蒼星石と翠星石を連れて俺は伊豆旅行の道中にいる。
俺たちは「伊豆の踊子号」でのんびりと下田へ向かって走っている。
あまりにのんびり走るものだから、車内過ごす時間は少々冗長に感じられた。
聞き分けの良い蒼星石であればゆっくり会話でもしていればきっと満足してくれるのだろうが、
姉の翠星石と来たら景色を眺めるのに飽きたと見えると、持ってきたトランプを取り出して、
俺と蒼星石に自分の退屈凌ぎに付き合えと強要するのである。
蒼星石は聞き分けがいいものだから翠星石のワガママをすんなりと聞き入れているが、俺としては面白くない。

「どこかの誰かさんに仕事邪魔されて、まともに寝れてなかったんだから休ませてくれよ…」

こんな文句の一つも言いたくなったが、翠星石の奥で蒼星石が申し訳なさそうな表情を見せているのに気付いた。
仕事を無理したことを愚痴ってしまえば蒼星石がまた自虐に走りかねないので俺はグッと文句を飲み込んだ。
翠星石に目を戻すとニヤリと策士の顔になっていた。チッ…珍しく後手に回っちまったな。

「やれやれ…」

俺は座席を回転させ、双子と対面した。

「マスター、ゴメンね」

蒼星石が両手を顔の前で合わせて、ちょこんと頭を下げた。
普段であればもっと落ち込むんじゃないかと思ったが、旅行ということで彼女も少し気分が高揚しているのだろう。
茶目っ気を出すくらいの余裕もあるらしい。この表情を見られただけでも旅行に連れ出した甲斐があったというものだ。

「謝る必要なんてないですよ。せっかく旅行についてきてやっているんですから、少しは私たちに奉仕しろっていうですぅ」

翠星石が俺の方を睨みつけながら言う。しかし、彼女の表情も普段よりはずいぶんと温厚に見える。
俺に対して普段は呪い殺さんばかりの視線を向ける彼女でさえも、旅行に来たことで少し機嫌が良いらしい。
まあ、これだけ機嫌が良いんだ、わざわざ悪くするようなことをいうことも無かろう。

「まあ、翠星石の言うとおりだな。蒼星石が謝ることはない。」
「カビ人間もようやく自分の立場を理解したのですね」
「全面的に面倒くさいのは翠星石なので…まあ取り扱いは慣れたよ」
「な……カビ人間!!!どういうことですか!?」

翠星石がキッと眉毛をつり上げる。
おっと、機嫌を悪くする気はあまりないのでフォローしておかないとな。

「まあまあ、トランプでもしましょうよ、義姉さん」
「その言い方はやめろといったですよね!!?」
「義姉さん……?」
「うん?蒼星石?」
「義理のお姉さんってことだよね、マスター。と、いうことはもしかして……」

思わぬところへ飛び火してしまったな。俺は心の中で舌を出した。

「もしかして……二人は義兄弟の杯を交わしたの……!?」

俺は思わずトランプを切り損なって空中分解してしまった。

「蒼星石……その発想はおかしいですぅ…」

翠星石も思わずあっけにとられたような表情で蒼星石を見た。

「え…?え?……じゃあ、他の意味……?」

蒼星石は俺と翠星石がずっこけた理由を理解していないようだった。

「蒼星石、君の「姉」は誰だい?」
「え…もちろん、翠星石だけど?」
「でも、俺にとって翠星石は「姉」ではないよね」
「マスター、当たり前のことだよね」
「もし、俺が翠星石を義理であったとしても「姉」と呼ぶとしたらどんな状況下分かるな?」
「だから杯を…」
「それ以外で」
「…?……………あっ」

蒼星石の顔がパッと紅潮したのが分かる。

「こら、蒼星石!何で紅くなっているんですか!?」
「だ…だ…だって、もし、翠星石、君をマスターが「義姉」なんて呼ぶとしたら、あの……その…僕は……マスターのおよ…」
「だぁぁぁぁっぁ、それ以上言うなですぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!」

翠星石が蒼星石に飛びついて彼女の口を押さえつける。

「そうだね、俺のお嫁さんということになる」

こういうセリフを真面目に言うのは恥ずかしくて死にそうになるのだが、翠星石をからかうためにはいくらでも言えてしまう不思議。
蒼星石の顔がさらに真っ赤になった。耳や頬が充血していく様はドールとは思えないほど精巧だった。
翠星石がこちらを睨む。

「だから翠星石はそんなこと認めちゃいねーですよ!!!!!」
「まあ、蒼星石も困っているようだから、これくらいにしておこう。義姉さんも、蒼星石が窒息しないうちに手を離しましょうね」
「キィィィ…まだ言いやがるですか…」

俺は平然とさっき落としたトランプを拾い上げると再びシャッフルの作業に戻った。
翠星石はそんな俺の白けた態度を見て詰ることもできないので、悔しそうに地団駄を踏んだ。
蒼星石は相変わらず真っ赤になったまま、俺の方を見ようとはしない。

正直ね、冗談でもこんなことをいうのは心苦しい。
蒼星石もまんざらではなさそうではあるが、いや、それは俺の希望的観測かもしれないが、それはともかくとして、
俺の最近の病気である軽口からの出任せのように彼女を所有物のように語るのはおこがましく思えてならない。
こんな軽口を叩く前に俺は蒼星石に言わなければならないことはあるだろうに。
重々自覚している。彼女はドールだ。だからこそ、言わなければならないこと、言葉を尽くさなければならないことは、
人間の女性以上に沢山あるし、彼女を呼び戻した自分にはその言葉を尽くす責任と権利があるのだ。分かっているさ。
旅行に来たと言ってそのことを忘れてはいけないと、トランプを平静に切るふりをして自戒していた。
だが…旅行の道中で少しくらい戯れに冗談をいうのは、許されてもいいよな。

「蒼星石!」
「ひゃあ…!!!なななな…何かな?マスター?」
「トランプやらないか?」
「う…うん、やりたい。翠星石もやるよね?」
「蒼星石がやりたいというのであれば、カビ人間と一緒というのが不服ですがやりますよ」
「よし、じゃあ、ババ抜きでもしようか」

俺はトランプを三人分均等に配りながら蒼星石を見た。
まだ、彼女の顔は少し紅い。出逢った頃にはこんな豊かな表情を見られるとは思っていなかった。
いや、そんなことを言えば、こうして旅行に出てくることも考えられなかったように思う。
昔は蒼星石の話に興味だって無かった。彼女の表情も自分が見たくない表情以外に興味はなかった。
不本意ながら翠星石とつばぜり合いを愉しむようなこともなかった。
自分の中で何が変わったというのだろう。心の樹のカビは確かに無くなった。
しかし、それは結果であって原因ではない。
俺も蒼星石もこんなにも変わってしまった。時に流されながら生きているのだろうと思う。

「蒼星石」
「なに?マスター」
「旅行に来て良かったと思うよ、翠星石もありがとうな」
「うん?僕が感謝するのが普通じゃないかな?」

蒼星石は不思議そうに首をひねる。

「まあ、ついででも感謝されるのは悪い気はしねーですよ、もっと敬えですぅ」

翠星石が大きく胸を張る。その鼻高々になれる自信を蒼星石に分けてやってくれと切に願う。

「さて……いざ、ババ抜きで勝負と行こうか。負けたら荷物持ちな」

俺はたぶん少し微笑んでいたと思う。
蒼星石を、ついでに翠星石を旅行に連れ出してよかったと、旅行は始まったばかりにも関わらず俺は思った。
だからこのときには俺はすっかり翠星石の「嵐」の予感など忘れてしまっていた。