風が気持ちいい。さっきまでひいていた風邪が嘘かのようだ。
今ごろ蒼星石は翠星石に本当のことを吹き込まれて大変なことになっているんだろうな。
俺はというと家を飛び出して海岸の見える岡の上に来ていた。
「人生終わったよ」
「まだ始まっちゃいないさ」
「うわっ誰だお前!?」
「年上に対してお前はないだろうクソガキ。ぶち殺すぞ」
今のご時世に言ってはいけないことをさらっといってしまうこの人は誰なんだ。30前半のおじさんに見える。
実際そうなんだろうけど。
「いいかクソガキ。お前ごときが人生なんて語るな。俺みたいな若さで会社リストラされてから語れや」
なるほど。お気の毒に。見た目は子供、頭脳は煩悩の俺でもそれは理解できた。
「それより何でこんなとこにいる?」
「えーと、友達とケンカをしたんだ」
実際は違うがもっとも近い意味なのでそう答えておいた。
「ほう。とにかくケンカってのは逃げると腕っ節で勝っても事実上は負けなんだ。
 わかるか?まあお前みたいなガキに理解は求めないがな」
いちいちガキと小うるさいおっさんだな。
「お前は負けたんだ。敗者は素直に謝れ。それが世の中を生きる上で大切なことだ。
 俺はそれをしなかったからリストラされたんだ。」
とおっさんの顔が暗くなる。なんか俺が悪いような雰囲気になってきた。しかしその言葉に賛同する。
俺はすっくと立ち上がると家へ帰ることにした。
「おう、帰るのか。達者でな」
その言葉を見据える俺の背中にはもう後悔の影なんぞなかったことだろう。

「ただいまぁっ!」
つい俺の正体がバレてるものだと思い、堂々と入ってしまった。居間へ入ると蒼星石が目を点にしてこちらを見ている。
様子がおかしい。とっくに俺の正体はバレているのでは?翠星石はすました視線を俺に向ける。
「君どこ行ってたの?心配してんだよ」
接し方からすると正体はバレていない感じだ。どうせ2人で打ち合わせして俺をびっくりさせようって魂胆だろう。
「そうですぅ。レディーを心配させるもんじゃないですぅ」
翠星石までもが・・・。何かあるな。
「ちょーっとツラ貸せですぅ」
と俺の腕をぐいっと引っ張る。連れて行かれたのは物置となっている部屋だ。
「何なんだよ。絶対なんかたくらんでるだろ」
小さい体で俺はいつもの調子で話す。翠星石は暗い顔で、
「大変なことになったですぅ。お前の体は元に戻らんかもしれんですぅ」
「ちょっと待て!戻すつもりで俺の投薬したんじゃなかったのか」
「実際はそうなんですが、アポトキシン4869の副作用でお前の細胞はどんどん死んでっているですぅ」
「つまり若返りが止まらないって事か?」
「そーですぅ」
なんだってー。うわー、これは大変なことになったなぁ。どうせこれも俺を驚かす一つの手法なんだろ。
「じゃあ蒼星石には俺の正体をバラしていないのか?」
「はいですぅ」
なんだ。じゃあ俺の決心は一体・・・。
「いい事思いついたですぅ。もう一度薬を飲めですぅ。ショック療法を知っているですよね」
とんでもないことを言い始めた。今や俺はモルモットまで成り下がっていると言うことか。
「ほーらさっさと飲むですぅ」
俺は抵抗するが同じ身長なだけあってなかなか翠星石を離せない。てか向こうはドールだ。小1レベルの俺が勝てるはず
なかった。口にぶち込まれた薬をまたもごくりと飲んでしまう。
「これで万事解決ですぅ。じゃ、さよならですー」
と言うや否や居間へ戻って鞄に乗り込んで行ってしまった。悪女め。
 しかし1時間たとうとも2時間たとうとも俺の体に異変は起きなかった。
スレを建てて助けを求めても"バーローwww"だとか"新一乙wwww"などとまったく相手にされなかった。
まあ仕方ない。この体だといろいろできそうだからもうしばらくこのままでいいや。
 夜の8時ごろ。蒼星石が俺に風呂が入った、と伝えた。しり込みする俺に「一緒に入る?僕は湯船には浸かれないけど」と誘う。
何故だか蒼星石に大人のおねえさんのオーラを感じた。もちろん俺はその誘いを受け入れる。
 蒼星石によって服をもがれた俺は湯船に突入する。しばらくしてのぼせかけてる俺に蒼星石がシャンプーを提案する。
エェーシャンプーは目にしみるから嫌だよぉーと言ってみたかったがやめた。いすに座ってシャワーで頭を濡らされる。
そして蒼星石がシャンプーを俺の頭に乗せてくしゃくしゃかき回す。俺は目にしみる覚悟で蒼星石の方を見る。
残念ながら服は着たままだ。服を脱いで全裸になった蒼星石の姿を思い浮かべながら頭を流されていく。
その時だった。
ガシャーン。おそらく本日3回目だろうな。
「呼ばれて飛び出てオラオラですぅ」
しかし勢いでそのまま風呂の壁にぶつかる翠星石。ここで風呂は切り上げとなった。

「一体今度はなんのようだ?」
俺は翠星石を物置に連れ込んで尋問する。
「別にぃ・・・お前が今の状況を利用して蒼星石によからぬ事をしてるんじゃないかと思って来て見ただけですぅ」
「どうせ薬が効いてないことがわかって来てるんだろ。」
翠星石はむっと押し黙る。こいつはこれぐらい行っておくいた方がいいのだ。これでも薬を飲ませようとしたら今度は性的な意味で押し倒してやる。
「しゃーないからお前のためにプリン作ってやったですぅ。これでも食ってろオタンコナスですぅ」
そういうとまたも居間へ行ってしまった。ちゃんと詫びの心もあるんだなと俺はスプーンを持ってきてプリンを食べる。
しかし飲み込むときに妙な喉ざわりがした。今日2回ぐらい味わった喉越しだ。いっぱい食わされたわけか・・・
 夜もとっぷりとふけ、9時になる。夕食は蒼星石の手作りレバニラだった。いつもと違って新鮮な感じだった。
俺は与えられた布団・・・といってもいつも使ってる布団にもぐりこむ。何故だか眠れない。
明日への不安が胸に蓄積しているのかもしれない。とにかく俺は不安だった。そこへ蒼星石が様子を見に来てくれた。
「大丈夫?1人で寝れる?」
ああ、俺の蓄積した不安をとかしてくれるのは蒼星石しか居ないようだ。
「1人じゃ寝れない!恐い!寝ない子誰だっておばけが出てくるよ!」
などと頭に浮かんで来た単語を無理やりつなげておねだりする。
「じゃあ歌は下手だけど子守唄歌ってあげるよ」
きた!同居していても一度も聞いたことなかった蒼星石の歌声。俺は耳を澄ませる。
「名も知らぬ遠きより流れ寄る椰子の実一つ――」
蒼星石、それは子守唄じゃないぞ。しかし俺は蒼星石の雪解け水のように澄んだ歌声に1分ともたずに寝てしまった。

「蒼星石、好きだっ!結婚してくだ―」
俺はどうやら目を覚ましたようだ。今回もとてつもなく長く、儚い夢を見ていた気がする。蒼星石はまだ鞄で眠っている。
俺は体を起こして居間へ行く。机の上には幼稚園の子供が書いたような字で翠星石から謝罪の手紙が置いてあった。
夢じゃないのか。鏡で自分の姿を見る。どう見てもいつもの俺だ。いまいち整理がつかない頭で俺はしばらく考えていた。
しかし昨日以降のことがまったく思い出せない。どういうことなんだろう。ただ一つ思い出せたことがある。
蒼星石の歌声は実に良く澄んでいたということだけだった。俺はちょっと早めに高校へ行く準備を整える。
そして蒼星石の鞄の元で待ち伏せしてみる。思いのほかすぐに蒼星石が起きた。蒼星石は心底驚いたという顔で俺と視線を絡ませる。
ふっと蒼星石は微笑むと、
「行ってらっしゃい、マスター」
と一言だけ俺に言った。俺も行ってくる、と伝え高校へ向かうことにした。
 結局昨日は何があったのか思い出すことはできなかった。しかし別によい。蒼星石がいる日常が俺にはあったからだ。
人に夢と書いて儚い。人が見る夢は不安定で、そしてぼやけているということを俺は学ぶことができた。


「って、まだ5時半じゃないか!」

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最終更新:2006年07月06日 16:29