灰色に澱んだ雲の間からサラサラと雨が降り注いでいる。 はぁっと僕が吐いた息は白く浮かび上がり、やがて風に流されて消えていった。 寒い。とても寒い。 あれから、どれだけの時が流れただろうか。 僕はまた――大事な人を失ってしまった――。 "これからも、ずぅっと一緒ですからね" 彼女の言葉が蘇る。 嬉しそうに僕に話しかける彼女の笑顔。 楽しそうに自分の事を話して聞かせる彼女の横顔。 それらも全て、黄色く歪んだ街の明かりの中へと虚ろいでいく。 「ごめんね・・・」 小さく呟いた声は、雨音の中に消えていく。 雲の隙間に微かに見え隠れする月の淡い光が僕の心の襞に触れていく。 まるでナイフに刺されたかのような気持ち。 けれども、どんなに痛みにもがこうと彼女は戻っては来ない。 雨に濡れた顔は、泣いているのかすらわからないだろう――。 "たった一人の大事な妹ですから・・・" 真っ黒い夢。まるで錆び付いて剥がれ落ちていくかのような黒――。 夜に孤独を感じたことはなかった。 僕の仕事は"夢"や"記憶"に関するものだったから。 でも、今では夜が来るのが怖い。 とても不安で、アンバランスな感覚。 まるで自分の半身が抜け落ちてしまったかのような――。 「君がいないと――僕はどうしていいか、わからないよ・・・」 空に手を伸ばし、雲間から欠け落ちた三日月のラインを指でなぞりながら呟く。 コンクリートのビルに囲まれた谷間で、僕は独りぼっち。 もう二度と微笑んではくれない彼女との幸せだった日々を想う。 "自分を責めないで――" 彼女は最期に微笑みながらそう言った。 約束は出来なかった。 そして、僕は――自分を責めた。 彼女は僕のせいで――。 "どうして・・・どうして・・・" "君はもう自分の足で歩いているじゃないか。君と僕は・・・もう・・・" 何故――あんなことを言ってしまったのだろう。 何故――あんなことをしてしまったのだろう。 濁った水の中に浮き沈みするかのように、僕は汚れていくのだろうか。 このまま――何処までも沈んでいけたら、楽に違いない。 どれだけ自分を責めても、僕の心が満たされることはなかった――。 "大好きに決まってるじゃないですか・・・" 悴む指を銜えて、爪を噛み続けた。 もし君が隣にいたなら、叱ってくれるかな? びっしょりと濡れた僕の眼は少しだけ腫れていた。 "何をしているの?" "月にお祈りですぅ" "月に?" "そうです、ずぅっと一緒にいられますように・・・って" 手を伸ばせば届くだろうか。 僕の差し出した手は月まで届かずに虚空を掴んだ。 心に深く突き刺さる三日月。 ひんやりとした夜気が僕の身体を包み込む。 いつの間にか雨は止んでいた。 どれだけ責めても、満たされない心。 硝子のように薄く尖った三日月のナイフ。 深く抉られ、沈み行く四肢と意識。 誰も僕を裁いてくれないのなら――僕は自分で自分を葬ろう。 誰も君の事を覚えていないというのなら――僕が忘れずにいよう。 だから――醜く歪んだ僕を覚えていて――。 僕を許して―――。 胸に深く刺さった鋏は、まるで三日月のようにギラギラと輝いていた――。