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乙レデス誕生秘話」(2007/12/02 (日) 23:58:04) の最新版変更点

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乙レデス誕生秘話 ・本作品は原作4~8巻のネタバレを含む、翠星石視点のお話です。  オリジナル展開も含みますので、お嫌いな方はスルーされるよう、お願いいたします。 (以下、本文)  またアリスゲームは終わらなかった。  だというのに、こみあげる、この安心感は何だろう。 『やっと止まれる』  ネジが止まるというときに、私はそればかり考えていた。  だって、もう戦わなくていいから。  アリスゲームは、とても怖い。  ネジが巻かれたら最後、私たち人形は動くしかない。  動いて、走って、互いを傷つけるまで止まることが許されない。  いっそ止まってしまいたかった。  蒼星石。私の大切な半身。あの子さえ無事なら、それでいいのだから―― * 「――翠星石、翠星石」 「……んあ?」  こり、という感覚。久々に巻かれたネジが、私の意識をこの世へと呼び戻す。  目の前には蒼星石の、いつも通りの真面目な顔。  なんだか、せかされてる気がして、慌てて辺りを見回した。  目に映るのは、一面の薔薇、薔薇、薔薇。  巨大な温室のガラス張りに沿って、たくさんの薔薇が咲き誇っている。  私は、こんなに大きな薔薇園を見たことがなかった。 「この子が君の姉さんかね?」 「ひっ!?」  私の真後ろに、上品そうなお爺さんが座っていた。  ……カシミヤのセーターに、おいしそうなセイロン紅茶。  優しそうな声に、思わず喉が、こく、と鳴る。 「はじめまして。私は君のマスターだ」 「はっ、はじめましてですぅ。私は――」 「いいよ、もう紹介したから」 「……蒼星石?」  声をあげずにはいられなかった。  私たちには慣習があった、アリスゲームの前には互いの無事を喜び、互いの無事を願った。  彼女の微妙な表情の変化も知っていた、いつだって真心から心配してくれた。  今日の蒼星石は、なんだか怒っているような気がする。  私は少しだけ首をすくめて、お爺さんの顔を見上げた。 「アリスゲームの前に、やってもらいたいことがある」 「な、なんですぅ?」 「ある女の心の樹を、倒して欲しい」  開いた口が塞がらない。  確かに私たちには、その力がある。  でも、それはマスター自身に使うべきもので、アリスゲームに使うものだ。  私はうろたえて蒼星石を見た。  こんなことを言われたのは初めてで、一人では、どうしていいか分からなかったから。 「マスターの命令だよ、翠星石」 「その通り。君たちにとってアリスゲームが重要なのは理解した。  しかし、君たちに力と住居を提供するのは、マスターである私だ。さあ、やってくれるね?」 「ちょっと! ちょっと待つですぅ!」  私は蒼星石をつかまえると、鞄の中にひきずりこんだ。 「痛いな……なんだい、翠星石」 「こっちの科白ですぅ! なんですか、あいつ!?  あれが今回のマスターですか!?」  蒼星石は、そうだよ、と簡単に言う。吐息のかかるほどの距離が、遠い。 「ねえ、翠星石。僕たちが生まれた意味って、何だと思う?」 「そりゃアリスゲームに参加して……」  違う違うと蒼星石は、狭い鞄の中、器用に指を立てる。 「僕ら一人一人に与えられた意味のことさ。天命とでも言えばいいかな」 「……それが、何ですぅ?」 「キミは、それが何だか分かるかい?」  私が目をパチクリさせていると、彼女は寂しそうに笑った。 「そう、僕たちはアリスゲームしか目的を知らない。これは滑稽なことだよ。  でもマスターは僕に意味をくれた。  彼の願いを果たしたとき、僕は違う自分になれる気がするんだ」  違う、間違っている。そう直感しているのに、その先が続かない。  だって私はそんなこと、考えたこともなかった。 「さあ、翠石星。キミにも手伝って欲しい」 「……い、嫌ですぅ!」  私は鞄を開けると、テーブルの上に飛び出した。  キン、と澄んだ音。  さっきのお爺さん――いいや、極悪爺が、ティースプーンを取り落とした。 「やい爺、妹に何を吹き込んだですぅ!?」 「何とは? マスターとして命令しただけだ。君も従ってくれるのだろう?」 「ふっ、ふざけんなですぅ! まだ契約は完了してないですぅ!」  鞄から出てきた蒼星石が、呆れ顔で聞いてくる。 「ちょっと、翠星石、何を言っているんだい?  そんなことをしたら、キミのネジは止まるじゃないか」 「止まるけど、止まったほうがマシですぅ!  蒼星石、こんなヤツの命令、聞いちゃいけないですぅ!」  その途端、蒼星石の目がすっと細まった。  見たこともない彼女の顔に、私は、一歩あとずさる。 「そ、蒼星石?」 「マスターの命令だ。従ってもらうよ、翠星石。拒否すればキミを壊す」 「!?」  なにが何だか分からない。  何? なんで蒼星石が? 私を壊そうとしてる? 「良くお考えよ翠星石。契約も無しに戦って、勝てると思うのかい?」 「う、あ……」  わかるよね、と極上の笑顔。 「うあ、うあああああ!!」 「!!」  私は鞄に入ると、温室のガラスを突き破り、蒼い空へと飛び出した。 「この……!!」 「待ちなさい、蒼星石。お前の鋏があれば、心の樹は倒せるのだろう?」 「……はい」 「なら追うんじゃない。あれよりも、お前のほうが優秀そうだ。  お前一人でもやってくれるね?」 「はい、マスター」  翠星石は大声で泣いた。蒼星石が居ない。  姿かたちはそのままに、心だけが居なくなろうとしている。  ローザミスティカを奪われることは、何度か想像したことがあった。  なのに、こんなのは計算外で、その考えが行き着く先はアリスゲームより怖かった。  鞄はひたすら飛び続ける。行くあては無いけれど。  巻かれたネジも、いつ止まるか分からないけれど―― * 「いやああああああ!!」 「おや、お目覚めかい? 翠星石。夢の感想はどうだった?」  私は茨のベッドで目を覚ました。  体中に巻きついた蔓は、ローザミスティカを吸い出そうと、万力のように締め上げてくる。  すぐ目の前には蒼星石――別人になった蒼星石。  綺麗だった瞳からは、忌まわしい薔薇が飛び出している。 「思い出したかい? 一人ぼっちは怖いよね、賢いキミは学んだはずだ」 「蒼……」 「さあ、今度は別の子守唄を歌ってあげよう。  次に見る夢は幸せだよ。ずっと昔、僕と一緒だった夢だ。何も怖くない」 「……かっ、」 「うん? なんだい?」 「かわいそうな蒼星石……翠星石が……助けるですぅ!」 「なに!?」  私は如雨露を呼び出すと、そのまま空中にブチ撒けた。  中身の水はあふれ出し、あたりを構わず濡らしていく。  茨は育ち、さらに水を吸って、どんどん重くなっていく。 「くうっ……正気かい、翠星石!?  このままでは僕もキミも、茨の重みに潰されて、っ!?」 「いけえええええっ!!」  みしり、と不吉な音が響いた。  次の瞬間、茨の重みに耐えかねたベッドがへし折れる。  崩壊はそこに留まらず、空間自体が破れて、下へ下へと落ちて行く。 「うわああああ!? 翠星石、キミは何てことを!!」 「……蒼星石……意味は、あったんですぅ」  ようやく自由になった手で、私は、そっと妹の頬に触れた。 「あなたは……翠星石の……大事な妹ですぅ。  それで、それだけで、私たちは十分だったんですぅ」 「何を言っているんだ、キミは!?」 「蒼星石……いま助けるですぅ……その、カラッポな心にっ!」  私は自分の胸をえぐって、輝く欠片を取り出す。 「私の命で……甦るですぅ、蒼星石!!」 「うわあああああっ!?」 * ここは、どこですぅ? わたし、だれですぅ? (ちがうですぅ、ですなんて言わないですぅ) ん? だれか、いるの? (…………) ここは、どこ? ボクは、だれ? (蒼……ですぅ) ん? ソウ……デス? (…………) いま、きこえた、ボクの名前? ボクはソウデス。ボクはソウデス。 ここは、どこ? (ばっ、ち、違うですぅ! もっと想像力を使えですぅ!) ……なまえ、ちがう?  ボクはソウゾウデス。ボクはソウゾウデス。 ここは、どこ? (オノレぇですぅ、妙な推理をきかせるなですぅ!) ? オ……ツレ? ボクはソウゾウオツレデス。ボクはソウゾウオツレデス。 ここは、どこ? (改造するなーっ!!  蒼です、蒼! お前は蒼星石の生まれ変わりですぅ!) …………? 蒼? ボクは、蒼? (そうそう。はー、やっとローザミスティカが動いたですぅ) ボクは蒼像界王乙レデス。ボクは蒼像界王乙レデス。 ここは、どこ? (ううっ、なんてアホな子……勝手にしやがれですぅ!!) 誰かの嘆きをよそに、乙レデスは歩いていった。 真っ白な世界を、どこまでも。 鏡の世界を通り抜け、心の世界を通り抜け、時間さえ越えたその先へ。 (アリスゲームの無い世界で、今度こそ蒼星石を守るですぅ!  ここからなら、きっとどこか別の世界へ行けるはずなんですぅ!) ボクは蒼像界王乙レデス。ボクは蒼像界王乙レデス。 さあいこう、ここではない、どこかへ―― (乙レデス誕生秘話・完) * ・おまけ そして、ある日、異世界の扉が開かれる時がきた! 「蒼星石ぃ、一緒にお風呂はいろうねぇ~?」 「いいぜ、俺と 入 ら な い か 」 「アッー!!」 「……」 「…………」 「わかった。ボクわかった。蒼星石まもる」 (おめぇ、なにを分かったですぅ――!!?) 乙女の星が輝く影で マスターの笑いがこだまする 星から星に泣く蒼の 涙背負ってマスターの始末 蒼像界王乙レデス お呼びとあらば即参上! 「だよっ」 (人の話をきけぇーっ!!)

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