マ「夕ご飯だよー。」
床の掃除やその他の片付けも終わり、すがすがしい気分での夕食だ。
真「あら、随分と豪華じゃない。」
雪「王様かくれんぼの祝勝記念ですか?」
マ「ある意味『最後の晩餐』だからね。ついつい残りの力を振り絞ってしまった。」
そう、すがすがしさの一番の理由はそれだ。
ついに、ついにこの大所帯から解放されるのだ!
翠「お、ビュッフェスタイルですね。」
銀「へえ頑張ったみたいね、特別に褒めてあげるわ。」
マ「くっくっく・・・これで最後とも思えば、自ずと力も入ろうというものよ。」
真「そう、じゃあせっかくだから冷めない内にいただきたいわね。みんな来なさい。」
マ「・・・・・・。」
真紅はやけに大人しい。それが逆に気に懸かるのだが。
それとも単に諦めがついただけなのだろうか?
考えても分からないが、何はともあれ食事が始まった。
薔「盛大に・・・並んでいますね。」
銀「まず、ここにある見るからにアツアツのこれは?」
マ「ゴルゴンゾーラのリゾット。」
翠「ここにあるのは?」
マ「柳川鍋。」
雪「こちらのこれは豚の角煮ですね。」
マ「東坡肉(トンポウロウ)ね。」
銀「全くもってバラバラの取り合わせじゃない。」
翠「その他のを見ても統一性皆無ですね。」
マ「みんな違ってみんな良いの!とりあえず食べてみてよ。」
蒼「そうだね、それじゃあお味を・・・。」
一同がめいめいに好きな物を取って食べ始めた。
マ「で、味の方は?」
蒼「・・・うん、どれも美味しいよ。」
薔「はい、気合がこもっているからか・・・いつも以上に・・・。」
マ「それは嬉しい事を言ってくれる。」
銀「そうね、これなら及第点だわ。別に気に入らないのは取らなきゃいいんだしね。」
雪「あのですね・・・この豚肉が、あぐ・・・わひわひの、にひにひ・・・・・・」
マ「ありがとね、その反応で分かるからゆっくりとお食べ。」
雪「はひ・・・むぐむぐ・・・・・・。」
薔「真紅・・・やけに静かな気もしますが・・・どうしましたか?」
翠「真紅はワガママだから駄目出しですかね。」
話を振られた真紅がしめやかに答えた。
真「そうね、ない交ぜで気品とか格調とかは取り立てて感じられないわね。
・・・でも、家庭的でとても温かい、おふくろの味なのだわ。」
マ「はあ・・・さいですか。どうも。」
真「人の賛辞くらい素直に受け取ったら?」
マ「いや、そもそもが素直に褒めていないというか・・・それよりも何か企んでいない?」
真「何かって、何をかしら?」
マ「えーと、具体的には無いんだけどね。」
真「なるほどね、私があなたの言う事に逆らうと思っていた訳ね。」
マ「うん・・・もっと抵抗されると思ったから。」
真「今それを騒ぎ立てても無駄でしょ。無駄な争いはしない主義なの。」
マ「確かにそうだとは思うけど・・・。」
実際に真紅は諦めているのか、大人しく食事している。
だがやはりどことなく腑に落ちない。
真「安心なさい。私に『桜田家に帰れ』と言おうが、『ジュンに謝れ』と言おうが、それは受け入れるわよ。」
銀「ふっ、でもこれであなたと顔を合わせなくて済むと思うとせいせいするわ。」
真「あら、そんな風に他人事みたいに言ってていいのかしら?」
銀「どうしてよ?ねえ、別に私まで追い出さないでしょ?」
マ「追い出しはしないけれど・・・でもきちんと謝った方が良いよ、あの二人に。」
銀「なんで私が頭下げなきゃいけないのよ!そんなのごめんだわ!!」
マ「いや、だけどさ・・・」
銀「何よ、共闘させておいていきなり裏切りなんて!男として最低の仕打ちよ!!」
蒼「いや・・・男女問わずそれは駄目だと思うんだけれど。」
雪「気付いたら孤立するパターンですよね。」
銀「そうよねぇ。ほら、蒼星石達だって言ってるじゃない!」
蒼「・・・たださ、今回は共闘とはまた違ったような。」
銀「なんでよ!きっちり最後の最後で私の助言が役に立ったでしょうが。」
マ「助言・・・まあそうかもしれないけどさ。」
騒いでいると翠星石も口を挟んできた。
翠「翠星石は居ても構わんですよね?」
マ「いや、出来れば一旦は帰って欲しい。」
翠「なんでですか!翠星石は蒼星石の双子の姉ですよ!」
マ「でもさ、こっちにも事情があるし・・・。」
翠「だったらこっちにだってありますよ!」
蒼「それだけどさ、翠星石の方もそろそろ仲直りした方がいいんじゃない?」
翠「向こうが謝ってくるまで知りません。」
蒼「なんだかんだで君の方が大人なんだから。大人の余裕を見せてもいいんじゃないかな?」
翠「むぅ・・・おい!そこのおチビはどうする気ですか?」
雛「ヒナは・・・真紅に合わせるの。」
ずうっと黙りこくっていた雛苺が口を開く。
まだ真紅への負い目が消えないのかいささか元気が無い。
真「そうね、私は・・・まだしばらくここに滞在するつもりよ。」
マ「ちょっと!しっかりと事前に取り決めて・・・」
真「そうね、取り決めには従わないと。」
真紅がこちらに視線をぶつけてきた。
それは先程までのどこか弱々しいものとは違い、闘志めいた強さを帯びていた。
真「さっきかくれんぼを始める前に、後々もめないように決まり事は明文化しておいたわよね?
その時にホーリエが作った文書を音読してみなさい。最後のところよ。」
マ「えっ?えーと、『甲が隠れ通し、乙が見つかった場合、甲は乙に命令をする事が可能で、乙はこれを遂行する。
但し、甲の持つこの権利は乙の一人のみに対して有効であるものとし、その対象は任意に選べ、拒否権は無い。
また、鬼が全員を発見した場合は全員に対してこの命令を与える権利を有する。』・・・と、書いてある。」
真「それで終わりじゃないでしょ?」
マ「え、何も書いてないけど?」
真「裏よ。」
マ「裏ぁ!?」
慌てて紙を裏返す。
マ「何も書いて・・・まさか。」
真「感覚の目でも凝らしてよーく見て御覧なさい。」
殆ど白で、背景と同化してしまいそうな色合いで何かが書かれていた。
じっと目を凝らすとそれらは確かに小さな文字列、それも意味のある文章だった。
真「読めたかしら?代わりに読んであげてもいいけれど?」
マ「く・・・『猶、本条項における命令に於いて指定できるのは“誰”が“何”をであり、日時や場所の指定は不可能とする。』」
真「そういう事よ。それが皆が合意の上で従っていたルールなのだわ。」
真紅は大真面目な顔で言う。
マ「最初から・・・自分が負けた際に約束を守る気はさらさら無かったという訳か。」
真「ふふふ、守るわよ。この真紅、こと約束に限り虚偽は一切言わないわ・・・。
守る・・・守るけれど、今回はまだその時と場所の指定まではしていなかったのだわ!
つまり、その気になれば・・・約束の遂行は10年、20年後ということも可能ということよ!!」
マ「そんなの常識的に通るか!」
真紅が口の端を上げた。
真「なんなら聞いてみる?その常識ではどうなるか。」
マ「え?」
真「常識って、つまりは多数派のものの捉え方よね。なら、関係者に聞いてみればいいのだわ。」
マ「・・・あっ!」
真「みんな、あの一文は有効か否か。どう思う?多数決よ。」
今では真紅は笑みを隠そうともしていなかった。
あるいはこらえきれなかったのか、柄にも無く愉快そうな表情だ。
真「有効と思う人は挙手。・・・・・・私、翠星石、雛苺、水銀燈、計四人ね。」
迂闊だった。真紅は機を窺っていたんだ。
真「無効と思うのは・・・どうやら三人だけね、これで決まりよ。」
反対したのは自分以外には蒼星石、薔薇水晶だけ。
真紅は話の流れでこちらが水銀燈や翠星石と対立するのを待っていたのだ。
そうすれば、目前の利害関係の一致から、普段は不仲な事が多い水銀燈だって取り込める。
真「無駄な争いをしたくなければ、自分が負けない時に戦えば良いのだわ。覚えておきなさい。」
マ「卑怯な・・・。」
真「卑怯ではないわ。どちらに転んでも良いように備えておく、それが『策』というものよ。
もっとも、どうしても癪に障るというのなら『罠』と呼ぶもまた良しだけどね。」
マ「くっ・・・。」
そんな呼び方を変えたところで事態は変わらない事は互いに分かっている。
蒼「えっと、雪華綺晶は?」
マ「そうだ、まだ差は一票なんだ!どっち!?」
雪「え・・・どっちでもいいんですけど・・・うーん、困ってる様ですし今回は・・・」
普段からあれこれとご馳走していた甲斐があってか、こちらの味方をしてくれそうな素振りを見せる。
真「みんなで一緒に居られれば、まだまだ色々と食べられたでしょうにね。残念だわ。」
雪「・・・やはり悪法もまた法だと言いますし、今回は有効ではないかと。」
マ「うが!」
雪華綺晶の決断は早かった。
餌付けしていたのが裏目に出たか・・・。
雪「いえ、決して食べ物に釣られた訳ではなく、我々薔薇乙女は結ばれた『契約』というものを重んじるべきであって・・・」
マ「いや、もういいよ。」
蒼「涎が出てるよ・・・。」
真「これで本当に決まりね。」
マ「ああ、そうだね。」
ここは理不尽に感じても言い分を飲むしかない。
無理矢理に言ったところで素直に出て行ってくれる連中でもないのだ。
そういう意味で、今回の件は確かにチャンスではあった。
だが、多数決という名の数の暴力がまかり通ってしまった以上はそれを盾に居座られるだろう。
銀「で、内容はどうするのぉ?気になるから早く決めちゃいなさいよぉ♪」
余裕綽々で水銀燈が尋ねてきた。
どうせ先々まで延ばして実質スルーするつもりだろうに。
マ「く・・・。」
このままやられっ放しというのも悔しい。
なんとか一矢くらい報いてやりたいものだが・・・。
銀「ほぉら、はやくぅ♪」
マ「・・・どうせ守る気は無いんでしょ?」
銀「いやだぁ、そんなことないわよぉ。」
マ「へえ、本当に?」
銀「ほ・ん・と♪」
言い方から真意は明らかだ。だが、油断しているのもまた歴然としていた。
マ「じゃあさ、何か大事なものに誓える?」
銀「もちろん♪薔薇乙女の誇りにだろうが、お父様の名に賭けてだろうが誓っちゃうわぁ。」
マ「ふうん、本当かな?願いってのは『薔薇乙女達姉妹、薔薇水晶、その他みんなずーっと仲良くして』ってのなんだけど♪」
こちらもわざとおどけた感じを装う。
銀「ぜーんぜん余裕よ♪それでいいのね。」
・・・掛かった。
マ「うん。いいんだ?」
銀「当然よぉ。」
調子に乗った水銀燈が深く考えずに了承する。
マ「じゃあ他の皆も含めてそれで。ついでに水銀燈みたいに誓っておいてくれたらなおいい。」
一同も特に抵抗無く受け入れたようだ。
ただ一人、真紅を除いて。
真「・・・なるほどね。とりあえず私も異論は無いわ。」
銀「ふふっ、それにしてもお人好しと言うか・・・おばかさぁん。」
マ「なんで?きっちり薔薇乙女の誇りとかお父様の名とかに賭けて守ってくれるんでしょ。」
銀「そうよぉ。ただ、それをいつ始めるかは知らないけどぉ♪」
マ「いつでもいいさ。ただ、守れない状況になったら破ったのと一緒だよね?」
銀「・・・え?」
こちらが浮かべた不敵な笑みが引っかかったのだろう、浮ついていた水銀燈の顔から笑みが消えた。
マ「もしも誰かが、例えばアリスゲームで倒れたら、ただ一人でも欠けてしまえばこの約束は果たせない。
名に賭けた以上、それはお父様への裏切り・・・だよね?」
銀「な、何よ!アリスを誕生させるのだってお父様への・・・」
マ「アリスゲームは一つの手段らしいけど、それだけじゃあ無いかもなんでしょ?」
銀「それは・・・違うわよ!とにかく違うわ!!」
真「落ち着きなさい、今回は私達が言い分を飲む番よ。軽率に了解するからだわ。」
銀「く・・・とりあえずは認めておいてやるわよ!」
水銀燈が不承不承に引き下がった。
それを受けてか他の面々も表立って不平や不満は示さない。
真「見事に逆手に取られたわね。」
マ「・・・叶うといいな、いつの日かでいいから。」
蒼「マスター・・・。」
今回は一番難色を示すであろう水銀燈から言質を取れたのは大きかった。
もっとも、結局は彼女達に守る気があるか次第なのだが・・・。
なんの意味も無いかもしれない。
ただ、もしかしたら少しは争いの抑止力にもなるかもしれない。
やはり希望は捨てられず、そうなってくれるようにと切に願うばかりだった。
最終更新:2008年07月01日 00:36