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[[前回へ>操2]] 例の毅然とした歩みのまま、 「それじゃ。又会いましょう」 真紅は私達の眼前から姿を消した。 今一つピンとこない真紅の言葉に疑問符を浮かべる私と違って、蒼星石は十分に其の意味を理解した様に見える。 どういうことなんだ、と蒼星石に尋ねると、夜になればわかるよ、という答えが返ってきた。 実際、夢の庭師である蒼星石がそういうのだから、きっとその通りに違い無い。 「あ、言い忘れた事があったのだけど、」 大して間を置かず真紅が引き戸縁から顔を出した。 「蒼星石。改めて、翠星石にも貴女の事をちゃんと伝えておくわ。  あの子、貴女が帰ってきたって知ったら、きっと泣いて喜ぶわよ?」 珍しく柔和な笑みがその顔に浮かんだな、かと思うと、再び、直ぐに廊下へ引っ込んでいった。 今度こそ帰ったのだろう、戸縁に切り取られた廊下の壁に微かに光が照り返ったのが見えた。 私達は立ったまま、しばらく真紅が去っていった後を見つめたままでいた。 「今何時だ?」 蒼星石に時間を尋ねる。 「もうすぐ六時になるね。夕飯の用意しようか」 そして特にこれといって言も交さず、私達はそのまま台所に向かい、一緒に食事の支度を始める。 本当は食事何ぞ気にせずに今すぐ蒼星石と話をしたい望も山々だが、蒼星石の素振りからはどうにもそれが早い様に感じられた。 とは言っても其の内話し合うことになるだろうから急ぐ必要もない。 「マスター、お鍋出してくれないかな?」 そう合点して、私は蒼星石に従う事にした。        △▼ さわさわと風が目の前の草を揺らしている。 その心地よい涼しさを受けて、私は初めて自分が地べたに座り込んでいることに気づいた。 膝を立て、身体を上げる。 私の周りには微かに茶色付いた、云わば秋模様の平原という様なフィールドが広がっていることがわかった。 「マスター」 後ろから声が掛かった。 「蒼か」 振り返り、手を広げ、 「どうかな?ちゃんと成ってるかい?」 蒼星石に良く見える様に軽く一回転した。 「うん・・・変わってない。昔のマスターそのままだよ」 ここは私の夢の世界。 極端に言えば私の持つ空想、妄想、想像といった仮想が全て現せられる領域であるが、 「真紅が言ってたのはこういう事だったんだな。実感・・?できたよ」 こうして意識を保ったままでいられるのは専ら蒼星石の力のお陰らしい。 俗に言う明晰夢と言ったところか。 「懐かしいな・・・何だかマスターがマスターになった様な・・ええと・・・」 蒼星石の目が泳ぐ。 その様に笑みが浮かぶのを感じながら、私は、 「よっこいしょ」 近寄って蒼星石を持ち上げた。 「ひゃっ?」 「そーれ、高い高ーい」 限界まで蒼星石を高く上げて、受け止めて、また上げる。 その気になれば三メートルは飛ばせそうだった。 「わああああぁあぁっ!お、降ろしてよぉ!」 帽子を押さえる蒼星石の顔が強張る。 「ははははは、流石夢だ。蒼を高い高いしても何とも無いぜ」 こんな体力が満ち満ちな感じは相当ご無沙汰だ。 そして、 「トゥッ!」 と声を上げて一際蒼星石を高く飛ばし、 「ぁあああ・・・」 胸と腕で受け止めて、そのままゴロゴロと原を転げ回る。 やがて、蒼星石の頭を腕に置して私は回転を止めた。 「あ、足と目がくるくる回ったよ・・・」 辛うじて落下を防いだ帽子を上に脱ぎ置き、蒼星石が僅かに眩んだ目で私の目を捉える。 負けじと私も蒼星石の目を見つめ返した。 「・・・・」 「むっ」 「・・・・」 「んー」 「・・・・(///)」 「・・・・私の負けだ」 「えへへ、マスターの顔、少し赤くなってる」 「蒼も人のこと言えないじゃないか」 ぎゅっと蒼星石を胸に埋める感じで抱きしめる。 もぞもぞと動く蒼星石の頭と揺れた柔らかい髪が妙にリアルを感じさせた。 「何時か又こうしたいな、って思ってた」 その頭に手を回す。 「はしゃいで、戯れて、蒼を感じて。夢みたいだ」 「夢だよ?」 「はは」 抱きしめていた腕を緩める。 腕と胸の間から蒼星石がにゅうっと顔を出した。 「良かった、マスターが喜んでくれて。これくらいで良かったら何時でもお手伝いするよ」 「蒼も一緒じゃなきゃ嫌だからな?」 「わかってる。僕も一緒の方が嬉しいからね」 互いに含みのある顔をして再び見つめる。 軽く、私達の間に笑いが弾けた。 「夢の中だから爺のままでも抱っことかはできるんだろうが、この頃の私の方がしっくりこないか?」 「うん、でも結局マスターはマスターだから、本当は姿っていうのは余り関係ないかもしれないけど、」 蒼星石の手が私の脇に回る。 「この時の姿が、一番マスターらしいや」 そう言うやいなや、蒼星石は自分から胸に顔を埋めてきた。 多少モゴモゴしながら、 「ね、マスターの心の樹を見に行っていい?」 小さい声で呟いた。        △▼ ぼちぼち歩いていくと、一本の樹の前に着いた。 「こんな樹だったかな」 身体を反らして見上げた。 目の前の樹はやたらめたらに枝を伸ばし、幹も大きく捻れている。 その正しから不る様は何故か、何日ぞやの自分を思い起こさせた。 「前はもっとこう・・・スラーッと真っ直ぐだった気がする」 感慨深そうに樹に触れている蒼星石に問いかける。 そうだったね、と返答されるも、その身体は樹に向いていた。 「マスターの樹・・・歪になったけど、凄く逞しく枝や根っこを伸ばして、これはこれで立派な樹だよ」 穏やかな微笑みが蒼星石に浮かんだ。ような気がした。 何というか、言わば自分の心理の具現を蒼星石に触られるのは年甲斐も無くドキドキする。 いや、実際に触られているのは私の身体ではなく樹なのであって、あ、でもこの樹は結局は私自身で??? 「!!」 ビクンと蒼星石の身体が強張ったのが目に入った。 動作素早くその手が幹から離れる。 「どうした?私の巨根にでも驚いたのか?」 「いや、ちが、うん、だけ、ど。あ、れ?」 ぎしり、ぎしり、と螺子が切れかけた様に蒼星石の身体が軋んだ。 「おおおおい。大丈夫か」 私は大きく飛び出した根に蒼星石を座らせた。 しばらく軋みは続いたが、次第に落ち着いていった。 「余り時間は残ってないみたいだ」 一瞬頭が白む。 そう言って蒼星石は自分のズボンのポケットに手を伸ばした。 少しだけまさぐって、 「僕、マスターに巻いて貰ったのは良いけど契約してないままだったからね」 直ぐに小さく握られた拳が出てきた。 「しないままだったらどうなるんだ?」 「・・・・・」 軽々と蒼星石が根から飛び降りる。 数歩進み、私のちょうど前方でこちらに向き直った。 「力の供給無しでいたら僕の螺子は切れて・・・」 「マスターも僕もずっと夢に閉じ込められたままかな」 「――」 自分でも何と言ったのかわからなかった。 根から腰を上げ、蒼星石に近寄った所で意識は再び明瞭になった。 そしてそのまま地に膝をつき、蒼星石と目線を合わせる。 恥ずかしそうに下を向かれ、目を逸らされた。 「コホン、ええと、」 ワザとらしい咳払いと共にその小さな拳が開かれる。 薔薇を象った例の指輪がそこにあった。 もう一方の手で自らの指にはめ込み、それを私の顔前に差し出す蒼星石。 「まきますか?まきませんか?」 「へ?」 思わず変な声が出た。 「ああいや、間違っちゃった。コ、コホン!」 照れ隠しか、蒼星石が再び空咳をする。 頬を朱に、 「その、マスター?マスターが良かったら、又この指輪にキスして、僕と契約し・・・」 手をとり、 「やらいでか」 優しく、触れるくらいに口付けをする。 一呼吸も置かず指輪が光ったと思ったら、それは私の、かつてそれがはめられていた、元の指に移った。 少しだけ熱を帯びている。 そして、 「ありがとう・・マスターの力が、っ?んむっ」 今度は染まった頬を取り、不意打ち的に浅いキスを交す。 「驚かさないでくれよ。時間が、なんて。また蒼が行っちゃうのかと思った」 「だ、大胆だね、マスター。やっぱりそこも変わってない・・かな?」 完熟前の林檎と間違いかねない程蒼星石の頬が紅潮した。 非常に可愛い。 「本当に、もう一度蒼のマスターになれたんだな。じゃ早速いくつかお願いさせてもらおう」 「はい。マスター」 「一つ、もし悩み事があったら私にも話すこと。直接の力にはなれないかもだが、助言ぐらいはしたい」 「はい」 「二つ、今度からは家事は共同で」 「はい」 「三つめ、」 べたっと草の上に腰を落とす。 「折角だから、今日ぐらいは朝が来るまで私とお話しないかい?」 蒼星石の目がぱちくりとした。 忍び笑いをしながら、 「ええ、喜んで。マスター」 嬉しそうに答えてくれた。         △▼ ふと気づくと、私はベッドに横たわっていた。 上半身を起こし枕元の老眼鏡を探る。 例の徹夜明けの、酷い倦怠感は感じられない。 夢の中で意識はハッキリしていたとはいえ体自体は眠りの状態に置かれていた所為だろうが、これはこれで妙な気分だ。 「ぬ~~っ」 再度身体をベッドに預け、大きく伸びをする。 と、 「う・・ん・・・」 掛け布団の中から蒼星石が這い出てきた。 「お早う蒼。さっきはお疲れさん」 「あ、お、お早う・・ございますぅ」 顔を背けられ、 「?」 「その、マスター・・幾ら夢の中でも、あれは・・・」 蒼星石の横顔に恥ずかしそうな表情が浮かぶ。 私は全てを理解した。 「年齢不相応だった、今から反省する」 「・・・・」 はにかんだ表情で傍らの帽子を被り、部屋から出て行く蒼星石。 ぽっぷな猥談を敢行した私が馬鹿だった。         △▼ かつて世間ではあれをセク質と呼んでいた、と思う。 それはそうとして蒼星石は中々顔を合わせようとはしてくれなかった。 昼時、鏡の前で、 「マスター、お昼はどうする?僕が作っておこうか?」 「自分で作るよ。蒼が戻ってからでもいい」 「じゃあ―」 突然鳴ったドアベルに、蒼星石の言葉が途切れる。 「お客様?」 「少し待ってな」 玄関横のディスプレイを確認し、 「いらっしゃい。今日は一人か」 「お早うございます、主人(おもひと)さん」 ドアを開け、中に招く。 「・・お早うございます」 蒼星石が帽子を取り、深々とお辞儀をする。 「これはご丁寧にどうも。梅田(うめだ)です」 ショルダーバックを掛けたままで、にこやかに梅田が応答した。 「君は先に居間に。直ぐに私も行く」 戸口を指差す。 はい、と敬虔に頷いて、梅田は居間に入っていった。 蒼星石に向き直り、 「悪い、お客さんが来たから、」 「うん。わかってる。それじゃ」 そっけなく、 「行ってきます」 蒼星石は鏡に消えた。 見届け、居間へ向かった。 「済まない。待たせた」 「いえいえ」 立っていた梅田に座布団を勧める。 失礼します、と断りを入れ、梅田は正座の姿勢をとった。 「あの、さっきの子はどちらの?」 「蒼と私は呼んでいる。そして、」 私も座布団に腰を落とし、 「私のお嫁さんだ」 躊躇無く面向かって言った。 「はっ?」 鳩が豆鉄砲を喰らった。ような顔をされた。 「冗談だ。あの子は私の孫だよ」 「あ、そう・・なんです、か」 珍しく歯切れ悪い様子で梅田が返した。 「それで、今日は?」 「少しお待ちください」 彼が鞄を漁り始める。         △▼ ふと、テーブルに置かれたコーヒーが冷めた頃に、窓から外を見た。 「梅田」 彼から手渡されたモバイルをテーブルに置いた。 「?どうされましたか?」 「用事を思いついた。今日は戻ってくれないか」 一瞬、梅田が私を訝しむ表情を見せる。 「わかりました。日を改めて参上します」 テーブルに広げられた物を乱暴に鞄に押し込み、 「それでは」 梅田はそそくさと出て行った。 完全に彼がここから遠ざかった頃合を見計らい、 「・・・・」 立ち上がり、カラカラと窓を開ける。 真新しい庭の樹や植え込みが、風でなびいていた。 そして、 「・・いつ来るかと、思ってたよ」 小振りな黒い羽と長い銀髪が、風でなびいていた。 続く ※おもひと→主人→マスター  梅岡×桜田→うめおか+さくらだ→梅田+桜岡
[[前回へ>操2]] 例の毅然とした歩みのまま、 「それじゃ。又会いましょう」 真紅は私達の眼前から姿を消した。 今一つピンとこない真紅の言葉に疑問符を浮かべる私と違って、蒼星石は十分に其の意味を理解した様に見える。 どういうことなんだ、と蒼星石に尋ねると、夜になればわかるよ、という答えが返ってきた。 実際、夢の庭師である蒼星石がそういうのだから、きっとその通りに違い無い。 「あ、言い忘れた事があったのだけど、」 大して間を置かず真紅が引き戸縁から顔を出した。 「蒼星石。改めて、翠星石にも貴女の事をちゃんと伝えておくわ。  あの子、貴女が帰ってきたって知ったら、きっと泣いて喜ぶわよ?」 珍しく柔和な笑みがその顔に浮かんだな、かと思うと、再び、直ぐに廊下へ引っ込んでいった。 今度こそ帰ったのだろう、戸縁に切り取られた廊下の壁に微かに光が照り返ったのが見えた。 私達は立ったまま、しばらく真紅が去っていった後を見つめたままでいた。 「今何時だ?」 蒼星石に時間を尋ねる。 「もうすぐ六時になるね。夕飯の用意しようか」 そして特にこれといって言も交さず、私達はそのまま台所に向かい、一緒に食事の支度を始める。 本当は食事何ぞ気にせずに今すぐ蒼星石と話をしたい望も山々だが、蒼星石の素振りからはどうにもそれが早い様に感じられた。 とは言っても其の内話し合うことになるだろうから急ぐ必要もない。 「マスター、お鍋出してくれないかな?」 そう合点して、私は蒼星石に従う事にした。        △▼ さわさわと風が目の前の草を揺らしている。 その心地よい涼しさを受けて、私は初めて自分が地べたに座り込んでいることに気づいた。 膝を立て、身体を上げる。 私の周りには微かに茶色付いた、云わば秋模様の平原という様なフィールドが広がっていることがわかった。 「マスター」 後ろから声が掛かった。 「蒼か」 振り返り、手を広げ、 「どうかな?ちゃんと成ってるかい?」 蒼星石に良く見える様に軽く一回転した。 「うん・・・変わってない。昔のマスターそのままだよ」 ここは私の夢の世界。 極端に言えば私の持つ空想、妄想、想像といった仮想が全て現せられる領域であるが、 「真紅が言ってたのはこういう事だったんだな。実感・・?できたよ」 こうして意識を保ったままでいられるのは専ら蒼星石の力のお陰らしい。 俗に言う明晰夢と言ったところか。 「懐かしいな・・・何だかマスターがマスターになった様な・・ええと・・・」 蒼星石の目が泳ぐ。 その様に笑みが浮かぶのを感じながら、私は、 「よっこいしょ」 近寄って蒼星石を持ち上げた。 「ひゃっ?」 「そーれ、高い高ーい」 限界まで蒼星石を高く上げて、受け止めて、また上げる。 その気になれば三メートルは飛ばせそうだった。 「わああああぁあぁっ!お、降ろしてよぉ!」 帽子を押さえる蒼星石の顔が強張る。 「ははははは、流石夢だ。蒼を高い高いしても何とも無いぜ」 こんな体力が満ち満ちな感じは相当ご無沙汰だ。 そして、 「トゥッ!」 と声を上げて一際蒼星石を高く飛ばし、 「ぁあああ・・・」 胸と腕で受け止めて、そのままゴロゴロと原を転げ回る。 やがて、蒼星石の頭を腕に置して私は回転を止めた。 「あ、足と目がくるくる回ったよ・・・」 辛うじて落下を防いだ帽子を上に脱ぎ置き、蒼星石が僅かに眩んだ目で私の目を捉える。 負けじと私も蒼星石の目を見つめ返した。 「・・・・」 「むっ」 「・・・・」 「んー」 「・・・・(///)」 「・・・・私の負けだ」 「えへへ、マスターの顔、少し赤くなってる」 「蒼も人のこと言えないじゃないか」 ぎゅっと蒼星石を胸に埋める感じで抱きしめる。 もぞもぞと動く蒼星石の頭と揺れた柔らかい髪が妙にリアルを感じさせた。 「何時か又こうしたいな、って思ってた」 その頭に手を回す。 「はしゃいで、戯れて、蒼を感じて。夢みたいだ」 「夢だよ?」 「はは」 抱きしめていた腕を緩める。 腕と胸の間から蒼星石がにゅうっと顔を出した。 「良かった、マスターが喜んでくれて。これくらいで良かったら何時でもお手伝いするよ」 「蒼も一緒じゃなきゃ嫌だからな?」 「わかってる。僕も一緒の方が嬉しいからね」 互いに含みのある顔をして再び見つめる。 軽く、私達の間に笑いが弾けた。 「夢の中だから爺のままでも抱っことかはできるんだろうが、この頃の私の方がしっくりこないか?」 「うん、でも結局マスターはマスターだから、本当は姿っていうのは余り関係ないかもしれないけど、」 蒼星石の手が私の脇に回る。 「この時の姿が、一番マスターらしいや」 そう言うやいなや、蒼星石は自分から胸に顔を埋めてきた。 多少モゴモゴしながら、 「ね、マスターの心の樹を見に行っていい?」 小さい声で呟いた。        △▼ ぼちぼち歩いていくと、一本の樹の前に着いた。 「こんな樹だったかな」 身体を反らして見上げた。 目の前の樹はやたらめたらに枝を伸ばし、幹も大きく捻れている。 その正しから不る様は何故か、何日ぞやの自分を思い起こさせた。 「前はもっとこう・・・スラーッと真っ直ぐだった気がする」 感慨深そうに樹に触れている蒼星石に問いかける。 そうだったね、と返答されるも、その身体は樹に向いていた。 「マスターの樹・・・歪になったけど、凄く逞しく枝や根っこを伸ばして、これはこれで立派な樹だよ」 穏やかな微笑みが蒼星石に浮かんだ。ような気がした。 何というか、言わば自分の心理の具現を蒼星石に触られるのは年甲斐も無くドキドキする。 いや、実際に触られているのは私の身体ではなく樹なのであって、あ、でもこの樹は結局は私自身で??? 「!!」 ビクンと蒼星石の身体が強張ったのが目に入った。 動作素早くその手が幹から離れる。 「どうした?私の巨根にでも驚いたのか?」 「いや、ちが、うん、だけ、ど。あ、れ?」 ぎしり、ぎしり、と螺子が切れかけた様に蒼星石の身体が軋んだ。 「おおおおい。大丈夫か」 私は大きく飛び出した根に蒼星石を座らせた。 しばらく軋みは続いたが、次第に落ち着いていった。 「余り時間は残ってないみたいだ」 一瞬頭が白む。 そう言って蒼星石は自分のズボンのポケットに手を伸ばした。 少しだけまさぐって、 「僕、マスターに巻いて貰ったのは良いけど契約してないままだったからね」 直ぐに小さく握られた拳が出てきた。 「しないままだったらどうなるんだ?」 「・・・・・」 軽々と蒼星石が根から飛び降りる。 数歩進み、私のちょうど前方でこちらに向き直った。 「力の供給無しでいたら僕の螺子は切れて・・・」 「マスターも僕もずっと夢に閉じ込められたままかな」 「――」 自分でも何と言ったのかわからなかった。 根から腰を上げ、蒼星石に近寄った所で意識は再び明瞭になった。 そしてそのまま地に膝をつき、蒼星石と目線を合わせる。 恥ずかしそうに下を向かれ、目を逸らされた。 「コホン、ええと、」 ワザとらしい咳払いと共にその小さな拳が開かれる。 薔薇を象った例の指輪がそこにあった。 もう一方の手で自らの指にはめ込み、それを私の顔前に差し出す蒼星石。 「まきますか?まきませんか?」 「へ?」 思わず変な声が出た。 「ああいや、間違っちゃった。コ、コホン!」 照れ隠しか、蒼星石が再び空咳をする。 頬を朱に、 「その、マスター?マスターが良かったら、又この指輪にキスして、僕と契約し・・・」 手をとり、 「やらいでか」 優しく、触れるくらいに口付けをする。 一呼吸も置かず指輪が光ったと思ったら、それは私の、かつてそれがはめられていた、元の指に移った。 少しだけ熱を帯びている。 そして、 「ありがとう・・マスターの力が、っ?んむっ」 今度は染まった頬を取り、不意打ち的に浅いキスを交す。 「驚かさないでくれよ。時間が、なんて。また蒼が行っちゃうのかと思った」 「だ、大胆だね、マスター。やっぱりそこも変わってない・・かな?」 完熟前の林檎と間違いかねない程蒼星石の頬が紅潮した。 非常に可愛い。 「本当に、もう一度蒼のマスターになれたんだな。じゃ早速いくつかお願いさせてもらおう」 「はい。マスター」 「一つ、もし悩み事があったら私にも話すこと。直接の力にはなれないかもだが、助言ぐらいはしたい」 「はい」 「二つ、今度からは家事は共同で」 「はい」 「三つめ、」 べたっと草の上に腰を落とす。 「折角だから、今日ぐらいは朝が来るまで私とお話しないかい?」 蒼星石の目がぱちくりとした。 忍び笑いをしながら、 「ええ、喜んで。マスター」 嬉しそうに答えてくれた。         △▼ ふと気づくと、私はベッドに横たわっていた。 上半身を起こし枕元の老眼鏡を探る。 例の徹夜明けの、酷い倦怠感は感じられない。 夢の中で意識はハッキリしていたとはいえ体自体は眠りの状態に置かれていた所為だろうが、これはこれで妙な気分だ。 「ぬ~~っ」 再度身体をベッドに預け、大きく伸びをする。 と、 「う・・ん・・・」 掛け布団の中から蒼星石が這い出てきた。 「お早う蒼。さっきはお疲れさん」 「あ、お、お早う・・ございますぅ」 顔を背けられ、 「?」 「その、マスター・・幾ら夢の中でも、あれは・・・」 蒼星石の横顔に恥ずかしそうな表情が浮かぶ。 私は全てを理解した。 「年齢不相応だった、今から反省する」 「・・・・」 はにかんだ表情で傍らの帽子を被り、部屋から出て行く蒼星石。 ぽっぷな猥談を敢行した私が馬鹿だった。         △▼ かつて世間ではあれをセク質と呼んでいた、と思う。 それはそうとして蒼星石は中々顔を合わせようとはしてくれなかった。 昼時、鏡の前で、 「マスター、お昼はどうする?僕が作っておこうか?」 「自分で作るよ。蒼が戻ってからでもいい」 「じゃあ―」 突然鳴ったドアベルに、蒼星石の言葉が途切れる。 「お客様?」 「少し待ってな」 玄関横のディスプレイを確認し、 「いらっしゃい。今日は一人か」 「お早うございます、主人(おもひと)さん」 ドアを開け、中に招く。 「・・お早うございます」 蒼星石が帽子を取り、深々とお辞儀をする。 「これはご丁寧にどうも。梅田(うめだ)です」 ショルダーバックを掛けたままで、にこやかに梅田が応答した。 「君は先に居間に。直ぐに私も行く」 戸口を指差す。 はい、と敬虔に頷いて、梅田は居間に入っていった。 蒼星石に向き直り、 「悪い、お客さんが来たから、」 「うん。わかってる。それじゃ」 そっけなく、 「行ってきます」 蒼星石は鏡に消えた。 見届け、居間へ向かった。 「済まない。待たせた」 「いえいえ」 立っていた梅田に座布団を勧める。 失礼します、と断りを入れ、梅田は正座の姿勢をとった。 「あの、さっきの子はどちらの?」 「蒼と私は呼んでいる。そして、」 私も座布団に腰を落とし、 「私のお嫁さんだ」 躊躇無く面向かって言った。 「はっ?」 鳩が豆鉄砲を喰らった。ような顔をされた。 「冗談だ。あの子は私の孫だよ」 「あ、そう・・なんです、か」 珍しく歯切れ悪い様子で梅田が返した。 「それで、今日は?」 「少しお待ちください」 彼が鞄を漁り始める。         △▼ ふと、テーブルに置かれたコーヒーが冷めた頃に、窓から外を見た。 「梅田」 彼から手渡されたモバイルをテーブルに置いた。 「?どうされましたか?」 「用事を思いついた。今日は戻ってくれないか」 一瞬、梅田が私を訝しむ表情を見せる。 「わかりました。日を改めて参上します」 テーブルに広げられた物を乱暴に鞄に押し込み、 「それでは」 梅田はそそくさと出て行った。 完全に彼がここから遠ざかった頃合を見計らい、 「・・・・」 立ち上がり、カラカラと窓を開ける。 真新しい庭の樹や植え込みが、風でなびいていた。 そして、 「・・いつ来るかと、思ってたよ」 小振りな黒い羽と長い銀髪が、風でなびいていた。 [[次へ>操4]] ※おもひと→主人→マスター  梅岡×桜田→うめおか+さくらだ→梅田+桜岡

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