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    夕方過ぎ。もうすぐ仕事が終わり、帰宅時間というところで蒼星石から電話がきた。

マ:『どうした?』
蒼:『あの、マスター、今日は帰るの遅くなりそう・・・?」
マ:『いんや、今から帰るとこだけど?』
蒼:『あ、あの、早く帰ってきて欲しいんだ。』
    なにか蒼星石の声が上ずっている。
マ:『なんかあったのか?』
蒼:『あの、僕、さっき子犬を拾ったんだけど、すごく弱ってて、牛乳とか上げても、全然飲んでくれなくて・・・!』
    かなり焦ってるな。
マ:『とりあえず犬の体を冷やさないよう暖かくさせといて。すぐ帰るから。』
蒼:『うん、わかった。早く帰ってきて。』
    俺は電話を切ると大急ぎで帰路についた。


    俺は自宅の玄関の扉をくぐる。
マ:「今帰った。」
蒼:「マスター、子犬が。」
    居間から蒼星石の悲痛な声が聞こえた。
    俺は居間に向かう。
マ:「どうだ?」
    蒼星石がすがる目でこちらを見てくる。
蒼:「だんだん、鳴き声もしなくなってきて・・・、マスター、この子・・・。」
マ:「・・・・。」
    これは・・・もう手遅れかもしれない。
    ダンボールの中の子犬はピクリとも動かず、衰弱しきっていた。
    鼻は完全に乾き、目も閉じられたままだった。
    だがかすかだが呼吸だけはしてるようだ。まだ生きている。
    子犬のすぐ脇には牛乳が注がれた小皿があったが、手がつけられた形跡は無かった。
マ:「病院に連れて行く。蒼星石は待っててくれ。」
    俺は小皿を取り出し子犬の入ったダンボールを持ち上げる。
蒼:「僕も・・・。」
マ:「蒼星石は病院には入れないけど、いいのか?」
蒼:「うん・・。」
    それは蒼星石自身、十分わかってるだろう。
    俺が帰ってくるまで大人しく待ってたのがその証拠だ。
    そうじゃなきゃとっくに蒼星石が病院に連れていっている。
マ:「急ぐぞ。」
    車の元に向かう俺と蒼星石。
    俺は車の後部座席に子犬の入ったダンボールを据え付ける。
    蒼星石も後部座席の方へ乗り込んだ。


    昨今、夜間診療を行っている動物病院は増えてきている。
    今、俺達の向かっている動物病院もそんな病院の一つだ。
蒼:「マスター、急いで・・・!」
マ:「わかってる。」
    子犬と蒼星石が後部座席にいる。荒っぽい運転はできなかった。
    それでも細心の注意を払い、なるべく早く着くよう車を走らせる。
    こんなとき信号待ちが激しく恨めしい。
    くそ、早く青になれ!
蒼:「マスター!」
マ:「もうすぐ着く。」
    車を病院前の路肩に停め、俺は後部座席からダンボールを取り出す。
マ:「明かりは点けとくから、蒼星石は待っててくれ。」
蒼:「うん。」
    俺は病院の玄関へ駆ける。だが、
    ・・・・!
    俺は立ち止まり、子犬に触る・・・冷たい。息もしていない。
マ:「・・・・。」
    それでも俺は再び駆け出す。
    玄関の自動ドアをくぐり、受付の人に言う。
マ:「この子犬を診てください。」


    数十分後。
    俺は病院を出た。
    必死の蘇生措置も空しく、息を吹き返すことはなかった。
    俺の抱えているダンボールには死んだ子犬が眠っている。  
マ:「・・・・。」
    俺は車の前まできた。後部座席を開ける。
蒼:「マスター・・・。」
マ:「駄目だった。子犬、死んじゃったよ。」
蒼:「・・・!」
    俺は家を出るときと同じくダンボールを後部座席に据え付ける。
マ:「帰ろう。」
    帰りの車中、蒼星石は泣きながら子犬の亡骸に『ごめんね』と言った。


    家に着く頃には蒼星石はもう泣き止んでいた。
    俺と蒼星石は一言も喋らず家に入る。
    俺はダンボールをリビングのテーブルの上に置き、座る。
マ:「明日、早く起きて、この子犬の墓を作ろう。」
蒼:「・・・。」
    蒼星石は黙って子犬の亡骸を見つめていた。
蒼:「まるで、眠ってるようだね・・・。」
マ:「そうだな。」
蒼:「・・・巻けないかな・・・。」
    巻けるわけがない。
マ:「蒼星石、この子犬はもう動かないし、鳴きもしない。永遠に。何をやってもだ。」
蒼:「僕はこうやって何百年も動いて、喋ってるのにね・・・。」
マ:「それは・・・。」
蒼:「僕は人形だから・・・・。」
マ:「言わないでくれ。」
蒼:「・・・・。」
    しばしの沈黙が場を支配した。
蒼:「僕が人間だったら、この子をすぐにでも病院に連れていくことができたのに・・・。」
    沈黙を破り、ポツリと蒼星石が言った。
マ:「・・・・。」
蒼:「ねぇ、マスター。僕なんかが、拾ってこなかったら、他の誰かが拾って、すぐに病院に連れ、てって・・・。」
    言い終わらない内に蒼星石は両手で顔を覆い、また泣き出した。
マ:「蒼星石は出来るだけのことをやったんだ。この子犬の寿命だったんだよ。」
    しかし蒼星石は首を横に振る。
蒼:「ちがう。僕がこの子を死なせちゃったんだよ・・・。」
    それは明らかに思い上がりだ。
マ:「死なせたのは、捨てた元の飼い主だろう。全ての責任はそいつにある。
    蒼星石は何も悪くない。子犬もきっと蒼星石に感謝してるよ。
    もし俺が子犬の立場だったら絶対蒼星石に感謝してる。」
蒼:「うっう・・・。」
    俺は蒼星石を優しく抱き寄せる。
蒼:「マスタ~・・うっう・・・。」
    俺の胸の中で蒼星石は泣き続けた。
    こんな時、俺は蒼星石が何百年も生き続けてきたことが信じられなくなる。
    この子は、俺よりもずっと生き死にの出会いを繰り返してきたはずなのに。
    しかし、この子は、まだ出会って間もない子犬のためにこんなにも泣いている。
マ:「優しいね・・・。」


    翌日の人々がまだ活動を始める前ほどの早朝、
    俺と蒼星石は小高い丘に来ていた。

マ:「よし、じゃ土被せるぞ。」
    俺は掘り終えた墓穴に子犬の亡骸を横たえ、土を被せていく。」
蒼:「・・・・。」
    蒼星石も無言で土を被せていく。
    土を被せ終わった直後、蒼星石が口を開いた。
蒼:「この子は、幸せだったのかな・・・?」
マ:「不幸だったと思うか?」
蒼:「・・・不幸だと思う。」
マ:「そうだな。でもある一点においては救われてたはずだ。
    蒼星石のお陰で、人知れず死ぬことを免れ、看取られることができたんだからな。」
蒼:「・・・・。」
マ:「いいか、この子犬のことを忘れろとは言わない。だけど囚われたら駄目だからな。
    囚われたら、子犬も浮かばれないぞ、きっと。」
蒼:「うん・・・。」
    墓に花を供える。
マ:「さ、最後にお別れの挨拶をしよう。」
    俺と蒼星石は子犬の墓を見据える。
蒼:「さようなら。また来るからね。」
マ:「さようなら。またな。」
    俺達が言い終わると、一陣の風が吹いた。



                                         終わり