「なんだって?」
「前マスターの時もお互いにすごく仲がすごくよかったです。
 あの子がマスターに対してあんなに愛情を感じたことはなかったんですぅ」
つまり蒼星石の俺に対する愛情がジェノサイドの発現を促しているのか。
「じゃあ蒼星石に幻滅させろって事か!?」
「そういう手もいいかも知れないですぅ」
翠星石はさらっと答える。もちろん蒼星石とは離れたくないしこのまま蒼星石を放っておくわけにもいかない。
「どうすればいいか困ってるっていう顔ですぅ」
「しかたないだろ。どうしようもないんだから。」
「なら方法を教えてやるです。これも予想ですが・・・」
翠星石が説明を始める前にドア付近で何かが破壊される音がした。俺たちはドアの方を振り向く。
そこには蒼星石・・・いや、ジェノサイドに冒されてしまった蒼星石が居た。
「マスター・・・マスター・・・?」
蒼星石は俺を探しているのか、必死に俺を呼んでいるようだ。
「・・・理性と、ジェノサイドが同時に顕現してるです」
「え?」
「つまり蒼星石はまだジェノサイドに全てを乗っ取られているわけじゃないです。
 よっぽどお前と親しくしてたんですね。」
しかし依然蒼星石の手には庭師の鋏が握られている。一体どうすれば・・?
「とりあえず可能性が出てきたですぅ。」
「どういうことだ?」
「蒼星石の理性が残っていると言うことはお前と蒼星石の間にある絆とかのほっそい紐が蒼星石の
 理性を支えているわけですぅ。」
「なら事は簡単ですぅ。愛情を増幅させて紐をより頑丈なものにし、蒼星石の理性を引っ張り上げるですぅ」
翠星石はずいぶんと簡単に言ってくれる。そんな隙が今の蒼星石にあるはずがない。
「翠星石が隙をつくってやるからその時に・・」
翠星石が全てを言い終える前に蒼星石が加速度をつけて接近してくる。俺も翠星石も蒼星石の鋏を防ぐすべはなく、
気休め程度の腕で防御する。そして蒼星石の右腕が一閃した。
「・・・」
「・・・」
「・・?」
俺は顔を上げる。そこにはジェノサイドに必死に抵抗し、腕をの動きを止めた蒼星石が居た。
よくわからないが俺はチャンス、と感じた。俺は膝をつき蒼星石と目線が同じになるように調節する。
両手で蒼星石の頬を包み込み、唇を重ねる。傍で義姉が見ていると言うのに。

蒼星石、帰ってきてくれ―――――――

 どのくらい経ったのだろう。多分10秒ないし15秒ってところか。俺の中で何かの鼓動を感じた瞬間、
蒼星石は力なくバタリと倒れた。翠星石によると力のリバウンドなんたらかんたらで一時的に気を失っている
だけらしい。鞄で休ませておけば意識が戻るだろうとのこと。
「・・ところで、お前」
「ん?」
「舌は入れてないですよね」
「俺の一欠片の理性に阻止されたぞ。
 それよりあのドアバラバラなんだがどうするんだ?」
「大丈夫ですぅ。お前はそんなことに心配はせんでいいですぅ」
まあ翠星石の表情からすると心配はなさそうだ。直す手立てでもあるんだろう。俺は蒼星石を抱きかかえて
先に自宅へ帰ることにした。後日、再び居残りになったのは言うまでもない。


――後日談
「ねぇマスター」
扇風機の風を全身に浴びながら文庫本の読破を進める俺に蒼星石が不意に質問を投げかけてきた。
「僕昨日の記憶だけがすっかりないんだけど・・・」
昨日とは俺の人生でもっとも忌々しい事件のあった日だ。忘れていると言うことは蒼星石は自分のジェノサイドが
顕現したことさえ知らないんだろうな。
「ね"え"マ"ス"タ"ー"聞"い"て"る"~?」
蒼星石が扇風機の風を遮りつつ扇風機の前で喋る。誰でもやったことがあるだろう。しかし文庫本を読みふけっている
俺の集中力は並ではない。これを破れる者は存在しない。
ピッ
 ・・なんだ?すごくありきたりな電子音が俺の鼓膜を震わす。そして俺の体にぶつかっていた扇風機の風力が増す。
そして文庫本のページがバラバラバラバラとめくれていく。理性蛾物故割れた。
扇風機をイジって遊んでいる蒼星石を捕まえようとするがぴゅっと逃げられる。流石薔薇乙女随一の近接格闘派。
瞬発力は尋常じゃない。追いかける俺の頭に何か硬いものがヒットする。そしてその後に遅れてガッシャーンという
破裂音。音が聞こえるはずの順番が入れ替わるなんて俺ももうだめかもしれない。
俺の頭にあたったそれは床にスピンしながら落ちていく。スピンが完全に止まるとバカッとそれが横に割れる。どう
やら鞄のようだ。その中から飛び出してきた物が俺の目の前に降り立ち、一言。
「鍋に突っ込んで弱火でじっくり煮たぐらい暇だったから来てやったですぅ」
一言じゃなかったな。それにしても異常な比喩表現だ。ああ、疲れた・・・そういえば我が家に居候していた猫は
どうしたんだろう。あまりにも見なくなったから名前すら忘れてしまった。

 昼間のゴタゴタを洗い流すようにゆっくりと湯船につかる。熱い。ちょっと熱めに湯を張ってしまった。
「マスター、ここにお着替え置いとくね」
蒼星石がわざわざ着替えを持ってきてくれた。俺は
「すまんk・・・いや、ありがとう。」
危ない・・・もう少しで言うところだった。VIPの魔力は異常。
 俺は風呂場のドアを開けて出る。体洗い?何それ。それはいいとして俺はトランクスを勢い良く穿く。爽快感を感じる。
そして寝巻きも着て居間へ向かう。居間へ足を0.5歩踏み入れた瞬間に俺はずっこける。腰を勢い良く打ち付ける。
男なら誰でもそんな反応をするはずだ。わかりやすい例を挙げてやる。同居している彼女(しかしキスも何もしない)が
居間で上半身裸だったらそりゃ・・・うん。蒼星石も驚いてこちらを振り向く。鋏が飛んでくるんじゃないかと緊張
したが蒼星石は恥ずかしそうに俺に言う。
「マスター・・・良かったら背中を拭いてくれないかな」
背中・・・?蒼星石の背中には昨日の件でついたと思われる泥っぽい汚れが。どうやら手が届かないんだろう。蒼星石から
タオルを受け取るとソープで筆下ろしをする男性のような手つきで蒼星石の白く、やわらかい背中を拭いていく。
それ以降のことはあまり覚えていない・・。

 寝る準備を終えた俺は布団にもぐりこむ。しかし暑かったのですぐに出た。俺は眠りにつくまでのこの時間が一日の中で
一番好きだ。賛同してくれる人も何人かいるだろうか。
 ちょっと意識が夢の中に引きずり込まれかけたころ、布団の中で何かがもぞもぞ動く感覚が脊髄を伝って脳に届く。
俺は布団の中に手を入れてそれが何かを確かめる。どことなく察しはついていた。予想どうり、蒼星石が布団の中から出てきた。
よく暑くないな・・・人形には汗腺がないのか。涙腺はあるのにな。(デジャヴ)
「なあ・・・鞄で寝なくていいのか?」
「大丈夫だよ1回ぐらい。」
「ふーん。まあいいけど。」
俺が一つ質問してやろうと口を開きかける。が、蒼星石は俺の腕にしがみついてもう眠っていた。その寝顔を見るとなんだか
どうでもよくなってきた。
「ん・・・マスター・・大好き・・・」
「これからも・・・ずっと一緒だよ・・・」
俺はその夜ずっと起きていた。俺は寝相が悪いからな。