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[[前回へ>操]] 「レンピカ」 軽く握られた蒼星石の手が開かれ、そこから青色の光球が現れる。 「ふむ。じゃ、あの庭師の鋏は?」 蒼星石は黙って頷き、光球を手周り一周させる。 と、軽い金属音の様な音が鳴ったかと思った途端、その手には大きな黄銅色の鋏が握られていた。 「特に問題はない様だけど」 「そうか。それは良かったが、」 ぷつと言葉を切り、 「ホントに、本当の本当に、本物の蒼で合っているんだな?」 再び問いかけてみる。 少し困った様な顔をして、 「そうだよ。僕は確かに蒼星石。マスターの事だってちゃんと覚えてる」 「ううむ」 「んもう、さっきから何かマスターは順番が間違ってる気がするな。  今の今まで僕が帰ってこれた事を喜んでくれていた割には、今更それを怪しむなんてさ」 自分の腰に手を当てる蒼星石。 カツン、と多少長めなその鋏が床で音を立たせた。 「どうも、大した実感が湧かなくてな。事の進み具合が速いのは老体に合わないようで」 腰を落として目の高さを蒼星石と共にする。 「でも、戻ってきてくれて私は嬉しいよ。五十年若かったら瞬間脱衣して抱きついている所だ」 「クスッ」 「蒼今俺を笑ったかぁ?」 その言葉が効いたのか、蒼星石は更に軽く口に手を当てて笑う。 「いや、おじいさんになっても・・クスッ、マスターは変わんないなぁってね」 鋏を床から離す蒼星石。 と、光球が鋏を持っていた手の周りを回り、初めから無いかの様に鋏の姿は消えた。 そして、 「ほんと、マスター、こんなにおじいさんになっちゃって・・・」 その手が私の頬に触れた。 冷たくもなければ暖かくもない小さな指が、そっと私の顎をなぞる。 「ほんとに・・・・」 「そうだ。蒼よ、久々に抱っこしてあげよう」 ピタッ、と蒼星石の手が止まった。 「え・・?でもそれは・・」 「構わんよ。せーの、」 腰と肩を掴み、足で踏ん張る。 「y」 グキョッ 「モンルスァァッ!!」 「・・・」 気まずそうに蒼星石が手から降りる。 「な・・何故に今更・・ぎっくり・・・・」 がくん、と膝をつき、私は床に臥した。        △▼ その後、レンピカを使って私を居間のソファまで運び、 「それっ、でっ、ますっ、たぁはっ、」 「ちょっ、蒼っ、もすっ、も少し、優しく頼む!」 ぎっくりとイった私の腰を蒼星石は激しく揉んでくれていた。 「あ、ごめんなさい。丁寧にするよ」 「あぁ・・次はゆっくりとな・・・」 強い力が嘘の様に、優しく撫ぜる様な手つきに変わる。 「それで、これからの話だが」 「これから?」 「あぁ。流石に、翠星石達に伝えないままではいけないだろう?」 ピタリと蒼星石の手が止まる。 「蒼?」 「・・・ちょっと」 と言って蒼星石は私の上から飛び降り、そのまま廊下の方へ消えていった。 「・・・?」 腰を摩りながら身体を起こす。 湿布を張っていると、 「今、レンピカに翠星石のマスターを探してくるように命じてきた。  余程のことが無ければ今でも生きているだろうし、そこに真紅や雛苺もいるかもね」 再び居間に顔を見せる蒼星石。 「・・そうか。うん。そりゃそうか。翠星石のマスターは、ジュン君、とでも言ったかな」 「うん・・・あれ?マスター、ジュン君のこと知ってたのかい?」 「一応な」                        △▼ チッ、チッ、チッ、と時計が秒を刻む音だけが家に響いていた。 じぃっと、まるで人形の様に――実際人形であるが、蒼星石は眉一つ動かさずずっと席についている。 重い雰囲気が続いた。 と、 「あ」「レンピカ・・」 不意に部屋に青色の光球が姿を現す。 「ということは、」 私は掛けていたソファから腰を上げ、 「来たのかね?」 廊下に頭を出す。 始めに紅い光球が、 「お、」 「貴方・・・。本当に蒼星石のだったのね」 続いて紅いフリルドレスに包まれた少女が、 あの鏡から現れた。        △▼ テーブルを挟んでるとはいえ、真紅からは独特の威圧感が醸し出される。 「真紅、お茶n」 「ダージリンで」 台所から蒼星石が呼びかけるやいなや真紅が返事を返した。 「・・・・」 「で、何かしら?」 キビキビとした態度で私に応する真紅。 今更ながら姉妹の差という物を感じる。 「・・蒼は、薔薇水晶の一件は知らないままなんだろう?」 なるべく小声で切り出す。 すると、 「恐らくね。あのアリスゲームの前にローザミスティカを失ったのだもの。無理はないのだわ」 それに倣うはずもなく真紅が答えた。 「雛苺のことも?」 「ええ。雛苺よりも・・・」 ふつりと言葉が途切れる。 「?」 「蒼星石・・・雛苺・・・・?」 明後日の方を見て、考え込む様子を見せる。 その時、 「マスター、真紅。お茶が入ったよ」 不似合いな大きさの御盆を抱え、蒼星石が戻ってきた。 「すまんな」 「ありがとう。貴女も交えてお話したいことが山ほどある所よ」 「さて、」 カチャリ、と真紅が比較的音を立てずプレートにカップを置いた。 「まず聞きた『真紅』」 蒼星石が口を挟む。 気に入らなかったのか、真紅は軽く眉をひそめ、 「その、す、翠星石、は・・?」 「レンピカの事は、あの子には伝えていないわ」 キッパリと言い放った。 「えっ?」 「何でまたそんな。妹が帰ってきたって知ったら翠星石だっt」 「貴方ね」 キッと真紅が私を睨め付ける。 「・・・・あぁ、成る程。そういう訳か」 「どういうこと?マスター」 卓上に置かれた四つ目のカップと私と、蒼星石の目線が行き来する。 「後でな」 「じゃ、次は私の話も聞いてもらえるかしら?」 再びその目が私を捉えた。 「単刀直入に言わせてもらうわ。貴方、蒼星石のローザミスティカをどうやって取り戻したの?」 ・・当然、といったら至極当然な質問だ。 「それは私じゃない。蒼」 目で蒼星石を促す。 黙ったまま蒼星石は席を立ち、小箱を抱えて戻ってきた。 「うん。真紅はこれを見て特に心当たりはあるかい?」 蓋を開けて、真紅にも見える様に傾ける。 「・・・いいえ。でも、これじゃまるで・・・?」 信じられない、といった顔をする真紅。 「それ以外私には説明がつけられないし、何より証拠がある。間違いは無いだろう」 「・・僕も良く信じられないけどね」 「それでもまだ妙な事が幾つかある。真紅、羽根の量はちょっと異常に思えないか?」 静かに箱をひっくり返して、中身を全て出してしまった。 私達の前にこんもりと小さい黒山が起つ。 「貴方が攻撃されたのではないのね?」 「だったら今ここにはいないよ」 ギッと背もたれに身体を預けた。 「目覚める直前、蒼星石は大量の羽根に囲まれて鞄の中で寝ていた。  ま、遅かれ早かれこの事には私も気づいたんだろうがね。それに、」 ちらりと横を見やる。 「私は彼女の人工精霊・・・メイメイに何故か『九秒前の白』に飛ばされた。  そしてそこにいた蒼を偶然見つけて、上手い具合に連れて帰ってきた次第さ」 何となく少しだけ笑みが零れた。 「・・・・・」 「・・・真紅?」 「『九秒前の白』・・あそこは決して安全な場所ではないのだわ。  下手をしたら自分自身のことも忘れて、消えてしまってもおかしくはないわね」 真紅が大分冷めたであろうカップに口をつける。 そのまま一気に飲み干して、 「蒼星石」 「貴女のマスターは立派な人ね。あの中でも自分を見失わず、貴女を『見つける』事ができたのだもの」 「・・・そうだね。僕もそう思う」 青色の目とオッドアイと、四つの目が私を捉える。 「なに、私も蒼に助けられた様なものだ。誇れるものじゃないさ」 「あらそう。それで、この羽根は―」 そっけない真紅が黒山に手を伸ばす。 途端、 ボゥッ、 と、 「え?」 「っ!」「わっ!」 青白く羽根が燃え上がり、反射的に全員がテーブルから離れる。 卓上のティーポットを引っつかみ、 「下がって!!」 私は蓋を取らずにひっくり返した。 バシャバシャと色付いた湯が蒸発の音を交え火を抑え、やがて完全に鎮まらせた。 「・・・・・・」 私達は互いに顔を見合わせた。        △▼ 「それで、貴女が・・ローザミスティカを奪われてすぐ、雛苺も・・・」 真紅の口から経緯が語られる内に、蒼星石の頭が穂の様に垂れ下がっていった。 長く離れていたとは言えどもこの子もまたローゼンメイデン。 アリスを決める動向や、それについての結果となったら知らずにいられる訳は無い。 ―例えそれが如何程に辛い事実であっても。 「今は、アリスゲームに頼らずともアリスを目指せる・・その道を探している最中、というのが私の現状ね」 「そっか。有難う」 スッと立ち上がり、 「お茶も無くなったままだし、淹れ直してくる」 ポットを抱えて小走りで蒼星石は台所へ消えた。 「・・・・」 「後はあの子次第だけど、しばらく貴方のミーディアムとしての役割が物を言うのだわ」 「・・・・」 「ちょっと?聞いてるの?」 「・・折り入って話がある」 足を正して、きっちり向き合う。 「私の時を、戻してくれないだろうか」 「・・それは、」 「言い方を変える。私の時のゼンマイを巻き戻して欲しい」 「貴方、自分がn」 「私は!」 思わず、大きな声が出た。 「私は、私には、もう蒼を一人にすることなど、できない」 ギュッと皺と染みにまみれた拳を握る。 「蒼が眠りに就いてから、私はガムシャラに仕事に打ち込んだ。  連日徹夜は当たり前で、血反吐を吐こうとも、過労で倒れようとも、  私は決して休む事はしなかった。・・・いや、休めなかった、と言うべきか」 「・・・」 「その甲斐あってか私は世で言う『成功者』になれたし、大きな資産も築いた。  今の私には彼女をずっと支えることもできる。だからこそこうして頭を君に下げている。だから、」 「物質世界は、」 真紅が私を遮る。 「つまり、この世界のことね。  ここに在る全ての存在は現世した瞬間から崩壊の過程を進んでいるのよ」 すぅっとその腕が上がり、 「これも、」 テーブルを、 「あの子も、」 台所を、 「貴方も、」 私を、 「そして、私の身体も」 次々に指先があらゆる物を捉えた。 「今私達が着ているこの服もこのカップも、比較的崩壊の緩やかな時期を『道具』と使ってるに過ぎないのだわ」 「何が言いたい?」 「・・要は、」 私の怪訝な様子にうんざりした様に、 「生物の身体も又然り。自然な崩壊のゼンマイを戻すことはおこがましいと思わなくて?」 「・・それはそうだが、私は承知で」 「あら、貴方が自分でそれを望んだのでしょう?」 「・・・・・・」 「酷な言い方でしょうけど、普通の人間が時をループするなんて土台無理な話ね。諦めなさい」 ・・・・・・。 「・・・・私は、衰えた。マスターとして、一人の男として蒼を愛する気持ちを保とうとも、  いずれ私には彼女を持ち上げることも、昔の様に強く抱きしめることも出来なくなる時がくる」 目の前の紅いドールの姿が、 「なあ真紅。教えてくれ。何故私は人間として生まれたんだ?何故彼女と同じドールとして生まれずに、彼女を愛してしまったんだ?」 ウォーターポールを挟んだかの様に、歪む。 「仕方無いことなのだわ。本当に、仕方の無い・・」 それだけしか言ってはくれなかった。        △▼ 「今日はもうお暇させていただくわ。美味しいお茶を有難う」 正座を保っていたのか、ヨロヨロと真紅が立ち上がる。 溜息をつき、 「蒼星石、いい加減出てきたらどう?」 私の後ろへ声をかける。 「?」 「・・・ごめん」 振り向くと、台所の陰に蒼星石の半身が見えた。 微か、微かにその頬に、 「あああいや、蒼、さっきのはだな。ちょっとしたお芝居で」 「さっきの話は聞いてたんでしょう?下僕の望みぐらい叶えてあげたらどう?」 ああああああああ。 「望み?叶える?」 「ええ」 踵を返し、居間のドアへ向かう真紅。 背中越しに、 「貴女は、夢の庭師なんだから」 [[次へ>操3]]
[[前回へ>操]] 「レンピカ」 軽く握られた蒼星石の手が開かれ、そこから青色の光球が現れる。 「ふむ。じゃ、あの庭師の鋏は?」 蒼星石は黙って頷き、光球を手周り一周させる。 と、軽い金属音の様な音が鳴ったかと思った途端、その手には大きな黄銅色の鋏が握られていた。 「特に問題はない様だけど」 「そうか。それは良かったが、」 ぷつと言葉を切り、 「ホントに、本当の本当に、本物の蒼で合っているんだな?」 再び問いかけてみる。 少し困った様な顔をして、 「そうだよ。僕は確かに蒼星石。マスターの事だってちゃんと覚えてる」 「ううむ」 「んもう、さっきから何かマスターは順番が間違ってる気がするな。  今の今まで僕が帰ってこれた事を喜んでくれていた割には、今更それを怪しむなんてさ」 自分の腰に手を当てる蒼星石。 カツン、と多少長めなその鋏が床で音を立たせた。 「どうも、大した実感が湧かなくてな。事の進み具合が速いのは老体に合わないようで」 腰を落として目の高さを蒼星石と共にする。 「でも、戻ってきてくれて私は嬉しいよ。五十年若かったら瞬間脱衣して抱きついている所だ」 「クスッ」 「蒼、今俺を笑ったか?」 その言葉が効いたのか、蒼星石は更に軽く口に手を当てて笑う。 「いや、おじいさんになっても・・クスッ、マスターは変わんないなぁってね」 蒼星石が鋏を床から離した。 と、光球が鋏を持っていた手の周りを回り、初めから無いかの様に鋏の姿は消えた。 そして、 「ほんと、マスター、こんなにおじいさんになっちゃって・・・」 その手が私の頬に触れた。 冷たくもなければ暖かくもない小さな指がそっと私の顎をなぞる。 「ほんとに・・・・」 その追懐的で感傷的な見える表情は、 甚く私を哀しんでいる様にも見えた。 「蒼、久々に抱っこしてあげようか」 蒼星石の手が止まる。 「え・・?でもそれは・・」 「構わん構わん。せーの、」 腰と肩を掴み、足で踏ん張る。 「y」 グキョッ 「モンルスァァッ!!」 「・・・」 気まずそうに蒼星石が手から降りる。 「な・・何故に今更・・ぎっくり・・・・」 がくん、と膝をつき、私は床に臥した。        △▼ その後、レンピカを使って私を居間のソファまで運び、 「それっ、でっ、ますっ、たぁはっ、」 「ちょっ、蒼っ、もすっ、も少し、優しく頼む!」 ぎっくりとイった私の腰を蒼星石は激しく揉んでくれていた。 「あ、ごめんなさい。丁寧にするよ」 「あぁ・・次はゆっくりとな・・・」 強い力が嘘の様に、優しく撫ぜる様な手つきに変わる。 「それで、これからの話だが」 「これから?」 「あぁ。流石に、翠星石達に伝えないままではいけないだろう?」 ピタリと蒼星石の手が止まる。 「蒼?」 「・・・ちょっと」 と言って蒼星石は私の上から飛び降り、そのまま廊下の方へ消えていった。 「・・・?」 腰を摩りながら身体を起こす。 湿布を張っていると、 「今、レンピカに翠星石のマスターを探してくるように命じてきた。  余程のことが無ければ今でも生きているだろうし、そこに真紅や雛苺もいるかもね」 再び居間に顔を見せる蒼星石。 「・・そうか。うん。そりゃそうか。翠星石のマスターは、ジュン君、とでも言ったかな」 「うん・・・あれ?マスター、ジュン君のこと知ってたのかい?」 「一応な」        △▼ チッ、チッ、チッ、と時計が秒を刻む音だけが家に響いていた。 じぃっと、まるで人形の様に――実際人形であるが、蒼星石は眉一つ動かさずずっと席についている。 重い雰囲気が続いた。 と、 「あ」「レンピカ・・」 不意に部屋に青色の光球が姿を現す。 「ということは、」 私は掛けていたソファから腰を上げ、 「来たのかね?」 廊下に頭を出した。        △▼ テーブルを挟んでるとはいえ、真紅からは独特の威圧感が醸し出される。 「真紅、お茶n」 「ダージリンで」 台所から蒼星石が呼びかけるやいなや真紅が返事を返した。 「・・・・」 「で、何かしら?」 キビキビとした態度で私に応する真紅。 今更ながら姉妹の差という物を感じる。 「・・蒼は、薔薇水晶の一件は知らないままなんだろう?」 なるべく小声で切り出す。 すると、 「恐らくね。あのアリスゲームの前にローザミスティカを失ったのだもの。無理はないのだわ」 それに倣うはずもなく真紅が答えた。 「雛苺のことも?」 「ええ。雛苺よりも・・・」 ふつりと言葉が途切れる。 「?」 「蒼星石・・・雛苺・・・・?」 明後日の方を見て、考え込む様子を見せる。 その時、 「マスター、真紅。お茶が入ったよ」 不似合いな大きさの御盆を抱え、蒼星石が戻ってきた。 「すまんな」 「ありがとう。貴女も交えてお話したいことが山ほどある所よ」 「さて、」 カチャリ、と真紅が比較的音を立てずプレートにカップを置いた。 「まず聞きた『真紅』」 蒼星石が口を挟む。 気に入らなかったのか、真紅は軽く眉をひそめ、 「その、す、翠星石、は・・?」 「レンピカの事は、あの子には伝えていないわ」 キッパリと言い放った。 「えっ?」 「何でまたそんな。妹が帰ってきたって知ったら翠星石だっt」 「貴方ね」 キッと真紅が私を睨め付ける。 「・・・・あぁ、成る程。そういう訳か」 「どういうこと?マスター」 卓上に置かれた四つ目のカップと私と、蒼星石の目線が行き来する。 「後でな」 「じゃ、次は私の話も聞いてもらえるかしら?」 再びその目が私を捉えた。 「単刀直入に言わせてもらうわ。貴方、蒼星石のローザミスティカをどうやって取り戻したの?」 ・・当然、といったら至極当然な質問だ。 「それは私じゃない。蒼」 目で蒼星石を促す。 黙ったまま蒼星石は席を立ち、小箱を抱えて戻ってきた。 「うん。真紅はこれを見て特に心当たりはあるかい?」 蓋を開けて、真紅にも見える様に傾ける。 「・・・いいえ。でも、これじゃまるで・・・?」 信じられない、といった顔をする真紅。 「それ以外私には説明がつけられないし、何より証拠がある。間違いは無いだろう」 「・・僕も良く信じられないけどね」 「それでもまだ妙な事が幾つかある。真紅、羽根の量はちょっと異常に思えないか?」 静かに箱をひっくり返して、私は中身を全て出してしまった。 私達の前にこんもりと小さい黒山が起つ。 「貴方が攻撃されたのではないのね?」 「だったら今ここにはいないよ」 ギッと背もたれに身体を預けた。 「目覚める直前、蒼星石は大量の羽根に囲まれて鞄の中で寝ていた。  ま、遅かれ早かれこの事には私も気づいたんだろうがね。それに、」 ちらりと横を見やる。 「私は彼女の人工精霊・・・メイメイに『九秒前の白』に飛ばされた。  そしてそこにいた蒼を偶然見つけて、上手い具合に連れて帰ってきた次第さ」 何となく少しだけ笑みが零れた。 「・・・・・」 「・・・真紅?」 「『九秒前の白』・・あそこは決して安全な場所ではないのだわ。  下手をしたら自分自身のことも忘れて、消えてしまってもおかしくはないわね」 真紅が大分冷めたであろうカップに口をつける。 「蒼星石」 「貴女のマスターは立派な人ね。あの中でも自分を見失わず、貴女を『見つける』事ができたのだもの」 「・・・そうだね。僕もそう思う」 青色の目とオッドアイと、四つの目が私を捉える。 「なに、私も蒼に助けられた様なものだ。誇れるものじゃないさ」 「あらそう。それで、この羽根は―」 そっけない真紅が黒山に手を伸ばす。 途端、 ボゥッ、 と、 「え?」 「っ!」「わっ!」 青白く羽根が燃え上がり、反射的に全員がテーブルから離れる。 卓上のティーポットを引っつかみ、 「下がって!!」 私は蓋を取らずにひっくり返した。 バシャバシャと色付いた湯が蒸発の音を交え火を抑え、やがて完全に鎮まらせた。 「・・・・・・」 私達は互いに顔を見合わせた。        △▼ 「それで、貴女が・・ローザミスティカを奪われてすぐ、雛苺も・・・」 真紅の口から経緯が語られる内に、蒼星石の頭が穂の様に垂れ下がっていった。 長く離れていたとは言えどもこの子もまたローゼンメイデン。 アリスを決める動向や、それについての結果となったら知らずにいられる訳は無い。 例えそれが如何程に辛い事実であっても。 「今は、アリスゲームに頼らずともアリスを目指せる・・その道を探している最中、というのが私の現状ね」 「そっか。有難う」 スッと立ち上がり、 「お茶も無くなったままだし、淹れ直してくる」 ティーポットを抱えて小走りで蒼星石は台所へ消えた。 「後はあの子次第だけど、しばらく貴方のミーディアムとしての役割が物を言うのだわ」 「・・・・・」 「ちょっと?聞いてるの?」 「・・前に翠星石から、真紅は割れたガラスを『時のゼンマイを戻す』ことで修復できると聞いたことがある」 喋る内に舌が乾くのを感じた。 「私の時を、戻す事は可能なのか?」 何を言っているのだ、と自分でも思う。 それでも、 「・・それは、」 「言い方を変える。私の、時のゼンマイを巻き戻す事は、」 「貴方、自分がn」 「私は!」 思わず、大きな声が出た。 「私は、私には、もう蒼を一人にすることなど、できない」 ギュッと皺と染みにまみれた拳を握る。 「蒼が眠りに就いてから、私はガムシャラに仕事に打ち込んだ。 どれだけ徹夜しようとも、血反吐を吐こうとも、過労で倒れようとも、」 「・・・」 「その甲斐あってか私は世で言う『成功者』になれたし、大きな資産も築いた。 今の私には彼女をずっと支えることもできる。今度こそずっと傍にいてやれる。だから、」 「まあ、出来ないことはないわね」 溜息混じりに真紅がいった。 「なら―」 「物質世界は、」 遮られる。 「つまり、この世界のことね。  ここに在る全ての存在は現世した瞬間から崩壊の過程を進んでいるのよ」 すぅっとその腕が上がり、 「これも、」 テーブルを、 「あの子も、」 台所を、 「貴方も、」 私を、 「そして、私の身体も」 次々に指先があらゆる物を捉えた。 「今私達が着ているこの服もこのカップも、比較的崩壊の緩やかな時期を『道具』と使ってるに過ぎないのだわ」 「何が言いたいんだい?」 「・・要は、」 私の怪訝な様子を厭う様に、 「生物の身体も又然り。自然な崩壊のゼンマイを戻すことは、おこがましいと思わなくて?」 その語調もまた、飽の気持ちを感じさせた。 それ以上に、 「私は、」 「それに、ガラスは他意によって壊れたのであって、ガラス本来の運命に則ったものではないもの」 私を哀れんでいる様にもさえ。 「貴方は望んで尚早崩壊の運命を選んだ、ガラスはそうでなかった、それだけの話よ」 「・・・・・・」 「酷な言い方でしょうけど、只の人間が時をループするなんて土台無理な話ね。諦めなさい」 ・・・・・・。 「・・・・私は、衰えた。マスターとして、一人の男として蒼を愛する気持ちを保とうとも、 いずれ私には彼女を持ち上げることも、昔の様に強く抱きしめることも出来なくなる時がくる」 目の前の紅いドールの姿が、 「なあ真紅。教えてくれ。何故私は人間として生まれたんだ?何故彼女と同じドールとして生まれずに、彼女を愛してしまったんだ?」 ウォーターポールを挟んだかの様に、揺さぶれた。        △▼ 「今日はもうお暇させていただくわ。美味しいお茶を有難う」 正座でも保っていたのか、ヨロヨロと真紅が立ち上がる。 溜息をつき、 「蒼星石、いい加減出てきたらどう?」 私の後ろへ声をかける。 「?」 「・・・ごめん」 振り向くと、台所への戸陰に蒼星石の半身が見えた。 「いや、蒼、さっきのはだな」 「さっきの話は聞いてたんでしょう?下僕の望みぐらい叶えてあげたらどう?」 この尊大な子に何かを憚る様なことってあるのだろうか。 「望み?叶える?」 「ええ」 踵を返し、真紅が居間のドアへ向かう。 背中越しに、 「貴女は夢の庭師なんだから」 [[次へ>操3]]

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