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まだ開けないで」(2006/12/10 (日) 13:11:19) の最新版変更点

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    ある日の朝食時。  蒼「ねえマスター、最近寒くなってきたよね?」  マ「そう?まあ冬めいてはきたと思うけど。」  蒼「マスターは寒くないの?」  マ「今のところは平気かな。もともと暑さ寒さには強い方だし、寒くてもコートとか着ればいいし。」  蒼「でもさ、首回りや手がスースーしたりするよね?」  マ「あれ、蒼星石って寒がりだっけ?」  蒼「違うよ。そうじゃないけどさ。」  マ「まあ風邪なんて引かないように冬の支度はしなくちゃなあ。」  蒼「だよね、僕も準備をしてるんだよ。」  マ「へえ、さすがだね。で、どんな?」  蒼「それはまだ秘密。・・・ところでさ、タンスの三段目の引き出しは開けないでね。」  マ「うん分かった。」  蒼「本当に?開けちゃ駄目だからね。」  マ「はいはい、約束したよ。大丈夫、大丈夫。」  蒼「なんか軽いなあ。」  マ「もう、嘘なんて吐かないってば。」   その晩。   蒼星石が夕飯の支度をしているとマスターが何やらガサガサと探していた。  蒼「何してるの?」   台所から蒼星石の声。  マ「んー、冬物の準備で探し物。」  蒼「手伝おうか?」  マ「いいよ、大体の在り処は分かってるから。」   しかしその後もしばらく辺りを物色するような気配が続く。  蒼「食事の支度も終わったし僕も手伝うよ・・・って、駄目!!」  マ「うわ!びっくりした。」  蒼「何を探しているのかは知らないけれど、タンスの中なら僕が調べるから!」   タンスの引き出しに手をかけているマスターの姿に慌てて制止をかけたのだった。  マ「なんだ、そういうことか。大丈夫だよ、もう探し物は見つかって、それをしまったところだから。」  蒼「し、しまったって・・・まさか開けちゃったの!?」  マ「だから大丈夫だって。二段目の引き出ししか開けていないから。」  蒼「良かった・・・。」   蒼星石が安堵する。  マ「ホントに信頼されてないなー。見るなと言われた場所くらい覚えてるって。」  蒼「いや、覚えているだろうから不安だったんだけど。」  マ「あ、そうそう、悪いんだけどしばらく二段目は開けないでもらえる?」  蒼「え?」  マ「洗濯物の整理とかは自分でやるからその辺に置いといてくれればいいから。」  蒼「あの、なんで?」  マ「うーん・・・見ないで欲しいものが入ってるから、じゃ駄目かな?」  蒼「それって、どんなもの?」  マ「まあ、若気の至りとでもいうか、過去の遺物とでも言うか・・・。」   なんだか言いにくそうに言葉を濁す。  蒼「あ、ごめんなさい。詮索するような真似をして。」  マ「ああ、別にいいよ。気になるんだったら聞いてくれれば。万一答えたくない事なら答えないし。」  蒼「だけど、なんだか自分ばっかり・・・。」  マ「ところでごはんの支度が出来たんだって?それじゃあ冷めないうちにいただこうかな。」  蒼「うん・・・。」   さっさと食卓へ赴くマスターの後を、蒼星石はタンスの方を気にしながらついて行った。   その晩。  蒼「あの、そろそろ僕は寝ようかと。」  マ「ああ、お疲れ様。僕はもう少しやっとく事があるから先に寝ていてよ。」  蒼「お休みなさい。」  マ「うん、お休み。いつも朝早くからお疲れ様。」   蒼星石が鞄に入って横になっているとマスターが何かしている物音がかすかに聞こえた。  蒼(あ・・・炊飯器の予約をセットするの忘れてた。)   そんな事にふと気付いた蒼星石が、マスターの邪魔にならないように静かに台所へと移動する。   その途中、  マ「懐かしいなあ、これを見ているとあの頃の事を思い出しちゃうなあ・・・。」  蒼(あれ、マスターが持ってるのって・・・)   タンスの中の何かを懐かしげに手にしたマスターの様子を窺う。  マ「うわっ!蒼星石!!」   蒼星石に気づいたマスターが、大急ぎで手にした物をしまって引き出しを閉める。  マ「・・・えーと、起こしちゃった?」  蒼「ううん、そういう訳じゃないけど。ちょっと炊飯器のセットを忘れてて。」  マ「なあんだ、そっか。」   蒼星石がタンスの方をじっと見つめる。  マ「何?三段目の引き出しなら開けてないから大丈夫だよ?」  蒼「うん、分かってる・・・。」   蒼星石はタンスの二段目を気にしながら台所へと移動した。   次の日。  蒼「さて、そろそろマスターが帰ってくるだろうし、今日はここまでかな。」   そう言うと『例の物』を片付けて引き出しの三段目にしまう。   蒼星石の目が一つ隣の段に移動する。  蒼「この中、何が入ってるんだろう。」   昨夜ちらりとだけ見えた物が無性に気になる。  蒼「何を考えてるんだ、僕は。マスターに見ちゃいけないって言われたのに。」   マスターに見ないよう釘を刺された、でも、だからこそ見たくてたまらない。  蒼「・・・以前の僕なら迷わずマスターの頼みを聞けたはずなのに。」   以前には無かった何かが衝動となって渦巻いている。  蒼「何を迷ってるんだろう。昨日の様子だと、きっと大事なものなんだから・・・。」   だから、見たい。それが何なのかが知りたい。  蒼「そうだよ、自分だってマスターに見ないでっていている物があるのに。」   だけど、この中の物によっては自分の用意しているものも意味をなさなくなるかもしれない。  蒼「もう一度、自分の引き出しの方を開けて確認してみるかな。    ・・・だけど、ひょっとしたら間違って他の段を開けちゃうかも。」   誰にとも無く見え透いた言い訳をしてしまう。   意を決して目を瞑るとガラッと引き出しを開ける。   恐る恐る目を開ける。  マ「見~た~な~~!!」   鼻先にマスターの顔があった。  蒼「~~~~っ!?」   声にならない悲鳴をあげる。  マ「あれ?反応薄いね、何やってんの?」  蒼「お、驚いて声も出なかったんだよ!」  マ「人の顔を見て仰天するとは失敬な!プンプンですな。」   言葉とは裏腹にマスターは笑っている。  蒼「あの、マスターいつ帰って来たのさ。」  マ「さっきだよ。」  蒼「一声くらいかけてくれればいいのに。」  マ「うわぁ、ひどい。ただいまって言ったのに反応がないさみしさに耐えながらここまで来たのに。」  蒼「え、ごめんなさい。」  マ「ところで、何かいいものでも見つかった?」  蒼「あの、それは、まだ中は見てませんから・・・。」  マ「そんなに見たければ見ていいよ、ほら。」   引き出しに入っていた袋を無造作に放ってくる。  蒼「わ!でもこれって見て欲しくないって。」  マ「まあ目を閉じてたせいで引き出しを開け間違えたのなら事故だしね。」  蒼「え、聞いてたの!!いつからいたのさ。」  マ「だからさっきだって。」   幼稚な言い訳を聞かれていた事に赤面してしまう。  蒼「ひどいよ。見ていたんなら止めてくれれば開けなかったのに。」  マ「だって中が気になってたんでしょ?」  蒼「そうだけど、約束したのに。」  マ「もうそれは反古でいいからさ、袋開けてみたら?」  蒼「うん・・・。」   丁重に保管されていた袋の中身を恐る恐る取り出す。  蒼「これって・・・。」  マ「ウール100%よ。」   中からは真っ白なマフラーが姿を現した。   使い古した感じで大分昔のものだと思われる。  蒼「これって手編みだよね。」  マ「うん、そうだよ。今となっては半ば黒歴史だけどね。」  蒼「フリンジやポンポンまで付けて凝ってるね。」  マ「もうかなりヨレヨレになっちゃってるけどね。」  蒼「それでもこうして取ってあったって事は今でも大事なものなんでしょ?」  マ「まあね、編み物初挑戦時のだから編み目も不揃いで粗い、下手っぴな物だけれど思い出の品だからね。」  蒼「そんな事言ったら編んでくれた人に悪いよ。きっと真剣に編んでくれたんだから。」  マ「いや、その時はどうせ自分のだし練習だから適当でいいやって、いい加減にやっちゃったんだよね。    ぶきっちょなんだからもっと丁寧にやれば良かったって完成してから後悔したよ。」  蒼「・・・もしかしてさ、これってマスターの手編み?」  マ「そうだよ。一本の毛糸が集まって固まって立体になる、その概念が面白くってやってみたんだ。昔の人って凄いよね。」  蒼「でもさっき、黒歴史とか言ってたけど。」  マ「・・・暇を見て外出先なんかで人目を避けつつ編んでたら誰かが見ていたのか周囲にドン引かれてさ。    だからどうしても寒い時とか以外は基本的には封印していたアイテムだったんだよね。白だと汚れも目立つし。」  蒼「なんでそれを引っ張り出してきたの?この冬はこれを使うとか?」  マ「ああ、その答えは袋の中にあるよ。」  蒼「袋の中?」   袋の中を覗き込むと、さっきは気づかなかったがまだ短い編みかけのマフラーが残っていた。  マ「編み物を再開したんだけどね、今度はやっつけ仕事にならないようにって、それを見ながら自分に言い聞かせてるの。」  蒼「でもなんでまた編み物を始めたの?」  マ「寒がりさんの蒼星石が冬を凍えて過ごすのは見てられないからね。どうせなら自分で何か用意してあげたいなって。」  蒼「だから、それは違うってば。」  マ「本当はセーターや手袋にも挑戦はしてみたかったんだけど採寸しなきゃいけないからね。    まずはフリーサイズのマフラーをこっそりと完成させて驚かそうと思ったんだけど。」  蒼「そうだったんだ、ごめんなさい。途中で見ちゃって。」  マ「まあいいよ。これで大っぴらに編めるし。」   そう言うなり編みかけのマフラーを取り出して正座すると、慣れた手つきで棒針を繰る。  蒼「へえ、結構きれいに編んでるね。」  マ「ガーター編みしかできないけどね。まあいい加減にやった過去の失敗例を見て自戒しながらだしね。    後はやっぱり巻いてくれる人への愛情を一編み一編みに込めてるからかな。」  蒼「昨日から始めたにしては長いね。大変じゃなかった?」  マ「結構こういう作業って後を引くんだよね。もう一段だけ編もう!とか。    後は蒼星石が少しでも喜んでくれたらと思うと全く苦にならないよ。」  蒼「ありがとう・・・ねえ、マスターも僕の引き出しの中を見る?」  マ「いや、結構。」  蒼「なんで?」  マ「見る気がないから。」  蒼「・・・マスターは僕の事にはあまり関心がないのかな?」  マ「まさか!これでも蒼星石に嫌われたり悲しまれたりしないように絶えず注意してるつもりだよ。」  蒼「だったら気にならない?僕はそうだったよ。」  マ「だって蒼星石は見られたくないんでしょ?だったら絶対に見ないよ。約束もしたしね。」  蒼「でも僕は見ちゃったよ?」  マ「別に構わないよ。蒼星石は見たかったんでしょ?」  蒼「それって何かおかしくない?」  マ「ふむ、確かに一見矛盾している。しかしこう考えれば全ての辻褄が合う。    『蒼星石の意思は全てに優先する』と。」  蒼「それってなんか立場的に逆だと思うんだけど。」  マ「別にいいじゃん。とにかく、蒼星石に寒い思いなんてさせやしないからね。」  蒼「だけどさ、何もそんな風に急いで編み続けなくたっていいと思うんだ。せっかく帰ってきたんだから。」  マ「まあまあ、早くに用意しておけば役に立つかもしれないんだし遠慮しなさんな。今日だって結構気温が低かったしね。」  蒼「もう、そうじゃないのに・・・でも確かに今日はちょっと寒いかもね。マフラーが出来るのも待ち切れないくらい。」  マ「待ち切れないの?」  蒼「うん、今すぐにぬくもりが欲しいな。」  マ「もうコタツ出す?それともエアコン入れる?」   編む手を休めぬまま生返事をする。  蒼「そんなんじゃないよ。」  マ「それじゃあハロゲンヒーターでも買ってこようか?」  蒼「分かって言ってるでしょ。マスターのいじわる!」  マ「あははっ、じゃあ一番原始的な方法にしようか、ちょっとこっちにおいで。」   手にしていた毛糸玉やら棒針やらを脇に置くと蒼星石を招き寄せる。  蒼「うん・・・。」   傍に来た蒼星石に両腕を絡めて全身を包み込む。   蒼星石も無言で身を委ねる。  マ「ほら、あったかいかな?」  蒼「うん、あったかいよ。でもマスターの体ちょっと冷たいや。寒い中お疲れ様でした。」  マ「外にいたのは帰り道だけだったけど、なんだかんだで寒かったからね。    冷たくなってると逆に寒くなっちゃうかもね。あまり役に立たない暖房でごめんね。」  蒼「別にそんなの平気だよ。・・・マスターの事、大好きだもん。」  マ「・・・・・・!!」  蒼「あれ、なんだか急に暖かくなってきたよ。」  マ「設定が最強になったから・・・。」  蒼「あれ、マスター顔が赤いよ?もしかして風邪引いたんじゃ。」  マ「いや、違うんだけど。」  蒼「・・・ひょっとして照れてるの?マスターって案外かわいいところがあるんだね。」  マ「く、馬鹿にして!」   蒼星石を抱く腕に力が込められた。  蒼「わあっ、苦しいよ。ちょっと放してよ。」  マ「いやだ、絶対に放さない。」  蒼「もう、怒らせちゃったんなら謝るからさ、機嫌を直してよ。」  マ「違うよ、その・・・僕も蒼星石のことが好きだからこうしていたい。お願い。」  蒼「・・・うん、分かった。マスターの好きにして。」  マ「ありがとう。」  蒼「ううん、こちらこそ。こうしているととてもあったかいしね。マスターの存在がとてもあったかいんだ。」  マ「僕もだ。どうかこれからもずっと、そばにいてね。」  蒼「そうだね、きっとそうするよ。きっと・・・。」              <<END>>  (読後感ぶち壊しのおまけという名の蛇の足)   一週間後、そこにはマフラーを誇らしげに巻いて走り回る蒼星石の姿が!    マスターがいなければ今の僕は無いよ。    本当にマスターには感謝してるよ。   この後このマスターはあっけなく御用となった。

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