―すごいことなんてない。ただあたりまえの事しか起こらない。
「俺ってメンヘルだな。どっかで聞いたことがあるけど」

 良く晴れた日のこと。あるところに14歳の引き篭もり少年が居た。彼の部屋はいつもカーテンが閉められていて暗い。
その部屋には一台のパソコンと本棚とそれっぽっちの家具しか置かれていなかった。
しかし、彼の性癖なのだろう部屋はいつもきれいに片付けられていた。
そんな彼が今日も学校へ行かずにパソコンのマウスに手をかけた瞬間だった。
窓が大きい悲鳴を上げて破片が飛び散る。彼は驚きの余りに腰を抜かし、腕を顔の前でクロスさせ防御体勢をとる。
が、それもむなしくガラスの一断片が彼の額に傷を付け、床に落ちた。
「痛っ・・。なんなんだよ一体・・」
冷静を装っていながらも興奮しているのか彼は額の傷の応急処置も忘れて、部屋を首をぐるっと回して眺める。
するとそこには、ガラスが割れる前にはなかった物が一つ存在していた。旅行鞄のように大きく、しかしそれらしくない鞄だ。
真ん中には薔薇をかたどった金具がはめてあった。彼は好奇心を押さえられずにその鞄を開けることにした。
鍵穴があったがそれは何も意味を成さず、簡単に鞄を開けることができた。
マンホールの蓋を持ち上げるように重く感じられた鞄を開けると、そこには幼稚園児かそれより小さい人間と思われる者が体をさらに小さく折りたたんで寝ていた。
彼はそれを両手で抱えてみる。言語で説明することはできないが、彼はそれが人間ではないことを直感した。
「これは・・・人形なのか?」
何度も彼は検討したが結局人形と言う結論が出てきた。そして彼は鞄の中に小さな螺子巻きなるものを見つけた。
「普通の螺子巻きだな・・。どこで回すんだ・・・?おっ、ここか?」
そうつぶやきながら彼は螺子を巻くためにあると思わしき穴を見つけた。そこへ螺子巻きを差し込んで3,4回ほど回した。
螺子を巻き終わり、人形を床に立たせる。するとほんの2,3秒後に人形の顔がピクリと動いたかと思うとギリギリと音を立てながら動き出した。
彼はいきなりの出来事に肝をつぶしつつ、人形を眺めていた。
 人形が彼の前でピタリと動きを止めたかと思うと今度は目を開き、エメラルドとルビーの美しいオッドアイがしっかりとした眼差しで彼を見据えた。
彼はひっ、と声をあげるも体が強張り、どうすることもできなかった。そんな彼を見下ろしていた人形が不意に口を開いた。
「あなた螺子を巻いてくれたんですね。」
人形は人間と同じように、綺麗に透き通った声だった。一方、彼はというと驚きの連続に声さえもでなかった。
「驚いているんですね。まず、何から説明したほうがいいですか?」
と、人形はふわっとした口調で彼の緊張をほぐすように話し掛ける。変な気を感じられなかったのか、彼はようやく口を開けるようになった。
「えっと・・・まず、なんでここに人形が居るんだ?」
「あれ?あなたが人工精霊の呼びかけに答えたんじゃないんですか?」
呼びかけ?彼はちっぽけな脳に思考を張り巡らせる。すると思い当たる節が出てきた。

―窓を破り、鞄が侵入する1時間前。
彼はパソコンを起動させると、来ているはずのないメールを確認しようとソフトを起動させた。すると珍しくメールが届いていた。
無題と銘打たれたそれはいかにも怪しい業者からのメールと思われた。
"まきますか" "まきませんか"とぽつりと本文が表示される場所に寂しそうに立ちすくんでいたのを彼はよく覚えていた。
その2語にはリンクへ飛べるように文字が蒼く表示されアピールしていた。
本来なら無視するのが常識なのだが、ずいぶん長い間"外"に触れていなかった彼は"まきますか"の文字をクリックしてしまった。
するとカチッとページへ移動する音がするも、何も表示されなかった。

「・・・これのこと?」
彼は1時間前のことを要約し、人形に話した。
「そうです。」
あっさりと答える人形に彼は興奮を抑えられつつも、さまざまな質問をすることにした。

 10分にわたる質問の結果、アリスゲーム、他の姉妹たち、契約云々などを詳しく聞いたが過程は割愛させていただく。
「・・・で、最後の質問なんだけど。」
「なんですか?」
「名前、君の名前は?」
「僕の名前は蒼星石。ローゼンメイデン第四ドールの蒼星石です。」
人形が初めて蒼星石と名乗る。彼はどこか奥深いものを感じた。
「ちなみに性別はどっちなんだ?」
彼は名前を聞いた後に思い浮かんだ質問をした。外見からは「男の子っぽい女の子」とも「女の子っぽい男の子」ともとれる。
人形に対して性別を聞くのはおかしい、とは彼は思いもしなかった。なぜなら目の前に在るものが人形には見えなかったからだろう。
「あなたは・・・どっちだと思いますか?」
質問を質問で返されるとは思わなかった彼は一瞬困惑して、
「じゃあ男の子っぽい女の子で。」
彼は頭の中でテストで質問に質問で答えると0点なんだぞ、と必死に反論しながら答えた。彼の発言の何かがいけなかったのか、蒼星石は表情を心持ち暗くさせる。
「正解です。でもその言い方はやめてくれませんか・・・」
その言い方とは何の言い方なのか彼には理解することができなかった。が、蒼星石を傷つけてしまったのは悟れたようだ。
「ごめんごめん!とりあえず何か飲む?」
と、彼が腰を上げてドアを開けようとした瞬間、蒼星石が彼のズボンの裾を掴み、
「いいです、僕が淹れてきます」
と一言、そして一回へ降りていった。彼はその姿に何にも疑問を抱かなかったが、数秒後の母の何か喋る声により彼はようやく事の重大さに気づくことができた。
「ちょっ、あれ見たら母さん腰抜かすじゃねえか!」
そう叫び、彼もまた一階へ向かおうとした瞬間だった。後頭部に何か堅いものがクリーンヒットし、彼の意識が途絶えた。

 一方、一階へと降り立った蒼星石はと言うと、台所へ侵入し、紅茶の葉を捜しているところだった。
ちょうどその姿を引き篭もり少年の母親に目撃されてしまった。彼の母は何これ、などと叫びつつ蒼星石に近づく。
そこで蒼星石は彼女を落ち着かせ、机に着かせたところで現状を説明することにした。
「ああ、つまりうちの子の遠い親戚の人形師さんの弟の友達の娘さんなのね。」
と彼の母は理解した。蒼星石は説明が苦手なのか下手なのか、とにかくうまく伝わらなかったらしい。
蒼星石は最初の目的を忘れ、溜息をつきながら2階へと戻った。ドアの向こうには引き篭もり少年が後頭部を何かに打ち付け倒れていた。

「ねえ、翠星石。本当にこんなことしていいの?」
「大丈夫ですぅ。それにこいつを存命させるにはそれしかないのですぅ。」
誰と蒼星石は会話をしているのだろう。とにかく彼と、蒼星石のほかにももう1人はいる。
しばらくすると彼の頭がぐぐっ、と何者かにより動かされる。彼は未だに意識を失っていた。
「うー、重いですぅ。蒼星石も手伝うです!」
そういう声が聞こえるとさらにもう一本の手が彼の頭を動かすことに参加した。そして彼の唇に何かが触れた感触とほぼ同時に蒼星石の指にはめてあった指輪が、蛍光灯とは別次元のまばゆい光を放ち始めた。
それが終わる頃には彼に意識が戻りつつあった。
「ん~、俺は誰だっけ?何してたんだっけ・・・」
この後、彼は目覚めとともにもう一つのサプライズに出くわす。
「って、うわあ!もう1人増えてる!」
すでに彼は人間とでも認識しているのか、1人、2人で数えているようだ。
「きゃー、チビ、いやデカブツが覚醒したですぅ」
なぜ最初チビと言い間違えたかは不明だが、新しい登場人物らしき物体がそこらへんをはしゃぎまわりだした。
「デカブツいうな!これでも体重だって平均なんだぞ」
と彼は注釈を加えつつも前言を否定する。そんな2人を見かねた蒼星石が割ってはいる。
「マスター、止まって、止まって!」
一瞬が彼が疑問を抱いたナマケモノのような顔を蒼星石に向ける。
「今、なんて?」
彼は念を押す形で問う。人間とは確信していてもあえて念を押す唯一の動物といえる。
「あ、いや、マスターって」
「マスターって契約したらだろ、なんで俺が?」
「まったく、図体の割には脳みそがちっこい奴ですぅ。左手をよく見てみろですぅ」
蒼星石とは顔立ちがそっくりだが、服装など、言動が大いに異なるもう一方の人形が彼を促す。彼は恐る恐る自分の左手を見る。
すると薬指に蒼星石から聞いたマスターの証である、指輪がはめられていた。
「なんで俺マスターになってるの?ハメられた?陰謀?え?え?」
と、彼の脳はいくら思考を張り巡らせても、なかなか理解をすることができなかった。それを見かねた蒼星石が存命のために契約したということを説明した。
「つまり、こいつが鞄で俺の後頭部にアタック食らわせて、死にかけてた俺を存命させるために契約した、もといさせた。
 こういうことなのか?」
この問いに蒼星石はブンブンと首を縦に振る。何でも契約したときに放出される生命エネルギーなんたらで存命させることが
できたらしい。
「とにかく、これからよろしくお願いします、マスター。」
「その前に1つだけ言っていい?」
「なんですか?」
「敬語はやめてくれ。俺は敬語を使われるような存在じゃないし、何より疎外感か何かを感じるんだ。」
「マスターが言うなら・・・わかった。これからよろしく、マスター。」
「こちらこそ。」
そう彼は簡単に答えると右手を差し出す。それに気づいた蒼星石も右手を差し出し、お互いに、サイズの異なる手で握手を交わす。
人間と人形がタッグを組んだ瞬間だった。
「翠星石は蚊帳の外ですか?」