夕食も済み、テレビを見ていると、「マスター、洗い物終わりました」「ああ、お疲れさん」蒼星石が手をエプロンで拭きながら居間に戻ってきた。「今日、他に僕が出来ることはありますか?」「いやこれと言って特には」「・・・わかりました」無表情のままの蒼星石と短い問答を交す俺。
この蒼星石という生きている人形が俺の元へ現れて一ヵ月半。マスターだかミーディアムである俺の代わりに色々と家事をこなしてくれるのは有難いものだが、それ以上の関わりを今の俺は持っていない。というかむしろ蒼星石自身がそれを避けているような印象さえ持つ仕舞いだ。「蒼星石」自室に戻ろうとする蒼星石を呼び止める俺。「何でしょうか?」きっと、きっかけが必要なんだろう。「・・テレビでも見ないか。一緒に」それは多分小さなことで、「マスターが望むのなら、そうします」取るに足らないくらい些細だ。
▼△
『つまり!VTRに出てた人の肩に憑いていたのは子泣き爺・・・妖怪だったんだよ!』『な、なんだってー!!』「おぉっ」「・・・・・・」別段面白い番組は無かったので心霊特番に落ち着く俺達。一緒に、とか言ったくせにそれぞれ画面を見るだけで言葉は交したりはしない。というか内容が意外に面白くて目を離すことができないだけなんだが。『この後、更に驚愕の新事実が!』デカデカと文字が出た後、画面が平和そうなCMに変わる。すかさず、「ちょっとこの間に」立ち上がってトイr―「あ、どこ行くんですか?」不意に蒼星石に服の裾を引っ張られる俺。「ま、マスターから誘ったんですからね?その本人が席を立つのはどうかと」表情は変わらないが、口調はキョドっている蒼星石。ははぁ、そういうことか。「ちょっとトイレに行くだけだから、な?」「そそうなんですか?ではどうぞごゆっくり」
苦笑しながら居間を出る俺。だが、廊下に響く足音は二重になって俺の耳に届いてきた。「蒼星石さん?」「いえ、僕も用事を思い出しただけで。偶々です」「そうなのか」「そうなんです」ピタ、と足を止めて蒼星石に向き直り、「?」そのまま右手でその頭をくしゃくしゃと撫でる俺。「無理しなくてもいいんだからな?」「・・っ!そんなこと・・・!」キッとした目で俺を睨む蒼星石。流石にいきなり撫でたりするのはどうかあったか。少し怒ってる様に見え・・・ん?そういえば、「蒼星石が怖がるのは俺も嫌だから、もう今日は寝ようか。テレビの電源とか切ってくるよ」「あ、ちょちょっとマスター!」この子が感情を顔に表したのって、「何?」「・・・・・その、お休みなさい」今さっきのが初めてかもしれない。そう思いながら、俺は蒼星石が自室に引っ込むのを見送った。
翌日の早朝。
窓から入り込んでくる日で目を覚ます。時刻は午前5時20分。二度寝許容範囲内だな。俺には早起きの趣味はないので寝返りで日を避け―「・・んんっ・・・」と、身体右下からの謎の声が耳に届き、同時に右腰に違和感を感じる。「へっ」背中を浮かせたまま硬直する俺。「まさかこれが・・・?」昨日のテレビの所為か唐突に子泣き爺が頭を過ぎる。この体勢では視認は出来ないが、いきなり現れたんだからこの世の類ではないだろう。頭は動かさず恐る恐る手だけを下へ持っていく。やがて指に毛髪の様な感触が伝わる。よく撫ぜてみるとやはり頭の様だ。「・・・現代風か」時代の流れを感じながら更に手を下に滑らす。手触りがデジャヴのような気がしないでもないけd
ちゅぷっ
「っ?!」ジーザス。得体の知れない何かに指をくわえられるなんて。しかも少し気持ち良いかも、とか思ってる俺なんて!微妙な体勢で自己嫌悪に陥りつつも、くちゅくちゅと音をたてながら指を舐め続ける未確認物体。幾らなんでも俺の指を舐め回すとは太え野郎だ。「・・・のっ、腐れジジッ・・!」ガバッ、と身を起こすと、「イ・・?」「んっ・・・・ふぇ?」そこには抱っこちゃん人形の如く腰にしがみついている蒼星石がいた。俺のモーションで目を覚ましたのか、ゆっくりと体を起こす蒼星石。その動きで口から指が離れ、涎の線が俺の指とその口の間に結ばれる。まだトロンとした目付きで、「あ、ましゅたぁ、おはようございましゅ」と挨拶してくる蒼星石。
しばし見つめ合い、「ちょww蒼星石、何でまた俺の部屋で?www」「・・・えっ?」そのオッドアイがぱっちり見開かれ、俺の顔と部屋を交互に見返す蒼星石。「えっ?えっ?あ・・いや、その・・」次第に顔が紅潮していく。「まさか蒼星石が俺のベッドで寝t」「ち、違うんです!こここれは・・・!ああっ、僕、朝ご飯の用意してきますっ!」ドアを壊さんばかりの勢いで部屋を飛び出す蒼星石。バタン、と大きく閉められたドアの内側で、「・・・寝ぼけてたのかな?」まだ乾いていない蒼星石の涎付きの指を見つめる俺。子泣き爺ではなかったことに感謝しながら、指を一舐めしてその後を追う。
その後、いつもより大分早い朝食を摂る俺達。
「ニヤニヤ」「(///)」その間も終始俺はニヤつきっぱなしで、蒼星石も照れっぱなしでいる。そういう訳で会話は一切ない。テレビのアナウンサーの声、食器の触れ合う音、外の蝉の大合唱。しばらくの間、それだけが俺達の周りを支配していた。やがて俺は一通り食事を片付けて、「一緒に寝たかったなら言ってくれれば良かったのに」「い、いやあれは、少ーしだけ不安なだけだったんだよ?だからちょっとだけ誰かの近くに居たかっただけなんだからね?」「ニヤニヤ(・∀・)」「うぅ・・・」申し訳なさそうに俺を見上げる蒼星石。「ごめんね、マスター。僕、本当は怖かったんだ。でもマスターの傍に居たら思ったよりずっと安心できて、そしたらそのまま・・」「あ。敬語」「えっ?」「やっと、普通に話してくれた。嬉しいよ」「~~~っ!」ゆでられたタコの如く蒼星石の頬が紅く染め上がっていく。「一応俺は蒼せ・・・うん、蒼のマスターなんだから。いつ俺を頼ってもいい、それに蒼が望む時はいつでも傍に居てあげるから、な?」「・・・・・」ありゃ、流石にいきなりここまで気持ちを晒すのは痛すぎるか?「じゃあこれから・・・・ぃぃ?」「?」蚊の鳴くような声で呟く蒼星石。「ごめん、よく聞こえない」「だからぁっ・・・!」顔を真っ赤にして、「僕、マスターに思いっ切り甘えても・・・いいんだよ、ね?」
END
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。