書くととてもきれいな字だと思うよ。」
マ「えへへ、蒼星石の願い事は叶ってたんじゃないかな?」
蒼「うん、マスターのお願いもきっともう叶ってるよ。」
マ「風が出てきたみたいだし、中に入ろっか?」
蒼「うん…、そうしよう。」
  笹を立てかけ、二人で連れ添い家の中に戻る。


  残された笹は『蒼星石が、誰よりも、ローゼンよりも大事に思えるようなマスターに巡り会って幸せになれますように』と
  『マスターが一番幸せになれる、素敵な女性を見つけられますように』という願いが書かれた2枚の短冊を風になびかせていた。