蒼:「マスターしっかりして! マスターってば!」
マ:「う~ん……」
金糸雀が恐る恐るマスターの頬をつついた。
マ:「ハラホロヒレハレ……」
金:「完全に気を失ってるかしら」
翠:「これはもう駄目かもわからんですねぇ」
蒼:「わ~ん、マスタぁ~!」
狼狽する蒼星石を、やや呆れたように見やる翠星石と金糸雀。
そこで金糸雀がハッと思いついたように口を開いた。
金:「マスターさんにトドメを差したのは間違いなく蒼星石なのかしら!」
たしかにそうだが。
翠:「! そうですっ、いきなり熱湯を浴びせるなんて、なんてえげつないことするですぅ!」
自分らのやったことを棚に上げ、一気にまくしたてる翠星石と金糸雀。
うまくいけば、先ほどまで行ったマスター虐待の事実をうやむやにできるかもしれない。
蒼:「うぅ……」
実際、返す言葉も無く蒼星石はうなだれた。
そんな蒼星石の様子を見て、翠星石はニヤリとほくそえむ。
翠:「まぁ、誰しも間違いってものを犯すものですよぅ」
急に諭すよう優しい口調になる翠星石。
金:「そ、その通りかしら! 蒼星石に悪気は無かったのかしら!」
翠:「ささ、元気を出すですよ、蒼星石。 アホ人間はこれくらいじゃ死なねぇですよ」
いつの間にか蒼星石を慰める立場になっている2人。
マ:「う~んう~んう~ん」
蒼:「マスター・・」
翠:「どちらにせよ翠星石達だけじゃどうにもできないですよ。とりあえずジュンたちを呼びにいってくるです」
蒼:「うん、お願い…」
そそくさと逃げるように翠星石と金糸雀が走り去った。
そして、残された蒼星石と気絶したマスター。
蒼星石がマスターの耳元に顔を近づける。
蒼:「ごめんなさい……マスター……」
マ:「………」
?:「起き、て…」
マ:「……」
?:「ねぇ…起き…て…?」
誰かが俺をしきりに呼びかけている。
「こんな、ところ…寝て、凍えてしまう……」
誰かの指先が俺の頬にそうっと触れた。
この小さな指先……
俺はうっすらと目を開けた。
視界の横に誰かが俺を覗き込んでいることに気付く。誰だ。
焦点を合わせ、凝らす。
マ:「………」
「………」
防寒着を着込んだ少女がじっと俺を見つめていた。
マ:「………」
俺に向けられる少女の瞳は、一つだけだった。
もう片方の瞳、左目には薔薇の眼帯が施されている。
右目は金色……。
この子は……
記憶を辿りながらやっと俺は起き上がった。
顔にも積もっていた雪がさらさらと落ちる。
少女は黙って俺を見ていた。
マ:「よう、前にも会ったよな?」
少女がコクリと頷いた。
マ:「ふー」
軽く息を吐き、辺りを見渡して改めて状況確認を行う。
ちらほらと辺りに雪が舞い落ちる状況は、気を失う前にいた場所と同じだが、他が違った。
あたり一面真っ暗闇だ。漆黒の闇の元、雪原が辺りに広がっている。
これは夜の闇と異なる、光源の無い閉鎖空間が作り出す種類の闇だ。
もちろん、上を向いても月明かりや星の瞬きなどは一切見えない。
かろうじて少女の持っている洋燈だけが、煌々と俺と少女だけをぼんやりと照らしてる。
マ:「ふう、まったくよ……」
俺はここにきてから二回目の溜め息をつき、気絶する直前の出来事を回想した。
まさか蒼星石からアツアツの茶をブチマケられるとは思わなんだ。
前にここに来た時のこと(SS「マスターの一番長い日」参照))といい、蒼星石は間違いなく天然系ドSっ子だな。
マ:「ん?」
袖を引っ張られ、そこへ視線を向けると、少女がまだ俺を見つめていた。
マ:「なんだ?」
少女がある方向を指差した。暗くてよくわからない。
少女とともにそこへ向かう。
そこにはいびつな雪の塊が1つ置かれていた。
マ:「なんでぇ、こりゃ?」
少女が俺の袖から手を離し、雪の塊に駆け寄る。
そして地面の雪をすくっては塊にペタペタと貼り付けはじめた。
俺は少女の傍に寄り、中腰になって尋ねる。
マ:「何してんだ?」
少女を手を止め、俺を見つめてから言った。
「雪、あそび…」
マ:「ふむ」
あまり楽しそうには見えない。
少女はずっと無表情だった。
マ:「ここから出る方法知らないか?」
少しの間を置き、少女が答えた。
「知らな…い…」
マ:「そうか」
まいったな。
俺は改めて辺りを見渡した。暗闇だけが広がっている。
やはりこの子一人だけか。
マ:「お父さんはどうした?」
「………」
少女は答えなかった。何も反応がない。
黙々と雪を固める作業を続けている。
マ:「?」
俺は少女の傍らに腰を落とし、固められていく雪を眺めながら尋ねた。
マ:「何作ってるんだ?」
「……スノー…マン」
マ:「スノーマン? ああ、雪だるまか…って雪だるまぁ?」
固められている雪は所々デコボコで、とても雪だるまに見えない。
マ:「俺の知ってる雪だるまの作り方と少し違うな」
「?」
少女は首をかしげた。
マ:「初めは小さな雪球を作ってな、それを玉転がしみたいに雪の上に転がして、どんどん大きくしていくんだよ」
「たまこ…ろ…がし?」
マ:「説明するよりやってみた方がはやいか。まずはこう雪球を作ってな」
俺は雪球を一つ握り、雪原に転がした。
少女は黙って俺の様子を見ている。さっきからずいぶんと大人しい子だなぁ。
俺は雪球をどんどん転がし、ほどなく雪球はサッカーボールほどの大きさまでなった。
マ:「こんなふうにな、知らないか?」
「知らない」
少女は首を振った。
この子はずうっと、一人で遊んでいたのだろうか。
マ:「お父さんと遊んだりしないのかい?」
「………」
少女は答えず黙りこくってしまった。
数秒間、空白が場を支配のち、
「お父様は、忙しい…から」
マ:「そうか…」
俺はしばし考え込む。
こんな暗いところ女の子一人でか……。なんだか気にくわん話だ。
「ごめん…なさい」
マ:「なんで謝る?」
「………」
再び沈黙する少女。
ん~。
俺は頭をポリポリと掻きつつ、立ち上がり、少女を傍らに招く。
マ:「いいさ。 ほら、こっちきてやってみ」
少女は小さく頷いた。
雪球を転がしてる間も、やはりというか、少女は無表情のままだった。
俺はそんな少女の様子を黙って見守っている。他にすべきことが無い。
少女の手が止まった。俺の方へ振り向く。
「うまく……でき……てる?」
マ:「ああ。できてるよ」
少女は再び雪球を転がし始めた。
はてさて、先ほどからずっと、ここから出る方法を考えてるが、いい案は浮かんでこない。
ううむ、やはり頼るしかないのか、この子の父親に。
「あの…」
マ:「ん?」
「うま…く…ころ…がせ……ない」
雪球はもうドールである少女の手に余るほど大きくなっていた。
マ:「ほいほい」
俺も少女の背後に回り、一緒に転がすのを手伝ってやる。
コロコロゴロゴロと雪球を転がし、雪だるまの胴体が完成した。
「あと、二つ……」
完成した胴体部分の雪球を見つめながら少女が呟いた。
二つ…?
確か、欧米の雪だるまは三段構成だっけか。
それはいいが……さて、そろそろ帰らないと不味いよなぁ。
蒼星石、心配してるだろうし。
少女は二段目の雪球の作成に取り掛かっていた。
「一緒に…」
こちらを向き、せがむように少女が言った。
マ:「転がせって? まだ君一人で転がせる大きさだろ」
「……あった……かい…から…」
マ:「…?」
なんのことだ? 少し考え込み………、わからない。
俺が首を捻ってると、少女の手が完全に止まった。
ただ懇願するように俺を見つめるばかりだ。
ふむ、別に断る理由もないか。
マ:「了解了解」
俺は即座に少女の背後に回り、一緒に雪球を転がす作業を手伝った。
「やっぱり…、あった……かい」
どうやら、後ろから少女を抱え込むようにいる俺のおかげで暖かいらしい。
マ:「そんなに寒いのか?」
「ちが…う。……けど………あった……かい」
俺はこの時、蒼星石を抱っこしている時のことを思い出した。
彼女も、あったかいと言う。
マ:「そうか…そりゃあ……よかったな」
この子は、人恋しかったのだろうか。
俺は今、蒼星石がとても恋しい。
早いとこ、ここから出たいなぁ。やはりこの子の親父殿に頼るしかないか。
正直、気乗りしないのだが。
マ:「お父さんは、今どこに?」
少女の手がはたと止まった。
父親のことを聞くたびに、この子は口を噤(つぐ)んでいる。
これはやはり、なにかあったに間違い無い。
「………」
マ:「まさか、家出中じゃないだろうな…?」
まったく根拠に乏しいが、思わず口に出てしまった。
「………」
否定しないな……。
マ:「マジでか?」
「………」
少女はかすかに頷いた。
マ:「うむむ」
家出少女か。こりゃまた、まいったな。
マ:「何が原因で?」
こう他人の家庭の込み入った話は訊くものではないかもしれんが、このままでは話が進まん。
「………」
それに、女の子の思い詰める姿は見るに耐えない。
マ:「お父上と喧嘩でもしたのかい?」
「違う…!」
マ:「お?」
今までたどたどしい口調だった少女の、突然のキッパリとした否定に、思わず俺は鼻白んでしまった。
「………」
そしてまた、少女は沈黙してしまった。
これは思ったより深刻かもしれない。
さて、どうするべぇか。
マ:「ん?」
よく見ると、少女の右目に大粒の涙が……
マ:「ちょちょちょっと、まて! なんで泣きそうになってんだよ!」
これにはビックリだ。
「お父様……う、ぐす…」
少女の瞳からポロポロと涙が零れ落ちた。
マ:「まさか、なんかされたのか?」
「違うっ!!」
マ:「おおう!」
なんだなんだ、聞いてた話と全然違うぞ。
めちゃくちゃ感情的な子じゃないか。
「う、ぐす…うう……お父様……」
マ:「なんかあったのか?」
少女は肩を震わせ泣くばかりだ。これには参った。
マ:「泣いてばかりじゃわからないだろう?」
犬のおまわりさんの気持ちがよくわかる。
目の前の子猫は迷子じゃなく家出なのだが。
「私は……、私はお父様に……うっう」
こりゃ、泣き止ます方が先決だな。
マ:「ほら、これで涙を拭きな」
懐から取り出したハンケチを差し出す。
「…?」
じっとそれを見入る少女。
俺は屈んで少女の頬にそっとハンケチを充てがった。
マ:「このまんまじゃ、せっかくの美人さんが台無しだからな」
涙を拭かれている間、少女はきょとんとしていた。
マ:「落ち着いたようだな」
やれやれと胸を撫で下ろし、俺は少女の頭を撫でた。
マ:「で、どうしてこんなところに一人でいるんだ?」
「…それ、は……」
その時、
?:「これはこれは」
突然、第三者の声が背後でした。
少女と一緒に声がした方向へ首を巡らせる。そこには…
兎:「お2人方、お久しぶりでございます」
こちらに恭しく会釈をするのは、俺のいけ好かない野郎ランキングNo1のラプラスとかいう怪人だった。
マ:「出やがったな。やっぱりてめぇが一枚噛んでたか、兎頭」
兎:「これはしたり」
マ:「何がだ? どうせ俺がここに飛ばされたのもお前の仕業だろうが」
兎:「とんでもない。濡れ衣ですよ。しんしんと降る雪にまぎれ、涙にうるむ乙女の声が聞こえましてね。
それをたよりに、今ここに馳せ参じた次第です」
毛頭信じる気にはなれねぇ。
兎:「ところで、もうその子は泣き止まれたようですが、泣かせたのはあなたですか?」
マ:「うっ」
そうなるな…。痛いとこ突かれた。
兎:「いけませんねぇ…、くくく。復讐の一環ですか?」
マ:「あ?」
兎:「その子は、あなたの愛しの人を誑かし、破滅に追い込んだ張本人ですからね」
ニィッと兎頭が哂った。なんて卑しく不気味な笑みか。
俺は自分の足にすがり付く少女に気付いた。驚いたことに、怯えている。ラプラスに対して。
やはり報告と違う。
マ:「お前の所業も知ってるぞ」
兎:「ほう」
マ:「この子を誑かした。お前が元凶だ」
兎:「全て、ご存知でしたか」
少しも悪びれたふうもなく、兎頭は言った。むしろ楽しげだ。
兎:「あなたも、色々と調べているのですね。感心です」
本当に神経を逆なでする。
マ:「ソテーにすんぞ、この野郎」
兎:「あまり熱くならずに」
マ:「この…」
一歩踏み出そうとする俺を、少女が掴んで止めた。
マ:「なんだ?」
「…ダメ……」
兎:「その子には、もう戦う力はありません」
マ:「みたいだな」
兎:「あなたを元の場所に帰す力も、ありません」
マ:「………」
俺は兎頭を睨みつけた。
マ:「言っておくがな、お前の力は借りんぞ」
兎:「そうですか」
淡々と兎頭は言った。
マ:「お前は用無しだ。どっかに行ってろ」
兎:「よいのですか?」
俺は少女に視線を移した。震えている。
俺は小声で『大丈夫だ』と呼びかけた。
兎頭に向き直る。
マ:「これから色々と取り込みそうなんだよ。お前に構ってる暇は無いわけだ」
兎:「なるほど。くく、あなたは本当に、人がいい……。では、またお会いいましょう」
マ:「ああ。首を洗って待ってやがれ」
兎頭は直立不動のまま、闇の中へすうっと後退していった。
まったく、薄気味悪いやつだ。
しかし、いったい何しにきたのだろうか。
あのラプラスとかいう野郎の考えてることはさっぱりわからない。
まぁ、不老不死者ってのは総じて思考回路が破綻してるものだからな。考えても無駄か。
俺は再び、少女に向きなおった。
マ:「もう平気だ」
いや、まだ兎頭の野郎は俺ら2人を見てるだろう。だが、もう干渉はしてこまい。
放っておく。
マ:「じゃ、家出の理由、訊かせてくれるか?」
少女、薔薇水晶はコクンと頷いた。
「スノーレジャー その8」に続く
最終更新:2008年01月21日 00:11