いつもより早い仕事場からの帰り、俺は時計屋の爺さんのところへ蒼星石を迎えにいく。


マ:「こんちわっす。」
元:「こんにちわ。おや、蒼星石は一緒じゃないのかね?」
マ:「あれ、こっちにお邪魔してませんでした?」
元:「いんや、今日は来とらんよ。」
    どうやら蒼星石は桜田家の方へ行っていたようだ。
    朝、俺が蒼星石がどちらへ行くか、聞き間違えたらしい。
元:「まぁ、上がりなさい。」
マ:「あ、いや、蒼星石を迎えに行かないと。」
元:「わしの方から桜田さんとこに電話しとくよ。」
    そう言うなり柴崎の爺さんは俺の返事を待たず、桜田家に電話をかけ、
    俺がしばらく柴崎さんとこに留まるという旨を伝えてしまった。
元:「さ、上がりなさい。」
    なんか妙に強引だなぁ。
マ:「はぁ。んじゃお邪魔します。」
    俺は店の入り口から奥の座敷に移動する。
元:「遊園地では散々だったそうじゃな。」
マ:「滅茶苦茶大変でしたよ。」
    このまましばらく他愛ない会話を続ける。

    そんな折、
元:「でもまぁ、わしが一緒についていたら蒼星石もそう不安がることもなかったじゃろうな。」
マ:「はぁ。」
元:「やはり何だかんだ言ってわしが一番頼りにされとるから。」
    自惚れだろ。いったいその自信はどこからくるんだ。
マ:「いや、お言葉すが蒼星石が一番頼りにしている男は俺すよ。」
    これは譲れないね。
元:「なんじゃと?」
    爺さんの表情は一変する。
マ:「いや、だって普通に考えてそうでしょ。俺の方が体力とかあるし。」
元:「はぁ~。お前は年季の違いというのものを理解してないな。あと、熟年男性の渋みというのも理解しとらん。」
    年季って何の年季だよ。 あと熟年って、熟しすぎだろ。もう渋みとかもろもろ抜けてんじゃないの?
マ:「柴崎さんが思ってるほど、蒼星石はそうは思ってないと思うすよ。」
元:「黙れ小僧! お前にあの子の何がわかる!?」
    え、なんでそんな急にエキサイトしだすの?
    やっぱりこの爺さんは頭のネジが何本かぶっ飛んでるな。
マ:「あれあれ、いいんですか? そんなこと言って。あげませんよ? 写真。」
    爺さんにつられたわけじゃないが、俺も少々意地が悪くなる。
元:「写真じゃと?」
マ:「遊園地で写したやつですよ。」
    撮影者はみっちゃんだ。プロ並みの腕前を自称するだけあって、どの写りも申し分ない。
    俺はカバンから写真の束を取り出し、爺さんに見えないようにして一人楽しむ。
マ:「あ~あ。せっかく柴崎さんのために用意してきたんだけどな~。
    あ、この写真なんて最高! 蒼星石の表情がよく撮れてる!」
元:「!?」
マ:「あ~、この写真なんて、ミラーハウスで蒼星石と翠星石が一緒に鏡にぶつかってる場面じゃないか。
    かわいいなぁ。あ、これは弁当のおにぎりを頬張ってる・・・」
元:「よこせ! それをよこせ!」
マ:「蒼星石の最も頼りにしてる男性は?」
元:「う、うぐ・・・!」
    クククク。
元:「こうなったら実力行使じゃ!」
    わわ、柴崎の爺さんが襲い掛かってきた! 
    う、しかも速い! その歳にしてはだが。
元:「ある方の助言によりわしは乳酸菌を毎日摂り続け、高血圧を見事克服!
    もう昔の電気スタンドに手をぶつけて痛がっていたわしではないぞ!」
    知らんがな。
マ:「ちょ、柴崎さん落ち着いてくださいよ!」
    乳酸菌摂ってもカッとなる性格は治らなかったのか。
    俺と柴崎の爺さんは取っ組み合いになった。
元:「さぁ、写真をよこせ! よこすんじゃ!」
マ:「ちょ、写真折れますから!破けますから!」
    俺は抵抗するが、さすがに本気は出せない。吹っ飛ばして怪我させたら事だ。
元:「こわっぱがぁ!」
マ:「いい加減にしろ、このモウロクジジイ!」
    ついに取っ組み合いながら罵り合う。
蒼:「マスター! おじいさん! な、何やってるの!?」
マ:「あ。」
元:「あ。」
    いつのまにか蒼星石が鞄で浮きながら、俺と爺さんを驚愕の目で見ていた。


マ:「え、あ、いや、これは・・・。」
元:「わし、この男に意地悪されたんじゃ~。
    わしはただ写真を見せてって言ったのに、見せてくれないんじゃ~。」
    あ、こら、泣きまねすな!
蒼:「ちょっとマスター、こっちに来て。」
    鞄に乗ったまま蒼星石が俺の耳を掴み、引っ張る。
マ:「あ、い、痛いって!」
    蒼星石の後ろで爺さんがベロを出してニヤニヤしてるのが見える、チクショー!
元:「あ、マツ。」
    さらに爺さんの後ろで、いつのまにか爺さんの妻であるマツさんが買い物袋を下げて立っていた。
マツ:「いらっしゃい。どうぞゆっくりしていって下さいね。」
マ:「ど、どうも。」
マツ:「それとあなた、ちょっとお話があるの・・・。」
    なんか、マツさんから静かな怒気が・・・・。
元:「マ、マツ・・・いつから見ていた・・・?」
    俺は恐怖にすくむ爺さんを尻目に、蒼星石に耳を引っ張られながら隣の部屋まで連れてかれる。


蒼:「マスター、座って。」
    蒼星石が怖いよ・・・。
マ:「はい・・・。」
    床に腰を下ろす俺。
蒼:「もっとちゃんと座って!」
マ:「は、はい。」
    正座に足を組みかえる俺。
    蒼星石は鞄から降り、仁王立ちでまっすぐ俺を見据えている。
蒼:「まったく、僕の方からこっちに来てみたら、いったい何やってるの、マスター。」
    蒼星石にとって頼りがいのある男について言い争ってました、なんて恥ずかしくて言えない。
マ:「いや、あの爺さんが急にキレだして・・・。」
蒼:「おじいさんがそんな急に怒り出すわけないでしょ! いったい何したのマスター!」
    いや、ホントだって。
    でも、こういう時は素直に非を認めるのが一番だな。
マ:「いや、なんというか・・・。反省してます。正直すまんかった。」
    そんなとき、隣の部屋からピシャン!という鋭い音が聞こえた。
マ:「!?」
    ま、まさかあのキレやすい爺さん、マツさんに手を上げたのか!
    俺は腰を上げかける。
元:「顔はやめとくれ~、マツ~!」
    襖越しに爺さんの悲痛な叫びが聞こえた。
マ:「!?」
蒼:「ちょっとマスター! 話は済んでないよ!」
    え? 蒼星石は気にならないの?
蒼:「おじいさんとは後で仲直りしてもらうとして・・・それとねぇ、マスター。
    前々から言おうと思ってたんだけど僕が作ったおかずをつまみ食いするのやめてくれないかな?」
    え? なんかいきなり全然関係無い話が出たぞ。
    まさか、この機会に俺の日頃の行いの説教をしようという魂胆か?
蒼:「僕がマスターのつまみ食いに気付いてないと思ってたの?」
    むむむ、音も立てず完全に気配を消してたと思ってたんだが、バレてたか。
蒼:「五個揚げたはずのコロッケが二個になってたときは本当、どうしようかと思ったよ。」
マ:「・・・・。」
    そりゃバレるか。
マ:「それは、蒼星石の作る料理が美味し過ぎるからついつい・・・。」
    蒼星石の顔が少し赤くなる。
蒼:「そ、そんな見え透いたお世辞言っても駄目だよ・・・。」
    いや、お世辞じゃねぇって。
    そんなとき、隣の部屋からドフッと鈍い音がした。
マ:「!?」
    俺は隣の部屋の方を見る。
元:「腹もやめとくれ~、マツ~!」
    襖越しに爺さんの悲痛な叫びがまた聞こえた。
マ:「!?」
蒼:「ちょっとマスター! ちゃんと聞いてるの!?」
マ:「あ、聞いてます、聞いてます!」
    なんで蒼星石は平然としてられるわけ!?
マ:「あの、蒼星石。隣の部屋の爺さんと婆さん大丈夫・・・かな?」
蒼:「?  おじいさんとおばあさんはいつもあんな感じだよ?」
    マジで!? 
    し、知らなかった。
蒼:「マッサージなんだって。なぜか僕にそのマッサージ見せてくれないけど。」
    マッサージねぇ・・・。 ドメスティックバイオレンスという名のマッサージ・・・。
蒼:「まだ終わってないよ、マスター!」
    そのあと俺はこってりと蒼星石に絞られることとなった。
    やれ車のスピード出しすぎるなとか、鼻をかむときティッシュを使い過ぎるなとか
    冷蔵庫を開けっ放しにするなとか、脱いだものをそこらに放って置くなとか、ご飯のおかわりは二杯までとか。
蒼:「だからそうすれば・・・。」
マ:「はい。」
蒼:「・・・っていったよね?」
マ:「はい。」
蒼:「それで覚えてないかもしれないけど・・・」
マ:「はい。」
蒼:「こんなことまで言いたくないんだけど・・・」
マ:「はい。」
    蒼星石の言葉の洪水に俺は打ちひしがれ、自動的にハイハイ言うようになっていた。
蒼:「・・・今夜は僕と一緒に寝る?」
マ:「はい。・・・・・!!???」
蒼:「やっぱり! 全然聞いてない!」
    蒼星石こそドサクサに紛れて何か言わなかったか?
    そんなとき、隣の部屋が騒がしくなった。
元:「ギブ! ギブアップじゃマツ! ギブギブギブッ・・・! う!」
マ:「!?」
    襖越しからの爺さんの呻きを最後に、シーーンとする隣室。怖い、なんか怖いよぉ。
蒼:「もう・・・続きは帰ってからだよマスター。さ、立って。」
マ:「はい・・・。」
    やっと終わった。溜まりに溜まってたんだなぁ・・・。はぁ・・・。
    俺は立ち上がろうと膝を上げるが、長いこと正座してたため足が痺れていた。
    うまく力が入らない。
マ:「あ!」
    蒼星石の方へ倒れこんでしまう。
蒼:「わぁ! マスター・・・!」
    蒼星石を押し倒してしまった。
マ:「ご、ごめん! 足が痺れてて・・・。」
蒼:「もう、重たいよ。はやくどいて。」
    蒼星石が赤くなりながら俺を押しのけようとする。
    俺は足の痺れもあって動きが遅れる。
マ:「ちょ、ちょっと待ってくれ、あ、足が・・・。」
マツ:「蒼星石ちゃんもそろそろマスターさんのこと許してあげ・・・・」
    マツさんが襖を開けて入ってきた。
マ:「あ。」
蒼:「あ。」
マツ:「・・・・。」
    これはまずい。嫌がる蒼星石を俺が無理やり押し倒してるように見えるではないか。
    開いた襖の隙間から、爺さんが仰向けに気絶しているのが見えた。
    爺さん、すごい健やかな顔をしていらっしゃる。
マツ:「ちょっと・・・他人の家でそういうことをするのはどうかと思いますよ・・・。」
マ:「あ、違う! 違うんです!」
マツ:「あなたにも『マッサージ』が必要ね・・・。」
    マツさんの手が俺の肩に掛かった。
マ:「あ。」

    アッーーーーーーーーーーーーーー!!

蒼:「マスターーー!」


                                      終わり