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 今日は梅雨入りしてジメジメしている最中、最高気温30度と、俺に今年最初の不快感を感じさせてくれる。
蒼星石は台所で朝食をこしらえてくれている。台所は夏場でもっとも嫌われる場所の一つなのだが、蒼星石は汗一筋
も垂らしていない様子だった。これは余談だが、以前俺の所為で蒼星石を泣かせてしまったことがあった。文字通り、
蒼星石は人間と同じとでしか言えない目から、確かに液体を溢れさせていた。と、いうことはドールには涙腺はあるが
汗腺はない、という結論が出る。俺の中では。
 すごくつまらない事かも知れないが、俺にとっては大発見だ。しかしどこから涙やらが絞られてくるんだ?
「マスター朝ごはんができたよ」
久しぶりに深く思考を張り巡らせていた俺は、不意にかけられた蒼星石の声によって現実へ引き戻される。蒼星石が
運んできたお盆の上には、栄養士顔負けの色取り、そして鮮やかな料理がそこにあった。今日は純和風のようだ。
「ご飯に味噌汁に、そして卵焼きと鮭の塩焼きか・・・。まさに日本の朝ごはんの見本だな」
「そ、そんなこと言ってもデザートに杏仁豆腐はでないよ!」
「そうか、ならデザートは杏仁豆腐なんだな。把握した」
などと、新婚夫婦のようでそうでない朝のやりとりを交わす。見た目も完璧だったが、味も完璧だった。
 食事が終わり、俺が台所の流しに食器を運ぶ。蒼星石は一身上の都合で泡には触れられないらしい。なので食器洗いは
俺の役目だ。いつも身の回りの世話をしてもらってる恩返しのつもりだが、とても足りない。そこで俺は切り出すことにした。
「なあ、蒼星石。」
「ん?何、マスター?」
蒼星石は人間用に作られた杏仁豆腐を飲み下してから俺に反応をよこしてくれた。
「今日2人で出かけようと思うんだが、どこに行きたい?」
「2人って、誰?彼女でもできたの?僕の行きたいところを聞いてもその人の好みには・・・」
蒼星石は顔色を変えずに答えをよこす。俺の伝え方が悪かったのか、あらぬ方向に勘違いをしている。
俺はそのことを、簡潔にそして複雑に説明する。
「えっ、僕とマスターが?えっと・・・そんなことをいきなり聞かれても・・・その」
今度はいきなり恥じらい始める。態度が180度一変する。ついこんな蒼星石を見ると、もっと言語でいじりたくなるのだが、
その考えを脳の中でゴミ箱へ放る。
「まあ、なんでもいいぞ。映画館とか映画館とか映画館とか。」
「うーん・・・じゃあ映画館で。」
「おっし、きまり!映画館だ映画館!」
蒼星石は、「誘導尋問反対」と表情で俺に語りかける。知ったこっちゃない。なぜなら映画館がもっとも都合がいいのだ。
 ここからは少し回想をする。3日前に、高校で俺はとある親しい友人から映画のチケットをもらったのだ。本来そいつが
その映画を見に行くはずだったのだが、サンクリとかに行くからといって俺に譲ってくれたのだ。ペアで。
 つまり、どうしても映画へ蒼星石と一緒に行きたかったのだ。しかも内容はラブストーリーときた。生まれてこの方ラブホ
・・・いや、ラブストーリーは見る気がしなかった俺だが、蒼星石と一緒ならなんでもできるぜ。そういう心境で俺は最寄の
映画館へ行く決意をしたのだった。

 家を出てから20分。今、最寄の映画館へ到着し、チケットを門番的な立ち位置にいる人へ差し出す。俺はその人からチケットを
ちぎった半券をもらう。映画を見た後ではいつも捨てる俺だが、今回は一生の思い出にするために捨てないで保管しておこう。
 内部のクーラーで冷えた空間に俺と蒼星石は体をめりこませるように入る。その温度差のおかげで俺は体をぶるっ、と振るわせる。
蒼星石は怪しくも壮大な雰囲気の映画館の構造に興味を示している。そんな蒼星石を呼び、ポップコーンとドリンクをチョイス
させてみる。すると、
「ジャンクフードと炭酸飲料は体に毒だよマスター。それに、ドリンクは必要ないし・・・」
と、蒼星石は言う。蒼星石はいつのまにか手にポットと、紅茶の葉を持っていた。どこから出したのだろうか。マジック?
ゲートオブバビロン?念能力?スタンド?と考えているうちに蒼星石は店員に向かって、
「お湯いただけますか?それとポットを暖めてもらうと幸いです」
などといい始めた。さすが蒼星石。俺にはとてもできないことを平然とやってのける。しびれたりはしないが。店員はというと
蛇ににらまれた蛙のようになり、数秒経ってからポットを手に抱えて奥へと引っ込んでいった。店員が戻ってきて、蒼星石
が紅茶を淹れる。店員はまじまじとその様子を見ていた。なぜか手も蒼星石の動作を追いかけながら動く。メニューに加える
気なのか?
「紅茶が入ったよマスター。」
「あ、おおサンキュー」
俺は蒼星石が淹れてくれた紅茶が注がれた紙コップを手に持った。熱かったけど我慢した。
 店員はそのあと再び奥の方に引っ込んでいくと、メニューに紅茶を加えましょう、と悲願したそうな。

 俺は熱々の紙コップを手に、もう一方の手で「8」と刻まれた扉を押して入る。入ってすぐの角を右に曲がると巨大なスクリーン
が最初に目に映る。蒼星石はその白い布のようなものを、目を丸くして凝視していた。テレビのようにブラウン管から通じて
映像が出ると考えているのかもしれない。
 俺たちの席は一番後ろの列だ。その他の席は人でいっぱいだった。指定の席に腰を下ろすと同時に室内の照明が消され、
ただでさえほの暗かった室内が純度100%の闇に飲まれていく。しかしそれも長くは続かず、スクリーンに映像が投影される。
最初はCMから始まるが、そのときの轟音が耳になれずに頭がキンキンする。どうしてもこの感覚は消し去れないようだ。
蒼星石はまたも目を丸にしてスクリーンを睨んでいた。今でもブラウン管から映像が送られてるものと考えていそうだ。
そんな蒼星石を想像、もとい妄想すると吹き出しかけてしまった。
 そんなこんなでついに映画が始まった。内容は、階段から落ちた女性を助けようとした青年までもがそれに巻き込まれ階段の
根元へ落下する。そんなことから仲良くなっていく二人。しかし青年が癌であることが発覚。それも末期だという。余命2,3年
と宣告された青年は日に日に体が自在に動かせなくなっていく。女性は彼を励まそうとするがそんな彼女を冷たく突き放す青年。
その後、しばらく青年のお見舞いに行かなかった女性の元に一本の電話。内容は彼の容態が一変したため、緊急手術を行うという
ものだった。女性は急いで病院へ駆けつけた。手術室へ運ばれる彼の手を握り、ただ一言「大丈夫」と話し掛ける。手術は成功し、
なんとか一命を取り留めた青年は、彼女とも仲直りし、入籍することを決意した。しかしそれを彼女に伝える前に、青年は看護士の
手違いで糖ではない別の物を摂取させ、殺してしまう。彼女はその看護士を恨めしく思うが、生前、彼の言っていた「いくら相手が
悪くてもうらんで、殺そうと考えてはいけない。そんなことがあれば僕は君を見限ってしまう」という言葉を思い出す。悲しみを
ばねに彼のことをいつまでも忘れずに、生涯を独身で過ごす女性の話だった。
 映画が終わると俺は腰の悲痛な叫びを無視し、無理に立ち上がった。背伸びをする俺の傍らで蒼星石は涙で顔を濡らしていた。
心のそこから感動してしまったのだろう。こんな顔の蒼星石は二度と見れないかもな。

 しかし俺はそれ以上に顔を大粒の涙で濡らす蒼星石を見る羽目になる。いや、「俺」というのはおかしいかもしれないな。