今まで蒼星石と喧嘩をしたことはあった。だが今回のは何か違う。
   なにか、言いようの無い不安に俺は押し潰されそうだった。
   場面は前回の直後。


金:「これとっても美味しいかしら~♪」
雛:「うにゅ~みたいに美味しいの~♪」
の:「うふふ、『きんつば』っていうのよ。焼きたては特に美味しいでしょ~?。」
翠:「翠星石が下ごしらえ手伝ったですぅ!褒めても罰はあたらないですよ?」
巴:「これの作り方教えてくださいません?」
の:「あら、これ作るのとっても簡単よ~。」
み:「ああ~~、お菓子食べてるところも可愛い~~!」
金:「みっちゃん、食べてるところを写真に取るのは、さすがにやめて欲しいかしら~。」
真:「さすがにこれだけいると騒がしいわね。」
   まったくだな。俺は真紅の意見に同意した。
   いつもなら心地よく感じる喧騒も、今の俺にはそう感じる余裕が無かった。   
   皆で居間のテーブルに座ってるのでギュウギュウ詰めだ。
   蒼星石は俺の四つ隣に大人しく座っていた。
   あんなことがあった直後だと、たった四つ離れて座られただけなのに、
   なんか避けられてるような気がしてくる。
   俺は蒼星石の方に視線を何回か送ったが、蒼星石は俯いてばかりで、
   気付いてないのか意識的に視線を合わせてくれないのかわからなかった。
ジ:「蒼星石、きんつば食べないの?」
   蒼星石の隣に座っているジュン君が蒼星石がお菓子に全く手をつけてないことに気付いて訊いた。
蒼:「うん・・・。」
の:「あら、どこか具合悪いの?」
蒼:「いや、大丈夫。お腹空いてないだけだから。」
雛:「蒼星石がいらないならヒナが食べるの~。」
翠:「あ、こら! チビ苺!」
   俺はただ黙って見ていた。
   蒼星石の元気がないのは先ほどの俺とのやりとりが原因であることは明白だ。
   俺は早く蒼星石と二人きりになって先ほどの真意を問いたかった。
   一刻も早くウチに帰って話し合いたい。
マ:「そろそろ帰るか。」
   俺は不意にそう言うと立ち上がった。
の:「あら、もう帰られるんですか?」
マ:「うん、早く帰って明日に備えるよ。蒼星石、帰ろう。」
蒼:「・・・・。」
   蒼星石は返事をしなかった。目も合わせもしない。
   周りの皆もだんだん蒼星石の様子がいつもと違うことに気付き始めたようだ。
翠:「蒼星石、どうしたですか?」
蒼:「今日は僕、ここに泊まる。」
   なんだと。
翠:「え?」
   蒼星石の意外な発言に場の空気が少し固まった。
真:「珍しいわね。いつもミーディアムとべったりのあなたが。」
蒼:「久しぶりにここでお泊りしたくなっただけだよ。翠星石いいよね?」
翠:「え? も、もちろんですぅ! 翠星石が断る理由なんてどこにもねぇですよ!」
   翠星石はそういうとチラリと俺の方を向いた。
マ:「・・・・わかった。」
   勝手に・・・しろ・・・。
   俺は蒼星石と話し合いたいのに、蒼星石は違うのか?
   もうわからない。蒼星石が何を考えているのかわからない。
マ:「じゃあ、みんな明日迎えにいくからな。ちゃんと準備しとけよ。」
   俺はそう言うと玄関に向かった。
   のりちゃんたちは見送りにきてくれたが、蒼星石は来てくれなかった。
マ:「じゃあ、またな。」
   俺は足早に桜田邸を出た。


   午後三時過ぎ、俺は自宅のソファに腰掛け、俯きながら色々考えていた。
   俺に何か落ち度があったんだろうか。何か怒らすようなことしたんだろうか。
   蒼星石は
   『僕はマスターから色んなものを貰ったけど、僕はマスターに何一つ・・・』
   と言っていた。
   それを聞いたとき俺は何を馬鹿な事を言ってるんだと思ったが、
   蒼星石は本当に本気でそう思い込んでたのか。
   だとしたらそれはとんだ思い違いだ。俺はその思い違いを正したくて堪らなかった。
   だが今、蒼星石はいない。俺がつまらん意地を張って一人で帰ってきたからだ。
   何か、蒼星石はこのまま帰ってこないような気がした。
   それと同時に、まだ蒼星石と出会う前の生活を思い出した。
   疲れは果て仕事場から帰ってきて、真っ暗な部屋のスイッチを手探りで探し当てて。
   コンビニ弁当か自分のクソ不味い自炊料理を一人でモグモグ食って。
   寂しさを紛らわすために自宅に友人招いて、バカ騒ぎして、でも友人らが帰ったあと
   散らかった部屋を一人で片付けて。ははは。
マ:「あの淋しい頃には、戻りたくねぇなぁ・・・。」
   そんな日々を送ってた時、蒼星石がやってきた。
   そして俺の日常は一変した。
   頼まれもしないのに炊事洗濯家事全般をやってくれて。
   疲れて帰ってきた俺を優しく労わってくれて。
   蒼星石の思いやりと笑顔に何度俺は・・・。
   とても語りつくせない。
   だから俺は精一杯、蒼星石を愛した。愛したつもりだったんだが。
   愛しているのになぜこうなる? 
   俺はどこか間違っていたんだろうか。
   まさか・・・・。
   俺は蒼星石との日々の中で湧き上がる、ある種の感情を必死に打ち消してきたのだ。
   でも、まさか・・・。それが・・・。
?:「情けない姿ね。」
マ:「!?」
   俺が顔を上げると真紅が目の前に立っていた。まったく気がつかなかった。
真:「あなたには一目置いていたけれど、どうやら私の買いかぶりだったようね。」
マ:「どうやって入ってきた? 『nのフィールド』とかいうやつか?」
真:「そんなことはどうでもいいわ。」
マ:「なんだ、俺を茶化しにきたのか?」
   今、俺の虫の居所は最悪だ。
真:「あなたに一言、言いにきたのよ。」
   真紅は無表情に言う。
マ:「?」
真:「あまり蒼星石を、子供扱いしないで頂戴。以上よ。」
   そう言うと真紅は踵を返してスタスタ歩き出した。
マ:「お、おい?」
   俺の呼びかけに応じず真紅は部屋の鏡へ向かう。
   呆気に取られた俺がやっとソファから腰を浮かせた時には、もう真紅の姿は無かった。
マ:「なんだってんだ。」
   子供扱いだと?
マ:「・・・・。」
   子供か・・・。
   確かに、俺は蒼星石を子供・・・いや、子供というか、まるで自分の娘のように愛していた。
   湧き上がる恋心を押し潰してな。
   俺は蒼星石を恋人としては愛さなかった。わざとそうしないように努めていた。
   蒼星石と暮らしている内に、自分の本当の気持ちを伝えることができなくなってしまっていた。
   この心地よい生活の調和が壊れてしまうかもしれないと、
   蒼星石との気持ちの一線を超えることを恐れるようになっていた。
   ・・・俺は、馬鹿で臆病だな。どうしようもねぇ。
   子供は親から何かしら与えられることを不思議にも何とも思わないが、蒼星石は違うもんな・・・。
   蒼星石は、子供じゃない。
   俺は蒼星石の気持ちを踏みにじってたのかもしれない。
   そう思ったとき、電話が鳴った。
   蒼星石から!? 俺は急いで電話をとった。
マ:「はい、どちら様ですか!?」
元:「柴崎じゃ。こんにちわ」
マ:「あ、こんにちわ・・・。」
   時計屋の爺さんかよ!
元:「聞いたぞ。蒼星石と喧嘩したそうじゃな。」
   なんだと。
マ:「誰に聞きました?」
元:「いや、わしが桜田さんとこに電話したら、たまたま耳に入ったんじゃよ。」
   多分嘘だな、誰か連絡したんだろう。でもなぜに?
マ:「それで、なんですか?」
元:「ちと、忠告をしようと思ってな。」
マ:「? なんでしょう?」
   真紅に続き、爺さんもか。
元:「大切なものを失うのは辛いぞ。あまりにも辛過ぎてわしは実際、狂った。」
   おどかすつもりか、爺さん。
マ:「・・・・。」
元:「大切なものが遠ざかっても、繋ぎ止めれるならば、繋ぎ止めておけ。なりふりなんぞ構う必要はない。」
マ:「・・・・。」
元:「だからといって束縛はいかんぞ。狂っていたとはいえ、わしは蒼星石にそれをやってしまった。
   今でもそのことに引け目を感じている。愛するものに引け目を感じるのも、それはそれは辛いんじゃ。」
マ:「・・・・。」   
   俺は蒼星石に引け目など感じちゃいないが・・・
   蒼星石はずっと俺に引け目を感じてたのかもしれない。
   だとしたらずっと辛い目に合わせていたわけだな、俺は蒼星石を。
マ:「俺は、どうしたら?」
元:「素直になれ。あと、一人でごちゃごちゃ考えるのもいかんな。」
マ:「・・・・。」
元:「わしら夫婦は行けないが、明日は楽しんでこい。以上じゃ。」
マ:「はい、・・・ありがとうございます。」
   電話を切る。
   そして俺は家を出て車に乗り、桜田邸に向かった。


   桜田邸のチャイムを押す。
の:「は~い。」
マ:「ごめんください。」
の:「あら、戻ってきたの?」
マ:「蒼星石に会いにきました。」
の:「え?」
マ:「とにかく、お邪魔するよ。」
   玄関の靴を見ると、どうやら桜田家のメンバー以外は蒼星石を除いて皆帰ったようだ。
の:「え、ええ。」
マ:「蒼星石はどこに?」
の:「リビングでテレビを見てたけど・・・?」
   俺がリビングへ行くとのりちゃんが言っていた通り蒼星石はテレビを見ていた。
   こちらにはまだ気付いていない。
マ:「蒼星石。」
   俺が呼ぶと、蒼星石はビクっと体を震わせ、こちらを振り向いた。
蒼:「マスター?」
翠:「こらぁ、アホ人間、いったいどの面下げてノコノコやってきやがったですか!」
   蒼星石と一緒にテレビを見ていた翠星石が怒り出した。
   俺は蒼星石の言葉に応じなかった。その代わり真顔で翠星石を見据えると
翠:「・・・・。」
   翠星石は静かになった。
   俺は蒼星石に歩み寄った。
   蒼星石は立ち竦んでいた。
   俺は蒼星石の目の前まで近づいた。
   蒼星石は途端に今にも泣き出しそうだった。。
   まるで親に怒られるのを恐れる子供のように。だが蒼星石は子供じゃないんだ。
マ:「蒼星石、ウチに帰ろう。やっぱり俺はお前がいないと駄目だ。あと、色々謝りたいんだ。」
蒼:「あ・・うぅ・・ぼ、僕は、僕はマスターに・・・」
   蒼星石は言葉を搾り出す。
蒼:「僕はマスターに酷いことをしたんだ! マスターを困らせたんだ!
   なのに、なのにマスターはどうして僕に、こんなに優しくしてくれるの・・・・・?」
   蒼星石の瞳から大粒の涙が零れた。
   酷いこととはきんつば食べてた時、俺が蒼星石に視線送ってた時のことだろうか。
   やはり俺の視線に気付いてたんだな。
   俺は跪いて蒼星石の目線の高さに合わせた。
マ:「いっぱい貰ったから。」
蒼:「え?」
マ:「蒼星石からいっぱい貰ったからだ。そしてたった今も貰い続けてる。」
   そして俺はそのまま蒼星石を抱き締めた。
蒼:「・・・・。」
マ:「蒼星石が俺の元に来てから言ってなかった言葉があるんだ。
   これを言わないで同棲生活なんかしてたからおかしくなったんだな。」
   俺は少し体を蒼星石から離し、真正面から見据えて言った。
マ:「ずっと前から、あなたに恋をしていました。僕と付き合って下さい。
   そしてこれからも僕にいっぱいあなたの愛を下さい。」
   蒼星石は突然の俺の告白に驚いているようだった。
マ:「言うの遅れてごめんな。」
蒼:「マスター・・・」
マ:「返事、聞かせて欲しいな。」
蒼:「・・はい・・・・。これからも、ずっと一緒に・・・お願いします・・・。」
マ:「こちらこそ。よろしくお願いします。」
   とうとう俺も泣いた。そしてもう一度強く蒼星石を抱き締めた。
   蒼星石も俺を強く抱き締め返してくれた。


   自宅に戻った俺と蒼星石はキスをした。
   今までの分を取り返すかのように長い長いキスだった。
   過去に一度だけ酔った蒼星石にキスされたことはあるが、こういうちゃんとしたキスはやはり違う。
   くそ、こんないいものならさっさと蒼星石に告白して恋人にしとくんだった!


   翌日

雛:「ヒナとおそろいなの~!」
真:「なかなか似合ってるわね。」
マ:「そうかい?」
   俺は自分の金髪に染めた髪をサワサワ触った。
翠:「ふん、汚らわしいですぅ!」
   汚らわしいとはひでぇな。
マ:「さ、んじゃ車に乗った乗った!」
の:「よろしくお願いしますぅ~。」
巴:「よろしくお願いします。」
ジ:「お願いしま~す。」
マ:「うし、皆乗ったな。んじゃ出発するぞ。」
   俺はレンタルしてきたワゴン車の運転席に乗り込んだ。
   途中で金糸雀とみっちゃんを拾う。
金:「やっと待ちに待った遊園地かしら~!」
   まったくだな。
み:「今日は撮るわよ~!撮って撮って撮りまくるわぁ!」
   ほどほどにしといてくださいよ。
   ドール達全員がちゃんと俺の用意した子供服を着てきてくれて少しホッとした。
   みっちゃんもちゃんとした私服だ。よかった、本当によかった。

   遊園地まであと少しというところで
マ:「あ、言うの忘れてた。」
   俺は大きな声でそう言った。
皆:「?」
マ:「昨日配った冊子にな、ちょっと変更箇所があるんだよ。」
ジ:「変更?」
マ:「ああ、昨日の夜に気付いたんだけどな。
   家族連れを振るまおうとかいう箇所あっただろ。」
皆:「!」
   みんなあの時の微妙な空気を思い出し、少し固まった。
マ:「配役に変更があってな。
   『母』役は蒼星石でみっちゃんは『母役の姉』役な!」
皆:「はい~?」
   みんなリアクションに困ってる。
マ:「ハッハッハッハ!」
   俺は隣の助手席に座っている蒼星石をチラリと見た。
   顔を真っ赤にしてた。
   かすかに「もう、マスターの馬鹿・・・」と聞こえた。
   ふははははは。蒼星石は俺の嫁。
   ワゴン車は遊園地の駐車場のゲートを通過した。



                               「遊園地へ行こう4」に続く