除夜の鐘も聞き終わって蒼星石とくつろいでいた。 マ「鐘の音が無くなってようやく一年が終わったという実感が湧いてきたなあ。」 蒼「これからどうしようか?」 マ「そうだなあ、家族と過ごす時は除夜の鐘を突きに行ってそのまま初詣に繰り出してたんだけどね。」 その時新年最初の訪問者が現れた。 翠「蒼星石ー、初詣に行くですよ。」 マ「おや、あけましておめでとう。いらっしゃい。」 翠「今年も相変わらずのほほんと緩んだ面構えで何よりですね。お前も連れてってやるから安心するですよ。」 マ「おや珍しい。でもいくら深夜でも人手が半端なく多いと思うから避けたほうがいいと思うよ。」 金「その心配はご無用かしら!」 真「うってつけの穴場を見つけてあるのだわ。」 残りの姉妹も続々と現れた。 マ「おやおや、みなさんお揃いで。そんな穴場があったんだ。」 金「みっちゃんが見つけてくれたかしら。」 翠「ジュンにも一応調べさせた上、地図も用意させたですよ。」 翠星石がどこかのサイトをプリントアウトしたと思われる紙を得意気にひらひらとさせる。 マ「へえ、それでみんなで行くことにしたの?」 雛「でものりは来ないのー。」 翠「なんでもおせち料理の準備が大変でまだ取り掛かってるらしいですよ。 お前の分も用意しておくから今日はぜひ顔を出せと言ってたです。」 マ「流石に新年早々からお邪魔しちゃご迷惑ではないのかな?」 真「私たちの引率を頼む御礼も兼ねているはずだから気遣いは無用だわ。 どうせ来客の予定もないみたいだしむしろお年始で会えるのを期待しているようだったわ。」 マ「ふうん、じゃあありがたくお招きに預かろうかな。で、ジュン君も来ないんだ。」 翠「あの引き篭もりはボイコットしやがったです。」 雛「わざわざ初詣なんかに行きたくないって言ってたのよ。」 マ「ほおほお、まあ仕方ないんじゃないかね。んでみっちゃんは?」 金「同じくおせちの支度かしら。元日は桜田家で宴会をするそうかしら。」 マ「なるほどね。それで手の空いている僕に皆さんの引率をしろ、と。」 翠「そういう事です。お前はみんなの期待を一身に背負ってるわけですよ。まさか断りはしねえですよね?」 マ「そうだなあ、そんな穴場があるなら蒼星石とも初詣が出来るし、行ってみようかな。」 翠「うし!じゃあ案内してやるから早く準備するですよ。」 深夜とはいえ今日はそれなりに人の動きがある。 幸い徒歩で移動する人はそんなにいないようだが、それでも目立たぬようには注意する。 裏通りのあまり人気が無いエリアにある山のふもとに神社の入り口と思しき石の標識があった。 翠「ここだそうですよ。」 蒼「なんだかすごい荒れた雰囲気だね。」 金「階段も狭いかしら。」 翠「だからこそ穴場なんですよ。さあ、翠星石についてくるです。」 マ「馬亜頭神社・・・?こんな神社があったんだ、なんて読むんだろう。」 翠星石の先導で階段を上っていく。 石段など整備されておらず、土と板で申し訳程度の階段が作られているだけだ。 おまけに老朽化しているのかかなり傷んでいる。 雛「きゃう!」 そんな足場の悪さに加え、電灯も整備されていないせいで雛苺が転んだようだ。 マ「大丈夫?ドレスだと動きにくいだろうね。ほらつかまんなよ。」 屈み込んで促すと雛苺は肩につかまってきた。 マ「よしよし、じゃあ行くとするか。」 真「まったく、誇り高き薔薇乙女が情けないのだわ。自分で歩いたらどうなの?」 マ「まあまあ、こんな暗いところだと危ないしさ、服を汚したり破いたりしちゃうかもしれないじゃない。」 金「雛苺ばっかずるいかしら!差別は許されないかしら!!」 マ「金糸雀はスカートじゃないし大丈夫でしょ?」 蒼「・・・・・・・・・。」 金「そうは言ってもスカートでもズボンでも大変なものは大変かしらーー!!」 蒼「うん、一理あるね。」 金「だからカナもおぶってかしら。」 蒼「いや、だけどあまり甘えてはいけないんじゃないかな?」 マ「あのね、みんな大変なの。それにこういった場合はこの場で一番お姉さんの金糸雀は我慢して下の妹に譲るべきでしょ?」 蒼「さすがはマスター、ごもっともだと思うよ。」 翠「翠星石は結構ですよ。そいつの世話になるほど落ちぶれちゃあねえです。」 蒼「僕は・・・」 真「そう、じゃあ私がお願いしようかしら。」 マ「なぜに。」 真「下の妹が優先されるのなら雛苺の次に権利があるのは私でしょう?」 マ「さっき言ってたことと違うじゃん!それに一番下の雛苺がもう既に・・・」 真「あなたレディの二人も同時に相手できずに一人前の男のつもり? ちょっと不安定だけど我慢してあげるから私と雛苺で右肩と左肩に乗ればいいのだわ。」 マ「・・・・・・はいよ。」 観念してしゃがみこむと真紅が肩に飛び乗ってきた。 金「真紅と雛苺ばっかりひいきしてずるいかしらーー。」 金糸雀が恨めしげな視線を送ってくる。 マ「仕方ないでしょ、もう定員一杯なの!限界なの!今回は我慢してよ。」 蒼「ふふふ・・・マスターはもう限界なんだってさ。大人しく諦めるんだね、ふふふっ。」 ほぼ月明かりだけが頼りの暗闇の中を慎重に歩いていく。 もう二十分近く歩いている気がする。 マ「いくらなんでも長過ぎない?」 翠「翠星石もどの位歩くのかは知らねえですよ。」 マ「さっきの地図と一緒に載っていた文章には何か書いてないの?」 翠「翠星石はあまり難しい字は読めねえです。」 翠星石が差し出した紙を受け取ると携帯のバックライトで照らして書かれていた事を読み上げる。 マ「なになに、都市伝説コレクション?これがサイト名か。 ・・・えーと、馬亜頭(ばあず)神社はかつては知名度こそ低いものの霊験あらたか、ご利益のあるお社として栄えていた。 しかし、そのため大勢が押しかけるようになったが、いろいろと不可解な現象が生じるようになった。 曰く、いつの間にか双子の姉妹の下の子が弟になっていた 曰く、姉妹が訪れたところ一番下の妹がいなくなっていた 曰く、一緒にいた道連れが別人とすり替わってしまった 曰く、不可解な失せ物や紙隠しが生じた そのため・・・・・・!?」 蒼「そのため、どうしたの?」 翠「早く先を言えです。」 翠星石と蒼星石がこちらを見上げていた。 マ「そのため、近隣の住人でも怪異を恐れてこの神社に近寄ることはほとんど無くなった。ましてや年末年始においては 除夜の鐘で払われた煩悩や初詣で渦巻く人々の欲望が悪影響を与えるとして決して立ち寄ろうとはしないのである。」 雛「どういうことなのー?」 蒼「・・・ここは一種の心霊スポットだったって事だよね。」 真「それもどうやら除夜の鐘直後で初詣がたけなわの最悪のタイミングのようね。」 金「そ、そんなの迷信かしらー!カ、カナはちっとも怖くないかしら。」 翠「そ、そうですよ。そんな非科学的な事がある訳ねえですぅ。」 マ「あの折儂が引率を引き受けたるは居残り組みが指図。はかった喃、はかってくれた喃。」 おそらくは明日のお年始のお招きはこの埋め合わせも兼ねているだろう。 お望み通りに無事な顔を見せてやろうではないか。 真「それであなたはどうするつもりなのかしら?」 マ「ここまで来て戻るのもなんだしねえ。お社まで行ってしまおうか。」 翠「ふ、ふざけんじゃねえです。もしも何かあったらどうする気ですか!?」 マ「信じてないって言ったじゃない。」 翠「ま、まあ信じてはいねえですが、万が一本当に何かあった時に翠星石達と違って貧弱虚弱無知無能なお前が困りますからね。 初詣を中止にしてやる翠星石に感謝して今すぐ引き返すがいいですよ。」 マ「でも本当に何かあるんだったら帰り道にもリスクはあるんだしさ。 だったらいっそのこと上ってしまってご利益のあるお社様に無事帰れることを祈願したほうが良いんじゃない?」 翠「なかなかアグレッシブな解決法ですね。蒼星石はどう思うですか?」 蒼「そうだな・・・確かに不安もあるけど、せっかくここまで来たんだしね。 みんなで初詣もしたいし、人がいないのは確かみたいだから行ってしまってはどうかな?」 翠「しゃあねえです。行ったるです。」 自分の提唱したミナカトール方式の案が受け入れられてお社へ向けて上ることとなった。 翠「ただ不安要素も残るので万全を期すですよ。」 マ「何をするの?」 翠「翠星石がお前の右腕にしがみついてやるです。」 マ・蒼「はぁ?」 翠「誤解するなです。決して翠星石が怖いからとかではなくお前の身を守ってやるためです。」 マ「別にそこまで丁重な護衛は要らんでしょ。」 蒼「いくらなんでもみんなでべたべたとくっついたらマスターが大変だよ。」 翠「そしてバランスを取るために左腕には蒼星石を装着するです。」 マ「待て、何かがおかしい。」 蒼「君がそうまで言うのなら仕方ないね。マスターのためだし一肌脱ごう。」 翠「これでお前は庭師の力に守られてるです。安心しやがれですぅ!」 二人が両腕にしがみついてきた。 金「二人とも落ち着くかしら!」 金糸雀の声がした。きっとこの中では一番上の姉としてこんな時ぐらいはビシッと突っ込みを入れてくれるに違いない。 金「まだ頭が空いているかしら。頭部はカナにお任せかしら。」 期待した自分が馬鹿だった。 結局のところ頭部に金糸雀、両肩に真紅と雛苺、両腕に翠星石と蒼星石という謎な出で立ちで進むことになった。 もしかしたらこれこそが薔薇座の聖闘士か、と心の中で愚痴をこぼす。 翠「これで背中に水銀燈がひっついて翼が備われば完璧ですね。」 マ「いろんな意味でありえないから!」 真「ヤクルトでも塗っておけば匂いにつられてやってくるかもしれないわね。」 どこのカブトムシだそれは。 マ「しかし真っ暗だな。こんなんでこけたら大惨事だよ。」 翠「そうですね、じゃあ明かりを用意するです。スィドリーム!」 翠星石のおかげで翠色のほのかな明かりが辺りを照らす。 それに倣って他のみんなも自分の人工精霊を出してくれた。 カラフルな光のおかげでだいぶ視界が確保された。 マ「おー、これならだいぶ歩きやすいや。」 翠「翠星石たちに感謝して歩けです。くれぐれも転ぶなですよ。」 マ「どうもありがとう。しかしこの人工精霊も知らない人が見たら人魂みたいだよねえ。」 翠「何を人聞きの悪いことを言いやがるですか。」 そんなやり取りをしていたところ、 ガサッ・・・ 傍の茂みが音を立てる。 マ「お?」 蒼「レンピカ!」 刹那、左腕の蒼星石が音の方へ飛び込んでいた。 マ「ちょっと待った!」 蒼星石も表には出していなかったが内心では恐怖が張り詰めていたのかもしれない。 腕を伸ばしたものの制止する事は適わなかった。 蒼星石が鋏を振るう度、辺りの枯れ枝が切り落とされる。 翠「加勢するです、蒼星石!スィドリーーム!!」 翠星石も植物を伸ばす。 マ「待てぇぇえ。」 それを皮切りに他の面々も持ち技を繰り出す。 真「ローズ・テイル!」 雛「お手伝いするのーー!」 金「やってやるかしら!」 薔薇の花弁、苺轍、音の嵐が先ほど音のした方向へ集中する。 もはや自分にはただ見守ることしか出来なかった。 しばしの後に一同が平静を取り戻す。 マ「こら、蒼星石何やってんの!」 蒼「あ、ごめんなさいマスター、さっき飛び出す時に足蹴にしちゃって。」 マ「違ーう。辺りが滅茶苦茶になっちゃったじゃないか。」 蒼「あ・・・ごめんなさい。」 翠「こら!お前は蒼星石や私達のおかげで助かったのになんですかその言い草は。」 マ「え?その・・・まあ斬られたのは枯れ枝だったし、人も立ち入らないところだから大丈夫だよね、ごめんね。」 真「そうね、これで当面の脅威は去ったようだし気にすることはないのだわ。」 当事者の一人であるはずの真紅がそんな取り成しを入れた。 しかし目の前に残されたのはなかなかすさまじい破壊の痕である。 今自分に引っ付いている彼女たちの方が下手な妖怪よりも恐ろしい気がしてきた。 亀仙流の修行中のような状態で歩みを続けるとようやく鳥居が見えた。 マ「ふぅ・・・やっと着いたんだ。」 現金なものでさっきまで他人任せで楽をしていた連中も飛び降りて我先にと境内へ向かう。 マ「あ、鳥居をくぐる時は真ん中は通っちゃだめだよ。」 翠「なんでですか?」 マ「鳥居は神様用の出入り口だからね。お参りをする時にも神様のお邪魔にならないように道を開けるんだよ。」 翠「ふっ、それじゃあ神のごとき翠星石様なら真ん中を通っても問題ねえって訳ですね。」 雛「ねえねえあれは何なのー?」 マ「ああ、あれは手水舎(ちょうずや)だね。手を洗ったりして参拝前に穢れを落とすんだよ。」 翠「せっかくボケてやったのに無視するなです!」 マ「だって突っ込みづらかったんだもん!だから蹴らないでよ。」 蒼「ねえ手を洗うのにも何か作法があるの?」 ひしゃく片手に蒼星石が聞いてきた。 マ「うんあるよ。」 金「カナが一番にやりたいかしらー!」 蒼「はいどうぞ。」 マ「えーとじゃあ今からお手本を見せるから・・・ってひしゃくは一つしかないのか。」 翠「こんなボロ神社にひしゃくが一つあっただけでも奇跡ですよ。」 翠星石が神前で罰当たりなことを言う。 マ「まあいいや。じゃあちょっと失礼するね。」 金糸雀の背後に回ってひしゃくを握る手に自分の手を重ねる。 マ「へえ金糸雀の手ってちっちゃくって可愛いね。」 金「そうかしら?そんなこと言われたこと無いからなんか照れるかしら。」 蒼「マスター、みんな待ってるし早く説明してよ。」 マ「ああごめん。まずはこうして右手にひしゃくを持って左手を洗う。次にひしゃくを左手に持ち替えて右手を洗う。」 金「こうかしら?」 マ「そうそう。そうしたらもう一度水を汲んで手に少し取って口をすすぐ。」 金「あら?」 マ「それで余った水はひしゃくを傾けて取っ手にかけて洗うんだよ。」 蒼「どうしてそんな事をするの?」 マ「そうすれば次の人が使う前に一応は取っ手が綺麗になっているでしょ?ある意味日本人らしい考え方だよね。」 蒼「ああそっか。ほかの人の事を考えるんだ。」 マ「そうそう、相手の気持ちになって考えるって大事だよね。」 話を聞いて一同がうなずく。 金「ちょっといいかしら?」 翠「さっきから何をもたついてるですか。後がつっかえてるから早くしろです。」 金「水がなんかザラつくと言うか、ちょっと変かしら?」 マ「水が変?ちょっとしっかり見せて。」 金「ピチカート。」 マ「・・・げっ!!」 金「ひ、ひいぃいいいーーっ!む、虫がいっぱいいるかしらーーー!!!」 マ「ボウフラがわんさかと湧いてる・・・。そりゃそうだよね、手入れしている人もいなそうだもんね。」 翠「大自然は侮れねえですね。」 真「さあ早くお参りしましょう。」 みんなそそくさと手水舎を離れていく。 金「みんなひどいかしらーー!ちゃんと洗ったカナが馬鹿見てるかしらーー!」 雛「だってそんなお水で洗ったらかえって汚くなりそうなの。」 子供とは残酷なもので雛苺がある意味とても純粋な一言を漏らす。 金「みんなカナの気持ちになって考えて欲しいかしらーー!」 翠「まあ口に入れなかっただけ良かったじゃねえですか。でもとりあえずしばらく近寄るなです。」 金「これってイジメかしら。踏んだり蹴ったりかしら、ううっ・・・。」 マ「はいはい、もう気にしないの。みんなの替わりに一緒に参拝するから。」 ぐずりだしかねない金糸雀を抱き上げて拝殿の方へ向かう。 金「どうもありがとかしら。でもこんなにまでしてくれなくても手でも引いてくれれば十分だったかしら。」 マ「え、手?あはは、それはちょっと・・・。」 金「・・・さてはあなたも同じ穴のムジナかしらーー!元はといえばあなたのせいかしら、なすりつけてやるかしらーー!!」 マ「ちょっと、どこに手を!冷た・・・くすぐった・・・ちょ・・・止めてったら!!」 金「カナの恨みを思い知るかしらーー!」 マ「待て、落としちゃいそうだから暴れないで!お止めなさいって!」 暴れる金糸雀を落とさぬよう必死で抱え込む。 翠「おうおう馬鹿が二人で新年早々仲良く騒いでますよ。」 蒼「まったく・・・最初から替わりたいなんて言わなければ良かったのに。」 マ「あー無駄に疲れたけどようやくお賽銭箱の前に着いた。」 長かったこれまでの道のりが思い出される。 翠「ふっふっふ、これでようやく願いが叶う時が来たですね。ほれお賽銭を寄こせです。」 マ「へいへい。」 出掛けに用意した人数分の五円玉を皆に分ける。 マ「じゃあ一応正式な参拝の仕方をば。まずお賽銭を入れる。そうしたらまず二回お辞儀する。 その次は二回拍手(かしわで)を打つ。最後にもう一度礼をして終わり。二拝二拍手一拝って言うんだよ。」 翠「お願いはいつすればいいですか?」 マ「ええーっと、多分二回目の拍手の後でいいと思うけど。」 蒼「なんでそんな風にするの?」 マ「ああっと、部活の関係で教わっただけだったから知らない。間違っていても責任は持たない。申し訳ない。」 そんなこんなで一同がお参りを済ませていく。 さて自分もお参りしてしまうか。 マ「フハハハハーこれがオレの福沢先生だ!!!」 翠「あ、あれは三枚あるという神のカードのうちでも最強のやつじゃねえですか!?」 雛「それってどのくらいすごいのー?」 真「そうね、あなたの好きなうにゅーで言ったら百個分くらいかしら。」 雛「お、おおー!すごいのーー!!」 金「まさかそんなものを投入するとは思わなかったかしら。」 マ「くくくっ、ここが本当にご利益のあるところだと言うのなら壱万円など安いものよ!」 蒼「ふうん、それで何をお願いするのさ。」 マ「ふふん世界で二番目に幸せにしてもらうのさ。」 翠「国道沿いの看板みてえですね、一番にしないあたりがセコい了見です。 あとそんな金があるならせめて蒼星石のお賽銭くらいもっと出してやれです。」 マ「否!蒼星石に世界で一番幸せになってもらってこそ自分は世界で二番目に幸せになれるのだ。 だから蒼星石に世界一幸せになってもらえるようお願いするし、そうすれば蒼星石のお願いもきっと叶うのさ♪」 蒼「また馬鹿な事を。そんな事で散財するようなマスターなんて嫌いだよ。」 マ「な・・・そんな事を言われたら世界で一番不幸になってしまうじゃないか。仕方ないなあ・・・」 財布の中に万札をしまうと野口英世の肖像画を取り出す。 蒼「まだ駄目。」 諦めて五百円玉を・・・ 蒼「まだ高い!」 しぶしぶ百円玉に変える。 蒼「それなら良し。」 マ「ああ、蒼星石の幸せを願うのにたった百円なんてなんだか申し訳ない。」 翠「ちょっと待てです。」 お賽銭を放ろうとしたところに声をかけられた。 マ「なんですかい?」 翠「お前は蒼星石と一心同体とも言えるこの翠星石の幸せなくして蒼星石が幸せになると思うですか? 一番は蒼星石に譲るにしても二番目は翠星石がいただくですよ。」 マ「・・・じゃあ翠星石が二番で僕は三番を。」 雛「翠星石ばかりするいのー。ヒナも幸せになりたいのー!」 マ「うん、じゃあ雛苺は三番目ね。」 真「あなた・・・」 マ「はいはい!真紅が四番です!」 金「カナも・・・」 マ「早い者勝ちで五番目でいいよね!」 もはやしょうもない事で騒ぐ気もしないので逆らうこともせずに五百円玉を取り出す。 蒼「あっ、だからもったいないって!」 マ「まあまあ五人分でちょうど五百円ってことで大目に見てよ。」 蒼「五人分?」 マ「もう君たちが幸せならそれで良いや。」 五百円玉を賽銭箱に投入してこの場にいる姉妹五人の幸福を祈る。 後は心の片隅で自分の事と残り二人の姉妹のことを。 マ「さあて帰りますか。」 翠「うげぇまたあの道をえっちらおっちら戻るですかあ。」 マ「そりゃそうでしょ。歩かなきゃ帰れないんだから。」 真「じゃあまた私たちが護衛してあげるのだわ。」 マ「いえ結構です。」 翠「遠慮するなです。さっきみんなの幸せを祈ってもらった礼をしてやるですよ。」 マ「そんな滅相も無い。」 金「みんな行きとは配置を変えてみないかしら?」 真「その方が面白そうね。」 雛「ヒナ頭の上がいいのー。」 ああ・・・流石にもう分かる。この流れは決して自分には止められないという事が・・・。 今年からはあまり振り回されませんように、とさっきお願いしておくんだったかな。 マ「ほら、着いたよ!もうあそこが道路だよ!!」 やっとの思いで下まで降りてきた。 真「それじゃあ私達はもう寝る時間だからお先に失礼するのだわ。」 翠「また明日遊びに来いです。」 雛「お休みなのー。」 金「お疲れかしらー。」 くたくたの自分を尻目に今まで休んでいて元気一杯のメンバーがあっという間に走り去る。 マ「人目につかない様に注意おしよー。」 やっとの事でそれだけ言った。 蒼「マスターお疲れ様。」 ただ一人腕の中に残っていた蒼星石が声をかけてきた。 マ「うん、今回は本気で疲れた。しんどい。」 蒼「ごめんね、今すぐ降りるから。」 マ「まあまあそれはそれ、これはこれ。」 降ろす意思がない事を示すため腕に力をこめなおすと蒼星石も降りるのを止めてくれた。 マ「まあしかし、もしも本当にご利益があってみんなのお願いが叶ってくれたらくたびれた甲斐もあるってもんだけどね。」 蒼「まったく、マスターったらあんなお願いに無駄遣いしようとしちゃって。」 マ「そうかなあ、蒼星石が幸せになってくれれば安いものなのに。」 蒼「気持ちは嬉しいけどね、幸せはお金で手に入れるものじゃないと思うんだ。」 マ「言われてみればその通りかもね。やっぱり僕自身の頑張りで成し遂げなくては!」 蒼「ありがとう。でもマスター自身の幸せの事もちゃんと考えてね。」 マ「何を言うか、蒼星石の存在を身近に感じていられる限り僕は幸せ一杯だからね。 あとは近くにいる蒼星石が幸せそうでいてくれるならそれ以上は何も求めないよ。」 蒼「それはどうも。ただね、無断で人の写真を撮ったりするのは感心しないなあ。」 マ「え?なんの事かな?」 蒼「僕も気付いてはいなかったんだけど、さっきマスターが携帯電話で紙を照らしたときに待ち受け画面が見えてね。」 マ「あ、あはははは・・・ごめんなさいつい出来心で、心細くて。」 蒼「まあいいさ。だけど他の人にはやっちゃ駄目だよ?」 マ「やだなあ、人聞きの悪い。他の人になんてしませんよ。」 蒼「本当に?」 マ「もちろんですよ。今は蒼星石が一番大切な存在なんだからさ。」 蒼「そう、じゃあやっぱりさっきのお賽銭は無駄だったね。」 マ「なんでさ?」 蒼「だってさ、きっとマスターにそんな風に思ってもらえている僕はもう世界で一番幸せなお人形だもん。」 ちょっとはにかみながら蒼星石が確かにそう口にした。 マ「まさか・・・・・・・・・そ、蒼星石がそんな事を言ってくれるなんて!そうか、これはさっきのお社のご利益だ!! 悪いけど蒼星石は先に帰ってて。今から諭吉先生とお礼参りしてくるから!!」 蒼「だから!そんなのは意味無いってば!!まったく、柄でもないことを言うんじゃなかったかな。」 ・追加報告・ その後、200X年1月1日に馬亜頭神社にて肝試しを敢行した近所の子供たちによる妖怪変化の目撃があった。 その妖怪は頭、胸、両肩、両腕に六つの顔を持ち、色とりどりの人魂をまとっていた。 彼らに気付くと「待て!」と吼えながらまず左腕を伸ばしカッターを飛ばしてきた。 続いて大小の触手を伸ばしたり、奇怪な光や音で攻撃したという。 後日近隣の住民が確認したところ、明らかに異常な破壊の跡(画像)が発見され、近所では妖怪の仕業と信じられた。 これを受けてお社の移設・撤去の可能性も囁かれ、馬亜頭神社の存続にも関わりかねない問題となってきている。 数日後、『都市伝説コレクション』に以上のような記述と現場の画像が加えられていた。 この事は彼女達には隠して自分一人の胸の内にしまっておこうと思う。 -<<完>>- ※たぶん実在の団体・人物・地名等とは関係ありません。