マスターが仕事場から帰ってくるまで、蒼星石は居間のテレビでくんくんを見ていた。



    場面はくんくんの宿敵であるドロボウキャットが、くんくんを眠らせ、監禁している緊迫シーンである。
    くんくん最大のピンチに、蒼星石は画面を食い入るように見つめる。
    ドロボウキャットが、縄で縛られイスに座らされたくんくんに妖しく話しかける。

ド:「お目覚めのようだな、くんくん。」
く:「は! ここは!? おまえはドロボウキャット!」
ド:「フッフッフ、今君を亡き者にするのは簡単だ。だが、今回は我慢しよう。」
く:「どういうことだ!? ドロボウキャット!」
ド:「今回の我輩の計画に、君の力が必要なのだよ。」
く:「わたしはお前のような犯罪者の力なんかにはならないぞ!」
ド:「フッフッフ、果たしていつまでそのような強気の態度でいられるかな?」
く:「なんだと!?」
ド:「これを見たまえくんくん。」
    ドロボウキャットがくんくんの目の前で振り子を構える。
く:「?」
ド:「さぁ、これをよく見るんだ。くんくん。」
    ドロボウキャットが振り子を揺らす。振り子の先には固形ドッグフードが付けられていた。
く:「(お、美味しそうなドッグフードだ! くんくん! い、いい匂い!)」
    くんくんは食事前に誘拐されたため、ハラペコだった。
    振り子の動きに釣られ、顔を左右に揺らすくんくん。
ド:「さぁ、あなたはネコだ。今からあなたは子猫になるのだ・・・・。」
    ドロボウキャットの顔がドアップで映し出される。
    ドロボウキャットのくんくんに対する暗示シーンが続いた。
    背景の画面もどんどん薄暗くなる。
    そして、ついに・・・
く:「く・・・くんく・・・に・・・にゃ・・にゃんにゃん!」
    くんくんはネコの暗示に掛かってしまった。
ド:「(ククク・・・。これで今度の我輩の犯罪計画は完璧な物となる・・・!)」
く:「にゃんにゃん!」
    くんくんには、もうかっての名探偵の面影は残っていなかった。
ド:「無様だな、くんくんよ。だが、安心しろ。その暗示は時限式だ。
    明日の朝には自然に治る。まぁ、その頃には宝石は我輩の物だがな!ハーッハッハッハ!」
    このシーンで来週への放送の引きとなり、次回予告とエンディングが流れ、くんくんは終了した。
蒼:「・・・・・。」
    そして、蒼星石の目が虚ろだった。


    それから数十分後。

マ:「ただいま~。」
?:「にゃ~~ん!」
    居間からおかしな声が聞こえた。
    間違いなく蒼星石の声だと思うが・・にゃ~ん?
マ:「わ!」
    蒼星石が四つん這い(正確に言うと赤ん坊のハイハイに近い)で俺の元に駆けてきた!
    笑顔で俺に飛び掛る。
マ:「お、おい!」
    俺は蒼星石を両手で受け止める。
マ:「ど、どうした? 蒼星石。」
蒼:「にゃ~ん。」
    甘えた声で俺の胸に顔を擦り付ける。
    ???
マ:「おまえ、また酒でも飲んだのか?」
蒼:「にゃ~ん?」
    別に顔は赤くなって無いし、呼吸も正常だな。酔ってはいないようだ。
マ:「なんだ、ネコみたいな振りして。甘えたいのか?」
蒼:「にゃーん。」
    とりあえず、機嫌とっておくか。こんなに甘えてくる蒼星石も珍しい。
マ:「よしよし。」
    俺は頭を撫でる。
蒼:「ごろごろごろ。」
    ふふ、口でごろごろ言ってるよ。
マ:「さ、ネコの真似もこれぐらいにして。蒼星石、ご飯は出来てるか?」
蒼:「にゃん?」
マ:「いや、ご飯は?」
蒼:「にゃあ。」
マ:「ネコの真似はもういいって。 そんなに気に入ったんならまた後でな。」
蒼:「にゃ~ん。」
    俺の言葉が通じてないのか、蒼星石は再度俺の胸に顔を擦り付ける。
マ:「おい。」
    ???
蒼:「にゃあ~ん、にゃあ~~ん。」
    まるでネコが『遊ぼうよ』と言ってるようだ。
    むむむ、おふざけにしてはちょっと度が過ぎてるような。
マ:「おい、そろそろ・・・。」
    俺が蒼星石を諭そうとすると電話が鳴った。
    蒼星石が電話のベル音にビクっとする。
マ:「ふむ。」
    俺は電話の元に行くと蒼星石を降ろし、受話器をとる。ジュン君からだった。
ジ:『た、助けて・・・!』
    !?
マ:『お、おい!?』
    受話器からジュン君とは別の声が聞こえた。
真:『にゃ~ん!』
翠:『にゃん~!』
雛:『にゃにゃん!』
ジ:『うあ!』
    ガチャン! ツー、ツー、ツー・・・・
マ:「・・・・・。」
    むむむ。
    確かに真紅と翠星石と雛苺の声が聞こえたが・・・・全員ネコの鳴きまね・・・?
    翠星石や雛苺はともかくとして、あのネコ嫌いの真紅も・・・?
    んんん?
    俺は足元の蒼星石を見やる。
    ご満悦の表情でネコみたいに俺の脚に顔をこすり付けていた。
マ:「むむむ。」
    これは・・・・。
マ:「蒼星石。」
蒼:「にゃん。」
    名前には反応するようだ。
マ:「ネコか? ネコなのか?」
蒼:「にゃ~ん?」
    ネコだな、こりゃ。


    ジュン君を助けに行きたいのはやまやまだが、こちらも大変なのだ。ジュン君ごめんよ。
    俺は突如ネコになった蒼星石を持て余し、ソファに座ったまま途方に暮れていた。
    当の蒼星石は俺の膝で丸くなっている。
マ:「いったいどうしちまったんだ。蒼星石?」
蒼:「ふにゃ・・・。」
    さっきから俺はそんな質問をネコ蒼星石に繰り返してたが一向に埒が明かなかった。
マ:「腹、減ったな・・・。」
    夕飯は用意されていなかった。だが、夕食のために下ごしらえしてあったと思われる
    豚肉を生姜と調味料で漬けてあったものが冷蔵庫から出てきた。
マ:「飯は・・炊けてるな。」
    俺は野菜を切り、サラダを作る。豚肉は焼く。
    その間もずっと蒼星石は俺の足元で隙あらばじゃれつこうとしていた。
マ:「もうすぐできるからな。」
    俺は蒼星石にそう言い、食卓にご飯とおかずを用意する。
マ:「さ、食べよう。蒼星石。」
    俺はイスに蒼星石を座らせる。
蒼:「にゃ?」
    今の蒼星石に食べれるかな、人間の食事。
    けど誇り高い薔薇乙女にネコマンマを食べさせるわけにもいくまい。
蒼:「にゃん♪」
    蒼星石はお茶碗にネコパンチを食らわせ、ひっくり返してしまった。
    これは駄目だな。これでは箸を持たせるのも危ない。
    蒼星石は皿の上の豚肉の生姜焼きにカブリつく。
    お行儀悪すぎだが、今それを咎めてもしょうがない。
    だが、
蒼:「にゃあ!」
    生姜焼きの予想外の熱さに驚いて反射的に皿から顔を遠ざける蒼星石。
    もうそんなに熱くないはずだったが、なるほど猫舌ってやつか。
    熱さに懲りたのか、それっきり蒼星石は生姜焼きに手をつけようとはしなかった。
マ:「困ったな。お腹、空いてるんだろ?」
蒼:「にゃ~。」
    俺は冷蔵庫から今の蒼星石でも問題なく食べれそうなものを探した。
マ:「牛乳ぐらいしかねーや。」
    冷蔵庫の中身はほとんど空だった。そういえば蒼星石に明日買出しを頼まれてたっけ。
    外出して何か買ってこようかとも思ったが、今の蒼星石を一人にできないし、
    外に連れていくのも危ないと思い、やめた。
マ:「ごめんな。こんなものしかなくてな。」
    俺は牛乳を皿に注ぎ、蒼星石の前に置く。
蒼:「にゃあ。」
    『ありがとう』って言ってるように聞こえた。
    ピチャピチャと舌で牛乳を飲む蒼星石。
マ:「・・・・。」
    ネコのような飲み方をする蒼星石。
    俺はなんだか居た堪れなくなる。
マ:「そんな飲み方はよせ、蒼星石。お前は誇り高い薔薇乙女なんだろ?」
蒼:「にゃ~!」
マ:「・・・・。」
    蒼星石は美味しそうに牛乳を飲み続ける。
    ピチャピチャ・・・ピチャピチャ・・・・
マ:「・・・・。」
    不安感と焦燥感が俺の心に沸き起こってきた。
    しかしだ、こんなときマスターがしっかりしなくてどうする?
マ:「いいさ、別に変わらない。」
    蒼星石がネコになったところで何も変わらない。
    蒼星石は変わらず俺の目の前に存在してるし、元気だ。
    しかし、
マ:「・・・・元に戻りたいか、蒼星石? 自分の意思でネコになったのか?」
    ただ、それだけが知りたかった。
マ:「あ!」
    蒼星石が皿をひっくり返してしまった。
    牛乳まみれになる蒼星石。
マ:「あちゃちゃ・・・。」
    一瞬キョトンとする蒼星石だったが・・・
マ:「う・・・!」
    顔が牛乳まみれの蒼星石を見てると・・・なんと言うんですか・・・その・・・。
    蒼星石は自分の唇に滴ってくる牛乳を舌を出してペロリと舐める・・・。
    う・・・。
マ:「い、今拭いてやるからな、蒼星石。」
    俺は食卓テーブルのイスから慌てて腰を浮かすが、
    うっかり出しっぱなしだった目の前の牛乳パックを倒してしまった。
    牛乳が俺の股間に掛かる。
マ:「あちゃーちゃちゃ。・・・・ん?」
    蒼星石が俺の牛乳まみれの股間をジィっと見ている。
マ:「お、おい・・・?」
蒼:「にゃあん、にゃん?」
    なんかまるで、『その牛乳、僕の?』って言ったような・・・・
    ああ、蒼星石が俺の元に寄ってくる! 股間めがけて!
    あ、あわ、あわわわわわ!
マ:「撤退! 撤った~~~~い!」
    これはまずい! 俺は逃げ出した。だが蒼星石が付いてくる!
    俺は自室に逃げ込み、鍵を掛け、大急ぎで下の衣服を着替えた。
    勘弁してくれよぉ。
マ:「蒼星石~!」
    今の蒼星石は一瞬でも目を離しておきたくはないのだが、さっきのは緊急事態だった。
    俺が部屋から出たとき蒼星石の姿は無かった。
マ:「どこだ~?」
    いた~! 食卓テーブルの上だ。 もう食卓の上は滅茶苦茶だった。
マ:「ふぅ~。」
    蒼星石は牛乳やサラダのドレッシング、醤油などでベトベトになっていた。
    あーあ、こりゃ着替えさせないと駄目か・・・。
    いや・・・ この汚れぐあいだと・・・。
    お風呂入れさせないと駄目か・・・!? 今の蒼星石はネコだから・・・お、俺が・・・・!?


マ:「し、失礼します・・・!」
蒼:「にゃ?」
    蒼星石の衣服を脱がしに掛かる俺。
    うう、まさかこんな形で・・・。
    しかし、乙女の衣服を、断りも無くいきなり脱がしていいものだろうか?
マ:「脱がしていいですか?」
蒼:「にゃん。」
    アホか、俺は。
    で、でもしょうがないよな? こればかりは、ほんと。
    あ、というか俺ら恋人同士だもんな! 
    恋人同士ならこれぐらい当たり前か! うん、きっとそう!
    俺は蒼星石の服に手を掛ける。
蒼:「にゃ、にゃああ!」
    抵抗しだす蒼星石。
マ:「お、おい。暴れるな。」
    ジタバタもがく蒼星石。
    これじゃ傍から見ると俺、暴漢だよ・・・。
    なんとか蒼星石をドロワース姿にできた俺。
    つ、次にこのドロワースを脱がして蒼星石をスッポンポンに・・・。
蒼:「にゃ、にゃにゃああ!」
    より一層蒼星石の抵抗が激しくなった。
    あと少しで脱げるというところで・・・
    思いっきり手の甲を引っかかれた。
    血が滲む。
マ:「いっ・・つぅ・・・・。こら、蒼星石・・・!」
蒼:「にゃ・・・?」
    蒼星石は俺の手の甲の傷に気付いた。ジィーと見てる。
    そして
マ:「あ・・。」
    俺の手の甲の傷をペロペロと舐めだした。
マ:「あ、あの、ちょっと・・・。」
    蒼星石は今、半裸だ。 これはちと・・・・。
マ:「だめ! 駄目だ! おかしな気分になってしまう!」
    俺は手を引っ込める。
蒼:「にゃあん!」
    『ああ、もっと舐めさせて!』と言っているようだ。
    蒼星石の舌が俺の血で真っ赤になっている。なんて妖しさだ。
    俺はもう問答無用で蒼星石のドロワースを脱がす。
    そして、なるべく何も考えないようにして全裸の蒼星石をバスルームに連れて行く。


    せっかくのお風呂シーンですが音声のみのダイジェストでお楽しみ下さい。


マ:「シャワーだぞ~。」
    シャ~~~~!
蒼:「にゃ~~!」
マ:「わ、だから暴れるなって! あー、俺の服もびしゃびしゃだよ・・・。」


マ:「こ、擦るからな・・・。」
蒼:「にゃん?」
    ゴシゴシ・・・
蒼:「にゃあ~~ん、にゃあああん・・・!」
マ:「頼むからそんな悶えた声を出さないでくれ・・・。!」


マ:「背中洗ってと、次は・・・む、胸か・・・・し、失礼します・・・。」
    つるつるつる・・・・
マ:「・・・なんでここだけ『ゴシゴシ』じゃねぇんだ?」
蒼:「にゃあああ~~ん、にゃああああああん・・・!」
マ:「ああ、そんな切なくて悶えた声を出さないでくれ・・・!」


マ:「んん? ああ! 蒼星石、そ、そんな、はしたないポーズとっちゃ駄目!」
蒼:「にゃ・・・?」
マ:「ああ、そんな姿勢のまま見つめないでくれ・・・!」
蒼:「にゃ~ん。」
マ:「頑張れ、俺の理性!」


    そんなこんなでバスルームから上がった俺と蒼星石。
    耐えた! 俺は耐えたよ! 俺は自分の精神力を誇りに思う。
マ:「あ、着替え用意しとくの忘れてた。」
    俺はバスタオルで蒼星石の水気を取ってやると
    もう一枚のバスタオルで蒼星石をくるんでやる。
マ:「はて、蒼星石の着替えってどこだべか。」
    いつも着てる蒼い服を洗濯したときなどに、臨時で着ている子供服があったはずだ。
    しかし服に関しては蒼星石に任せっきりで俺には何処にあるのか全然わからない。
蒼:「くちん!」
    室内をウロウロしてると蒼星石がくしゃみをした。
マ:「うぅ、、バスタオル一枚じゃ寒いよなぁ。」
    ドールは風邪を引かないと思うが・・・
    今の蒼星石はネコだ。ネコは・・・風邪引くよなぁ・・・。
    しょうがないので俺の服を着せることにしよう。
    たしか自室の押入れの中に秋用のセーターが眠ってるはずだが・・・
    あった!
蒼:「にゃん?」
    俺のブカブカのセーターを着せられ、不思議そうに俺を見上げる蒼星石。
マ:「はぁ~、今日は色々と疲れた。 これからのことは明日考えて、今夜はもう寝るか。」
蒼:「にゃん。」
    鞄の中に入れようとすると蒼星石が暴れだした。
蒼:「にゃっ! にゃにゃ! にゃああ!」
マ:「おい、眠たくないのか?」
蒼:「にゃ~~ん。にゃあ~~~ん。」
    蒼星石が俺のベッドの方を見ながら切なげな声を上げる。
マ:「もしかして、一緒に寝たいのか?」
    蒼星石は俺の手を離れ、俺のベッドに潜り込んだ。そして
蒼:「にゃ~ん、にゃ~ん。」
    俺の方に『寝よう~、寝よう~』と呼びかけてるようだった。
マ:「・・・『しょうがない子猫ちゃんだ』ってやつか・・・。」
    俺もベッドに入る。
    俺は蒼星石の喉元を指で擦ってやる。
蒼:「ごろごろごろ。」
    気持ちよさそうだ。
マ:「おやすみ、蒼星石。」
    俺は電気を消す。
    いつもなら『おやすみなさい、マスター』って返ってくるはずなんだが・・・。
蒼:「にゃん。」
    確かに蒼星石の返事なんだが・・・。
    これからのことを考えると、なんかちょっと、ほんのちょっとだけ俺は淋しい気持ちになった。


    翌朝

蒼:「ねぇ、マスター。起きて! ねぇ起きてってば!」
マ:「ん、むにゃ?」
蒼:「ねぇ、マスター、なんで僕マスターのセーター着てマスターと一緒に寝てるの!?」
マ:「!?」
蒼:「どうしたの、マスター?」
マ:「元に戻ったか、蒼星石ぃ!」
蒼:「あ、苦しいよ! マスター。」
マ:「よかった・・・。」
蒼:「あれ、マスター泣いてるの?」
マ:「・・・! あ・・・ア~ッハッハッハッハ!
    何言ってんだぁ!? 泣いてなんかいないぞぉ!」
蒼:「マスター、僕。昨日の夜の記憶が全然無いんだ。
    もしかして僕、何か迷惑かけちゃった・・・?」
マ:「迷惑ぅ・・・?」
    俺は蒼星石の頭をくしゃくしゃに撫でる!
蒼:「あ、やめて、マスター。」
マ:「どうした? いつもは撫でられて喜ぶくせに!ハッハッハ!」
蒼:「もう、マスター!」


    その後俺は桜田家に連絡をつけ、ドールズネコ化の原因を突き止めた。
    まさかくんくんの作中で出てきた催眠術にドール達が掛かるとは。
    人形による催眠術に人形である彼女達が掛かるのも不思議じゃないと言えば不思議じゃないが・・・
    まぁ、時限式の催眠術とかで、自然に治って良かった。
    真紅、翠星石、雛苺も翌朝には元に戻ったそうだ。
    しかし、こんの、くんくんめが! 遊園地のことといいどこまで俺を苦しめる!
    あ、いや感謝してることもあるぜ? バ、バスルームのこととか・・・


蒼:「マスター、何赤くなってるの?」
マ:「な、なんでもない!」


                                      終わり