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蒼星石を抱いたマスターが草履で懸命に走っている。
それをナイフを持った暴漢が追いかける。
しかしやはり走りにくいのだろう、徐々に差を詰められている。
マ「蒼星石、しっかりとつかまっていて!」
まるでアメフト選手のように蒼星石をがっしり抱え直して速度を上げた。
だがそれでも振り切れない。むしろ差が縮まる一方だ。
マ「うわぁ!」
足を何かに取られたのかマスターの体がタッチダウンするかのように倒れこむ。
ついに暴漢に追いつかれた。
蒼「レ・・・!」
マ「くっ!!」
蒼星石が動こうとした瞬間、マスターに覆いかぶさられて身動きが取れなくなってしまった。
しかし一方の暴漢もようやく追いついたというのになぜか何もしようとしない。
マ「・・・?」
疑問に思ったマスターが振り向いたその瞬間だった。
マスターと蒼星石の頭上を音の衝撃が通過する。
暴漢がたまらずよろめく。
そして崩れた体勢を慌てて立て直すと一目散に逃げていった。
み「二人とも大丈夫!?」
蒼「みっちゃんさん!」
金「ふふーん、カナの力を思い知ったかしらー!恐れをなして逃げ出したようね♪」
蒼「さっきのは君が助けてくれたんだね。」
み「怪我はない?」
みっちゃんが足を押さえてうつむいたまま反応の無いマスターに改めて尋ねた。
マ「ちょっと・・・足をひねっちゃったようです。」
顔を上げながら力ない返事をする。
雛「ケガしてるのー!」
どうやら雛苺達も近くに居たようだ。
の「きゃあっ、顔に・・・ひどいケガ。」
両手がふさがっていたからだろう、さっき倒れた時に頬の辺りを打ってしまったようだ。
思いっきりぶたれたような跡が痛々しい。
の「まさか・・・例のストーカー?」
み「かもしれないわ。のりちゃんは先に宿へ戻って皆にこの事を伝えて。念のため帰り道は警戒してね。」
みっちゃんが立ち上がれないマスターに肩を貸す。
の「分かりました。」
雛「ヒナがついてるのー!」
二人は大急ぎで宿へと戻っていった。
蒼「マスター大丈夫?さっきからずっと黙っちゃってるけどそんなに痛むの?」
マ「違うよ、これは罰なんだ。だから痛くなんてないさ。ううん、痛いと思っちゃいけないんだ・・・。」
蒼「え?」
うわごとのようなその言葉に蒼星石が戸惑う。
マ「ごめんよ蒼星石、僕がふがいないばかりに君を危険な目に遭わせて・・・。」
蒼「何言ってるのさ、そんなのマスターのせいじゃないよ。」
だが旅館までの帰り道、ついにマスターはそれ以上一言も口を利こうとはしなかった。
旅館に戻るとロビーに黒崎と山田の姿があった。
二人とものりから説明を受けたようだ。
山「青木さん大丈夫ですか?」
黒「ま、まさか・・・お客様にまで危害を加えるなんて・・・。」
山「ストーカーだかなんだか知らないけれど女性に手を上げるなんて最低よ!」
二人がマスターの怪我を見てそんな事を言った。
の「それでどうしましょうか。」
み「あなたは残りの人達にも連絡を。それが終わったらショックを受けてる青木さんを部屋へ連れてってあげて。」
黙りこくっているマスターを除いた三人で当座の事を相談する。
そこに遅れて桜花も現れた。
のりから事の次第を聞くとフロントへ行って救急箱を借りてきた。
梅「あの、簡単にしか出来ませんけど手当てさせて下さい。」
マ「・・・大丈夫です。放っておいてください。」
その様子を見て、両脇の蒼星石と金糸雀が内心で心配している。
梅「そんな訳にはいきません!私の事で巻き込んだのなら私にも責任があります。」
マ「巻き込んだ責任、ですか・・・。」
梅「とにかく!手当てはさせてもらいます。」
マ「そうですか、じゃあお願いしますね。」
マスターが力なく笑う。
とりあえず転んだときの汚れを簡単に取り、消毒する。
梅「ケガはこれだけですか?」
マ「ええ。なんか不思議な事にいざ追いついたら相手がほとんど何もしてこなくて。」
足の事はいろいろと面倒なので隠しておくようだ。
梅「ひょっとしたら人違いに気付いたのかも知れませんね。」
マ「人違い?」
梅「ええ、あなたと私って同じ位の髪の長さでしょう?後姿で私と間違えられたんじゃないかって。」
マ「なるほど、その可能性は考えられますね。」
梅「こんな言い方は何ですけど良かった、これだけで済んで。
一歩間違ってたらエリザベスみたいな目に遭わされてただなんて・・・。」
マ「エリザベスみたいに、ですか。」
マスターが苦笑する。
梅「あ、ごめんなさい、脅かすような事を言っちゃって。」
マ「いいんですよ、確かにそんな事にならなくて良かったですよ。不幸中の幸いでした。」
そう言いながらさり気なく横の蒼星石に目を落とす。
蒼星石はその目に暗いものしか感じられなかった。
梅「他にも何か力になれる事があったら遠慮なく言って下さいね?出来る事なら何でもしますから。」
マ「それはありがたいですね。それじゃあ何かあったらお願いしますね。」
傷の手当もどうするかの相談もとりあえずは終わり部屋へと戻る。
結局、旅館内ならまだ安全だろうと、明日の朝に帰るまではなるべく外に出ないようにという事で話がまとまった。
ここまできて面倒を起こしたくないというのはみんな一緒だったようだ。
部屋へ入ってきたマスター見て翠星石の怒りが爆発する。
翠「お前が翠星石の言う事を無視して蒼星石を連れてくからこんな事になったです!」
マスターはうなだれたまま口をつぐんでいる。
翠「暴力が嫌いだか知りませんが、殴られっぱなしで反撃も出来ないなんてとんだ腰抜けです。
しかもそのせいで蒼星石までが危なかったんですよ!お前なんか蒼星石のマスター失格です!!」
ジ「いくらなんでもそこまで言う事は無いだろ。」
翠「いいんです!こいつはこれぐらい言ってやらなきゃ分かりゃしねえんです。」
の「でももうちょっと穏便に・・・。」
マ「いや、翠星石が全面的に正しいよ。」
翠「へ?」
マ「わがままを言って蒼星石を連れ回した挙句、いざ危険な目に巻き込んだ時に結局何も出来なかったんだ。逃げる事すらね。」
金「でもそこはカナが居たおかげで無問題かしらー。」
雛「ヒナだってもう少し早ければ助けちゃったのよ!」
マ「ありがとう。でもね、そばに居ても何の役にも立たず、ただ迷惑をかけるだけの存在なんていっそ居ない方がいいんだよ。」
真「あら、あなたにしては随分と自虐的ね。」
み「そ、そうよ。たった一回の事でそこまで気にしなくても。」
マ「すいません、さっき転んだ時の汚れを落としたいのでお風呂に行ってきます。」
蒼「ちょっと待ってよマスター!そばに居ても迷惑なだけだなんて、本気で言ってるの?」
マ「・・・行ってきます。また面倒をかける事のないようになるべく急いで戻りますから。」
実際に身内が襲われたという事もあり皆の緊張感が増す。
ドール達も臨戦態勢を取ってか、いつもの服装に着替えた。
そうしてやる事も無くなってしまうと、部屋に残ったメンバーの間には重い空気が漂い始めた。
の「なんか・・・すごい落ち込みようだったわね。」
その一言でようやく長く続いた沈黙が破られた。
雛「かわいそうなのー。」
金「翠星石ってばちょっとばかり言い過ぎかしら。」
のりの言葉を皮切りに同情の声が続く。
翠「で、でも・・・翠星石は間違った事を言っちゃいねえです!!」
み「もちろんその気持ちも分かるわよ。」
ジ「お前もこうして自分が心底悔やんでいる事を他人にほじくり返されたら傷つくだろう?
誰だって傷つくさ、僕だって傷つく。」
翠「ううっ・・・そ、蒼星石は翠星石の言い分が正しいと思いますよね?」
蒼「確かに正論ではあったのかもしれないね。行かなければこんな事にはならなかった。」
翠「で、ですよねえ・・・。」
蒼「翠星石、君の言った事はそういう意味に限れば正しい・・・だが気に入らない!」
翠「そ、蒼星石!?」
蒼「マスターばかりが全てしょいこむ必要は無いんだ!!マスターからさっきの答えを聞きだしてくる!」
そう言って窓を開けると鞄に飛び込み出て行ってしまった。
翠「蒼星石・・・。」
真「まったくもう・・・こんな時こそ一丸とならなくてはいけないというのにね。」
真紅が誰に言うともなしにそうつぶやいた。
続きは…
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