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マスターとラブレターと僕」(2006/12/05 (火) 16:52:58) の最新版変更点

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 夕食を終え、心地よい満腹感に満たされながら食器の後片付けをしている時だった。 マ「時に蒼星石よ」 蒼「なんでしょうマスター」  マスターが子供服店で買ってきた小児用エプロンで濡れた手を拭きながら、テーブルの前で渋い顔をするマスターに顔を向ける。 マ「鞄にこんな物が入っていたのだが」  そう言ってマスターが僕に向けて手で仰いだのは、ピンク色の可愛らしい装飾が施された封筒だった。 蒼「……それは、手紙ですか?」 マ「そう手紙。英語で言うとレターだね」 蒼「知ってますよそのくらい」 マ「そう、誰でも知ってる。しかし、こうなるとレターは何になるでしょう」  マスターが封筒を裏返した。よく見えなかったので近づいて見ると、封筒の留めとしてハートマークのシールが貼り付けられている。瞬間、眩暈に似た感覚が僕の頭を襲った。 蒼「ラブ……レター?」 マ「正解。レターはラブレターへと変化する。つーかまだ中身確認していないけどね」  僕の顔はきっと青くなっていたに違いないのに、マスターは気にも留めずに話を続ける。マスターは、僕のことをどう思っているのだろう。 マ「開けるぞ」  ハートのシールを剥がされた便箋から現れたのは、便箋に負けないくらい可愛らしい便箋だった。便箋には、こうあった。 『○○勹冫σことか〃大好・τ〃す★休み時間τ〃は他σ男子とふさ〃けぁっτぃるσに、授業中になると、惹かれちゃぅ<らぃ真面目な顔をUτぃるとこЗか〃好・τ〃す★もUょかったら、付き合っτ<た〃さぃ ぁけみ』  陰鬱な沈黙が辺りを包んだ。電源が付けられたままのテレビからは、若手芸人の下品な大笑いが聞こえてくる。そのギャップがまた重苦しかった。 マ「蒼星石」 蒼「はい」 マ「何語だこれ。スワヒリ語か?」 蒼「さあ……あ、そういえばこんな文字テレビで見たことありますよ。ギャル文字とか言うそうです」 マ「ちょっと待ってろ。パソコンで解読方法調べてみる」  机の上でノートパソコンをいじくり始めたマスターが、さっきより一層強くなった渋顔で手紙と画面を見比べる。しばらく経つと、引き出しから引っ張り出したメモ帳に解読された手紙の内容を書き連ねていった。 『○○クンのことが大好きです。休み時間では他の男子とふざけあっているのに、授業中になると、惹かれちゃうくらい真面目な顔をしているところが好きです。もしよかったら、付き合ってください あけみ』 マ「……だそうだ」 蒼「……」  やっぱりラブレターだった。眩暈が頭痛に変わる。マスターは、この手紙をどう思っているのだろうか。手紙を出した人の気持ちを受け止めるのだろうか。マスターは、この「あけみさん」と付き合うのだろうか。僕がドールである以上、マスターの幸せを願うのは当然のことだ。だけど、僕はマスターにそうしてほしくないと思っている。キリキリと胸を締め付けるこの痛みが、それの証明だ。 ――僕は、悪い子だ。他の女の人とマスターが結ばれることが、マスターにとって一番の幸せなはずなのに。 マ「蒼星石。問題がある」  鈍感なのかわざとなのかは分からないけど、マスターの口調は少しも変わりない。いつも通り、まわりくどい物言いのマスターだ。やっぱりマスターは、僕のことをどうとも思っていないのだろうか。 マ「立花明美(17歳)は好みのタイプじゃないんだ」 蒼「……人を見た目で判断するのはやめたほうがいいですよ」  違う。そんなことを言いたいわけじゃないんだ……。 マ「見た目? この手紙を見てくれ。立花明美(17歳 不細工)の性格をよく表しているじゃないか。手紙にギャル文字を手書きだなんて、どうみても阿呆だろう」 蒼「それでも、マスターのことを好きでいてくれているんですよ?」  なんで僕は正直になれないんだろう。「付き合わないで」とひとこと言えばいいだけなのに。 マ「分かってないな蒼星石は。今時の高校生なんて見栄だけで異性と付き合ったりするんだ。この立花明美(16歳 不細工 阿呆)は、俺が知っている限り1ヶ月前は別の男と付き合っていた。そんな尻の軽い女に、俺がなびくと思うか?」  そう言ってマスターは僕の目を見つめる。マスターの目には、あからさまな不快感が浮かんでいた。僕はその目をまっすぐ見ることができなくて、すぐに目線を逸らした。 マ「それにな、俺には今好きな人がいるんだよ」  思わず、マスターの方を向いた。マスターの目にはさきほどの不快感が無く、穏やかに緩んだ暖かな雰囲気が僕を優しく包み込んでくれた。 マ「両思いかどうかは分からないけど、いつもそばに居てくれるんだ。料理がまともにできない俺の代わりに毎日調理してくれるし、いつも俺のことを見守っていてくれている。一緒に居ると、とっても幸せになれるんだ」  頭を強く叩かれたような気分だった。どっちかというと鈍感な自分だけど、マスターの言葉が誰を表しているのかくらいは、簡単に判断がついた。 蒼「マスター、それは……」 マ「そ、その。だから……ぁう。と、とにかく! この手紙はNOだ。返事はノー! イッツマイアンサー!」  そう叫ぶとマスターはパソコンの電源を切り、便箋をテーブルの上に広げてまっすぐに伸ばした。 蒼「……マスター、僕は人形です」  マスターの気持ちは、正直に嬉しかった。でも僕は人形であり、マスターは人間だ。それだけは変わりようがない現実だ。人間と人形は、結ばれてはいけない。……その現実が僕の胸を締め付けることも、もちろん理解してはいる。 マ「知ってるよ」 蒼「人間と人形は、結ばれないんですよ?」 マ「それも知ってる」 蒼「じゃあ僕なんかより……!」 マ「蒼星石。俺はもともと生涯独身を貫くつもりだったんだ」 蒼「……え?」  それからマスターは少し俯き、まるで自白でもするかのようにポツリポツリとつぶやき始めた。 マ「……今の日本は、腐っているんだ。見栄のために誰かと付き合い、付き合えばセックスするのが当然のような世の中になっている。まるで恋愛がセックスの言い訳みたいじゃないか。恋愛の延長線上にセックスがあるみたいだ。新学期、セックス。夏休み、セックス。クリスマス、セックス。セックスセックスセックス……。知っているか? 今の女子高生の非処女率は65パーセント。クラスの半分以上は経験済みだ。そんな女たちが、中古の身体を人前に晒しながら『愛しているから』と恥ずかしげもなく言うんだ。本気で汚いと思ったよ。こんなもの達のために将来働くことになるなんて、絶対に嫌だった。だから、一生独身でいようと思った」  マスターが言う「セックス」からは、いやらしさを感じなかった。だからまっすぐに耳を傾けることができた。  疑問が浮かんでくる。マスターが生涯独身でいようと思っているのなら、なぜ僕をここに置いてくれているのだろうか。 蒼「……僕は、どうなんですか?」 マ「蒼星石は、違った。まるで外国人にまで絶賛されていた『古き善き日本女性』の姿そのものだった。献身的で、俺の事を常に気遣ってくれていて、勘違いかもしれないけど、本気で愛してくれていると思えたんだ。……だから、好きになったんだ。生涯独身だなんて言ったけど、ほんとはいつか理想の女性が現れるんじゃないかって、変な期待をしていたんだ。だから蒼星石が俺の前に現れてくれたとき、本当に嬉しかった……」 蒼「そ、そんなこと……ぼ、僕は弱いし、ずるい奴だし、嫉妬深いし、マスターの理想の女性なんかじゃないよ……」 マ「いいや、理想の女性だ。弱いところがある人の方が、俺は好きだ。完璧な女性なんて、求めてはいけないんだ。実際俺は完璧じゃないし、自分が完璧だなんておくびにも思っちゃいない。弱いところも持っている。……でも、だからこそ、弱い物同士補い合うことができるんだ。それが、本当の愛だと思うんだ」  マスターは真剣そのものだった。僕を求めるマスターの言葉が胸に突き刺さり、少しずつ僕の心を開いていく。 マ「蒼星石、結ばれなくてもいいんだ。ただ、俺のそばに居てほしい。ずっとずっと、俺のそばに居てほしい」  マスター、僕は甘えてもいいんですか? あなたのあったかい胸に今すぐ飛び込んでもいいんですか? 僕は、あなたを愛してもいいんですか? 蒼「……僕も、マスターのそばに居たいです。ずっとずっと、そばに居たいです」 マ「蒼星石……」  大きな腕が、僕の身体をすっぽりと包み込んだ。あったかいマスターの体温が、『人形である』という僕自身のしがらみを少しずつ溶かしていく。――庭師の鋏がなくても、しがらみは取り除けるんだ……。僕も、マスターを抱き締め返した。 マ「蒼星石、愛してる」  もう、昂ぶる感情を抑えられなかった。 マ「……そ、蒼星石? 泣いてるのか?」 蒼「ち、ちが……っ。泣いて……ないよ……」 マ「な、泣くなよ。俺も泣きたくなってくるじゃないか……」  そう言ってマスターは、僕の眼下に溜まる涙を親指で拭った。涙目で見上げたマスターの目には、薄い涙の膜が張っていた。  それからしばらく抱き合って、名残惜しかったけど僕とマスターは身体を離した。僕はまだ後片付けが済んでいなかったし、マスターもまだやるべきことがあった。 マ「返事、書かないとな」 蒼「うん……けじめだけはつけないと」 マ「えっと、筆ペン筆ペン……」 蒼「こっちに直したよ」 マ「ん。ありがとう」  筆ペンを渡すと、マスターはにっこりと笑って僕の頭を撫でた。そのぬくもりが、とても心地良い。 蒼「でも、なんで筆ペンなんですか?」 マ「こう見えても小学六年生までは習字をやっていたんだ。一応四段なんだぜ?」  「それは答えになっていないような」という言葉が喉まで出かかったが、そのまま飲み込んだ。筆ペンを便箋に走らせるマスターの姿が、悪戯を楽しむ無邪気な少年のように見えて、なんとなく微笑ましかったからだ。 マ「よっしゃ、できた」  そう言ってマスターは、僕の前に上書きされた便箋を広げてみせた。その便箋には、大きくメリハリのついた男らしい文体で『だが断る』とただ一言だけ添えられていた。 蒼「……」 マ「どうよ、かっこいいだろ」 蒼「マスター、趣味悪いです」 マ「補ってくれよ」  そう言ってマスターは、からからと高笑いを始めた。僕も可笑しくなって、一緒に笑った。とても幸せだった。
 夕食を終え、心地よい満腹感に満たされながら食器の後片付けをしている時だった。 マ「時に蒼星石よ」 蒼「なんでしょうマスター」  マスターが子供服店で買ってきた小児用エプロンで濡れた手を拭きながら、テーブルの前で渋い顔をするマスターに顔を向ける。 マ「鞄にこんな物が入っていたのだが」  そう言ってマスターが僕に向けて手で仰いだのは、ピンク色の可愛らしい装飾が施された封筒だった。 蒼「……それは、手紙ですか?」 マ「そう手紙。英語で言うとレターだね」 蒼「知ってますよそのくらい」 マ「そう、誰でも知ってる。しかし、こうなるとレターは何になるでしょう」  マスターが封筒を裏返した。よく見えなかったので近づいて見ると、封筒の留めとしてハートマークのシールが貼り付けられている。瞬間、眩暈に似た感覚が僕の頭を襲った。 蒼「ラブ……レター?」 マ「正解。レターはラブレターへと変化する。つーかまだ中身確認していないけどね」  僕の顔はきっと青くなっていたに違いないのに、マスターは気にも留めずに話を続ける。マスターは、僕のことをどう思っているのだろう。 マ「開けるぞ」  ハートのシールを剥がされた封筒から現れたのは、封筒に負けないくらい可愛らしい便箋だった。便箋には、こうあった。 『○○勹冫σことか〃大好・τ〃す★休み時間τ〃は他σ男子とふさ〃けぁっτぃるσに、授業中になると、惹かれちゃぅ<らぃ真面目な顔をUτぃるとこЗか〃好・τ〃す★もUょかったら、付き合っτ<た〃さぃ ぁけみ』  陰鬱な沈黙が辺りを包んだ。電源が付けられたままのテレビからは、若手芸人の下品な大笑いが聞こえてくる。そのギャップがまた重苦しかった。 マ「蒼星石」 蒼「はい」 マ「何語だこれ。スワヒリ語か?」 蒼「さあ……あ、そういえばこんな文字テレビで見たことありますよ。ギャル文字とか言うそうです」 マ「ちょっと待ってろ。パソコンで解読方法調べてみる」  机の上でノートパソコンをいじくり始めたマスターが、さっきより一層強くなった渋顔で手紙と画面を見比べる。しばらく経つと、引き出しから引っ張り出したメモ帳に解読された手紙の内容を書き連ねていった。 『○○クンのことが大好きです。休み時間では他の男子とふざけあっているのに、授業中になると、惹かれちゃうくらい真面目な顔をしているところが好きです。もしよかったら、付き合ってください あけみ』 マ「……だそうだ」 蒼「……」  やっぱりラブレターだった。眩暈が頭痛に変わる。マスターは、この手紙をどう思っているのだろうか。手紙を出した人の気持ちを受け止めるのだろうか。マスターは、この「あけみさん」と付き合うのだろうか。僕がドールである以上、マスターの幸せを願うのは当然のことだ。だけど、僕はマスターにそうしてほしくないと思っている。キリキリと胸を締め付けるこの痛みが、それの証明だ。 ――僕は、悪い子だ。他の女の人とマスターが結ばれることが、マスターにとって一番の幸せなはずなのに。 マ「蒼星石。問題がある」  鈍感なのかわざとなのかは分からないけど、マスターの口調は少しも変わりない。いつも通り、まわりくどい物言いのマスターだ。やっぱりマスターは、僕のことをどうとも思っていないのだろうか。 マ「立花明美(17歳)は好みのタイプじゃないんだ」 蒼「……人を見た目で判断するのはやめたほうがいいですよ」  違う。そんなことを言いたいわけじゃないんだ……。 マ「見た目? この手紙を見てくれ。立花明美(17歳 不細工)の性格をよく表しているじゃないか。手紙にギャル文字を手書きだなんて、どうみても阿呆だろう」 蒼「それでも、マスターのことを好きでいてくれているんですよ?」  なんで僕は正直になれないんだろう。「付き合わないで」とひとこと言えばいいだけなのに。 マ「分かってないな蒼星石は。今時の高校生なんて見栄だけで異性と付き合ったりするんだ。この立花明美(17歳 不細工 阿呆)は、俺が知っている限り1ヶ月前は別の男と付き合っていた。そんな尻の軽い女に、俺がなびくと思うか?」  そう言ってマスターは僕の目を見つめる。マスターの目には、あからさまな不快感が浮かんでいた。僕はその目をまっすぐ見ることができなくて、すぐに目線を逸らした。 マ「それにな、俺には今好きな人がいるんだよ」  思わず、マスターの方を向いた。マスターの目にはさきほどの不快感が無く、穏やかに緩んだ暖かな雰囲気が僕を優しく包み込んでくれた。 マ「両思いかどうかは分からないけど、いつもそばに居てくれるんだ。料理がまともにできない俺の代わりに毎日調理してくれるし、いつも俺のことを見守っていてくれている。一緒に居ると、とっても幸せになれるんだ」  頭を強く叩かれたような気分だった。どっちかというと鈍感な自分だけど、マスターの言葉が誰を表しているのかくらいは、簡単に判断がついた。 蒼「マスター、それは……」 マ「そ、その。だから……ぁう。と、とにかく! この手紙はNOだ。返事はノー! イッツマイアンサー!」  そう叫ぶとマスターはパソコンの電源を切り、便箋をテーブルの上に広げてまっすぐに伸ばした。 蒼「……マスター、僕は人形です」  マスターの気持ちは、正直に嬉しかった。でも僕は人形であり、マスターは人間だ。それだけは変わりようがない現実だ。人間と人形は、結ばれてはいけない。……その現実が僕の胸を締め付けることも、もちろん理解してはいる。 マ「知ってるよ」 蒼「人間と人形は、結ばれないんですよ?」 マ「それも知ってる」 蒼「じゃあ僕なんかより……!」 マ「蒼星石。俺はもともと生涯独身を貫くつもりだったんだ」 蒼「……え?」  それからマスターは少し俯き、まるで自白でもするかのようにポツリポツリとつぶやき始めた。 マ「……今の日本は、腐っているんだ。見栄のために誰かと付き合い、付き合えばセックスするのが当然のような世の中になっている。まるで恋愛がセックスの言い訳みたいじゃないか。恋愛の延長線上にセックスがあるみたいだ。新学期、セックス。夏休み、セックス。クリスマス、セックス。セックスセックスセックス……。知っているか? 今の女子高生の非処女率は65パーセント。クラスの半分以上は経験済みだ。そんな女たちが、中古の身体を人前に晒しながら『愛しているから』と恥ずかしげもなく言うんだ。本気で汚いと思ったよ。こんなもの達のために将来働くことになるなんて、絶対に嫌だった。だから、一生独身でいようと思った」  マスターが言う「セックス」からは、いやらしさを感じなかった。だからまっすぐに耳を傾けることができた。  疑問が浮かんでくる。マスターが生涯独身でいようと思っているのなら、なぜ僕をここに置いてくれているのだろうか。 蒼「……僕は、どうなんですか?」 マ「蒼星石は、違った。まるで外国人にまで絶賛されていた『古き善き日本女性』の姿そのものだった。献身的で、俺の事を常に気遣ってくれていて、勘違いかもしれないけど、本気で愛してくれていると思えたんだ。……だから、好きになったんだ。生涯独身だなんて言ったけど、ほんとはいつか理想の女性が現れるんじゃないかって、変な期待をしていたんだ。だから蒼星石が俺の前に現れてくれたとき、本当に嬉しかった……」 蒼「そ、そんなこと……ぼ、僕は弱いし、ずるい奴だし、嫉妬深いし、マスターの理想の女性なんかじゃないよ……」 マ「いいや、理想の女性だ。弱いところがある人の方が、俺は好きだ。完璧な女性なんて、求めてはいけないんだ。実際俺は完璧じゃないし、自分が完璧だなんておくびにも思っちゃいない。弱いところも持っている。……でも、だからこそ、弱い物同士補い合うことができるんだ。それが、本当の愛だと思うんだ」  マスターは真剣そのものだった。僕を求めるマスターの言葉が胸に突き刺さり、少しずつ心を開いていく。 マ「蒼星石、結ばれなくてもいいんだ。ただ、俺のそばに居てほしい。ずっとずっと、俺のそばに居てほしい」  マスター、僕は甘えてもいいんですか? あなたのあったかい胸に今すぐ飛び込んでもいいんですか? 僕は、あなたを愛してもいいんですか? 蒼「……僕も、マスターのそばに居たいです。ずっとずっと、そばに居たいです」 マ「蒼星石……」  大きな腕が、僕の身体をすっぽりと包み込んだ。あったかいマスターの体温が、『人形である』という僕自身のしがらみを少しずつ溶かしていく。――庭師の鋏がなくても、しがらみは取り除けるんだ……。僕も、マスターを抱き締め返した。 マ「蒼星石、愛してる」  もう、昂ぶる感情を抑えられなかった。 マ「……そ、蒼星石? 泣いてるのか?」 蒼「ち、ちが……っ。泣いて……ないよ……」 マ「な、泣くなよ。俺も泣きたくなってくるじゃないか……」  そう言ってマスターは、僕の眼下に溜まる涙を親指で拭った。潤む視界の中で見上げたマスターの目には、薄い涙の膜が張っていた。  それからしばらく抱き合って、名残惜しかったけど僕とマスターは身体を離した。僕はまだ後片付けが済んでいなかったし、マスターもまだやるべきことがあった。 マ「返事、書かないとな」 蒼「うん……けじめだけはつけないと」 マ「えっと、筆ペン筆ペン……」 蒼「こっちに直したよ」 マ「ん。ありがとう」  筆ペンを渡すと、マスターはにっこりと笑って僕の頭を撫でた。そのぬくもりが、とても心地良い。 蒼「でも、なんで筆ペンなんですか?」 マ「こう見えても小学六年生までは習字をやっていたんだ。一応四段なんだぜ?」  「それは答えになっていないような」という言葉が喉まで出かかったが、そのまま飲み込んだ。筆ペンを便箋に走らせるマスターの姿が、悪戯を楽しむ無邪気な少年のように見えて、なんとなく微笑ましかったからだ。 マ「よっしゃ、できた」  そう言ってマスターは、僕の前に上書きされた便箋を広げてみせた。その便箋には、大きくメリハリのついた男らしい文体で『だが断る』とただ一言だけ添えられていた。 蒼「……」 マ「どうよ、かっこいいだろ」 蒼「マスター、趣味悪いです」 マ「補ってくれよ」  そう言ってマスターは、からからと高笑いを始めた。僕も可笑しくなって、一緒に笑った。とても幸せだった。

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