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そのとき俺はまだ15歳の少年だった。

「まきますか、まきませんか」

ある日、このように一言だけ記された紙が郵便受けに入っていた。
今でもその日のことはしっかり覚えている。それこそ日付までしっかりと思い出せる。

理由は簡単なことだ。この日はちょうど俺の高校入試の本番だったからだ。
世の中の中学生の多くが二月の下旬に高校入試という生まれて初めての試練に立ち向かうように、
俺も受験に関してはその「普通」の中学生と同じように高校入試に挑んだ。
俺に大した物を与えてこなかった両親ではあったが、幸いにして人より多少頭が早く回るような才能を与えてくれたおかげで、
記憶に残るほどに俺はこの高校入試というものに煩わされたことはなかった。
しかしこの日は本当に忘れられない日となっている。

「まきますか、まきませんか」

受験を終えて帰った俺は虫の居所が悪かった。そのためにポストにあったいたずらともつかない文言の紙を破り捨ててしまった。
当然、むしゃくしゃした気持ちはものに当たったところで解消されるはずもなく、かえって不快な気持ちが募ってきた。
俺は衣類が散乱した床に倒れ込むとそのむしゃくしゃを抱えたまま、ふて寝をしてしまおうと瞳を閉じた。

この忸怩たる思いは何か。

受験で失敗した?

期待を裏切るようで申し訳ないが、才気ばかりは鼻につくほどあったんだ。
その鼻につくほどの才気が自分の身を締め上げたのさ。
俺の親はこの無駄な「才気」以外俺に何も与えはしなかった。
いや、訂正しよう。必要最低限生きるためのお金は中学生の頃までは与えてくれていた。
もっとも、そのお金も前年の12月に100万を最後に与えられることが無くなった。

両親は俺を捨てたのだ。
理由は分からない。俺を残し弟だけを連れてどこかへ蒸発してしまった。

その事実は目の前に「生活」という不安だけを残していった。

自らの才気に自惚れ高慢だった俺が「生活」のためだけに近所の底辺校を受験せざるを得なかったことは、
通俗の輩の好奇の目を喜ばして止まなかった。

受験先での俺は惨めなものとして晒された。あの好奇の目は許し難いものがあった。

その悔しさはやはりふて寝さえもさせてくれないようだった。
散乱した衣類の上で横たわってただ虚空を見つめるほか無くなってしまった。

そのうち日が暮れかかったころ、ふと先ほどの手紙が気に掛かった。
むしゃくしゃしていたとはいえ、破り捨ててしまったことはどこか良心を責めた。
俺はゴミ箱に投げ込んだ紙の破片を拾い上げると、丁寧にセロテープで貼り直した。

そして再び紙に書かれた文章を見る。

「ま…きます…か? …ま…きませ…んか?」

破れて読みにくくなった文ではあったが「巻く」か「巻かない」か問われているのだとははっきり理解できた。
俺は帰ってきたまま放り投げておいた鞄の中から鉛筆を取り出すと、興味本位で「まきます」に丸を付けた。

その時、台所の方で「ドサっ」と何か重いものが床に落ちる音が聞こえた。
誰もいないはずの家で物音がしたので俺は一瞬身をこわばらせた。
しかし、これだけ散らかっている部屋だ、食器の何かが崩れたのだと思い、そのものを確かめるために台所へと向かった。

散らかった台所。
音を出した原因はすぐにわかった。
日常にふさわしくない皮の鞄が、日常そのものの台所に丁寧に置かれていた。
鞄は中学生の俺がみても分かるほど精緻な薔薇の刺繍が施され、時代を重ねたためか非常に落ち着いた色合いを帯びていた。
普段の俺であればこの鞄を訝しんだだろう。
しかし、頭に血が上るようなことがあった後だ。冷静ではなかった。
好奇心に動かされてその鞄を手に取った。
鞄には鍵穴がついていたものの、鍵は掛かっておらず、指をかけると鞄は簡単に開いた。
「……人形?」
鞄の中には蒼い服を着せられていた人間もどきがあった。
俺は好奇心に突き動かされるままに鞄の中から人形を抱きかかえるように取り出した。
人形は同じ大きさの人間よりもずっと軽く、脆く、薄気味悪く感じたが、
肌の質感や髪の手触りはまごう事なき人間のそれであり、妙に安心感を覚えた。
またそれと同時に鞄に備え付けられていた螺子にも気がついた。
「……巻けというのはこの螺子のことか」

好奇心だけでは説明できない、霊的な何かを感じながらも、俺は自然と螺子に手が伸びた。
人形の螺子を巻いてやらなければならないという強い衝動に駆られた。

キリッ…キリッ…

螺子を巻き終えると人形を床に立たせてやる。
しばらく沈黙が続いた。
「だめか…」
俺は自分の行為を大人げないとため息をついた。
その時、かすかに人形の顔が動いた気がした。
もう一度に目をやるとゆっくりと頭を持ち上げ、体を動かし始めた。
ギリギリとゼンマイがまわる音がする。
「よくできているんだな」
人形は一通り動いてみせると俺の前に来てゆっくりと目を開けた。
俺は思わずその目線から目をそらした。
理屈は分からない。ただ、目をそらす前に見えた緑と赤の瞳に激しく動揺したのだ。

「僕の螺子を巻いたのはあなたですか?」

俺は思わず視線を人形に戻した。しかし、俺に言葉は生み出せなかった。
なぜなら人形がしゃべっているのだよ、頭がおかしくなったのか、さもなくば世の中が狂っちまったんだ。
このときたった15歳の俺が動揺しないで居られるわけがない。
ただでさえ、この人形のオッドアイに威圧され気持ちが竦んでしまっていたのだから、
しゃべるはずがないと思いこんでいた人形に問いただされて舞い上がってしまった。
言葉が出ない。

「どうしたんですか」

俺を直視する視線が恐ろしかった。
ただ、俺はその視線をかわしたいが為に、螺子を巻いたかという問いに対して、
ぼろぼろにしてしまった例の紙を目で指し示した。

すると人形は明らかに自分の意志を持ってその紙をとりに歩いていった。

「こんなにボロボロにして…ひどいなぁ…。まあいいですけど」
人形の一挙一動に俺は目を奪われていた。

「この紙があるということは、やっぱりあなたが螺子を巻いてくれたんですね」
平坦な口調の人形の問いに俺は黙ってうなずいた。

人形はわずかに緊張を緩めたようだった。それにつられて俺も動揺がだいぶ和らいだ。
「いきなり現れて驚かせてしまったのならすみません」
「あ…あぁ…君は誰なんだ」
「僕はローゼンメイデン第四ドールの蒼星石です」
「ろーぜん…めいでん?、そうせいせき…蒼星石?」
「多少混乱されているようですね。まずはどこからお話ししましょう…」
俺はこのころになるとだいぶ動揺も静まってきた。すると今度はこんな自体を招いてしまった好奇心が再び恐怖に勝った。
この蒼星石と名乗る人形に対して「どうして動くのか」ということから始まる質問攻めにした。
小一時間も質問を繰り返していると、ローゼンメイデンについてやアリスゲームについて十分に理解された。

「わかってもらえましたか」

質問を繰り返すうちに完全に俺は冷静さを取り戻していた。
「ああ、すると君は俺と契約したいわけだな。そのアリスゲームのためにも。俺を利用したいわけだ」
「僕は…そんな、利用するなんて」
蒼星石は俺の言葉に敏感に反応し、明らかに動揺の色を見せた。
「構わないよ、退屈していたんだ。この家は一人には広すぎるからね。まあ女の子の人形を持っていると聞かれたら外聞が悪そうだが…」
「!!!…僕が女の子って分かるんですか?」
その身にふさわしくない素っ頓狂な声が上がった。俺は彼女を優しく諭す。
「蒼星石、自分でローゼンメイデンが姉妹だと話しただろう」
蒼星石が動揺しているのだと俺は手に取るように理解できた。もっとも、動揺の理由は思い違えていたみたいだが。
「そ、そうだよね……見た目じゃ僕は男の子みたいですから、わからないですよね」
「いや、鞄開けたときにすぐにわかったよ。」
蒼星石の問いに何気なく答えた。訝しんで蒼星石が目でこちらを問いただす。
「なんと、なくだよ。」
「そう…ですか」
俺が気のない返事をしたように受け取ったのか、蒼星石は寂しそうにうつむいた。
可哀想に泣きそうな表情をしている。
良心がチクリと痛んだものの、このときの俺はただの子どもであって蒼星石にかける言葉なんて分からなかった。

それに蒼星石が「女」だとわかった理由はこのときの俺には分かっていなかった。
蒼星石が女であると気付いた本当の理由は…

俺が男だったからだ。