マ:『半日程度ならまぁ、なんとかな・・・。
    しかし何で俺に頼むんだ? 
    ・・・そうか。
    うう~む。わかった。それじゃまたな。』
    俺は電話を切った。
マ:「ふぅ。」
    軽く息を吐き居間に戻る。
    蒼星石は居間のソファの上で本を読んでいた。料理の本だ。
    俺は蒼星石の後ろに回り本を覗く。
    チンジャオロースの作り方のページだった。
    いつか作ってくれるんかな。これは楽しみですな。
マ:「なぁ、蒼星石。」
    俺はそのまま後ろから呼びかける。
蒼:「なに、マスター?」
    蒼星石は本から目を離し、振り返ってくれた。
マ:「赤ちゃん好きか?」
蒼:「え?」
    俺は黙って蒼星石の顔を覗き込む。
蒼:「あ、うん。赤ちゃん、好きだけど・・・。」
    俺の急な問いかけに蒼星石は困惑気味のようだ。
マ:「そりゃ、良かった。」
    俺はそう言うとソファに座ってテレビを点ける。
    蒼星石はますます訳がわからないといった表情になる。
蒼:「マスター、赤ちゃんがどうかしたの・・・?」
マ:「実はなぁ、ベビーシッターを頼まれちゃったんだよ。」
蒼:「ベビーシッター・・・?」
マ:「俺の友人の赤ちゃんなんだが、その友人の都合で今度の土曜にウチで預かることになってなぁ。」
蒼:「赤ちゃんを・・・?」
マ:「まぁ、預かるのは半日だけだから。」
蒼:「赤ちゃんが、ウチにくるの?」
マ:「ああ。」
蒼:「赤ちゃん・・・。」
    蒼星石の表情が綻び、目が輝きだした。
    どうやら赤ちゃん、本当に好きみたいだな。引き受けて良かった。
マ:「蒼星石は赤ちゃんのお世話したことあるか? 俺は無いんだが。」
蒼:「赤ちゃんのお世話は、僕もないなぁ・・・。」
マ:「さよか。じゃあちょっと色々と調べたりとかしないとな。」
蒼:「うんっ。」
    蒼星石が張り切っている。


蒼:「あ、あの、マスター。」
マ:「どした?」
蒼:「恥ずかしいんだけど・・・僕・・・。」
マ:「我慢してくれ。ほ~らよ~しよし。」
蒼:「うう・・・。」
    蒼星石を赤ん坊に見立てて抱っこしてゆする俺。
マ:「ベロベロバ~!」
蒼:「うう、僕は赤ちゃんじゃないよぉ・・・。」
マ:「わかってるって。あくまで『練習』な。」
    蒼星石はその大きさから赤ん坊役にぴったりだ。
蒼:「うう・・。」
    俺は引き続き蒼星石をあやす。
    こんな感じかな、抱き方は。
マ:「じゃ、次はオシメ取り替えましょうね~。」
蒼:「えぇ!?」
    テーブルの上に蒼星石を仰向けに寝かせる俺。
蒼:「だ、駄目! マスター!」
    蒼星石が目をつぶりながら激しくイヤイヤをする。
    俺は蒼星石から手を離し、一歩下がる。
蒼:「いやだ! ぼ、僕はちゃんと・・・!」
    俺はさらに離れてジ~っと蒼星石を見やる。
蒼:「こ、心の準備とかもできてないし・・・!」
    ・・・・。
    俺が何もせず、ただ眺めているだけなのに全く気付かない蒼星石。
マ:「あの~。」
蒼:「あ、あれ・・・?」
    蒼星石がやっと俺の呆れ顔に気付いた。
マ:「おいおい、本当にやるわけないだろ。
    軽い冗談のつもりだったんだけど。」
蒼:「あ、あぅぅ・・。」
    もう蒼星石の顔は真っ赤っかだ。
マ:「心の準備、できるの?」
蒼:「ばかぁ!」
    この後、蒼星石の機嫌を直すのに追われ、二度と赤ちゃん役はしてくれなかった。


    んで、土曜日、朝の自宅前にて。
マ:「んじゃ、いってらっしゃい。気をつけてな~。」
    赤ん坊とオムツやら何やらを託され、俺は友人を見送った。
    俺は腕の中の赤ん坊を見やる。生後七ヶ月の元気な女の子だ。
    友人曰く、全く人見知りしないらしい。
    赤ん坊はキャッキャと何が面白いのか喜んでる。
    本当に人見知りしない子だな・・・。
    俺は玄関の扉を開ける。
マ:「蒼星石~、 赤ちゃんだぞ~。」
    朝から赤ちゃんに会いたくてウズウズしてたからな。
    蒼星石が俺の元に駆け寄ってきた。
    俺は屈んで蒼星石に赤ん坊がよく見えるようにする。
蒼:「あいちゃん、いらっしゃい。初めましてっ。」
    赤ん坊に挨拶する蒼星石。赤ん坊の名前は事前に伝えていた。
あ:「ぶ、ばぶっぶ。」
    あいちゃんも蒼星石に挨拶しているようだ。
蒼:「か、可愛いね、マスター。」
    赤ん坊の仕草に蒼星石は興奮気味だ。
マ:「居間に移動しよう。」
    居間に移り、俺はあいちゃんを赤ん坊用の籠に横たえる。
蒼:「可愛いなぁ・・・。」
    ・・・・・。
    俺と蒼星石は赤ん坊の顔をしげしげと長いこと眺める。
マ:「赤ん坊の顔は見飽きないっていうけど本当だな。」
蒼:「うん。」
マ:「蒼星石、赤ちゃん、抱っこしてみるか?」
蒼:「僕が・・・? 大丈夫かな。」
    身長80cmほどの蒼星石にとっては確かに不安があるかもしれない。
マ:「俺も手伝うから大丈夫だよ。」
蒼:「でも、抱っこって、どうすればいいのかな?」
    いつも抱っこされる側の蒼星石は、抱っこする側の心得が無いらしい。
マ:「ん~、首に負担を掛けないように注意かな。本に書いてあった通りに抱けば大丈夫だよ。」
蒼:「う、うん。」
マ:「緊張せず、リラックスしてな。
    抱いてる側がリラックスしてないと赤ちゃんもリラックスできないって本に書いてたし。」
蒼:「うん。」
    そして、俺は蒼星石にそうっと赤ん坊を託す。
蒼:「・・・。」
    リラックスしろと言ったのだが、蒼星石は真剣な表情だった。
    蒼星石は赤ん坊を抱きかかえる。
あ:「ばぶぶ・・・。」
    俺は赤ん坊がずり落ちないよう両手で補助をしたが   
蒼:「あ、やっぱりちょっと怖いや。落としちゃいそう、マスター。」
    蒼星石が俺に無理だと目でも訴えかける。
    俺は蒼星石から赤ん坊を受け取った。
マ:「ふむ・・・。」
蒼:「僕、やっぱり、小さいからうまく抱っこできないよ・・・。」
    う~む。
マ:「じゃあ蒼星石、座りながら抱っこしてみよう。
    ソファーの背もたれまで腰掛けて。」
蒼:「え? うん。」
    蒼星石は言われた通りソファーの背もたれまで深く腰掛ける。
マ:「じゃ、膝に赤ちゃん乗せるからな。」
    これなら赤ん坊を落とす心配もない。
    俺はそうっと赤ちゃんを蒼星石の膝に乗せる。
蒼:「・・・・。」
    再び緊張の面持ちになる蒼星石。
マ:「そんな強張らないでいいから、リラックスして・・。」
    それでも蒼星石は恐る恐る赤ん坊を抱き抱える。
マ:「重くない? 大丈夫か?」
蒼:「ちょっと重たいけど、今度は大丈夫。」
    ついに蒼星石は赤ん坊を抱っこすることができた。
蒼:「柔らかい・・・。あと、とてもいい匂いがする・・・。」
    赤ん坊特有の乳臭さだな。
    あいちゃんは蒼星石の腕の中で大人しくしてくれている。
蒼:「・・・・。」
    蒼星石は感無量といった感じだ。もう緊張もしてないようだ。
    やがて、赤ん坊を抱く蒼星石の表情がとても穏やかで、目は優しいものになっていることに気がついた。
    まるで、聖母のような・・・。
    蒼星石のこんな表情を見るのは初めてだった。
    俺は、何か神聖なものを見ているような気がした。
マ:「・・・・。」
蒼:「・・・赤ちゃんを抱っこできて、とても嬉しい。僕、憧れてたから。ありがとう、マスター。」
マ:「え、あ、うん。」
    我に返る俺。
蒼:「赤ちゃんがくたびれるといけないから、そろそろ籠に戻そうよ。」 
マ:「あ。ああ、そうだな。」


    友人から渡されたメモに目を走らす。そろそろ授乳の時間だ。
マ:「蒼星石、粉ミルクからミルク作れる?」
蒼:「うん、一応作り方調べたけど。」
マ:「作ってみたい?」
蒼:「うん。」
マ:「んじゃ、任せるよ。」
    蒼星石はさっそく用意に取り掛かった。


蒼:「どうかな? マスター。」
マ:「どれどれ。」
    俺は哺乳瓶を受け取り、育児の本に目を通しながら確認する。
    哺乳瓶の消毒は済ませてある。
    粉ミルクも完全に溶けてるな。
    ミルクを少し垂らして温度を確認。うむ、適温だ。
マ:「OKですな。」
蒼:「ふぅ、真紅の飲む紅茶を淹れるときよりも数倍神経を使ったよ。」
マ:「はは、お疲れ様。」
    俺は赤ん坊を膝に抱えミルクを飲ませる。
    ゴク、ゴク、ゴク・・・
蒼:「わぁ、よく飲んでるね。」
    蒼星石も自分の作ったミルクを美味しそうに飲む赤ん坊を見て嬉しそうだ。
マ:「お腹空いてたんだな。」
    授乳が終わり、げっぷをさせようとするが
マ:「なかなかげっぷしないな・・・。」
    俺は赤ん坊の背中をさする。
    しないときは無理にさせず、寝かせておいてもいいそうだが・・・。
あ:「けぷ・・・。」
蒼:「あ、今したね。」
マ:「ふむ。」
    やがて、オシメの交換になった。   
    俺がオシメを取り除くと蒼星石が汚れをふき取る。
マ:「え~と、こうか?」
    新しいオシメを履かせたいのだが、うまい具合にいかない。
    うう~む、ここを留めるのかな?
    なかなか難しい。
蒼:「こうじゃないかな?」
マ:「あ、そうだ。よく知ってるな、蒼星石。」
蒼:「ふふ、勉強したからね。」
    その後も俺と蒼星石は甲斐甲斐しく世話を焼いた。


    それから一時間後。
    赤ん坊は敷き布団の上ですやすやと眠っている。
    赤ん坊の寝顔も蒼星石には興味津々のようで、飽きることなくそれを眺めていた。
    そして、さらにしばらくした後、蒼星石が俺の元にくる。
蒼:「あいちゃん、あと少しで帰っちゃうんだよね。」
    俺は時計を見る。
マ:「ああ、あと30分もすれば迎えがくるな。」
蒼:「そう・・。」
マ:「淋しいか?」
蒼:「うん・・・。」
    すっかり情が移ってしまったようだな。
    その時、玄関のチャイムが鳴った。
マ:「む。」
    インターホンに出ると、赤ん坊を預けた友人だった。
    予定より早く帰れたらしい。
マ:「蒼星石、赤ん坊の迎えきちゃったよ。」
蒼:「・・・・。」
    突然の、予定より早い赤ん坊とのお別れに蒼星石は少しショックのようだ。
    俺は友人に少しだけ待っててもらうようインターホンで頼んだ。
    俺と蒼星石は赤ん坊の方へ向かう。
    赤ん坊は先ほどと少しも変わらず眠っていた。
蒼:「・・・・。」
    蒼星石は食い入るように赤ん坊を見つめる。
マ:「もう、いいかい?」
蒼:「うん・・・。」
    俺は赤ん坊を起こさないよう、そうっと抱き上げた。
蒼:「マスター、あの・・。」
マ:「ん?」
蒼:「ううん、なんでもない・・。」
マ:「・・・・。」
    俺は赤ん坊を抱いたまま蒼星石の前でゆっくり両膝を床に着き、姿勢を低くした。
マ:「蒼星石、両手を差し出して。」
蒼:「僕は、ソファーに座りながらじゃないと抱っこできないよ?」
マ:「大丈夫だから。」
    俺が力強く言うと、蒼星石は両手を差し出した。
    俺は蒼星石の両腕に赤ん坊を乗せる。
    もちろん蒼星石だけでは支えきれないから俺はそのまま手を離さない。
マ:「もっと、寄り添って。」
    俺と蒼星石が両手で赤ん坊を支え、挟んでいる形になる。
マ:「短い時間だったけど、この子は俺と蒼星石に育てられたわけだな。俺達の子供だ。」
    友人に聞かれたらどう思うだろう。まぁ、あいつならわかってくれるさ。
蒼:「僕たちの子供・・・?」
マ:「ああ。でももう本当のお父さんお母さんの所へ帰っちゃうけどな。
    でも俺達が育てた事実は消えない。俺達の子供だ。」
蒼:「・・・。」
    蒼星石は赤ん坊を見つめる。そして、俺に顔を向ける。
蒼:「わかったよ、マスター。」
    そう言いながら蒼星石がふっと笑ってくれた。
    俺の突拍子のないタワゴトを笑ってくれたんだろうか、それとも・・・。
蒼:「・・・マスター、はやくしないとお友達の人が待ってるよ。」
マ:「そうだな。」


    そうして、あいちゃんは親御さんのところへ帰っていった。
    しかし、手の掛からない子だったなぁ。
    もしかしたらそれを見越して俺に預けたのかもしれないな。
    そんな風に思いながら居間でくつろいでると蒼星石がやってきた。
    俺に何かを言いたそうだが、口ごもってる。
    んん?
マ:「どしたの?」
    意を決したように蒼星石は言った。
蒼:「僕は赤ちゃんを産めないけど、マスターは赤ちゃん欲しい、かな?」
    俺はドキリとする。
    ついにきたか、この質問。いつかされるんではないかとうっすら思っていた。
マ:「いや・・・別に欲しくないよ。」
    もし、欲しいって言ったら蒼星石はどう思うだろうか。
    ろくでもない結果になりそうな気がする。
蒼:「僕に気を遣ってないかな?」
マ:「遣ってないよ。」
蒼:「本当?」
マ:「本当に本当。」
蒼:「本当に赤ちゃん欲しくないの?」
マ:「欲しくないね~。」
蒼:「マスター、あいちゃんをあんなに抱っこして可愛がってたのに?」
    どんなにしつこく聞かれても、怒ってはいけない。これは怒ってはいけない質問だ。
マ:「あらあら、蒼星石さん、赤ちゃんに嫉妬ですか?」
蒼:「え、・・そ、そんなことないよ!」
マ:「しょうがないな~、蒼星石は!」
    俺は蒼星石を無理矢理抱っこする。
マ:「ほらほら、よしよしよし。」
蒼:「や、やめてよ。こんな抱っこは嫌いだよ。」
    俺の急なリアクションに蒼星石は戸惑った。
    俺はそのまま蒼星石の耳元で囁く。
マ:「君がいるだけで俺は充分なんだよ。本当に。」
蒼:「! マスター・・・。」
    別に子供を残せなくてもいい。
    俺が君の記憶に色んな思い出を残せるならば、俺はそれで充分だ。
マ:「それに、子供は蒼星石一人で手一杯だしな~!」
    と俺は急におどけた声を出した。
蒼:「マスター?」
マ:「蒼星石は俺に言わせればまだまだガキンチョだからね~。
    だから他に子供なんていらないや。アッハッハ!」
    呆気にとられる蒼星石だったが
蒼:「もう、マスター! ・・・マスター、ありがとう・・・。」
    永遠の恋人が俺を抱き締め返してくれた。



                                          終わり