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人という字」(2006/08/10 (木) 21:27:07) の最新版変更点

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「ひーまーだーよー」 クーラーがフル稼働している居間を某少年の某アザラシの如く腹這いで移動する俺。 「んもう・・・マスター、折角の御盆休みなんだから、何かやりたい事は無いの?」 今度はひっくり返って背中で這いずる俺を蒼星石が窘める。 「したい事があったらとっくに実行してるさーぁー」 ひんやりとクーラーで冷えた畳が薄手のシャツを通じて這いずる体に快となって伝わってくる。 連休初日。時刻は午後八時半過ぎ。 夕食も済みテレビでも見る時間なんだろうが、大して面白くもない特番でゴールデンタイムは占領されている。 かと言って寝るには早すぎるのでこうやって暇を持て余している状況に陥っていた。 「えーと、次はタオルタオル・・・」 「・・・・・・・・」 さっきからずっと。 俺に声をかけた時から、蒼星石は洗濯物を畳み続けている。 夏にもなると俺の体は夜汁以外にも汗とか色々分泌するため着替える衣服も使うタオルも半端な量ではない。 そして蒼星石はマスターである俺の為に健気にも汚らしい俺の服を洗ってくれているのだ。 というか『マスターの負担が少しでも減るのなら』と言って家事全般を担ってくれている。 仰向けのまま見上げる形で服を捌く蒼星石を見ていると、 「ふう、終わった・・・。あ、マスター。さっきお風呂は沸かしといたからね。後で入ってください」 よっ、という声と共に綺麗に畳まれた衣服を持って蒼星石が立ち上がる。 「把握した・・・・・・・・・蒼も一緒に入る?」 「えっ?」 体勢を整えて蒼星石の目を見つめる俺。 「駄目かな?」 「・・・・・マスターにお願いされると弱いなぁ・・・じゃあ先に入って待ってて」 顔を赤らめてそそくさと居間から出て行く蒼星石。 はっはっは。久々に洗いっこと洒落込もうではないか。 三十分ぐらいだろうか。 俺が入ってから、大分経って蒼星石は風呂場に姿を現した。 照れながらもバスタオルで体を隠そうとする仕草は何とも言えないものがある。 「今日もお疲れさん。頭洗ってあげるから座ってくれフヒヒ」 「うん」 ちょこん、と蒼星石が俺の前の風呂椅子に座る。 はらりと髪がなびき、そのうなじが俺の目に飛び込んできた。 「うっ」 「あ・・・位置が悪かったかな?」 軽く腰を浮かせて何回か体を動かす蒼星石。 その度に少しづつ体を包むタオルがはだけて・・・・ 「OKOK!そこでいい!」 バシャッと洗面器のお湯を蒼星石の頭にかける俺。 「うわぁっ!かける前にちゃんと言ってよっ!」 「今度からそうする。目は瞑っといて」 次にシャンプーを手にとりその頭に泡立たせる。 わしゃわしゃと手を動かしていく内、 「蒼ってば、意外に体小さいんだな」 「ふぇ?」 「いや、不意にそう思っただけ」 俺の腕で包んでしまえるくらい。 こんなに小さい体でずっと、夏場のハードな家事をこなしてきてくれたのだろうか。 何回もその体を見てきたのに、今に限ってそれを実感してしまう。 風呂までに結構間隔が空いていたのも多分何かやっていたのだろう。 「・・・蒼、ひょっとして俺の事とかで無理してないか?」 「うん・・・・してないって言えば嘘になるけど、」 小さい声で、 「僕、マスターのドールだから。マスターの役に立てるのなら自分のことは構ってられない・・よ・・・」 「・・そっか。ありがとうな」 「う、うん。僕、頑張るよ」 ・・・だからと言ってこのまま甘えっぱなしというのも俺の気が済まない。 ナイスなタイミングで明日も休みだ。 「じゃあ流すぞー」 今度はちゃんと宣言して。 ザバーと泡を洗い流す俺。 「なあ蒼。一つ提案があるんだが」 「?」 「明日一日だけ、立場交換してみようか?」         ▼△ 翌日。 まずは形から入るタイプの俺。 かといって俺が蒼星石の格好をするのは只の変態なので、衣服は青単色で統一した。 廊下の時計は午前六時四十分を指している。 いつも蒼星石が俺を起こしにくる時間だ。 「グッモーニン!マスター!」 勢いよく部屋のドアを開ける俺。 そこには、 「お、お早うございます」 既に起き出していたのか、緊張した面持ちで鞄の横に正座する蒼星石が居た。 「あらあら随分お早いことで」 「うぅ・・やっぱりドールの僕がマスターの立場なんて無理だよぉ・・・」 ほとほと困り果てた顔をする蒼星石。 「それにマスターのことを何て呼べばいいのかも分からないし・・・」 「うーん、それはいつも通り『マスター』でいいと思うんだぜ?要は立場なんだし」 「そういうものなのかな・・・?」 「そういうもんだ。さ、朝飯の準備は出来てるから」 ひょい、と蒼星石を抱える俺。 「きゃあっ!?」 驚いた蒼星石が俺の首に手を回す。 「はは。今日は精一杯尽くさせてもらうよ、マスター」 俗に言うお姫様抱っこの形を保ったまま、俺は一階へと向かう。 「さーて」 朝飯も済んで目の前の流し台には使用済み食器が鎮座している。 思えば蒼星石が家に来てから俺が皿洗いをするのは初めてかもしれない。 スポンジを湿らせて早速皿洗い開始― 「あれ?」 よく見ると流し台には手が四本。 しかもその内二本は大分ちっちゃい。 下に目をやると、俺を見上げている蒼星石と目が合った。 「僕もお手伝いするよマs」 「あーあー、それは困る」 既に水に濡れた手をエプロンで拭いて蒼星石を回れ右させる。 「今日一日は俺が蒼の役で、蒼は俺のマスター役なんだから。テレビでも見ていてくださいよ」 「え・・でも・・・」 「いいからいいから」 半ば強引に蒼星石を台所から出す俺。 「・・・」 少し顔を曇らせて振り返る蒼星石。 まったく、心配症なマスターだこと。 たまには俺もちゃんとやることを見せてやらねば。         ▼△ その後も度々俺の手伝いを申し出てきた蒼星石。 その度に断ってひたすら一人でやってきたもんだから、あっという間に夕方になってしまった。 洗濯物は後で畳むとして、まずは夕飯の用意をしないと。 上手い具合に冷蔵庫にはカレーの材料がそろっている。 「マスター、今日の晩御飯はカレーでいきますよー」 事務的に家の何処かにいる蒼星石に呼びかける。 ・・・・・・・。 返事が無い。 居間に顔を出してみるもその姿はない。 まあ多分家の何処かにいるんだろう。 さっき部屋を掃除したときにも鞄もあったから遠くに出掛けた訳でもなさそうだし。 台所に体を戻すと、 「あ」 「・・・!」 何時の間に来たのか、下ごしらえ中の鍋を覗き込んでる蒼星石がいた。 「ち、違うんだマスター。僕、何もしてないよ?」 「はいはい。俺に任せて、マスターはあっち行っててください」 「!!」 よしゃ、いい感じに煮込まれてきたな。 カレールーとうにゅ・・ 「マスターの・・・ばか」 「え?」 ぽつりと呟いた声が耳に届く。 振り返ると、再び蒼星石の姿は消えていた。         ▼△ 「やっぱりここに居ましたか」 夕飯の支度が一段落して居間に戻ると、 縁側の隅で庭を見つめながら蒼星石は座り込んでいた。 「さっき俺が庭に打ち水しといたからね、涼しい?」 その横に座る俺。 俺の顔を一瞥した後、蒼星石は顔を元の位置に戻してしまった。 「いやー、大変でしたよ。久々の家事は」 「・・・大変って、何が?」 「何がって、家事がさ。『蒼』の気持ちが良くわかったし」 「・・・・・・」 「だからこれからは・・・」 「・・・マスターはわかってないよ」 「はい?」 俺を捕らえてなかったその目から雫が零れ落ちていく。 「お、おい。大丈夫k」 「マスターは僕の気持ちなんか全っ然わかってない!!」 ギュッと俺の腕を抱く蒼星石。 「一日中ずっと、マスターは家の事に夢中だった!それこそ僕の事なんか殆ど構わないで!」 ぼろぼろと涙を零しながら蒼星石が俺を見上げる。 「僕はいつだって貴方を見ている!お掃除の時も、お料理する時も、ずっと貴方のことを考えてる!」 徐々に、抱きしめる力が緩んでいく。 「だから僕には大変でもないし、つらくもない。それがマスターの為になるなら・・」 「・・・」 「怖かったよマスター・・貴方が、『僕』の事を忘れているような気がして・・・」 蒼星石が抱きしめている腕を解き、 「あっ・・」 その腕で抱きしめ返す俺。 「なんとまあ・・・」 「ごめんなさい・・。僕、マスターのドールなのに出過ぎた事言って・・」 「いやいや、こっちに落ち度があったんだから、気にしないでくれ」 途端、眼前がオレンジに染まった。 今まで木の陰になっていた日がその体を沈ませてきたのだろう。 「それでさ、二つわかったことがあるんだ」 「二つ?」 「うん、一つ目は俺にもできる・・というかさせて欲しいことがあること。例えば仕事から帰ってから洗濯物を畳むとか、皿洗いをするとか」 「・・・でもそれじゃ家でのマスターの時間を潰しちゃうし・・・」 「ん、なら今度から一緒にやろうか。蒼のお手伝いも出来るし、一緒に居られるし」 「マスターはそれでいいの?」 「もちろんだ。それでもう一つの方は・・・・」 ・・あぅあぅ。 「やっぱり何でもないです」 「フフ、引っ張っておいてそれはないよマスター」 目に乾き切ってない涙を残しながら蒼星石が笑う。 「まあいいじゃないか。今度から少しでも蒼に楽させてあげられるんだから」 とてもじゃないけど。 『俺は本当、一生懸命愛されてるね』 なんて言ったら恥ずかしくて溶けるかもしれない。 しばらくオレンジの日を眺めていると、庭からの風に乗った草いきれが俺達を包んだ。 「で、今からどうします?一応夜まで貴女のドールな立場ですから、マスターに従いますよ?」 「・・・そっか」 こてん、と俺の腕に頭を乗せる蒼星石。 「もう少し、このままでいたい・・」 「・・・わかりました」 ふと俺は後ろを振り返る。 夕日で部屋に映る俺達の体は、一つになっていた。 END

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