もしもアリスゲームが聖杯戦争風になったら


 6月。梅雨前線という憎い奴が俺の心にまで雨を降らせているかのようだ。その日、学校で遅くまで補習を受けていた俺は帰り支度を終え、玄関へ向かっているところだった。
 げた箱付近にある傘立てから自分の傘を抜き、俺は玄関から出た。本来ならすぐ帰路に着くのだが今回は違った。
なぜならグラウンドの方で何かと何かがぶつかり合うような音を感じ取ったからだ。好奇心旺盛な俺は校舎の影からグラウンドを眺める。
「なんだ・・・ありゃ・・・?」
そこには人間、いや、それよりもはるかに小さい者が身を空中に躍らせながら戦っているように見えた。実際にそうだった。
一方は真っ赤な服装でヘッドドレスをかぶっている。もう一方は黒いドレスを着ていた。気になることといえば背中から黒いカラスのような翼が生えていることだ。
とにかく、ここは俺の居場所ではなかった。そう感じ取った脊髄が反射的に俺の体をグラウンドと反対の方向へ動かす。
が、運命のいたずらか、落ちていた枯れ木を踏んでしまった。足元でポキリ、と発せられた。
その音に気がついたのだろう、戦闘を繰り広げていた2人がピタリと動きを止め、こちらを狩をしようとする獅子のような目でにらむ。ここでも脊髄が俺を反射的に校内へと逃げさせる。逃げ切れないとわかっていても。しばらく夢中で走り、自分の教室の前まで来ていた。後ろを振り向くと誰もいない。
「逃げ切れたか・・・」
と、安心し、後ろに曲げていた首を正面へと戻す。そこには翼の生えた、黒い悪魔が立っていた。
「人間ねぇ。契約はしていないみたいだけど・・・。見られたからには始末させてもらうわぁ。」
そうそいつはつぶやいた。そいつが翼を広げたかと思うとそれを一度きり羽ばたかせた。翼から黒い閃光が走ったかと思うと俺の意識はだんだんと薄れていった。
「さてと、これで続きができるわぁ。真紅が逃げてないといいけどぉ・・・」

 再び目覚めることがないと思っていたが、不意に覚醒した俺はまず、頭の中を整理することにした。
覚えていることは黒装束に身を包んだ銀髪の女・・・だと思う。そいつに何かをされて気を失ったはずだ。
ふと自分の体を眺めてみると服のあちこちに血が染み付いたあとがあるものの、体にはなんら異常は感じられなかった。
体の傍らには一枚の薔薇の花びらと思われるものが落ちていた。

 学校でずっと座り込んでいるわけにも行かないので俺は家へと急いで帰った。多少からだがズキズキと痛んだがそんなとこはどうでもよかった。いや、むしろ恐怖で考えることができなかった。
 家についても俺は落ち着かず、何にも手をつけることができなかった。そこで俺は考え事をしているうちにとんでもないことに気がついてしまった。
「あいつは俺を殺そうとした・・・。俺が生きているなら殺そうとするはず・・・」
「ご名答よぉ」
固体化した二酸化炭素、つまりドライアイスのように冷たい声が背後から聞こえた。先ほど俺を半殺しにした奴と同じ声だ。
「1日に2回も同じ人間を殺すなんてへんなかんじぃ・・・。きっと真紅が蘇生させたのねぇ」
淡々と奴はしゃべる。俺は殺されかけたときよりも大きな恐怖に押しつぶされそうだった。
「でも、2回も死ねるなんて二度と体験できないわぁ。冥土の土産として名乗るぐらいしようかしらぁ?」
冥土の土産。別に俺はそんなもの欲してはいないのだが。俺の意思はお構いなしにそいつは自己紹介をはじめた。
「私はローゼンメイデン第1ドール、"水銀燈"。完璧な少女アリスを目指して作られたドールズの内の1体よぉ」
水銀燈と名乗ったそいつは自分が人形だとも言い出した。馬鹿な、人形がこんなに円滑に動くなんて。ましてしゃべるはずもない。
そんなことを考えているうちに水銀燈はどこからか剣を持ち出し、すぐに俺を斬り殺せるように構える。
次の瞬間、水銀燈の腕が動き、剣の切っ先が俺を目掛けて動き始めた。俺は体を横に転がし、それをかわす。剣はタンスにガッと音を立てて刺さる。俺は立ち上がり、水銀燈が剣をタンスから抜き終わる前に外へ逃げようとする。
なんとか玄関から庭へ出ることはできた。しかし、背後からは羽が矢のように空気を切り裂きながら俺を追撃する。肩や背中に2,3本刺さったが気にもならず、俺は庭の隅にある倉庫へと向かった。
倉庫の扉の前に着き、倉庫の扉を開けた瞬間だった。水銀燈が俺の首を跳ね飛ばす高さで腕を一閃させる。俺はそれを何とかしゃがんで回避したもののバランスを崩し、背中からこけて倉庫の中へ入っていく。それを逃さずじりじりと距離を詰めようとする水銀燈。距離を一定に保つために後ろへと後ずさりする俺。
しかし、壁に背中があたる前に腰のあたりに何かがあたる感触がした。
振り向くと茶色で、四隅には金の金具、中心には金の薔薇の飾りが着いている鞄がそこにはあった。
その鞄を目にするやいなや鞄が、「まきますか、まきませんか」と問い掛ける。
水銀燈はせっかく追い詰めたエサに翼が生えて今にも飛んで逃げてしまいそうな場面に遭遇したチーターのような表情だ。どうやらこの鞄には何かがある。俺は声を張り上げて叫んだ。
「ああ、命を助けてくれるならまくさ!何だってまいてやる!」
俺が言い終えると鞄が音を小さく立てて開く。それとほぼ同時に俺の左手の薬指に激痛が走る。しばらくするとそこに薔薇の飾りつけが施された指輪が出現する。
これは何だと考える隙もなく開いた鞄から蒼い影が走る。そしてその蒼い姿の手にこれまた蒼い光が瞬いたかと思うと次の瞬間にはとてつもなく大きな"鋏"らしきものが握られていた。
俺は直感した。こいつも水銀燈と同じような人形なのだと。
 人形は鋏を斜め上から下へと振り下ろす。水銀燈が剣でそれを受け止め、なんともいいがたい金属音が響き火花がほとばしる。
位置が悪いと感じたのか水銀燈はいったん後ろへと飛び、距離を稼ぐ。それを見届けた人形は手を後ろにつき座り込んでいる俺を鋭く見つめると一言、
「1つ、問わせてもらいます。貴方が僕のマスターですか」